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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

愛を囁く日に聖者に甘い贈り物を(2)
長くなりましたが、ここまでが前回までのストーリーの復習みたいなものです。
次回から本編開始となります。
<愛を囁く日に聖者に甘い贈り物を>
 
 Ⅰ-Ⅱ
 中点に炎舞い、■■は歌い踊る
 
「全部で千節を超える予言を全部は覚えていられねえんだよ」
 年越しの地上で、シュウとミオと三人で預言書について話をした内容を思い出す。あれから半月以上が経過している。全てを思い出すのは難しかったが、その預言書を記したアザーニャ=ゾラン=ハステブルグがラングラン王都の城下町に住んでいたことや、そこから『中点』を『ラングラン王都』と考える向きがあることは思い出せた。「中点=ラングラン王都と考えるなら、確かに今回の公演はある種の予言の成就ではあるな」
「飛躍的論理演算機《デュカキス》によると、ここの虫食いには『巫女』の文字が入るんじゃないかっていう計算結果だったわ。ヴォルクルス信教の巫女って意味でね。練金学士協会の方ではもっと範囲を広げて『信徒』ではないかっていう見立てだったけれども」
「劇団がヴォルクルス信教の信徒で構成されてるってか。そんな危ない連中に城下で公演させて大丈夫なのかね」
「外交上の問題から、彼らの家系や生育歴を洗うのは難しいのよね。事前に送られてきた入国申請リストを見る限りはキレイなものだったし、公演先でおかしなことが起こったという話も聞かない。それをまさか、テロの疑いがあるから公演は控えてくれないかとは言えないでしょう。
 そもそも、預言書の第一篇第一節の予言の成就である白鱗病の発生から時間が経ち過ぎているのが問題なのよ。千四百四節の予言の成就がヴォルクルスの本尊の復活にあるのだとしたら、その成就に何世代もかかるスピードでしょう。この間の空き具合は。と、なると、偶然の一致の可能性も捨てきれないわよね。
 だからなのよ、外交担当がいい顔をしなくて」
 白鱗病の南下に警戒を強めたセニアの尽力により、今のところ白鱗病の流行はラングラン北部だけに抑えられていた。感染作物の焼却処分……周辺農家への予防薬の無料配布……南部の警備の強化……国家予算からそれなりの資金を対策に注ぎ込んだだけはあって、南部での感染報告は例年と変わらぬ件数に留まった。北部での流行も年明け半月を超えて縮小傾向に転じたようで、このペースなら半月もする頃には自然発生的な量に減るだろうというのが大勢《たいせい》の練金学士たちの見方だ。
「外交担当? そんなに凄いバックでも付いていやがるのか、ファーガートンとやらには」
 しかし外交担当という言葉がセニアの口から出てくるとなるとは相当の事態である。ポスターの煽り文句を信じるなら、世界的に有名らしいとはいえ、たかだか一劇団のために出てきていい単語ではない。
 そこで、政治的な判断でも絡んでいるのかとマサキが突っ込んでみれば、セニアは困った風に目を瞬《しばた》かせ、
「ストロハイム人民共和国の紹介なのよ」言って、宙を仰いだ。
「へえ、そいつは珍しい。あの辺りの国が出張ってくるなんて」
「劇団員に何人かラングラン出身者がいるの。その関係で、随分昔にファーガートンがラングランで興行を行ったことがあるらしいんだけれど、そのときの評判はいまいちだったらしいのよ。まあ、あたしも知らないぐらいだから、きっとその通りの評判だったのでしょうね。
 ところが今回、流れに流れ着いたストロハイムでの興業が大成功を収めちゃった。評判が評判を呼んで、更なる周辺国家での興行も大成功。ファーガートン炎舞劇団は一躍、世界的な有名劇団の仲間入りを果たしたってワケ」
「それだけ聞くと、至って普通のサクセス・ストーリーだな」
「でしょう? で、芸術には有力な支援者は欠かせないってことで、その結果、あちらで随分と影響力のある支援者《パトロン》を得たんだと思われるのよね。ストロハイムとの外交チャンネルを通じて、彼らにラングランでの凱旋公演を行わせたいって打診があったのが、一ヶ月ほど前の話。
 簡単に言えば前回の興業のリベンジを果たしたいってことなんだけど、凄いわよね。確かに彼らの劇団は多国籍を売りにしていて、ストロハイム出身の劇団員もいるわ。でも、独裁国家でもあるストロハイムの外交部まで動かすほどの影響力って、どれだけ有力な支援者がバックに付いたのかしら」
「それで凱旋公演なのか。団長がバゴニア出身じゃおかしいだろって思ってたんだが」マサキも宙を仰ぐ。
 外交上の問題は把握した。あの独裁国家からの紹介とあっては、断りにくいのも納得だ。何故彼らが城下で公演を行うのかも納得した。単純にリベンジを果たしたかっただけ。辻褄は合っている。
「劇団員を洗っても、経歴はキレイなもんなんだろうなあ」
「でしょ? 計画してどうのこうのってレベルを超えてるのよ」
 それでも嫌な予感が拭えないのは、話が出来過ぎているからだった。それはセニアも同様なのだろう。眉根を微かに寄せて、曖昧な微笑みを浮かべながら、マサキの次の言葉を待っている。感想を聞きたい――そんな様子にマサキの目には映った。
 一ヶ月ほど前の話となると、例のテロリストたちが検挙された時期と重なる。そこに何がしかの意思が介在していないとどうして言い切れよう。
 マサキは考え込む。
 セニアも沈黙を保っている。
 無理だ。マサキは頭《かぶり》を振った。今回の件に関しては、偶然の一致の可能性が高い。彼らが立身出世を夢見る一劇団の動きや、独裁政権国家の外交部の動きまでコントロールできるのだとしたら、テロリズムや予言の実現などといった行為に励まず、もっと狡猾に世界を背後からコントロールして国家間の紛争に持ち込んでいるだろう。
 あの先の巨人族文明の負の遺産であるサーヴァ=ヴォルクルスは、そういった混乱から生まれる憎悪を好む神であるからだ。
「ちょっと気になることがあってね」
 沈黙の後。ややあって、セニアはおもむろに口を開いた。
「気になること?」
「例のテロリストたちの拠点《アジト》から、テロの計画書を押収したって話は聞いてるでしょ。その中に、王都を狙った計画があったのよ。城下町の各所で同時に炸裂弾を使うことで、王都を混乱させるのが目的の小規模なテロの計画だったんだけど……」
「その計画が繰り返される可能性があるって?」
「調和の結界がある以上、魔装機を使わなければ大規模なテロは仕掛けられないとはいえ、計画の規模が小さ過ぎるのよね。何かから目を逸らさせようとしてるんじゃないかって思ったのよ。彼らが別働隊なのは、組織の上層部を知らない点からも明らかでしょう。だから、その隙に本体が別の動きをするんじゃないかってね。あたしの妄想なんだけど」
「普通に考えれば、狙われるのは王宮だが」
「公演で賑わう城下の警備は手薄になるわよね。もう一度計画を遂行するなら絶好のチャンスだと思うんだけど、混ぜ過ぎかしらね?」
「いや」マサキはセニアの言葉を肯定すべく頷いた。「警戒しておくに越したことはないと思うぜ」
 
 
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