いきなり真面目な展開ですが、このシリーズはあくまでも「マサキたち魔装機操者とシュウたち邪神組がわいわいがやがやしながら、ときに陰謀に立ち向かったりしながらも、地上の暦でのイベントの日を賑やかに過ごす話」の連作です。
<愛を囁く日に聖者に甘い贈り物を>
今日も太陽は中天に座し、うららかな常春の日差しでもって、湾曲する大地に恵みを与えていた。
十日ぶりにゼオルートの館に帰還したマサキは、|風の魔装機神《サイバスター》から降り立って、眩く輝く太陽を背にそそり立つ館を見上げると、ほうっ……と、安堵の吐息を洩らした。任務を受けてラングラン東方に赴いた短いようで長かった十日間。その緊張の日々から、マサキはようやく解放されたのだ。
成果を上げなくてはと焦りにも似た気持ちで調査を続けたものの、その結果は芳しいものではなかった。結果、調査半ばにしてセニアに帰還を命じられるに至ったのだが、軍部が用意した宿泊所の大きいばかりで趣《おもむ》きのない硬いベッドで眠る生活よりも、小さくとも寝具にこだわった自分のベッドで身体を休められる生活の方がいいに決まっている。
それは、マサキとともに東方に赴いたテュッティも同じ気持ちであったようだ。|水の魔装機神《ガッデス》から降り立った彼女は開口一番、「やっとこれで自分のベッドで、気兼ねなく休めるわね」と、心からの笑顔を浮かべながらマサキを振り返った。
「おかえりなさい。おにいちゃん、テュッテイおねえちゃん」
扉を潜ると、魔装機の駆動音でその帰還に気付いたのだろう。待ち構えていたプレシアが玄関でマサキとテュッティを出迎えた。
「ただいま、プレシア。留守中に変わったことはなかったか?」
「特になかったよ。みんな様子を見に来てくれたし、大丈夫」
「それならよかったわ。これはお土産。一緒に食べましょう。お茶の準備をしておいてね」
帰りがけに洋菓子店に寄って買ったケーキの包みをプレシアに渡すと、着替えを詰めたボストンバック片手にテュッティが二階の自室に上がってゆく。それを追うようにして、マサキもナップザックを背に自分の部屋へと向かった。
話はひと月半ほど前に遡る。
地上の暦で年明け三箇日をシュウの監視(という名のバカンス)をして過ごしたマサキは、シュウに託された肥料と地下室の壁の付着物の分析結果のレポートをミオとともに情報局に届けた後、時に任務をこなし、時に騒々しい酒盛りをし、時にあてもなくラングランを流離《さすら》いと、いつも通りの日々を送っていた。
立件が難しいだろうとはセニアから聞かされていたのだ。
テロリストの拠点《アジト》の地下室から彼らが農場に使用していた肥料へと白鱗菌が伝染したことがその遺伝情報からわかったとして、では大元の白鱗菌はどこからどういったルートで地下室に入り込んだのか。それが立証できなければ、テロリストたちをそちらの罪に問うのは難しいと。
「シュウもその辺りのことはわかっているでしょうけれど、このふたつのサンプルの分析結果だけでは仮説しか立てられないのよ。最初期に白鱗病に感染した農作物の菌があれば、その遺伝情報から感染ルートが割り出せたのでしょうけど、被害拡大を防ぐ為とはいえ焼却処分してしまった後だし……」
テロリストたちは黙秘を続けているらしく、彼らからの証言は期待できない。そうである以上、罪に問えるのは確たる証拠が存在している破裂弾を使ったテロ計画のみなのだそうだ。
「無駄足かよ。慣れてはいるけどな」
いつだって実働部隊は末端の構成員なのだ。それは彼らが簡単に切り捨てられる駒であることを意味している。とかげの尻尾切りとはよく言ったもので、そう簡単にテロリストたちは組織の中心部には辿り着かせてはくれない。
「無駄足になるかはこれからの展開次第ね。これはある意味強力な証拠よ。この系列の菌の親株が発見できれば、その場所から組織の本体に辿り着ける可能性がある。今回の立件は難しいかも知れないけれど、収穫は大きかったわね」
そんな話をしてから二十日ほど。情報局に呼び出されたマサキは、だからこそ、セニアの用件は裁判に絡む話だろうと思っていたのだが。
「そういえば、いつの間に指輪なんて付けるようになったの?」
やはり白鱗病でのテロ行為については立件ができなかったと聞かされた直後に、セニアはマサキの左手の小指に光る銀の指輪にようやく気が付いたようだった。「マサキもそろそろ洒落っ気付く年頃になったってことかしら?」
クリスマスにシュウから思い付きのようにプレゼントされた指輪は、年明け三箇日の間にその手によって、これまた思い付きのように古代語で何がしかの文言が彫り込まれ、嫌な例えではあるが、ミオ曰く『恋人からのプレゼント』により相応しいグレードアップを果たしていた。とはいえ、古代語を読めるマサキでもなし。ちょっとしたアクセントが指輪の裏側に付いただけのこととは思っているものの、かといって他人に詮索されていい経緯《いきさつ》でもない。
何より、シュウはこの指輪を約束の証としてマサキに寄越したのだ。いざというときには、自分に引導を渡して欲しいと。このヴォルクルスの復活がかかっているやも知れない騒動の最中に、嫌な予感しかさせないその約束をどうして迂闊に口にできよう。
「なんだ、そんな世間話を口にするってことはお前の話はもう終わりか? だったら俺は帰るぜ」
「あら、何? もしかしてその指輪に疚《やま》しいことでもあるのかしら?」
「たかだか指輪一個であちこちで騒がれるのが面倒なんだよ。俺が指輪するのがそんなに珍しいことかね」
「そうね。マサキだってお洒落したいときぐらいあるわよね」
セニアはまるで弟を見るかのような眼差しでマサキをじっと凝視《みつ》めると、「それだけの年月が経ったのね。あなたが地底世界《ここ》で生きるようになってから」そう呟き、「でも残念ながら、今日の本題はこれからなのよ。マサキ、あなた『ファーガートン炎舞劇団』って知ってる?」
「ファーガートン? どこかで聞いたような……」
「城下に張り出されているポスターを見たなら知っている筈だけど」
「ああ、それでか」
マサキは納得した。ラングラン王都の城下町のあちこちに張り出されているポスターには、火の輪を両手にポーズを取る男女の姿が描かれている。ポスターの煽り文句は『凱旋公演決定! 世界で話題の舞踏家集団!』。その宣伝文を読むに、火の輪を使った舞踏劇を行う劇団らしい。
「来月に中央広場で公演があるんだよな。劇場じゃなくて中央広場だってのに、随分大掛かりな宣伝をしてるなって、ポスターの数を見て思ったんだよ」
「団長のファーガートンはバゴニアの西の地方の出身で、そこで行われていた祭祀にインスピレーションを得て、火の輪を使い始めたらしいわ。だから屋内での公演が難しくてね。城下で観客を集められる場所っていったら中央広場ぐらいなものだから」
言い訳めいた台詞に引っかかるものを感じながらも、マサキはそれが何かわからずにいた。中央広場には巨大噴水がある。水場での公演ならば、万が一の事態にも対応できるだろう――そう思ったマサキがセニアに訊ねてみれば、
「やだ、マサキ。もう忘れちゃったの? 平和ボケかしら。預言書の第一篇第二節よ」
言って、預言書のコピーをマサキの目の前に突き付けてきた。
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