恐らく残り二回の更新でこの話は完結すると思います。
サフィーネの下品な言い回しを考えるのが楽しい辺り、私の品性には少しばかり問題があるのかも知れません笑 ようやく今回シュウのご登場です。乙女のロマンが詰まった登場の仕方をしていますが、それはまあ、私の作品ではいつものこと、ということで。
サフィーネの下品な言い回しを考えるのが楽しい辺り、私の品性には少しばかり問題があるのかも知れません笑 ようやく今回シュウのご登場です。乙女のロマンが詰まった登場の仕方をしていますが、それはまあ、私の作品ではいつものこと、ということで。
<愛を囁く日に聖者に甘い贈り物を>
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王都から南に伸びる街道沿いにその街はあった。魔装機で三十分ほど。大抵の用事を王都で済ませてしまうマサキたちが訪れることは滅多にない街だが、地方から王都への中継地点として発達してきた街だけあって、地元民から旅人まで、老若男女種々様々な民族を目にすることができる。
多様な民族が集まる街に相応しいカラフルな外壁の家々に、狭い軒先に旅商から仕入れた商品を雑多に並べる商店の数々……サフィーネの案内に従いながら、右に左にそれを眺めながら歩けば、石畳の通りを心地よい風が吹き抜ける。
不意に建物の列が途切れ、開ける視界。周囲を植え込みに囲まれたこじんまりとした広場の中央にある時計塔の針は午後のティータイムを告げていた。その側にあるベンチに腰掛けて、マサキたちはシュウの訪れを待つ。
「本当にシュウは来るんだろうな、サフィーネ」
「大丈夫よ。何だったらボーヤに訊いてみれば?」
|炎の魔装機神《グランヴェール》に乗るぐらいなら、|風の魔装機神《サイバスター》に乗ると言って聞かなかったサフィーネを、お望み通りにサイバスターに放り込んで、王都からここまで。彼女にサイバスターを希望した理由を訊ねたところ、「ボーヤだったら通信機の周波数がいくつでも黙っていてくれるでしょ」とのこと。
そんなことをいけしゃあしゃあと言ってのけるぐらいなのだ。ヤンロンたちに知られたくない後暗い事情があるのだろうと思ったら、案の定。サイバスターに乗り込んだサフィーネは、マサキの目の前で、慣れた手つきで軍部が使用する帯域に通信機の周波数を合わせると、これまたそれがさも当然とばかりに通信機の呼び出しに応じたシュウに、城下町での失態を侘びつつその約束を取り付けてみせたのだ。
要は無線のただ乗りである。マサキとしては、彼らの豪胆ぶりにただただ苦笑するしかない。
「来るかどうかはわからねえが、連絡に応じてたのは確かだぜ」
繊細《デリケート》な扱いが要求される実験を正確にこなしてみせたり、自ら定めた物の置き場や生活のリズムを頑なに守り続けたり、仲間と認めた者のために時間や手間を惜しまなかったりと、愚直にも几帳面な面ばかりが強調されるシュウが、時折、気まぐれに盛大にずぼらになってみせることをマサキは知っている。
面倒だと感じたことに嘘を吐くことを彼は躊躇わないのだ。
だからこそ、シュウが来るか来ないかは五分五分。マサキはそう思った。
独立独歩の烏合の衆が長く行動をともにし続けるためには、お互いの相手に対する信頼が必要不可欠である。シュウは面倒に巻き込まれたサフィーネを見捨てるぐらいは平気でやってのける。けれども、それは彼がサフィーネを駒のひとつとして見ているからだけではない。彼女にはひとりでもその窮状《ピンチ》を切り抜けられるだけの力があると信じているからでもあるのだ。
その信頼はとても重い――マサキは左手の小指の指輪をそっと撫でた。
「来なければヤンロンの出番よね。サフィーネが色々吐くまで頑張ってもらいましょう」
「他力本願だな。まあ、いい。丁度、試したい別の書も持っていたところだ。十分待ってもシュウが来なかったら、これを試してみることにしよう」
「あんたたち、魔装機操者の良心はどこにいったのよ! ここで落ち合うことにしたからって、この近くにあたしたちが住んでるとは限らないのよ! 急にシュウ様を呼び出したんだから、ちゃんと来るまで待ちなさいよ!」
