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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

【R18】彼→彼(三)
段々、内容を思い出してきたので、こっぱずかしい気持ちが湧き上がってきているのですが、ここまで書いてしまった以上は仕方ありません。頑張って書ききります。ひー。



(二)

 ――人間は好戦的な生き物だ。
 シュウは背後でマサキが自室のドアを力任せに蹴飛ばした音を聞きながら、うっすらと口元に笑みを湛えずにいられなかった。
 ――彼はままならない感情をぶつける先を求めているのだ。
 それはヒトが行き場のない閉塞感を打開すべく武力を行使するのに似ていた。荒ぶる魂。そう、人間は何彼と理由を付けては武力を揮わずにいられない生物だ。
 マサキの理想にせよ、彼らの野心にせよ、行き付く先はひとつだ。武力という抑止力による支配――領土問題に資源問題。宗教的対立。他国支配からの自立を目指す独立運動もあれば、抑圧された世界からの解放を目指す統一運動もある。大義名分を振り翳しては他国への侵攻を始めるヒトという生き物は、そうやってこれまでの歴史を流れた血で彩ってきた。
 一説に拠れば、宇宙には一千兆個の星が存在しているのだという。と聞けば、地球で起こっている戦争の数は大したものではないと、識者はしたり顔で述べることだろう。だが、その規模はどうだ? 近代から現代に至るまで、その規模は巨大化の一途を辿るばかり。隣り合った国の小さな戦争は数を減らし、世界はおろか、幾つもの惑星をも巻き込んでの大立ち回りが当たり前となった。
 現在シュウが参戦している戦争にしてもそうだ。地球という惑星の寿命を左右するほどの規模にまで達してしまった戦い。そうである以上、宇宙にひしめく一千個の星の中のひとつの星での戦争などといった状況の矮小化は、矢張りナンセンスであるのだろう。
 そこでふと、シュウは自らの人生を通り過ぎていった人間のことを思った。
 |ディバイン=クルセイダース《DC》が総帥、ビアン=ゾルダーク。彼の理念は非常に崇高であった。いずれ訪れくる脅威に対抗する為の世界統一――独裁者の仮面を被り、統一国家樹立の旗印を掲げた彼は、けれども自身の理念に綻びがあることには気付いていなかったようだ。
 それはとても単純な視点の欠落だった。知能に優れた彼は、愚者、或いは弱者に対するまなざしに欠けていた。出来ることが当たり前なヒトは、出来ないことが当たり前なヒトを真には理解出来ない。逆もまた然り。故に生じた行き違い。ビアン=ゾルダークという稀代の科学者は、世界を構成する要素の多くが、一般的な人間の感性に支えられているということを失念したのだ。
 だから彼は滅びるより他なくなった。
 ならば、マサキは?
 豊潤なるプラーナに恵まれ、優れた身体能力を有し、純粋なる精神をその身に宿した少年。彼は世の中の人間が自分ほど強くないということをわかっている風な口を利く。だが、それは真なる理解からくるものだろうか? 否。シュウはマサキの善性が刷り込まれた道徳観から生じていることに早くから気付いている。
 だからこそ、憎々しい。
 彼は地上人であれば至極真っ当な社会的規範の中で生きてきた。自身に秘められた真の能力に気付くこともなく。彼の才能が花開いたのは、ラ・ギアスが特殊な発展を遂げた世界であったからだ。仮に地上世界で彼が生き続けていたとして、果たして彼は風の魔装機神たるサイバスターの操者に匹敵する地位を得られただろうか? 否。彼はラ・ギアスに選ばれた人間であり、故に地上での成功は一定の範囲に留まっていただろう。
 彼の能力はラ・ギアスでなければ生かせないのだ。
 シュウは緩くカーブを描いている通路を往った。艦内時刻がそろそろ昼時になるからだろう。そこかしこに賑やかさを感じる中、特に誰に話しかけるでも、話しかけられるでもなく、格納庫を目指す。十指に及ぶ博士号を有するシュウにとって、話が合う人間というのは限られた。それ即ち、|専門家《スペシャリスト》。この艦には、優れた頭脳を有する科学者が幾人も乗艦している。彼らは様々なコンセプトで制作された数多の機体に興味津々な様子で、どうかすると一日以上、|格納庫《ドック》から動かないこともある。
 彼らとの会話は、刺激的且つ創造的な研究テーマを求めているシュウに、優れた知見を与えてくれた。ひとりの学徒として、教えを乞える師が存在しているというのは無上の喜びだ。だからこそシュウは、暇を見付けては|格納庫《ドック》に篭った。それは同時に、煩わしい人間関係や、好奇のまなざしからシュウを遠ざけてくれた。シュウは自身を安全な世界に隔離したいのだ。そういった意味では、目先の問題に捉われがちな視野狭窄な人間など以ての外だ。今日を生きるのに精一杯な彼らとは、世界が明日滅亡するとしても馴れ合える気がしない。
「機嫌が良さそうだな、シュウ」
 ただ真っ直ぐに目的地に向かうだけだったシュウに声がかかったのは、|格納庫《ドック》に直通している昇降機まであと数メートルの地点でだった。
 シュウは足を止めた。
 目にも鮮やかな赤い衣装に、天より降り注ぐ光を想起させる金色の髪。鋭い双眸をサングラスの奥に隠して目の前に立つのは、ラングランの内戦時にも同軍であったクワトロだ。
「そう見えるのだとしたら、あなたは人心掌握の術に長けているとは云い難いですね、クワトロ=バジーナ」
「君にかかれば誰も彼も矮小な存在と化すようだ」余裕然とした笑みを口元に浮かべながら、クワトロが距離を詰めてくる。「これでも人を統べる能力はそこそこあると自認しているつもりだが」
