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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

wandering destiny(20)
ついに20回目を迎えました!

今回もだらだら回です。ちょっとはシュウマサらしい回になったんじゃないかと思うのですが、いかがでしょうか。



<wandering destiny>

 その為には能動的に動き回るしかない。
 シュウは|情報網《ネットワーク》上をアクティブに動き回った。知己のメンバーや、新たに知り合ったメンバーと意見交換を繰り返しながら、幾つものコミュニティを縦横無尽に駆け回ってゆく。この点、仮想空間は楽だ。現実世界では何万キロも稼がなければ手に入らない情報が、少しの手間で入手出来る。
 重なり合うホログラフィックディスプレイには無数の情報が流れ、それはまるで星の煌めきのようだ。時折鳴る|警告音《アラート》。色の変化したホログラフィックディスプレイはセキュリティリスクが上がったことを示している。
 情報がクリティカルレベルに近付けば近付いただけ、セキュリティリスクは増す。シュウはホログラフィックディスプレイに羅列されている情報を精査しながら、それらのリスクに対応していった。
 シュウが使用している衛星回線は、魔装機に搭載されているAIを転用したカウンターアタッカーで護られていた。地上の技術で作られていないAIシステムは、クラッキングするのに相当の時間と手間が必要になる。ましてやこのAIには、シュウの手で何重ものプロテクトがかけられているのだ。シュウ自身、自分でも性格が悪いと感じるような罠が幾重にも仕掛けられたAIシステム。そのログに残るクラッカーの情報を眺めながら、シュウは微かに笑った。
 他人の情報を利用せしめんとする輩にはそれ相応の報復が必要だ。
 彼らは新たなマシンを購入しなければネットワークにアクセス出来ないほどのダメージを受けたことだろう。容易に想像の付く結末が滑稽に感じられて仕方がない。秩序が保たれたダークウェブに集まる情報にどれほどの宝石が集まるかは不明だが、ゴミのような輩はこれで減る。シュウは決して改心した訳でも、良心に傾ききった訳でもないのだ。ただ、気に入らない輩を殲滅し続けているだけ。
「案外面白いな、このRPG。オーソドックスな展開の割にはシステムが使い易い」
「どのくらいゲームをプレイしていなかったのです」
「子どもの頃の一時期ぐらいだからなあ。もう十年以上はやってないんじゃないか」
 目新しさから。多弁にゲームの内容を伝えてくるマサキと話をしつつ、ネットワークの掃除を進めながら情報を集めていると、程なくして、会話が途絶えた。どうやらゲームに没頭し始めたようだ。シュウはマサキの邪魔にならないよう静かに|高性能小型携帯端末《ハンドブック》の操作を続けた。テラバイトを超える膨大な情報の群れ。自身の処理能力の高さが有難い。
 その甲斐あって、ついにというべきか――夕方近くになって、兵器分析コミュニティへの招待状が届いた。
 流石にぶっ通しでのプレイは目が疲れたのだろう。対面のマサキはソファに身体を埋めたまま眠ってしまっていて、シュウは胸の内で快哉を上げることしか出来なかったが、事態の進展に大きく寄与するだろうルートが開かれたのは朗報だ。
 尤も、大山鳴動して鼠一匹ということも有り得る。シュウは気を引き締めた。|中東極右派《マウシム》繋がる確かな情報を入手するまで、シュウの情報網《ネットワーク》上での戦いは終わらない。
「マサキ」
 浮かれ騒ぐ心を理性で抑えながら|高性能小型携帯端末《ハンドブック》を片付け、マサキの肩を揺らす。「夕食を食べに行きませんか」そう声をかければ、意識に届いたようだ。ぱちりとマサキの目が開く。
「何だ。もう夕方か」眠たげな目を擦りながらのそりと上半身を起こしたマサキが、茜色に染まった街が映る窓に目を遣った。「一日が過ぎるのは早いな」
「今日は何を食べますか」
「コンビニ食でもいいんだがな」
「コンビニに行くくらいなら、スーパーマーケットに行きますよ。冷凍食品も種類が豊富ですしね」
 シュウはソファから立ち上がった。
 壁に掛けっ放しになっていたコートを取り上げ、マサキを振り返る。ついてくるつもりであるようだ。重たそうに身体を持ち上げたマサキがジャケットに袖を通している。まだ頭が起ききっていないのだろう。幾度か首を振ったマサキが、思い出したように「ラーメンが食いてぇ」と口にする。
