忍者ブログ

あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

聖夜に限りない約束を(4)
ただ単にこのシーンを書きたかっただけです、はい。
聖夜に限りない約束を(4)
 
 そこからは他愛ない話を繰り返し、気付けば二時間が経過していた。
 食事どきを迎えて、店内は混雑の様相を見せ、店の外にまで列ができている有様。慌ただしく店内を行き来する店員たちを横目に、そろそろ出ましょうか、とシュウに促されて、マサキはあまり長居をしても店の迷惑になるだろうと椅子から腰を浮かせた。
 シュウが会計を済ませる間、店の外でマサキは空を見上げていた。そびえ立つビルの群れの隙間に除く夜空に薄い雲がかかっている。その雲に、ほろ酔い加減の火照った身体から吐き出された白い息が重なっては宙に消えてゆく。街灯りの強い都市部では星々を臨むのは難しいことだったけれども、煌々と光を放つ月はよく見えるものだ。
 今年の日本はホワイトクリスマスにはならないらしい。浮かれ騒ぐ街の喧騒を眺めながら、マサキは自分には縁遠いこと、と、イベントごとになると途端にやる気を発揮する日本の国民性を思った。
「ホワイトクリスマスにはほど遠い夜ですね」
 そんなマサキの考えを見透かすかのように、姿を現すなりシュウは言った。言って、どうしますか? と、この後の予定を訊ねてきた。
「日付けが変わる前には家に戻らねぇと、テュッティたちが怒るだろうなあ」
「帰りたくないとでも?」
「あいつらの酔い方、騒ぎ方は犯罪レベルなんだよ」
 館に戻ったらベッキー辺りが裸になって床の上で寝ているに違いない。しかも酔いが回りきった他の魔装機操者たちは、それをいつものことと全く意に介さないのだ。マサキも昔よりはその乱痴気騒ぎに慣れたとはいえ、泥酔するほど酔うことがないものだから、気まずさはやはり消えないもので――。
 それと比べれば、物静かなこの男と一緒にいた方が、まだクリスマスらしい時間を過ごせる気がするのだから、付き合いの長さからくる慣れとは恐ろしい。
「とはいえ、帰らなくては大目玉を食らうのでしょう。それでしたら駅まで歩いて電車を使いませんか。人出もかなり増えてきた。これでは郊外まで出ないことには、人目につかずにお互い機体に乗り込めないでしょう」
「タクシーは使ってくれないのかよ」
「質屋で私の持っている装身具《アクセサリー》を換金してもらえれば別ですが」
 そう言って、シュウは上着の袖口から腕輪《バングル》を覗かせて見せた。けばけばしい装飾は苦手なのだろうか。シンプルな図柄が彫り込まれている。宝石はついていなかった。どうやら、純粋な銀製らしい。
「お前でもアクセサリーを付けるんだな」
「いざというときの換金用ですよ。地底の通貨はこちらでは通用しませんし」
「持ち運びに便利そうだし、俺もそうしようかな」
「鑑定書がない分、買い叩かれますが、インゴットより不審がられませんよ」
 路地裏から大通りに出る。人混みを縫うようにして歩き始めたシュウの半歩後ろをついて、マサキもまた歩き始める。思ったよりカップルの姿が少ないのは、地上の暦は平日だからだろう。スーツに身を包んだサラリーマンたちや、学校帰りに街に繰り出してきたらしいカジュアルな服装の若者たちで、街は溢れ返っている。
「どうですか、そこのお兄さんたち。フリータイムで飲み放題つきですよ!」
 サンタの衣装を身にまとったサンドイッチマンが、プラカードを掲げながらカラオケボックスへの入店を呼びかけている。久しぶりの地上に、あれもこれもが懐かしく感じられるマサキと異なり、シュウは度々地上にも赴いているのだろう。それに目もくれずに先をゆく。
「少しは俺の郷愁に付き合ってくれないもんかね」