「だったら、ただ待つのも暇だし、どうだ? 僕と手合わせしないか、サフィーネ」
「あっらあ、肉弾戦のお誘い? ベッドの上での肉弾戦だったら喜んでお相手するけど」
「その根性は見上げたものだが、叩き直す必要があるな」
軽い調子でこちらの話に応じているからと言って、油断ができないのがサフィーネ=グレイス。この次の瞬間には思いがけない方法でこの場から逃走することぐらい、彼女は普通にしてみせる。そんな彼女に煮え湯を飲まされ続けているのはマサキだけに限らない。
傍目には軽口を叩きあっているように見えても、当事者たちはわかっている。
油断したら相手の思う壺だと。
けれども、そんな関係も少しは変わりつつあるのだろう。マサキは指輪に目を落とした。ここの街に来るまでの間、サイバスターの機内でふたりだけになった際に、マサキはサフィーネにこの指輪を預けていた。それは、その内側に何がしかの刻印がされていることを知っていたサフィーネが、それを少しでいいから見せて欲しいとねだったからだった。
――……成程ね、この指輪は大事にした方がいいわよ。
どうやらシュウから話だけは聞いていたらしい。らしくなく真剣な面持ちで古代語を読み進めたサフィーネは、その表情を崩すことなく、指輪をそっとマサキの手のひらに握らせると言った。
「お前、古代語読めるのかよ」
「子供の頃からの筋金入りの信徒だったしねえ、あたし。だから古代語の読みはね、嗜みよ」
物憂げな表情でサフィーネは言い、「何の役にも立たない知識だと思ってたけど、役に立つ時もあるもんだわ」と、続けた。
破壊神信仰に傾倒していた当時のサフィーネの身に何があったのか、マサキは知らない。稀に少しだけ彼女の口からその当時を思い起こさせる台詞が吐き出されることがあったものの、それはいつも核心に触れられぬままに終わった。
恐らくは、彼女の享楽的な精神をもってしても、口にするのを憚る記憶だったのだろう。しかし、そうした弱味にしかならない部分を僅かでも曝け出してくれる程度には、彼女らも自分たちに気を許すようになったのだ。
――ボーン……ボーン……ボーン……
時の区切りを告げる鐘が鳴った。広場に到着してから、まだ二十分ほどしか経っていない。待つ時間は、時の短さに比例して長く感じるものだ。
目の前を風船を手にした子供たちがわあわあと声を上げながら駆け抜けてゆく。通り過ぎざまに聞こえた会話の内容では、サーカスの公演が始まるようだ。彼らが手にしているのは、その呼び込みのために配られた風船なのだろう。
「火の輪くぐりがすごいんだぜ!」
「あたしは空中ブランコが好き!」
そんな会話を聞きながら暫く。マサキの隣に座っているテュッティが、あ。と声を上げた。走るのがあまり上手くないらしい最後尾にいた子供が、石畳に足を取られて転んだのだ。
手にしていた風船が宙に舞う。風に煽られて広場の先へと。幸いにも植え込みの奥の樹木の合間に挟まってその動きを止めたものの、しかし子供には高い位置。先を行った子供たちは、彼が遅れていることには気付いていないようだ。
「マサキ、取ってあげたら?」
物押しそうに風船を見上げている子供は、どうするべきか悩んでいるのだろう。二の足を踏んでいる。恐らく、木登りも苦手なのだ。「……そうだな」マサキはベンチから腰を浮かせた。
その視線の先に見慣れた白い長駆。歩を進めるたびに、長い衣装の裾がひらめく。人を待たせている割にはゆったりとこちらに歩いてきた彼は、広場の入口で子供の姿を認めると、何を欲しているのか直ぐに気付いたようだ。植え込みの中に分けいると恵まれた長駆を生かして風船を取る。
「おにいちゃん、ありがとう!」
子供の言葉に、少しだけ、その表情が和らぐ。身を屈めて、しっかりと子供にその風船を掴ませたシュウは、何度も振り返ってはお辞儀を繰り返す後ろ姿を見送ってから、マサキたちの元に歩いてきた。
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