「ピザとうどんの次はラーメンですか。あまり勧められた食生活ではないですね」
「サプリメントに栄養補助を頼ってるお前に云われたかねえや」
 今朝、偏った朝食のメニューに、何種類かのサプリメントを摂取したのを覚えていたようだ。マサキが髪の毛を掻き毟りながら、面倒臭そうに言葉を発する。
「サラダぐらいは奢ってやるよ。だからラーメン食おうぜ」
「どうせならちゃんとした店で食べたいところですね」
 朝食をマサキが買いに出てしまったこともあって、今日のシュウは一度も外出をしていない。だからか、外の世界が恋しく感じられて仕方がなかった。研究の為とあればシュウは何日でも研究所に篭っていられたが、自分を偽っての情報収集の最中である。しかも、AIに任せているとはいえ、くだらない連中の露払いもしなければならない。ダークウェブの住人達は、スキルの高い人間ばかりではないのだ。
 流石に気疲れもする。
 ましてや――シュウは昨晩の出来事を思い返した。普通に会話をしているように見えるマサキとの間には、そこはかとない緊張感が漂っているように感じられた。どこかぎこちない笑み。まだ彼はフラストレーションを抱えたままであるのだろうか。疑問を抱えながらもシュウはマサキを連れてモーテルを出て、呼び付けたタクシーに乗り込んだ。
「味噌に醤油、塩、鶏|白湯《パイタン》。どのラーメンが食べたいですか」
「そんなに種類があるのかよ」
「あるらしいですよ。驚いたことに」
 ラーメン屋の検索結果が映し出されているスマートフォンをマサキに見せる。
「マジか」
 想像以上の店舗の多さに驚いたようだ。シュウの手元を覗き込んだマサキが、味を想像したのだろう。ごくりと喉を鳴らしてから口を開く。
「ラーメンって云ったらやっぱり醤油だろ」
「わかりました」
 シュウはタクシーの運転手に英語で店名を伝えた。
 輝かしい夜を迎えつつあるドバイの街中へと滑り出してゆくタクシー。世界有数のリゾート地は、昼夜を問わず賑やかだ。道路沿いを往く観光客と思しき人々の中には、日本人らしき姿もちらほらと窺える。きっと、彼らもまた、これから食事をする場所を求めて街に繰り出しているのだろう。
「レストラン多いもんな、この通り」
「それだけ観光客が多いのでしょうね」
 シュウがタクシーの運転手に聞いたところによれば、ドバイは豊かな食の街であるらしい。世界各地の有名どころは、スーパーマーケットに行けば冷凍食品で賄えてしまうのだとか。
「確かに。スーパーの冷凍食品コーナー広いもんな、ドバイは」
「食のボーダレス化が進んでいるのでしょうかね」
「単純にそれだけ観光客が多いんだろ。豚骨スープがないのは、流石中東って感じがするな」
「些細なことではありますが、そう聞くと、イスラム圏にいるんだなと感じますね」
 宗教的な問題で豚肉が食べられない彼らは、食が豊かとなってもそれらを頑なに忌避しているようだ。ラーメン一つとっても豚骨スープは存在しなかったし、朝食のピザにしても豚肉由来の食材は使われていなかった。うどんの具にしても同様で、豚肉の代わりに鶏肉が使われていたぐらいだ。徹底したイスラム主義。世界各国からリゾート目当ての観光客が集まる都市といえども、宗教色は消しきれないのだと思い知る。
「そういやチャーシューはどうなるんだ? 豚は駄目だろ」
「鶏肉で作っているようですよ」
「成程なあ。まあ、食えるだけ有難いと思わねえとな」
 頭の後ろで腕を組んだマサキが、座席の背凭れに深く背を預ける。
 豚肉由来の調味料や下味、食材がないことで興味を失ったのだろうか。それとも、抱えたフラストレーションが彼の態度を不自然にしているのだろうか。どこか上っ調子な言葉のイントネーション。鼻っ柱の強いマサキの態度に慣れてしまっているシュウとしては、居心地の悪いこと他ない。
「そういえば、ゲームはどうなりましたか」
 その居心地の悪さを誤魔化すように彼がプレイしていたゲームに話題を移せば、自分で選んでプレイを始めた割にはもう飽きがきているようだ。どことなく気だるそうな表情を浮かべたマサキが、「最序盤は抜けたんじゃないか」と口にする。
「思ったよりも進んでいませんね」
「お前、情報収集に没頭してたからだろ。俺が寝たのにも気付きゃしねえ。でも、本格的に冒険開始ってところまではやったぜ」
「先は長そうだ」
