久しぶりのシュウマサ。「Are you really dating?」はへきのさんのポストを元に書きました。
戦いの始まり
窓が鳴るほどに雨粒が打ち付ける雨の日に、何故マサキが自分の家を訪れようなどと思ったのか、シュウにはその理由がわからなかったが、傘を差すのが面倒だという理由で濡れ鼠になった彼を放置してはおけなかった。「シャワーと洗濯機を借りるぞ」と、通い慣れないシュウの家を我が物顔で闊歩するマサキに、シュウが寛大な心持ちでいたのはそういった理由からだ。
ふたりの関係が変わってから、まだ日も浅かった。
シュウはマサキに対してどこか他人行儀になってしまうのを改めることは出来なかったし、誰に対しても態度の変わらないマサキがそうしたシュウの態度に不満を露わにすることもあったが、「一線を超えた仲だからこそ、より慎重にお互いの距離感を詰めてゆく必要があるでしょう」とシュウが云えば、ある程度は納得をしてくれたようだ。ときにシュウがマサキの傍若無人さを窘めれば、彼にしては驚異的な素直さで言うことを聞くようになった。
それでも育ちの違いに驚くことはある。
食事をするときの豪快さもそうであったし、直接的な物の云い方にしてもそうであった。静かに食事を取ることや湾曲的に物を言うことに慣れていたシュウは、マサキのそうした一面に耐え難さを感じたりもしたが、長い恋煩いからようやく脱出したばかりとあっては、狭量にそれらを責め立てたりは出来ない。理想と現実にギャップがあるのは対人関係に於いてはむしろ当たり前のことと、妥協点を探っては、目に余る部分を指摘するに留めていた。
だが、そうしたシュウの鋼の自制心も、風呂上がりのマサキの前では吹き飛んだ。濡れた髪から湯気を立ち上らせているマサキを目の前に、「マサキ」シュウは低く声を発した。「せめてタオルは巻きなさい」
そう、ときに豪快さでシュウの度肝を抜くマサキは、シュウの目の前に一糸纏わぬ姿を晒したのだ。
服を着ていないのは仕方がない。濡れた服を洗濯機に突っ込んでいるマサキには着る物がないのだから。だったらせめて「服を借りる」と云って欲しかったところではあるが、シャワーと洗濯機しか借りると云わなかったマサキの言葉の不自然さに気付かなかったシュウにもその点では落ち度がある。しかし、タオルすら巻いて出てくることを拒否するとは――。「巻かなきゃ駄目か」面倒臭そうな表情でいるマサキに、「当たり前です」シュウは当然と云い返す。
「むしろタオル一枚もだらしがない。私の服を貸しますから、それを着なさい」
シュウはソファを立ちあがった。寝室のクローゼットから服を見繕ってリビングに取って返す。
シャワーの湯で火照った身体を持て余しているようだ。リビングに入ると空調の冷気が肌を打つ。相変わらず裸のまま、ソファの上で寛いでいるマサキにシュウは服を手渡した。「熱ぃ」とごちながらも、シュウの言葉に抵抗する気はないようだ。のろのろとマサキが服を着る。
「袖やら裾やら余って仕方がねえ」
「洗濯が終わるまで我慢なさい」
大胆に袖と裾を折ったマサキがシュウの隣に腰を落とす。汗で服が濡れるのが気になるのだろう。「いいのかよ」と襟元をぱたつかせてきながら尋ねてくるマサキに、「裸でいられるよりはマシです」とシュウは答えた。
「まさかあなたはプレシアの前でもそういった態度でいるのですか」
「いや、タオルぐらいは巻くけれどもよ」
「タオルぐらいは巻く」
呆れて復唱することしか出来ないシュウに、マサキは全く表情を変えなかった。これは先が長そうだ。マサキの再教育にかかる時間の長さが途方もないものに思えたシュウは、照れも羞恥もないマサキの横顔を横目で見ながら小さく溜息を洩らした。
Are you really dating?
Are you really dating?
