ということで、幕間はこれにて完結です。
お付き合いいただきまして、有難うございました。
私が書くと邪神組はいい人になり過ぎますねえ。困ったものです。
お付き合いいただきまして、有難うございました。
私が書くと邪神組はいい人になり過ぎますねえ。困ったものです。
〈三箇日には隠者の聖なる刻印を〉
.
シュウは三日三晩、奥の部屋から出てこなかった。
扱いがナイーブな実験器具やコンピューターが並んでいる研究室を兼ねている室内に、他人が足を踏み入れることをシュウは嫌う。知っていたからこそマサキは、その部屋にシュウの様子を窺いに行くことを避けた。
シュウへの食事を運び込む役目は戻ってきたサフィーネに任せ、マサキはミオと何をするでもなく、のんびりとリビングでミオの作った料理を摘みながら過ごした。ミオはさておき、マサキは掃除や洗濯ぐらいは手伝うつもりでいたのだが、「あんたたちにあれもこれも触られたくないのよ」と、サフィーネに拒否されてしまったのだから仕方がない。
サフィーネによると、奥の部屋の一角には仮眠スペースがあって、シュウは一応は休みながら肥料のサンプルの分析を勧めているのだとか。作業が進んでいないのならば問題だが、そうではないのだからマサキにできることもなく。そこで、サフィーネに例の男について訊ねてみれば、ラングラン城下町の周辺でどうやら諜報活動を行っているらしいとの話だった。どこの組織に属しているかまではわからなかったらしいが、何らかの目的を持って情報を集めているのは間違いないという。
ミオの作った料理が尽きかけた三が日の終わり。モニカとテリウスが連れ立って戻ってきた。彼らの話によると、ラングラン国内のヴォルクルス信徒に目立った動きはないらしい。となると、マサキとしては、バゴニアとシュテドニアスの動きが気にかかる。とはいえ、噂話の域は出ないものの、こちらも似たような状況らしい。
地上の暦では正月明け。朝から女三人が忙しなく立ち回るキッチンを脇目に、マサキは久しぶりにテリウスと腰を据えて話をした。
目立って口にすることはないものの、セニアが三人のことを気にかけているのは、時に彼女がシュウに便宜を図ってみせるところからも明らかだった。テリウスに言わせれば、モニカは努めて明るく振舞ってはいるものの、ひとり王宮に残す形となってしまったセニアに物思うところはあるらしい。セレブ雑誌もそのひとつ。彼女は彼女なりに、セニアの動向を気にかけているらしかった。
「目的を果たしたら、セニアの元に戻ろうとかは考えねぇのか」
「今更だよね」顔付きから幼さが抜けて逞しさを増すようになったテリウスは、少しだけ寂しそうに笑った。「戻って何ができるわけでもなければ、やったことが消えるわけでもない。それに、僕にはこの生活が合っているようだよ、マサキ。学べることも多いしね」
「ほらほら、あんたたち。朝食の準備が出来たからテーブルについて」
サフィーネに急かされるようにして、テリウスとふたり。キッチンの食卓に顔を揃えてテーブルの上に置かれた朝食メニューを見れば、魚の煮付けに味噌汁。浅漬けや卵焼きといった日本の朝食に相応しい副菜も並んでいる。
「日本料理を食べるのは久しぶりですわ。どうでしょう、マサキ。ミオに教わりながら作ってみたのですが」
「へぇ。いつもサフィーネに任せてる割には珍しいこともあるもんだ」
「シュウ様にとっては第二の故郷の食事でもあるのでしょう? でしたら、この機会にきちんと覚えるぐらいしないと。お役に立てる機会はそうないのですから」
ミオが教えておかしなものが出来上がる筈もなく。地上での生活が懐かしくなる程度には、郷愁の念をそそってくれる素朴な味わいの料理を、マサキはゆっくりと味わった。
色鮮やかな食材を使用するラングランの食文化とは異なり、華やかさはないが、このこじんまりと纏まった感じが日本料理の醍醐味なのだろう。
「暇を持て余しているのなら、お願いしたいことがあるんだけどね。どう? ボーヤたち」
朝食後。サフィーネに請われて、マサキはテリウスに魔装機の操縦技術を教え込んだ。「敵に塩を送るってこういうことだよねえ」こちらもサフィーネに請われたミオが、簡単な護身術をモニカに教えながら言う。
掃除に洗濯と忙しく立ち回っているサフィーネは、その合間に茶菓子を運んできては、「監視だなんだって言ったって、あんたたちただここでリゾートしてるだけじゃないの。そのぐらいの宿代は払いなさいよ」などと焚きつける。チカはチカで、「この光景はむしろご主人様がびっくりするんじゃないですかねえ」と、いつになく平和に過ぎる時間に首を傾げながらも、五者五様な館の一日を眺め続けていた。
一週間と口にした割には、ほぼ不眠不休で分析に当たったらしい。世界有数のスパコンに不正アクセスしてまで急いだだけあって、翌日の昼過ぎには詳細な分析結果のレポートを片手に、シュウは居間に姿を現した。
「肥料のサンプルに含まれていた菌は、地下室の壁から検出された菌の一世代後の菌でしたよ」
「地下室が先になるの? ってことは……」
「恐らく、あの地下室で白鱗菌の保管をしていたか、培養をしていたかだったのでしょうね。それを肥料に混入させた。そしてその肥料を近隣の農家に分けたのではないでしょうか」
「肥料の流通ルートの洗い出しをしないとな」
少し長めの休暇もこれで終わりだ――マサキはソファの背もたれに掛けていたジャケットを取り上げて、袖を通しながら立ち上がった。
「流石にそれは私では対処しきれないので、あなた方に任せますよ」
「そのデータのコピーはあるのか?」
「どうぞ。セニアでしたら、もう少し踏み込んだ内容も読み取れるでしょう」分厚いレポートの束がマサキに手渡される。「とは言っても、かなりの大規模な流行病になっていますからね。対策をしたところで自然発生的に南下を始めるのも時間の問題な気がしますが」
「そこをどうにかするのが奴らの仕事だ」気にならないと言えば嘘になる。マサキは細かい数値の並ぶレポートを捲って少しだけ中身に目を通してみたものの、それが自分には理解の及ばない内容であるのがわかっただけだった。「適材適所とはよく言ったもんだ」
「使うべきものを正しく使うのもまた、才能ですよ」
「そんな才能は欲しくねぇんだがな」マサキはレポートを小脇に抱え、「行くぞ、ミオ」
「言われなくても」
ミオはにっこりと微笑んで、「じゃあ、またね!」シュウに軽く手を振って、一足先にリビングから出た。マサキも後を追う。ほんの数歩。リビングの入口を潜り抜けようとしたところで、「マサキ――」シュウに呼び止められて振り返る。
放り投げられた銀色の指輪《リング》。
片手で受け止めて、手のひらをそうっと開いて眺めてみれば――。
「古代語ですよ。暇なときにでも解読してみてください」
わかった。そうとだけ答えて、何がしかの文言が彫り込まれた指輪を左手の薬指に嵌め込む。そして、マサキはミオとともに館を後にし、王都への帰路に着いたのだった。
〈了〉
.
PR
コメント