年内最後の更新です。それでは皆様、よいお年を!
聖夜に限りない約束を(了)
どうせゼオルートの館には一瞬で着けるのだ――マサキは|白銀の機神《サイバスター》の操縦席《コクピット》に自分を転送すると、そのコントロールルームに心地よい疲れを覚えている身体を沈めた。
「お帰りニャのね! わぁ、大きなクリスマスプレゼント!」
「シュウに貰ったのかニャ?」
「これはプレシアとテュッティにだな……しまった。お前らにも新しい首輪を買ってくるんだった」
後悔しても時既に遅し。中身は何かとやいのやいの騒ぎ立てる二匹を適当にあしらって、長く歩き続けた足を休めながら、マサキは静かながらもあっという間に過ぎていったシュウとの時間を振り返った。
夜の帳の只中で、暫く物思いに耽る。触れた口唇。その温かかった口唇から吐き出された台詞。何を考えて彼が破壊神サーヴァ=ヴォルクルスに絡み続けるのかマサキにはわからなかったけれども、そんなマサキにもひとつだけはっきりとわかっていることがある。
一生、彼はその呪縛から逃れられはしないのだ。
明日は館の片付けを終えたら、セニアに今日の任務の報告をしに行こう。マサキは思う。そのついでに情報を仕入れてくることにしよう。しかし、情報が入手できたとして、次に自分がシュウに会えるのは、いつの日になることか……今回のシュウの掴んだ情報が空振りに終わることを祈りながら、よし、とマサキは呟いて、地底世界への転送システムを起動させた。
うなるモーター音……歪む時空……極彩色の世界が目の前に広がり、身体にかかる負荷は果てしない。転送先の座標軸をゼオルートの館にセットする。金切り声のような耳鳴りと、乱気流の中にいるような目眩に耐え、マサキは地底世界への帰還を果たした。
暖かい明かりが窓より漏れ出るゼオルートの館。背後に並び立つ魔装機の群れに、マサキはようやく自分のあるべき場所に帰って来れたような気分で、サイバスターから降り立った。
操縦席で指輪は外してある。それを無くさないようにジャケットのポケットの奥に押し込んで、クリスマスプレゼントの包みが入った袋を片手にシロとクロを伴い、石畳の上、その門を潜った。
「お帰りなさい、おにいちゃん!」
ずうっと待ち続けていたのだろう。早速とばかりにプレシアが玄関から飛び出して来る。その小柄で華奢な身体を抱き留め、「他の奴らには内緒な」マサキは袋からプレゼントの包みを取り出すと、プレシアに渡す。
「いいの? ありがとう、おにいちゃん」
嬉しそうに顔を綻ばすプレシアの後ろにはテュッティ。その表情はまるで般若のよう。腕を組み、仁王立ちで、微笑ましい筈のやり取りを睨み付けている。
「あー……遅くなって済まなかった」
「どうせ私たちの預かり知らぬところで、あなたたち逢瀬を重ねてるんでしょ。だったら今日ぐらい我慢してくれてもいいものを。それをこんな遅い時間になって」棘のある物言いは、それだけでは収まらない。何せ、彼女は館を出る前のマサキに“真っ直ぐ帰ってくるよう”に釘を刺しているのだ。「何・を・し・て・き・た・の・か・し・ら・?」
「誤解をどんどん一人歩きさせようとしてんじゃねぇよ! 食事だけた、食事だけ!」
「どうだか。あなたにこんな気の利いたことができる筈がなし。そのプレゼントだって、どうせシュウのお見立てなんでしょう。わかるのよ、お姉さんには」
「アドバイスは貰ったけど、選んだのは俺だよ。なんで俺、こんなに信用がないかね」
「あの人が絡むと、おにいちゃん、おかしさが増すから……」
テュッティの信用を獲得できない己に、目の前のプレシアを見下ろしながら愚痴れば、彼女は彼女でシュウとマサキの関係に思うところがあるらしい。そっと視線を外すと、俯きながらそう呟いた。
「どいつもこいつもなんであいつの振りまく誤解を信じるんだよ! ザッシュか、ザッシュ! そういやあいつはどこで何をしてるんだ!」
「一時間ぐらい前かしらね? 詰所から呼び出しがあって、帰ったわよ」
「ああ、くそ。あの野郎。今度会ったら覚えておけよ」
マサキは盛大に舌を打った。予めクリスマスパーティをするのはわかっていたのだ。それをほいほいのこのこ二匹の使い魔に唆されるがまま、シュウに着いて行ったのはマサキ自身。そうである以上、これ以上の言い訳のしようもなく、誤解は解けぬまま。ええいままよ、と、マサキはご機嫌取りも兼ねて、テュッティにもプレゼントの包みを渡す。
「とにかく、メリー・クリスマス。受け取ってくれよ。二人にしか用意してないんだから」
「どんな風の吹き回し?」テュッティは、これは意外と目を見開いて、「私にまでくれるなんて」
「いつも世話になってるからな。俺ひとりじゃ、この館の管理はできねぇし」
その気まぐれには、シュウの言葉が大いに影響していたのが、マサキはそれには触れない。言ってしまったらまた話がややこしいことになる。そのぐらいのことは、いくらマサキにだってわかるのだ。
「まあ、今回は信用してあげてもいいけれど」
嬉しいのだろう。プレゼントの包みを胸に抱き締めると、彼女は笑いたいけれども笑えないといった表情で、困った風に溜め息をひとつ洩らすと、
「私たちだけにって、狡いわよ。口止めされているみたい。リューネが酔い潰れているからいいものを、起きていたらどんな騒ぎになることか」
「ウェンディは?」