「面白いは面白いぜ。そんなにレベリングが必要じゃないからサクサク進むしよ。ただその所為で、歯応えがなく感じられちまうんだよな。だからやりがいが薄くて……って、お前に云ってもわからねえか」
「RPGはストーリー性を楽しむものだと思っていたのですが」
「んなこと云っても大体決まってるモンだろ。悪を倒して世界に平和を齎すって。その悪が最初から決まってるヤツなのか、それとも裏に真のボスがいるのかはそのゲームによるけどよ」
 物語の根幹に関わる部分を、極限まで単純化してさっくりと切って捨てたマサキに、シュウは苦笑を禁じ得ない。
 英雄としてラ・ギアス世界に名を馳せるマサキ。彼はまさしく彼がプレイしているRPGのように、勇者としての時間を生きているのだ。それだのに共感するところはないらしい。そこがシュウには興味深く、また不思議だと感じる部分でもあった。
「あなたにかかればストーリーも片無しですね。勇者たちも報われない」
「つーても、そういうのがRPGの醍醐味だしなあ。偶には身近な奴がラスボスだった、なんて話もあるけどよ、あれは後味いいもんじゃねえしな。プレイヤーが安心して遊べる為には、物語の『型』ってのも必要なんじゃないかね……」
 解けない緊張感。気まずさを押し隠そうとしているのだろうか。珍しくも饒舌にRPGについて語ってみせたマサキは、ゲームの話から連想したのだろう。滅多なことでは触れない地上時代の話をシュウに語って聞かせてきた。
「どっちかつうと、俺は身体を動かす遊びの方が好きな子どもだったからよ、あんまりゲームは遊んでねぇんだよな」
「例えば?」
「かくれんぼだろ、鬼ごっこだろ、田んぼの田にドッジボール……」
「かくれんぼはやりましたね」
「へえ、お前が」
「侍従たちとですが」
「お前……」眉を顰めたマサキが呆れた口振りで吐き出す。「友だちいねえのかよ」
「同い年の子どもたちと会えるのは王宮でパーティやお茶会があった時ぐらいですよ、私は。学校も行きませんでしたしね。王族とはそういうもの」
 狭い世界。籠の中の鳥だったシュウは、王族の|例《ためし》に従い、王宮の中で生きることを余儀なくされた。学校に通うことなど夢のまた夢。勉学は家庭教師、剣術は剣術指南役、魔法やスポーツにしてもそうだ。その道のプロフェッショナルに囲まれて過ごすのが当たり前だった。
 それが神聖ラングラン帝国の未来を背負う王族としての義務であり責務である。
 シュウの言葉でマサキはその事実に思い至ったのだろう。はっと目を瞠ると、頭を掻きながら「お前、ほいほい動き回ってるところしか見ねえから、王族だったこと忘れちまうんだよな」と、気まずそうに言葉を吐く。
「それは結構なことですね。少しは一般社会に馴染めているということなのでしょうし」
「そうか? お前の住んでる世界は、一般社会の中でも特殊な世界だぞ」
「確かに」シュウは笑った。
 住み慣れた水が一番肌に合うからだろう。王籍を剥奪されたシュウが付き合いを続けている人間は、学会の住人であったり、貴族籍の人間であったりと、一般社会の構成員たる普通の人間からは程遠い。馬が合うほどではないが、話をしていて苦ではないのだ。前提とする知識に共通点が多いことが、会話を心地よく続けられるコツである。だからこそ、シュウは一般社会に身を置いていたマサキを筆頭とする地上人たちに強いシンパシーを感じてしまうのだ。
 優れた能力を有する彼らにとって、普通であることが当たり前である社会は、さぞや息苦しく感じられたことだろう。
 水を得た魚。ラ・ギアスに召喚された後の彼らの活躍を見れば、彼らの適性は明らかだ。命を燃やして戦場を駆け抜け、荒れ果てた社会に平和を構築する。魔装機の操者であることは、一般社会に埋没していた彼らの才能に明確な指針と光を与えた。そう、|自己同一性《アイデンティティ》の確立。彼らはラ・ギアスで生きることで、地上世界で生きた自分を大きく塗り替えたのだ。
「他には?」
「他に?」
 けれどもシュウは、胸に溜めたそれらの思考を明らかにすることはなかった。
 自分の内面を勝手に他人に決められていると知って気分が良い人間はいまい。特にマサキはそういった評価に敏感だ。人一倍高い|自尊心《プライド》。それは両親を失ったことと無関係ではないのだろう。彼は自分を一番知っているのは自分であると思い込んでいる節がある。
 だからシュウは話題を変えた。
 自分が余計なことを口にしてしまうという意味で饒舌な人間であることに、シュウは自覚があるのだ。
「子どもの頃の遊びの話ですよ。私はボードゲームを覚えてからは、そちらばかりでしたからね。一般的な子どもが何をして遊んでいるのか知らないのですよ」
