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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

新しき年に幸いなる祝福を(6)
このシリーズは、「”誤解”を振りまいて歩いているシュウと、それに振り回されているマサキを筆頭とする魔装機操者たちが、知能や肉体を使って、ヴォルクルス信教の野望を阻止したり阻止しなかったりしながら、最終的にはその日の地上の暦で行われるイベントを楽しむ」という、やりたいことを全部詰め込んでみただけー、な連作品です。今年のクリスマスに完結する予定でございます。
 
ちなみに前回のシュウの機嫌が悪かったのは、マサキが指輪をしていなかったからです。(全然誤解じゃない)
 
どうでもいいようなよくないような話なんですけれど、私は操縦席への転送シーンを書いていると、ついヒーロー戦記を思い出してしまい、マサキやシュウに「コール……サイバスター!」だの「コール……グランゾン!」だの言わせたくなってしまうのですが、これ、今のファンの方のうちのどれだけの方に通じるネタなんでしょう。通じるのならガチでやりたいのですが。←ヒロ戦好き
 
と、長々前置きを置いたところで、本文どうぞ!
新しき年に幸いなる祝福を(6)
 
「どういうことなの、この指輪。さっきまでしてなかったよね」
 二時間ほどで美容室から出てきたミオは、身体を飾る振袖や綺麗にセットアップされた髪の毛も鮮やかに、ファーストフードでドリンクを片手に身体を休めていたマサキたちの元に姿を現すと、目ざとくもマサキの左手を掴んで言った。
「お前、馬子にも衣装なんだから、そういう荒っぽい動きはよしとけよ」
「あたし、一応、この間のクリスマスパーティ、マサキのこと庇ったんだけど」
「そりゃあどうも。でも、てめぇが思ってるようなことは何もねぇよ」
「じゃあ何? 指輪が瞬間移動してきたって言うの? さっきまでなかった筈の指輪が左手の小指に嵌ってるなんておかしいじゃないのよ。ねえ、シュウ!」
「ザムジードの操者にしておくのが勿体ない程度には、よくお似合いですよ」
「こんな堂々とした誤魔化し方、ある?」手元の本から顔を上げるなり、真正面からミオを見詰めてきっぱりと言い切ってみせたシュウに、彼女は驚きを禁じ得ないといった表情で一瞬|惚《ほう》けてみせたものの、即座に気を取り直してマサキの腕を掴み上げると、左手の指輪をその目の前に押し付けるようにかざして見せ、
「あなたが何かしたんじゃないの?」
「女性の褒め方ぐらいは心得ているつもりですが」
「そうじゃない! マサキの指輪の話よ!」
 シュウはあくまで空惚《そらとぼ》けるつもりらしかった。そう言うと再び手元の本に視線を落とす。そのシュウの人を喰った態度に、我慢しきれなくなったらしい。どん、とマサキの腕をテーブルに叩き付けると、ミオはふたりの間に割って入り、おしとやかさはどこへやら。ソファにどっかと腰を下ろし、
「これはちょっとじっくり腰を据えて話す必要がありそうね。マサキ、アイス買ってきて。ワッフルコーン。さっき奢ってくれるって言ったよね」
「言ってねぇよ! お前が奢らせるって言ったんだろ!」
「いいから買ってきて! ストロベリーね! そしてシュウ! 本は後にしてあたしと話をするのよ!」実力行使とシュウの手元から本を取り上げた。
 仕方なくマサキはソファから腰を上げて、階下のレジカウンターにアイスを買いに行く。そこそこの人垣が列をなしている。夕刻を過ぎ、そろそろ新年の準備を終えた人々が、大晦日の街に繰り出し始めたのだろう。
 こんな空気は始めてだ。
 ふ、と、マサキは子供の頃を思い出す。一年で一度だけ、遅くまで起きているのを許して貰えた日。お節や年越し蕎麦の準備に忙しい母親が、台所に向かい続けているその背中を見ながら、こたつに潜り込んで父親とテレビを見た。除夜の鐘……そしてそれが終わりを告げる頃に、新年の挨拶をして眠る。
 翌日は近所の神社に初詣。そして親戚の家に顔を見せに行くのだ。
 お年玉を集め終わったら、そこでようやく友人たちと合流。お年玉の金額を報告し合って、新年の街へ繰り出す。そう。オールナイトで遊んだことは数多くあれど、マサキが年越しから初日の出までの時間を、日本で他人と一緒に過ごすのはこれが初めてのことなのだ。
「ワッフルコーンひとつ。ストロベリーで」
「二百円になります」
 人が増えてきた店内に、いつまでもドリンクだけで粘る訳にもいかない。適当なところで外に出ようと思いながら、マサキはワッフルコーンを片手に二階の席に戻る。階段を上った少し先の席。華やかさが目を引くミオが、長駆が目を引くシュウに詰め寄っているのが見える。
「ねえ、マサキ。シュウがあたしの話をはぐらかすんだけど」
「聞かれても知らないことは、知らないとしか答えようがないのですよ」
「もういいじゃねぇかよ」マサキはミオの隣に腰掛け、ワッフルコーンを渡してやりながら、「俺だって偶には指輪ぐらいするってことで」
 賑やかな店内は、地上からの来訪者たちを、それと知らずに包み込む懐の広さに溢れていた。
