<注意>
巫山戯ています。
本当に展開が巫山戯ています。
読む際にはその辺お含みおきの上、お読みください。
とはいっても、想像は付いたと思いますが……
巫山戯ています。
本当に展開が巫山戯ています。
読む際にはその辺お含みおきの上、お読みください。
とはいっても、想像は付いたと思いますが……
サフィーネにとって、シュウが簡単な自炊を覚えることは、モニカを出し抜く上で欠かせない要素なのだ。サフィーネが不在と見るや否や、シュウの世話を焼きに走るモニカ……憎々しいこと他ない。彼女より自分の方がシュウとの付き合いが長いのだ。その気安さを形にして見せ付けてやらねば。
サフィーネは続けてシュウに云い聞かせた。「料理はかけた手間の分だけ美味しくなるものなのです」自らのやり方を否定されたことに不服そうなシュウではあったものの、サフィーネの言葉に思うところが出来たようだ。成程、と頷くと、包丁を手に取る。
「先ずは玉葱を半分に切りましょう」
「皮付きのままで――ですか、サフィーネ」
「その方が皮を剥くのが楽になります」
サフィーネの指導に従って、シュウが玉葱を縦半分に切る。まだまだ手付きが危なっかしい。サフィーネは隣で包丁の使い方を両手で表現しながら、幾つかの玉葱をシュウに切らせてみる。器用な性質であるからか。三個も切る頃には要領を掴んだようだ。まだ覚束ない部分もあるものの、かなりスムーズに包丁を扱えるようになってきた。
「その調子ですわ、シュウ様。では、次は頭とお尻の部分を落として……」
「こうですか、サフィーネ」
素直にサフィーネの指示に従って包丁を扱っているシュウが珍しく思えてならないのだろう。感心したような――それでいて、意外そうな表情でテリウスがシュウの様子を見守っている。
「そうですわ。そうすると皮が剥きやすくなりますでしょう」
「成程。この状態で皮を剥けば面倒は少なそうですね。皮はこの茶色い部分ですか」
「身まで剥かないようお気をつけくださいませ」
するすると、そして黙々と玉葱の皮を剥いてゆくシュウの表情は、普段と何ら変わりがない。それがサフィーネには新鮮だった。あのシュウがエプロンを着けて初めての料理に挑戦している。モニカが知ったら、何故自分に教える役をやらせなかったのかと怒るに違いないが、サフィーネにとって彼女は恋敵《ライバル》。抜け駆け上等である。
「出来ましたよ、サフィーネ」
「では、次は玉葱をみじん切りにしていきましょう。先ずは縦に細かく包丁を入れていきます……」
チリコンカンの難所はここだけである。あとは材料を鍋に投じて煮るだけなのだから、失敗する筈がない。包丁を手にしたサフィーネはシュウに手本を見せてやりながら、一つ目の玉葱をみじん切りにした。
「ではどうぞ、シュウ様」
けれどもシュウの手は動かなかった。
包丁を手渡そうとしたサフィーネに、シュウが躊躇する様子を見せる。シュウ様? と、様子を窺えば、どうやら玉葱が目に染みたようだ。上着のポケットからハンカチを取り出したシュウが、サフィーネたちの視線から逃れるように背中を向け、こっそりと目を拭い始めた。
「テリウス」
「何、サフィーネ」
「このこと絶対にモニカに云うんじゃないわよ」
「姉さん、絶対に悔しがるよね……」
長く付き従った主人《シュウ》が初めて見せた涙。玉葱のお陰というのが情けなくもあるが、普通に生活をしていては絶対に見られないものを目にした自覚があるサフィーネは、細かいことを気にするのは止めた。何より、心が舞い上がってどうしようもない。
天はサフィーネの功労にシュウの涙でもって報いてくれたのだ。
とはいえ、誰にも見せてこなかった涙を、玉葱で流してしまったことに不満を覚えたのか。何事もなかった様子で振り返ったシュウが、無言で包丁を手に取る。そのまま、サフィーネの手本通りに手を動かし始めると、かなりサマになった手付きで、鮮やかに玉葱をみじん切りにしてゆくではないか。