「練金学士教会の懇親会を兼ねたパーティと掛け持ちになってしまったんですって。かなりギリギリまでマサキの帰りを待って粘っていたから、後で謝っておきなさい」
そう言って、玄関扉を開いた。テュッティの後に続いて、マサキも館の中に入る。
二人はプレゼントの包みを大事そうに抱えながら、他の操者たちに見つからないように、そうっと自分たちの部屋へと上がって行った。それを視界の端に収めながら、マサキは宴の後の食堂に足を踏み入れる。
食べ散らかされた料理が広がるテーブルに突っ伏すようにミオが。食堂と続きになっている広間《リビング》のソファではリューネとシモーネが。床の上では毛布をかけられたベッキーが大の字になって寝そべっている。そこから少し離れた場所では、デメクサがむにゃむにゃと何事か寝言を呟いていた。
珍しくも酔い潰れるまで飲まなかったらしいヤンロンと、鋼の肝臓を持つが故に何を飲ませても正体不明になるほど酔うことがないゲンナジーが、そんな一行を尻目に、部屋の隅で差し向かいになり、何事が話し合っている。耳をそばだてて聞いてみれば、ラングラン全土を転戦して行われるとあるスポーツの、今季の勝利チームの予想だった。
「お帰り。遅かったな」
「人目につかない場所まで移動するのに時間がかかってな」
先ずはミオ。マサキはテーブルに突っ伏しているミオの肩を叩く。
「俺に担がれたくなければ起きろよ」
声をかけてみたものの、もう食べられない……そんな見当違いの返事をされたものだから、マサキは問答無用で椅子ごとミオの身体を引くと、崩れ落ちそうになる彼女の身体を抱き留めて、よいしょ……と、抱え上げる。そこに飛んでくるヤンロンの声。
「人目につかない場所で何をしていたのやら」
「サイバスターに乗るのにだよ! お前まで碌でもない噂に踊らされてるんじゃねえ!」
よもやヤンロンにまで言われると思っていなかったマサキは、そう声を上げると、些か荒い足取りで、二階の客間に向かい、今日のために手入れされた真新しいシーツの敷かれたベッドにミオを放り込んだ。
次いでリューネ、そしてシモーヌ。その最中、プレゼントの包みを開いたらしいテュッティとプレシアに抱きつかれた辺り、その中身もまた喜んで貰えたようだ。大いにアドバイスを貰ったシュウの王宮生活で磨かれたセンスに感謝しながら、シモーヌをベッドに放り込んだマサキは、鼻歌交じりで階下に片付けに降りてゆく彼女らを追いかけて、自らもまた階段を降りた。
最後はベッキー。毛布で包んだ身体は女性にしてはかなり逞しく、マサキひとりで彼女を客間に運び込むのは難しい。ちらりとゲンナジーを見る。稀に見る筋骨隆々な体躯の彼は、それだけでマサキが何を訴えているのかわかったらしい。「…………」と、何事か呟いて、こくりと頷くとベッキーを担いで二階へと上がって行った。
「ファングはいつものことだからいいとして、ティアンとアハマドはどうした?」
「気持ちよく酔えている内に帰るって言って、三十分ぐらい前かしらね。帰ったわ」
「おにいちゃんによろしく、って言ってたよ」
テュッティとプレシアは今日はテーブルの上を綺麗にするだけに留めるようだ。食器を台所に運び込み、布巾をかけるのを手伝いながら、そう言えば――マサキはシュウから聞いた城下で流行っているらしい指輪の話を二人に聞かせてみることにした。テュッティは知らなかったが、プレシアはウェンディから耳にしたことがあるらしい。「おにいちゃんにそれとなく教えておいてって言われてたんだけど……」大人しくも、ときに大胆になる彼女の思わぬ策略に、マサキはどうしたものか頭を掻く。
「おにいちゃん、あたし、何も言わなかったことにしておくね」
「いや、うん……まあ。その方が面倒が少なくて済むか……」
ウェンディが知っている以上は、リューネも知っているのだろう。だったらすっとぼけ続けた方がマサキのためになるに決まっている。これ以上、ああだこうだとはあらぬ噂で囃し立てられるのはマサキとしては御免被りたいところなのだ。
そのついでに、指輪を嵌める指の意味を訊ねてみた。プレシアはきょとんした表情をしていたが、テュッティは少しばかり知っている知識があるようだ。「右手の薬指は恋人同士、なんて学生時代に聞いたわね」
「そうなると、左手の薬指は夫婦か。それ以外の指に何か意味があるのかね」
「本当かどうかわからないけれど、一時期、周りの女の子の間で小指に指輪をするのが流行ったのよ。ピンキーリングはプロミスリングだって。左手の小指に嵌めると願いが叶うらしいわよ。何、あなた。もしかして指輪でもシュウに貰ったの?」
「迂闊なものを買わないように知識を身に付けておくんだよ。薬指じゃないからいいか、なんて指輪に手を出して、あの二人に色々言われるんじゃ堪ったもんじゃねえ」
これは下手に襤褸を出さない内に食堂から退散した方が良さそうだ。マサキは鋭いテュッティの指摘に、動揺を表さないように努めながらそぞろ話を繰り返し、ほどほどのところで自分の部屋に引き下がった。
――プロミスリング。
ベッドの上、身体を横たえて、ジャケットのポケットから貰った指輪を取り出す。鋭く輝く指輪を眺めながら、マサキはシュウが指輪に込めた願いに思いを馳せる。大事なものを扱うようにそっとその指輪を左手の薬指に嵌めて、「本当に嫌なプロポーズだ」マサキは呟くと、磨き抜かれた銀色の指輪に口付けた。
<了>
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