「これは失礼」
 上着の裾を引いてそう言うと、シュウは少しだけ、その歩みを緩めてくれた。衣装を纏ったマネキンが並ぶ華やかなウィンドウの前を通り過ぎる……甘い香りを漂わせるドーナッツ屋の前を通り過ぎる……クレープ屋にケーキ屋……ないものはないだろう巨大な百万都市の楽器店の軒先では、置いてあるエレクトーンを少女が巧みに弾きこなしていた。
 先をゆくシュウの足がふっと止まる。
 路上でよく見かける光景。自分で作ったアクセサリーを売る露天商。駅前のロータリーの一角で、トランクを広げている彼にシュウは会釈をすると、やおらアクセサリーを物色し始めた。
「換金できるアクセサリーでもないだろ」
「モニカやサフィーネが煩いのですよ」
「それでクリスマスプレゼントだって? お前にも優しいところがあるじゃねぇか」
「まさか。彼女らに請われるがままにプレゼントを贈ろうものなら、どんな展開になるかぐらいあなたにだってわかるでしょう。私とてそこまで愚かではありませんよ。これは、あなたにです」
 いきなりぞっとしない台詞を吐かれたマサキは、驚くよりもただただ脱力し、頭《こうべ》を垂れると、耳にしてしまった台詞を頭の中から掻き消すように、二度、三度と首を振った。
「何の冗談だよ……ザッシュのいかれた台詞に影響されたのか。だから誤解を招くような発言や態度は慎めってあれほど言ったじゃねぇかよ……」
 マサキの当然の愚痴を聞く気は、シュウにはさらさらないらしい。台詞をさえぎって、これはどうです? と、差し出された指輪《リング》を、マサキはしぶしぶながら指に嵌めてみる。中央に白い石をあしらった鈍色の指輪はすっぽりと左手の中指に収まった。
「どうせなら石がない方がいい」
「石がなくて、もう少し細いサイズとなると、この辺りでしょうかね」
「お前、恐ろしいことをしようとしてないだろうな」
「別に右手でも左手でも私は構いませんよ。小指に嵌まるのであれば」
 いくらマサキがその手の話題に疎くとも、薬指の指輪の意味ぐらいは知っている。知っているからこそ、敢えて釘を刺すように言ってみればこの返し。どうやらシュウが求めたい指輪は小指に嵌まるものであるようだ。
「最近、城下ではこういった露天商が売っている安物の指輪が人気らしいですね」次の指輪を物色しながらシュウが言う。「そうなのか? ミオたちは何も言ってなかったが」そういった情報に耳ざとい彼女らとしたここ最近の城下の流行についての話を思い返しながら、「何で流行ってるんだ?」マサキはどういう理由で安物の指輪が人気なのかをシュウに訊ねてみた。
「最初は安物の指輪。次にそれは婚約指輪となり、最後には結婚指輪となるのだそうですよ」
「女がロマンを感じるポイントが俺にはいまいちよくわからねぇ。指輪の成長物語の何がそんなに面白いんだ? 別に婚約指輪と結婚指輪だけでいいじゃねぇか」
「私にだってわかりませんよ」
 これは? と次の指輪を差し出される。上下に二本のラインが入っているだけのシンプルな指輪は、値段からして鉄製ではあるのだろうけれども、銀製と言われれば信じてしまいそうなほどに磨き上げられていた。それがマサキの左手の小指にまるであつらえたように嵌まる。
「これがいい」
「シンプル過ぎる気もしますが、あなたがそれでいいと言うのなら」
 二千円程度の安物の指輪。その会計を済ませ、少しの間。シュウはマサキの小指に嵌った指輪を眺めていた。
「なんだよ。他人に物をプレゼントするのが初めてとか言うなよ」
「クリスマスプレゼントにしては安物ですが」
 名残惜しそうに眺めて、「メリー・クリスマス、マサキ」そう呟き、マサキに背中を向けると、シュウは駅に向かって歩き始めた。
 
 
.
PR

コメント