「やれば出来るじゃないか、シュウ」
自分が上に立てる機会がないからだろう。テリウスの口からシュウを褒める言葉が飛び出るも、不満が消えるほどではないようだ。無表情のまま幾つもの玉葱を無心でみじん切りにしてゆくシュウに、テリウスが肩をそびやかした。
「極端なんだよなあ」
「あんたが茶化すようなことを云うからでしょ」
「気を抜くと目が痛むからですよ。こういったことは先に云っていただかないと」
どうやらシュウが無言で玉葱を切っていたのは、涙が出ないように気合を入れていたからしい。
「終わりましたのね、シュウ様」
包丁を置いたシュウに、サフィーネはまな板の上の玉葱を検めた。多少、不格好な形のものも混じっているが、初めてにしては上出来の部類に入る。矢張り、器用な性質であるのだ――シュウの会得の速さに感心したサフィーネは、山場を超えたシュウの初めての料理にほうっと胸を撫で下ろした。
※ ※ ※
「――で、何の用だよ」
※ ※ ※
「――で、何の用だよ」
シュウの呼びかけに応えて家までやってきたマサキが、シュウに勧められるがままにダイニングテーブルに着く。自宅に呼び出すほどの用件がどういったものか彼には想像も付かないのだろう。居心地悪そうな様子で椅子にこぢんまりと収まっている。
「もっと気を楽にしてくださっていいのですよ」
「そうは云われても、何かな。俺の部屋と違い過ぎる」
落ち着かない瞳が室内を彷徨っている。
サフィーネやモニカが上がり込んでは片付けてゆくものだから、シュウの自宅はいつでも整然と片付けられた状態だ。サフィーネが買い込んだ雑貨で適度に飾られた部屋。ダイニングの片隅には、モニカが持ち込んだ観葉植物が置かれている。そういった雰囲気のある部屋の状態が、マサキに落ち着きを欠かせているようだ。
「お前ってさ、部屋も気障なんだな」
「私が好んで飾ったものなど一部に過ぎませんよ。大半はサフィーネやモニカが買ってきたもので」
「そういうところなんだよな……」何を思ったか、途方に暮れた様子でマサキが溜息を吐く。「てか、いいのか。そういう部屋の中に俺を入れちまってさ。嫌がるんじゃねえの、あのふたり。何か俺を目の敵にしてるしよ」
「私の家ですよ、マサキ」
「そうなんだけどよー……」
どうにも落ち着かねえ。そう呟いたマサキが、頬杖を突く。
サフィーネとモニカが自分に懸想している自覚のあるシュウは、彼女らがシュウと結び付きを深くしているマサキに、少なからず嫉妬心を抱いているのを知っていた。とはいえ、シュウの心にマサキの存在が根を張っているだけのことで、マサキ自身はシュウの存在に特殊な感情を抱いてはいないようである。
それがシュウには腹立たしかった。
腹立たしかったからこそ、研究を始めた。
マサキの心の片隅にでもいい。自分の存在を根付かせたい。たったそれだけの、けれども傲慢な欲の潜んだ研究は、テリウスの助力もあり、先日ようやく完成の日を迎えた。それ即ち惚れ薬である。『薬でどうにかしようなんて煮詰まり過ぎてるね』と、テリウスはのほほんとした口振りで云ってくれたものだが、マサキと出会って早五年。一向に進展を見せない関係には、さしものシュウも焦れていた。
とはいえ、問題がない訳でもなかった。
研究に励んでいた時点からの懸念――どうやってマサキにこの薬を飲ませるか。どこかの飲食店に連れ出して――となると、どのタイミングで混入させるかが非常に難しい。何せ相手は直観力に優れるマサキである。どう足掻いても見抜かれるのは必至。しかしそれもサフィーネの余計なお節介のお陰で解決の道筋が付いた。そう、シュウはサフィーネから料理を教わったことで、自身の力のみでマサキに惚れ薬をのませることが可能となったのだ。
「で、本当に何の用だよ。つまらない用件だったら張っ倒すぞ」
「料理が出来るようになったのですよ」
