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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

愛を囁く日に聖者に甘い贈り物を(3)
甘い贈り物を、などと言っておきながら全然甘くない展開が続きます。
もう少しだけお付き合いください。
<愛を囁く日に聖者に甘い贈り物を>
 
「そう。それならばマサキ、任務の依頼よ。ファーガートン炎舞劇団のラングラン凱旋公演の日の王都の警備をお願い。メンバーの選出と配置はあなたに任せるわ」
 
 セニアから公演当日の警備の依頼を受けたマサキは、テュッティにヤンロン、ミオと王宮の詰所に身を置いているザッシュに協力を取り付け、城下町と王宮の二手に分かれて警備を行うことを決めた。
 計画書通りにテロが発生した場合、より大きな混乱が引き起こされるのは城下町の方だ。わけても、多くの観客が詰めかけるだろう中央広場の混乱は計り知れない。テュッティとミオ、そしてザッシュに王宮の警備を任せ、マサキはヤンロンとともに中央広場の警備に当たることにした。
 ストロハイムとの外交ルートを使って興行をしに来た劇団とあっては、賓客扱いも同義。厳重な警備体制の理由も、これで軍部に言い訳が付く形となった。たかだか芸術と彼らは決して快い顔はしなかったようだが、情報局はその最大限の協力を取り付けることに成功した。
 目下の状況が状況だけに大手を振ってというわけには行かなかったが、お忍びで国王が彼らの舞台を観劇することも決まった。「国王には王宮にいられるより、中央広場にいてもらった方が、リスクを分散できると思うのよね」軍部から上がってきた警備計画書を見ながら、セニアは容易くそう言ってのけたものだ。それだけ、城下町の警備が手厚く行われる予定となっていたからだ。
 あっという間に日は過ぎ、月をまたいだ公演当日。
 凱旋公演と銘打っただけあって、当日の中央広場の賑わいは相当なものだった。かつてのラングランでの公演の失敗からのサクセス・ストーリーを、国営放送を使って喧伝したからだろう。テレビでの中継が決まっているにも関わらず、予想の三倍もの観衆が中央広場に押し寄せた。
 中央広場の噴水前に設営された舞台《ステージ》の両脇に巨大な篝火が吹き上がったのは、公演開始の三十分前。輝かんばかりの権勢の象徴でもある豪華絢爛な王宮が、その背後に蒼穹の空を従えてそびえ立っている。
 最前列の中央に平素な服を身に纏った国王が身を落ち着けたのが、開始十五分前。無線機器《インカム》を通じて聞こえてくる警備状況に目立った変化はないようだ。マサキとヤンロンは国王の姿が視界に入る舞台両脇にそれぞれ陣取った。
 公演は終盤までは恙《つつが》無く進んだ。常に火の輪を両手に、躍動感溢れる舞踏を披露する劇団員たちに観客は魅了され、彼らの一挙一動に興奮し、惜しみない拍手と歓声を送った。
 各所の警備状況にも問題はなさそうだったし、一番の懸案である国王もリラックスした様子で観劇に集中していた。
 クライマックス。舞台上の踊りと炎が激しさを増す。
 それまでの小型の火の輪から人間がゆうに潜れる巨大な火の輪へと、彼らが手にした炎はその大きさを変えていた。跳躍に次ぐ跳躍、旋回、回転。ダンサーのしなる身体が次から次へと、観客に息継ぐ間を与えずに技を繰り出す。都度、宙に吹き上がる炎。歓声、拍手。
 もうあと十分もすればフィナーレだ。今日一日を凌げれば、危険度は格段に減るだろう。観客席を見渡しながら、マサキは少しだけ長い息を吐いた。周囲に意識を巡らせる。このまま順調に行けば、何事もなく舞台は終わるだろう。恐らく軍部は自分たちの功績にしたがるだろうが、大山鳴動して鼠一匹ならそれに越したことはない。そうマサキが思った矢先だった。
 地鳴りを伴う爆発音。立て続けに二発。
 王宮の両脇から火柱が上がる。
 黒煙を吹き上げるそれを、観客は演出と思ったようだった。ひときわ大きな歓声が上がる。弾かれるように駆け出したマサキは舞台裏に回り、同じく舞台裏に姿を現したヤンロンと鉢合わせした。「ヤンロン、あの位置は」「武器庫に近いぞ、マサキ」当然ながら、マサキたちが事前に入手していた劇の演出にそんな段取りはない。なかったが、国王がこの場にいるのだ。ここで避難を決めて、演出と思い込んでいる観客を無駄に混乱させるのは得策ではない。
 そう判断したマサキは無線機器でその旨を兵士たちに伝えると、「陛下を頼む」ヤンロンに後を任せ、駆け足で王宮に向かった。
 中央通りを駆け抜け、城門へ。
「風の魔装機神の操者、マサキ=アンドーだ!」
「存じております、マサキ殿!」
「非常時だ! ボディチェックは許せ!」
 既に門を固めていた兵士たちに全てを告げるまでもなく、その道が開かれる。
「マサキさん、こちらに!」
 通用門から王宮の敷地に出ると、前庭では既にザッシュが事態の収集を図るべく陣頭指揮を取っていた。その指揮に従って、慌ただしく左右に立ち回る兵士たち。呼び止められたマサキは、ザッシュの元に向かいながらその動きに目を配る――おかしな動きをする兵士はいないようだ。それに、思ったよりも混乱が少ない。
 恐らくは、日頃、詰所に身を置いてそのコミュニケーションを取り続けたザッシュの人望のお陰なのだろう。兵士たちは非常事態における命令系統の変化にも、柔軟に対応しているようにマサキの目には映った。
「何が起こったんだ」
「東と西の武器庫の番をしていた兵士が、それぞれ同時に中にあった火薬に火を点けたようです。ふたりとも重度の火傷を負った状態で発見され、現在、衛生兵による応急治療を受けていますが、話をできる状態ではないとのことです」
「武器庫の被害は」
「幸いと言うべきか、ここの武器庫には予備の銃と弾に祝砲用の火薬ぐらいしか置かれていないので、建物の損傷は僅かで済んでいます。屋根と壁の一部に穴が空いたぐらいですね」
 伊達に調和の結界を構築し、近代科学武器から魔装機へとシフトした訳ではなかったということだ。僅かな被害の報告にマサキは胸を撫で下ろした。
「消火活動は進んでるのか? 向こうから見た感じだと、一瞬、火の手が上がっただけだったが」
「そんなに火薬の量がある訳ではないですからね。一瞬で燃え尽きたようです。今は建物に引火した火が燻っている状態ですので、鎮火にはそう時間はかからないと思われます。そういった状況なので、テュッティさんとミオさんには引き続き王宮の警備に当たってもらっていますが、どうしますか?」
「命令系統を維持しつつ待機だ。兵士を使っている以上、次に何が起こるかわからない。警戒を怠らないよう伝えてくれ。ここはザッシュ、お前に任せる。俺は観客が掃《は》けるまで、中央広場の警備を。そのあとは城下の警備の指揮を取る」
「了解しました」
 ザッシュが側に控えていた伝令の兵士に耳打ちする。直立不動でそれを聞いていた兵士は、マサキとザッシュにそれぞれ敬礼すると、一目散に王宮に向かって駆け出した。その背中が道に折れるのを見送って、マサキもまた城下町に出た。
 
 
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