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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

聖夜に限りない約束を(2)
ギャグなんだか真面目なんだかよくわからない作品に。
まだ続きます。
聖夜に限りない約束を(2)
 
 二人きりでの食事を冗談じゃないと一蹴したかったマサキだったが、デートデートと喧《やかま》しいザッシュを実力行使で黙らせたところで、「食事を奢ってくれるシュウはいいシュウニャのね」とクロに、「情報を渡すふりをして引き出し返せばいいんだニャ」とシロに勧められ、それもそうかと気を取り直した。
 よもや彼とて不釣り合いにもクリスマスなどという単語をわざわざ口にした以上、マサキを誑かすような真似はすまい。稀には本当に何事もなく済む平和的解決もあるのだろう……そうマサキは考え直して、シュウとともに地上へ。サイバスターとグランゾンをそれぞれの使い魔に任せて、クリスマスの街角に降り立った。
 街路樹にはクリスマスイルミネーションが煌き、あちらこちらでサンタの衣装に身を包んだ店員たちが、チキンやケーキはいかがですかとけたたましい。クリスマスカラーに彩られた街角でクリスマスソングの数々を聞きながら、浮かれ騒ぐ若者たちの群れを抜け、マサキが彼と路地裏のひっそりとした隠れ家的な洋風飲食店《レストラン》に足を踏み入れたのは、暮れなずむ空が紫色にその裾野を染め始めた逢魔が時。店内は様々な人種に溢れてはいたが、落ち着いた店内の雰囲気に見合う静かな客ばかり。これなら何事も問題なく、無事に過ごせそうだ――シュウと二人で向き合って、店の奥まった場所にあるテーブルにマサキは腰を落ち着けた。
「先日、サフィーネが引っ掛けた男がおかしなことを吐いたらしいのですよ」
 二冊のメニューの一冊をマサキに渡し、手元に残したメニューを広げながらシュウが言う。
「引っ掛けた?」
 ボディラインを強調する服を好んで着用する彼女は性的嗜好的に真っ当ではない。真っ当ではなかったけれども、そこは恋に生きる女性。好きな男の前でぐらいは慎ましく生きているのかと思いきや、まさかの奔放な生活の暴露である。それはマサキでなくとも聞き返す。
「その言葉の通りですよ」
「ああ、まあ、それはわかるが」
「私がそれを放置しているのがおかしく感じますか? それとも私が口にするには不釣合いな単語だと?」
「そう聞かれりゃどちらもだが、あの女はその、何だ? お前の前でもああなのか」
「躾け直すのに苦労が要りますね、彼女は」気苦労が知れる台詞を平坦に呟いて、「飲みますか?」と、シュウは酒のボトルの一覧表の頁を開いてマサキに見せる。
「どうせお前の奢りだって言うなら、一番高い肉料理のコースでも頼んでやろうかと思ってるんだが」
「構いませんよ。それだったら、この辺りのワインはいかがです?」
「酒の良し悪しは俺にはわからないから任せるって言ったら?」
「酒豪に囲まれている割によく言う」メニューを自分の手元に戻して、シュウは他の頁を開く。
 どうやら何の酒になるのかはシュウの好みになるようだった。彼は酒をコーヒーや紅茶と同じ気楽さで嗜む。野菜を好む割には酒も好んで見せるシュウの偏った食生活を初めて目の当たりにしたとき、マサキは驚かずにいられなかったものだ。そして同時に納得せずにいられなかった。通りでいつ会っても不健康そうな白い顔をしている筈だと。
「俺は数杯の酒が関の山だよ。ところでお前は相変わらずの菜食主義《ベジタリアン》か」
「私とてそういうつも野菜ばかり口にしている訳ではないですよ。クリスマスですし、この日ぐらいは鳥料理《チキン》でも口にしようかと思っているのですがね……」
 眉根を寄せたどこか渋い表情のシュウは、気が向かないらしい。いい加減にも指先を遊ばせて、どのメニューにしようか決めるつもりらしかった。
「気が向かねえっつーなら、魚ぐらいは口にしろよ」
 そして店員を片手を上げて呼ぶ。ボトルワインにコース料理を二品頼んで、メニューを受け取った店員が恭しく頭を下げるのを見送り、テーブルから距離を取るのを待って、マサキは話の続きを口にする。
「で、おかしなことって何だ」
「ラングランの北部の農作物が、今年は不作だったのを知っていますか?」
「ああ、そういやテュッティがそんなことを言ってたな。菌繁殖だって。鱗のように菌が層を作って白くなるところから白鱗病って呼ばれてるんだろ。その影響で一部の野菜の値段があがってるとかなんとか」
「それだけ知っていれば充分ですね。で、例の男とそんな話題になったらしいのですよ。そのときに彼はこう吐いたそうです。“北より白き葉が南に降りてくる”と。サフィーネは単純におかしなことを言う男だ、程度にしか思わなかったようですがね、生憎、私はその言葉を知っている。ヴォルクルス信仰の預言書の一節、その復活を予言する章の最初の一節がそれだと。とはいえ、何故、葉が白くなるのかは、預言書ですからね。はっきりとは書かれていないのですよ。研究者の間では、通常、ラングランに降り得ない雪ではないかというのが通説なのですが……」
 思わず声を上げそうになったマサキは、そこで自分のいる場所に気付いて、辺りを憚るように声を潜めた。
「だったら穏やかな話じゃないじゃないか」
 幸い、マサキの声はそこまで辺りに響いた訳ではなかったようだ。クリスマス。静かな店内とはいえ、浮かれ騒ぐ気持ちなのは彼らも一緒らしい。声を潜めてはいたが、誰も彼も自分たちの話に夢中で、周囲に気を配る余裕はなさそうだった。
「そうでなければ私はわざわざ彼らの居場所を突き止めようなどとは思わないでしょう」
「奴らがあのテロリストと繋がっているとでも?」
「大掛かりな検挙劇だったようですからね。もしかしたら背後で糸を引いている可能性もあると思ったのですが――まあ、あなたに聞いても拠点の場所は知らないでしょうし、私は他のルートを使って情報を集めることにしますよ。そのぐらいの伝手はありますから」
 そういう話だったらセニアに情報を渡して、それと引き換えに拠点《アジト》の場所を引き出して、その情報をシュウに渡してもいいとマサキは思ったのだが、その話はそれきり。シュウはあくまで己の力のみで、この問題と向き合うつもりらしい。そのまま話題を変えた。
「ところでクリスマスに私と食事でよかったのですか。クリスマスパーティの予定があったのでしょう」
「酔い潰れたあいつらを客間に放り込むのは、いつだって俺の役目だよ」それに、と言葉を継ぐ。「てめえに付き合った甲斐はあった」
「あまり首を突っ込まないで欲しいものですね。これは私が解決すべき問題だ」
 先に届いたワインを店員がふたつのグラスに交互に注ぎ、赤い液体がグラスを満たす。少しの沈黙。店員が再びテーブルから距離を取るのを視界の端に収めて、マサキはグラスを傾けると、
「メリー・クリスマス」
 言って、シュウが手にしたグラスにグラスを合わせた。
 
 
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