「料理? お前が?」
「サフィーネに怒られましてね」
シュウはテーブルを離れてキッチンの前に立った。仕込みから味付けまで全てをひとりでこなしたチリコンカン。誰の助けも借りずに作り上げた料理がキッチンの鍋の中に入っている。
「それを俺に食えってか」
「サフィーネのお墨付きではありますが、もっと他の人間の意見を聞いてみたくもありまして」
「それでか。やけにいい匂いがしてるとは思ってたんだよ」
食べるのは吝かではないらしい。シュウに続いてテーブルを離れたマサキが、カウンター越しに鍋の中を覗き込んでくる。
シュウはコンロに火を点けた。
料理は時間を置いた方が味が染みて美味しくなるのを知ったのはつい最近のことであったが、それが理解出来るようになるくらいには幾度も作ったチリコンカン。火にかけた鍋の中身をゆっくりと掻き混ぜながら、シュウはマサキと他愛ない話に花を咲かせた。
テリウスとともに作り上げた薬は無味無臭であったものの、気は抜けない。マサキの勘の鋭さは一級品だ。シュウが態度に綻びをみせれば、彼は食事に手を付けずに帰るだろう。
「どうぞ」
シュウは皿によそったチリコンカンと、街の一番人気のパン屋で購入したバケット。そして予め作って冷蔵庫で冷やしておいたサラダをテーブルに並べた。おお。と、喜びの声を上げたマサキが、「丁度、腹が減ってたんだよ」と云いながら、テーブルに戻ってくる。
「いただくぜ」
始めの一口はチリコンカンだった。
その瞬間のシュウの愉悦! 私の勝ちだ。そう思いながら、シュウは自らの分のチリコンカンに手を付けた。
惚れ薬の効果時間は六時間ほど。効果は単純で、服用後、初めて目にした相手に対して好意を抱くだけ。これはシュウが自らを検体にして試した結果である。薬に強い特性を持つシュウですら六時間も効果が持続するのであるから、人によっては半日ぐらいの効果は認められるだろう。
――六時間あれば、マサキを堕とせる。
シュウには自信があった。そのぐらいに薬の効果が強力なものであったからだ。
「旨いな」
「本当ですか。忌憚ない意見を聞かせて欲しいところですが」
「いや、旨いぞ、普通に。俺、トマト系はあんまり得意じゃねえけど、これはするする食べられる。ここまで作れるようになるには相当練習したんじゃねえか?」
「そうですね。もうかれこれ十回ほどは作りましたよ」
食事を進めながら、シュウはマサキの様子を窺った。
比較的、即効性。効くまでの間に他の人間を目にされてしまっては、計画がふいになるからこそ、効果が発揮されるまでの時間には拘った。凡そ十分。適量を服用した際の効果発動までの時間がそのぐらいだ。調整した惚れ薬の量からして、食事が終わる頃には効果が出る筈である。
シュウはのんびりとマサキと会話をしながら食事を進めていった。何度もトライ&エラーを繰り返しただけあって、シュウの肥えた舌にも合うようになったチリコンカン。美味しい食事の効果は覿面だ。お陰で、旨い旨いと云いながらおかわりまで完食したマサキが、食後のデザートに箸を進める頃には、その瞳がとろんと熱を帯び始めていた。
「なんか、その……」
「どうしました、マサキ」
「お前が三割増しで格好良く見える」
こうなると自らの意志で制御するのは難しい。チカを相手に効果を何度も試したシュウは、マサキのままならなさを良く理解していた。
「少し休んで行かれますか。あなたは少し疲れているようですし」
「あー、うん。そうする……」
食事を終えたマサキにリビングのソファを勧め、並びあって座れば我慢がしきれなくなったのだろう。しどけなくマサキがシュウの肩に凭れかかってくる。シュウはマサキの細い腰に手を回しながら、完成した自らの計画の効果のほどに酔い痴れた――。
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