「謙虚なことを仰る」
「君に叩き潰されたくはないからな」
 すらりと伸びた背筋は、軍人特有の姿勢でもある。シュウは市井に紛れても、自分の由来を消しきれずにいる男に笑い声を上げずにいられなかった。
「残念ながら私は機嫌がいいのではありませんよ、クワトロ。ただ、昨日あったちょっとしたことに安堵しただけです」
 思えばラ・ギアスで助力を仰いでおきながら、その礼もまともに述べていない。だからシュウは、少しばかり彼にサービスをすることにした。
 王室育ちであるからこそ身に付いた、自身の内面に関する話題に明言を避ける習慣。それに任せるがまま言葉を吐けば、クワトロは珍しくも驚いたようで、眉が大きく動く。
「君でもそんな風に感じる瞬間があるのだな」
「私も人間ですからね。喜怒哀楽ぐらいは存在しています」
 シュウは瞳を伏せた。
 マサキにはわからないのだ、それが。
 彼はシュウが全知であると思っている。そしてその能力故に、人間性と縁遠い世界で生きていると思っている。
 少し考えればわかることだ。シュウには人間性が存在している。感情表現に乏しくあれど、喜怒哀楽もある。でなければどうしてマサキを抱こうなどと思えたものか。
「まるで自分が人間ではなかったようなことを云う」
 クワトロの言葉に意識が引き戻される。シュウは自らの心の機微を悟られまいと言葉を紡いだ。
「戦場に立っていると、こう思う瞬間はありませんか。この場にいるのは己が定めたことである筈なのに、何故こんなにも人に操られているような気分になるのか――……と」
「それは君が、他人の能力を根本的に信用していないからではないかね」
「これは痛いところを突かれましたね」シュウはクックと嗤った。「その通りですよ、シャア=アズナブル」
 心の深いところにある人間不信。それを指摘された意趣返しと本名を口にしてみれば、クワトロは大いに面食らったようだ。暫しの沈黙が訪れる。
「……誰のことを云っているのかわからんな」
「下手な嘘は身を滅ぼしますよ、クワトロ」
 視線が交錯する。
 張り詰めた空気とは裏腹な、動揺を微塵も感じさせない無表情。どうやらクワトロは、追いつめられると表情がなくなるタイプであるようだ。それならばそれでいい。溜飲を下げたシュウは、クワトロを『赦す』ことにした。
「まあ、人には様々な事情があります。そこは深く追求しないでおきましょう」
「それは有難い」
 だが、どういった気紛れか。今日のクワトロはそれだけで引く気はないようだ。シュウの言葉に軽く頷いた彼は、「ついでに君の『ちょっとしたこと』を教えてもらえると嬉しいのだがね」と続けてくるではないか。
「あなたが下世話な好奇心に心を動かされる性質とは思えませんが」
 今度はシュウが面食らう番だった。
 クワトロのように自分の欲するものを理解している人間は嫌いではない。少なくとも青臭い理想ばかりを口にする人間よりは信用出来る。だが、その範囲が自分にまで及ぶとなると話は異なる。
 シュウは自分の人生で手一杯なのだ。
 関りを持ってしまった人間に責任を負えないほど、シュウは酷薄にはなれなかった。だから、シュウは手の届く範囲に置く人間を僅かな数に限った。それ以上は守り切れない。自らの能力を過不足なく把握しきっているシュウは、だから他人に自分への依存を許さなかった。
 そういった意味で、余計な詮索をしないクワトロは安心して会話が出来る人間であった。
 シュウはそれをクワトロ自身も理解していると思っていた。でなければ、短い期間であろうと、友軍としてともに行動しもしない。だのに――そう、だのに。何故か彼はその一線を、自らの手で壊そうとしている。
「君に興味を喚起されるのは君の仲間だけではないという話だよ、シュウ。君は好んで人間らしさを捨てているのかと思っていたが、それはどうやら違っていたようだ。ならば、その原因を知りたいと思うのは自然な欲求であるとも思うが」
 淀みなく言葉を継いだクワトロの様子から察するに、どうやら嘘を吐いているのではなさそうだ。
 ならば――シュウは迷ったものの、口を開くことにした。ここで言葉に詰まった方が要らぬ腹を探られかねないという懸念。そう、シュウは自身の言葉の使い方に自信を持っていた。回りくどさに嫌気を感じる者が多い物云い。彼らはシュウの目論見通り、シュウの言葉で煙に巻かれてくれている。ならば、クワトロにしても同様ではなかろうか。
 それに、クワトロは他人に迂闊に余計なことを口外するような人間ではない。詮索好きなシュウの仲間たちは、迂闊に口を滑らせようものなら何かのはずみでそれを他言してしまいかねなかったが、彼は違う。内心に収めておくべき事柄とそうでない事柄を明確に区別して、口喧しいロンド=ベルの仲間たちと適切な距離感で以て付き合いを続けている。
「ありきたりな理由ですね。けれども、それこそが人間性の発露なのでしょう」
「私も人間だからな」
「成程、確かに。ならば結構。しかし、聞けばつまらない話ですよ」
 シュウはクワトロのサングラスの奥で開かれている瞳を流し見た。会話の調子からは想像も付かないほどに鋭き眼光。彼がシュウに絡んできたのは、彼なりの打算があっての行動だというのがひしひしと伝わってくる。
 それでもシュウは言葉を続けることにした。
 期限付きの仲間。クワトロとシュウは、所詮、この戦争の間だけの付き合いだ。生きる世界が異なる以上、どういった思惑をクワトロが抱いていようとも、シュウの人生にまで影響を及ぼしてくることはない。それがわかっているからこそ、開いた口唇に言葉を乗せる。