本当にあなたは下品ですね。と、シュウが言葉を発した瞬間、テュッティはその場の空気がひりついたのを感じ取った。
その大元を辿れば、隣で食事をしているマサキにある。
確かにマサキの食事における行儀はあまり良くない。背中を丸めて器に口を近付け、手にしたカトラリーで掻き込むように食べる。テュッティですら幾度か注意をしたぐらいであるのだ。育ちの違うシュウが耐え難さを感じるのは無理もない。
だが、そういった他人からの指摘を素直にマサキが聞ける性格かと問われると、それは中々に難しいことだ。独立独歩で生きてきたマサキは自身の生き様にある種の誇りを抱いているのが窺えたし、それがダイレクトに反映される姿勢や行儀作法といった躾に関わる部分への指摘を、だからこそ嫌がる気配をみせた。
――他人に迷惑をかけている訳でなし。
指摘への反論にマサキが好むこの言葉を、テュッティはどう説き伏せたものか、未だに明確な答えを出せていない。そのぐらいにマサキは自分が否定的な指摘に対して屁理屈を炸裂させた。ましてや今、マサキにその指摘をしたのは他ならぬシュウである。一悶着起こるのは避けられない事態だった。
とはいえ、静けさに勝る喫茶店で、自身の感情を爆発させない程度の理性はあったようだ。食事をする手を再び動かし始めながら、「……煩ぇよ。飯ぐらい好きに食わせろ」ぼそりと口にしたマサキに、テュッティはほっと胸を撫で下ろした。寄れば触れば口論に発展する二人である。この程度で済めば御の字――そういった思いが湧き上がってくる。
「何度、注意すれば改めるのですか。背筋を伸ばすだけのことですよ」
「スプーンとの距離が遠くなるのが嫌なんだよ」
「そういった身勝手な理由で姿勢を直さないと? 見苦しい。晩年に苦労をすることになっても知りませんよ」
「何で晩年、なんて話になるんだよ」
「今、姿勢を正せない人間が、歳を取って正しい姿勢を取れる筈がないでしょう。腰が曲がり切った滑稽な姿のあなたが笑い者になるのはあなたの勝手ですが、あなたの英雄としての働きを評価している私としては目にしたくないところですね」
「愚痴愚痴うっさいな。勝手に期待しやがって。筋トレはちゃんとしてるんだよ。そんな無様な姿を晒すかってんだ」
何も変わらない――終わりの見えない二人の言葉での応酬に、テュッティはひっそりと溜息を吐いた。
どうもマサキが云うには、驚くことに、シュウとマサキは懇ろな仲であるらしいのだが、そういった色気を他人がいる場で見せることは全くなかった。それどころか、油断すれば直ぐにこの有様である。自分の非を認めたがらないマサキに、刺々しく相手の弱点を刺しに行くシュウ。先日などはついに掴み合いの喧嘩である。それは私でなくとも疑うわよ。テュッティは未だ終わる気配をみせないシュウとマサキの口論に宙を仰いだ。
マサキが嘘を吐けるタイプでないのでは間違いない。シュウも言わないということはするものの、嘘を吐くタイプではない。そうなるとマサキのシュウと恋人関係にあるという言葉は真実であるということになるのだが、こうも態度が変わらないものを信じろというのには無理がある。他の魔装機操者たちは首を傾げるばかりだったし、リューネに至っては、「シュウになんか術でもかけられてるんじゃないの」と、完全に否定的な立場である。
「あなたたち、本当に付き合ってるの?」
だからテュッティは思わず口に出してしまったのだ。
言ってしまってから、今言う台詞ではなかったと思うも、動きを止めたシュウとマサキの視線はテュッティに向けられたあとだ。
「何で今言うかね……」
「あなたたちの喧嘩が止まらないからじゃないの。その度に冷や冷やするのよ、こっちは」
テュッティの言葉で気が抜けたようだ。「だってよ」と、溜息混じりで腕を組んだマサキに、「まあ、喧嘩が多いのは事実ですしね」と、シュウが涼しい表情でテュッティに共感を示すような台詞を吐く。
「喧嘩するほど仲がいいとは言わねえのかよ」
「恋人同士と呼ぶのを躊躇う程度に殺伐としている自覚はありますので」
「だったらお熱いカップルとやらをやってみればいいんじゃねえか」
「成程。それは一理ありますね」
「冗談に決まってるだろ」
とはいえ、意外な言葉の中に真理は潜んでいるものだ。マサキの冗談に感銘を受けたらしいシュウの手がマサキの口元に伸びる。
「なんだよ。こんなところで、変なことはするなよ」
「いいえ。ソースが付いているのですよ、マサキ」
マサキの口の端からソースを掬い取ったシュウが、迷わずそれを自分の口元へと運んでゆく。そうして、そのまま指先を濡らしたソースを嫌な顔一つせず舐めとったシュウに、テュッティは何故か敗北感を味わったような気分になったのだった。
PR
コメント