 マサキの隣の席には今日が仕事納めなのだろう。サラリーマンが新聞紙を広げながらセットメニューを食べている。向かいの席には若者たち。何人かが着物を着ているということは、マサキたちと同じでオールナイトで年越しを楽しむつもりなのだろう。
 斜向かいの席には外国人観光客。どうやら向かいの席の客と意気投合したようだ。ふたりで肩を寄せ合って記念写真を撮影しだした。シュウの隣、マサキの逆向かいの席では、テーブルにノートとテキストを広げた女性が、ヘッドフォンで音楽を聞きながら勉強に余念がない。
 指輪|々々《ゆびわ》、と、大騒ぎしたところで、彼らはこちらのその騒動には目もくれない。今日を楽しんでいる者たちは、周囲に余計な注意を払わないものなのだ。
「ああ、そう。じゃあ、もう絶対にマサキの味方はしない。今まで何度も庇ってあげたっていうのに、そんなあたしの優しさを無視して、本当のことを教えてくれないなんて。さっさとシュウのところにお嫁に行っちゃえば?」
 豪快にワッフルコーンごとアイスにかぶりつきながら、不貞腐れている。頬を膨らませ、ミオは横目でマサキを睨む。「なんで話が飛躍するかね」呟けば、本を奪われて手持ち無沙汰らしいシュウが、すっかり氷が溶けて温くなったアイスコーヒーを啜りながら、
「私たちは日常生活における生活能力が低いですからね。一緒に暮らしてもいずれ行き詰まるかと」
 否定しているように見えて、否定の仕方に大いに問題がある台詞を吐く。生活能力の問題が解決するなら、マサキを嫁に貰うのもやぶさかではなさそうな台詞。マサキとしては、“そろそろ慣れたいところだが、積極的に慣れたくもない”類の台詞だ。
 とはいえ、マサキとてわかってはいるのだ。シュウがわざとやっていないことは。
 長く身を置いた王室で、シュウは物事をはっきりと否定したり肯定したりしないことを、徹底して覚えさせられたのだと言う。迂闊に他人に言質を取られようものなら、その言葉を意向として政治に利用されかねない。それがかつての専制君主制における最高権力者一族、王族という存在だったからだ。
 傀儡《かいらい》とならない為の処世術――王室で生きていくのに必要だった言葉回しを、年齢が行ってから改めて直すのは難しい。そんなことはわかりきっている。それでも、この婉曲な言葉回しは、はっきりと物を言うことに慣れているマサキたち一般人にとっては、誤解を振りまく表現以外の何者でもなく。
「お前、毎回いい加減にしろよ! そこは先ず否定から入れよ! 後な、俺はお前と違って一通りの家事はこなせるんだよ!」
「私だって一通りの家事はこなせますよ。ただ、無駄な時間に感じてしまうことが多いだけで」
「どうだか。目玉焼きを炭火にしたこともあったくせによ」
 へぇー……と、ミオが呆れたとも感心しているとも取れる、なんとも表現し難い声を上げた。「少なくとも料理を作って貰えるぐらいの仲ではあるんだ。そりゃあ皆、誤解だってするよねえ。あたしたちシュウとそこまで個人的な付き合いなんてしてないのに、マサキだけそんな親しく付き合ってるんだもの」中身のなくなったワッフルコーンの最後の部分を口に放り込む。それを勢いよく噛み砕く。そしてマサキのドリンクカップを奪うと、炭酸の抜けたジュースを飲み干して、まさかそんな状態になっているとは思っていなかったのだろう。ミオは盛大に顔を顰めた。
「その程度のことが気になるというのでしたら、どうせふたりとも、サンプルの検査結果が出るまで私を監視するつもりでいるのでしょう。そのついでに手料理を食べて行ってはどうですか」
「やめとけ、やめとけ。こいつの料理はサラダに屋台で買ったフィッシュ&チップスを温め直すとか、その程度なんだから」
「なんだろ。あたし今、マサキに盛大にのろけられてる気分なんだけど」
「のろけてねぇよ! そのぐらい生活能力がないって話だよ!」
「いずれにせよ、私とマサキの生活能力のなさは、同じレベルだと思うのですけれどもね」シュウはミオが自分から取り上げて、テーブルの上に置いた本を手に取った。再び読むのかと思いきや、それを鞄の中に仕舞いながら、「それはさておき、この後の予定はどうなっているのですか。あなた方、今日の予定を立てて来ているのでしょう」
「大晦日じゃなければカラオケでもいいんだけど、流石に今日はねえ。混むだろうし」
「それにシュウはゲーセンって柄じゃないものな」
「年越し蕎麦でも食べに行く? でも絶対に混んでるよね」
 マサキはミオと顔を見合わせた。時刻はようやく夜を迎えたばかり。除夜の鐘を聞きながら神社に向かうにしてはまだ早い。とはいえ、どこかで時間を潰すにしても大晦日。この時間からだとどこも混み合っている。
「でしたら時間もあるようですし」
 鞄の中からシュウが取り出してきたのは、先ほどコンビニで取った預言書のコピーの束。読みますか、とそれをテーブルの広げる。「それだったらセットメニュー頼もうぜ。ドリンクだけで粘るもんじゃねぇよ」
 
 
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