「私は、自らが最も愚かで最も唾棄すべきと考えていた感情が、自分の中で確かな形を取ったことに絶望したのですよ」

 口にした瞬間、シュウには、自分がマサキに対して抱いている感情が酷く安っぽいものに感じられた。
 これだ。シュウは思った。この感覚。シュウは自分が只人に堕とされたような感覚を味わった。愛だの恋だのといった感情のどこに、人が一生を添い遂げることを強要されるほどの崇高さがあったものか。そこには醜い欲が複層的に重なり合っているというのに。けれどもその醜さこそが、シュウをこの場に縛り付ける原動力になっているのだから世の中とは皮肉に満ちている。
「絶望しながら安堵するとは不思議なことを口にする」
「何故? その絶望こそが人間性の証左であるというのに」
「私は君ほど知恵が回らないのでね」
 案の定と云うべきか。クワトロにはシュウが何を云わんとしているのかは伝わらなかったようだ。それでいい。シュウは胸の内でひっそりと笑った。私の感情と思考は私だけのものだ。他人に見えない景色と世界を目にしているシュウは、その現実に対して自覚的であるからこそ、誰よりもエゴイスティックに自己の内面世界を追求出来た。
「可笑しなことを仰いますね。知能の程度は認識の差に影響を及ぼさないというのに」
 だから、シュウは敢えてそう口にしてみせた。
 理解出来ぬのであれば兜を脱げばいい。そういった挑発の意味を込めて。
「君の境地に辿り着くのは難しそうだ」ふう。と、小さく溜息を洩らしたクワトロが続ける。「私は生に執着し過ぎているのかも知れん」
 瞬間、意識の外側から殴られたような衝撃があった。
 もしかすると――いや、限りなく近しいところまで、クワトロはシュウの真意に迫っているのではないか? 小さな石を投げ込まれたかのようにさざめく心を持て余しながら、シュウは再度、クワトロの様子を窺った。他人を見下すことに慣れているシュウは、自らの慢心が時として自分の鎧を剥ぐ契機となることを知っていたからこそ。
「それはあなたにとっての救済が、生きることであるということだけのこと。今の私にとっても然り」
 喉が渇いていた。
「だから絶望したのかね」
 目の裏側が熱かった。
「そうであるとも云えますね」ぱさついた口腔内を唾液で湿らせて、シュウはその残滓を嚥下した。「どうやら私は余計なことまで話し過ぎたようです」
「いや、実りある会話だった。君のクリティカルな秘密には迫れなかったが、自分の不足は理解出来た」
「それは何より」
 人間というのは奇妙奇天烈な存在だ。自らより能力に秀でた人間を目の当たりにすると、彼らの反応は二つに分かれる。決して屈するものかと反発する者、長いものに巻かれようとする者……前者はまだいい。彼らはシュウから何も学ばない。精々、悪しき習慣を反面教師としてわかった気になるだけだ。
 けれども後者は違う。どうかすると彼らはシュウの言葉から勝手に試金石を得てしまう。
 クワトロは後者であるらしかった。
「では、私はここでお暇することにしよう」
 認め難い思い。心を囲った鎧を剥がされたようないたたまれなさに、シュウが表情を取り繕っている間に、彼は納得すべきことを納得しきったようだった。一歩、また一歩とシュウの側に向けて歩を進めてくる。
「どちらに」
「自室で考えごとさ」
 擦れ違った瞬間に、彼が好んで付けているムスクの香りが鼻を突いた。シュウとは好みを異にするトニック系の匂い。思いがけず嗅ぐことになった不快な匂いに、シュウが微かに眉を顰めた瞬間、「君の絶望が希望に変わることを祈っているよ、シュウ」耳元近くでクワトロの声が低く反響した。







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