「つーてもな。あとはローラーブレードとか、スケボーとか……ああ、ミニ四駆はちょっとやったな。ベイブレードとか。でも、お前そういうのわかんねえだろ」
「スポーツはわかりますが、玩具となるとわかりませんね。買ってもらったこともありませんし」
「だろうなあ」
 困った風な笑みを浮かべたマサキが、「貸せ」とシュウの手からスマートフォンを取り上げる。どうやら検索して見せてくれるつもりなようだ。少しもしない内に「ほらよ」と目の前にスマートフォンを突き付けてくる。その結果を目にするに、どうやらミニ四駆とはラジコンの一種、ベイブレードはコマの一種であるようだ。
「随分と豊かな子ども時代を過ごしたのですね」
「俺の時はこれが流行ってたからなあ。持ってない子どもってのは、大抵、すんげぇ勉強が出来るヤツでさ。遊びよりも塾、みたいな感じだったんだよ」
 張り詰めていた空気が、穏やかな風を運んでくる。
 シュウはマサキの表情を窺った。遠い眼差しは、もう遠く過ぎ去った子ども時代に向けられているように映る。けれどもそこに悲壮感はない。ただ懐かしそうで、ただ満ち足りている。
「……楽しそうで何よりですよ、マサキ」
 瞬間、シュウはその時代のマサキを取り巻いていた顔も知らぬ人間を、羨ましいと思った。
 かくれんぼ、鬼ごっこといったありきたりな集団ゲームから、ミニ四駆にベイブレードといったシュウには縁のなかった現代的な遊びまで、幅広い経験をしてきたマサキ。風の行くまま、気の向くままな彼の行動範囲の広さは、活発に遊び回った子ども時代に支えられているのだ。
 対して、代り映えのしない王宮の景色ばかりを眺めて暮らしていた自分。
 シュウにとって子ども時代とは今の生活の原点でしかない。暇を見付けては研究に没頭し、危機を感じ取っては戦場に足を踏み込む。それだけではない。余計な世話と知りつつ、他人を助けることも増えた。
 シュウは国を支える王族にはなれなかったが、元王族としての誇りまでもを捨て去ってしまった訳ではないのだ。
 稀にはこう思うこともある。全ての柵から解き放たれて、ひとりのシュウ=シラカワとして生きていきたいと。けれども、シュウは自分が最早そうやって利己的には生きられないことを悟ってしまっていた。何よりマサキの存在だ。彼に肩を並べる為には、それなりの品性を身に付けなければならない。それには利己的な自分を根底から作り変える必要がある……シュウは過酷な道に自分が足を踏み入れてしまったことを痛切に感じ取っていた。
「でも、あの頃に戻りたいとは思わねぇな」
 シュウの沈黙をどう捉えたのだろう。タクシーの窓の外に映るドバイの夜景を眺めながら呟いたマサキに、意識が引き戻される。
「過去を懐かしむほど歳を取った訳でもありませんしね」
「そりゃそうだ。平和な世の中を見ねえことには終われねえ」
 あはは。と、豪快に声を上げて笑ったマサキが、シュウを振り返る。
「随分走ったな」
 そろそろ目的地に着いたようだ。スピードを緩めたタクシーが、賑やかな通りの一角にあるラーメン屋の前で止まる。
 見た目は小料理屋のようでもある落ち着いた佇まい。ほんのりと染まった小窓の明かりが、郷愁を誘う。運転手に支払いを終えたシュウは、マサキと連れ立って店の前に立った。店の外にまで匂ってくる食欲をそそる香りに、マサキの表情がぱあっと明るくなる。
「日本でもさんざ食ったんだけどな。食えないと思うと余計に懐かしくてよ」
 店先のメニューを覗き込めば、ラーメンだけでなく、簡単な日本料理も出しているようだ。それならば――とシュウは自分の|注文《オーダー》を組み立てた。麺類があまり好きではないシュウにとっては、一品料理の方が性に合う。
「しっかし、こんな観光客みてえなことばかりしてていいのかね」
「休める間は休んでおけばいいのですよ」シュウはのれんを潜った。「ふたりだけで拠点潰しをするのですから」
「違いねぇ」
 後に続いたマサキが小さく頷いた刹那、「いらっしゃいませぇ!」と、店内から威勢のいい声が響いてくる。作務衣にも似た作業着を着た料理人たちが慌ただしく鍋を振る厨房。奥から急ぎ足で姿を現したウェイターに二名であることを告げたシュウは、活気溢れる店内を潜り抜けるようにして、マサキとふたり、肩を並べて座席へと向かって行った。





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