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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

【R18】彼→彼(九)
これでこの話は終わりです。

うーん。可もなく不可もなくって感じですね。まあ、昔の私が考えた話なので……あと、恥ずかし過ぎて、クリティカルなネタをふたつばかし削ってしまったので……何が云いたいのかわからない話になっちゃいましたね。ここから続く物語もあるかも知れないということで、今回はご容赦いただければと思います。

また何か面白いものを発掘したら、30周年のお祝いに書こうと思います。
ここまでお読みいただいて有難うございました。次はお料理教室とWDを片付けます!!!



(六)
 沈黙は長かった。
 降り積もる雪が層となって地表を覆うが如く、積み重なってゆく焦燥感。中々口を開こうとしないシュウに、マサキはシュウの来訪の意図がわからなくなっていた。話すことがないのであれば、この場に何をしに現われたというのか。マサキからすればそれが憎しみであってもいいのだ。愛に性欲は必要ないと云い切ったシュウから明確な答えが訊ければ、それだけで。
「私は云った筈ですよ、マサキ。肉欲にそれ以上の理由が必要だとしたら、その相手は女性に限られるものだと」
 そのマサキの苛立ちが伝わったのだろうか。ややあってシュウが口を開く。
「その意味がわかりゃしねえ。同性だったら慰み者にしてもいいと思っていやがるのか、お前は」
「女性は次代を生産する大事な生き物ですからね。それを尊ぶ気持ちは私にもあります」
「気分の悪い開き直りだ」
「何とでも仰ってくださって結構」シュウの顔に張り付いた笑みは崩れない。「私はありきたりな感情に捉われるつもりはありませんので」
 それは愛であれ恋であれ、或いは憎しみであれ、捉われるつもりがないという意思の表明だ。
「ありきたりな感情だと? 感情なくしてどうやったら生きる道が決められるっていうんだ」
「地上の社会学者はこう云いました。理性は感情のしもべであると――。ですが、地底世界でその道理は通らない。理性的であることを重んじるラ・ギアス人にとって、感情こそが理性のしもべであるべきなのです」
 口元に浮かぶ笑みとは裏腹な、冷ややかな眼差し。シュウの視線に射抜かれたマサキは、反射的にシュウを睨み返していた。
 理性は感情を抑えるものだ。
 かといってその全てを理性の支配下に置けたものか。
 マサキはシュウに手を上げた格納庫《ドック》での一幕を思い返した。殴りたくて、殴りたくて、ただ殴りたくて仕方のなかった相手を目にした瞬間の、マサキの怒り。そして冷静にその怒りを眺めていた理性。シュウの頬を打ち据えるだけでマサキが留まれたのは、マサキに感情と理性があったからこそ出来たことである。
 だのにシュウの物云いを耳にしていると、彼は感情を排斥すべきものと捉えているように思えてくるのだ。
 ありきたりな感情でマサキに手を出したのではないというシュウの言葉が真実であるのならば、彼がマサキにした行為は純粋な暴力であるということになる。そんなことがあって堪るか。マサキは口唇の端を噛んだ。まるで、暴虐に人間の心を踏み荒らすサーヴァ=ヴォルクルスのようなシュウの在り方は、彼が教団との繋がりを断った行動と矛盾する。
 よもや今更、忌避している存在と同一の地点を目指そうとも思うまい。
 だからマサキは、シュウを殴りたくなる気持ちをぐっと抑えて、彼の内面世界に思考を向けた。シュウ=シラカワという男は、自身の内面世界をわかりきった顔をして、その他の可能性の検討を放棄することがままある。灯台下暗しというやつだ。だからこそ、マサキは思った。それは愛や恋、或いは憎しみよりももっと単純な、彼自身の精神状態に起因するままならなさの発露ではないのか。
 つまりは八つ当たりだ。
 それならば、シュウの不可解な立ち回りも辻褄が合う。彼はままならなさを発散する相手をマサキに求めた。そこにマサキに対する否定的な感情が絡んでいないとは云い切らない。むしろそうであるからこそ、彼はマサキを慰み者として自尊心を踏み躙ったのではないか?
「お前の云っていることを総合すると、ただの八つ当たりになっちまうんだがな」
「違いますね、マサキ」
 けれどもシュウは、マサキに自身の内面世界を分析されるのは厭わしいと感ずるようだ。眉を顰めると、視線をより一層鋭くして云い切った。
「私には断ち切りたいものがあるのですよ」
「断ち切りたいもの?」
「甘えた性格だった過去の自分が縋っていたものですよ。それはもしかすると、あなたにとっては拠り所であるかも知れませんね、マサキ」
「それが八つ当たりだって云ってんだろ!」一向に進まぬ話に、マサキの喉から怒声が迸った。「何なんだ、お前。今の俺と過去のお前には何の接点もないってのに、過去の自分を生産する為に俺を踏み台にするって!」
 身勝手に過ぎる云い分に、脱力感が襲ってくる。どう話せばこいつに話が通じるんだ。シュウの話の通じなさに呆れ果てたマサキは、額に置いた手で前髪を掻き毟った。
 それがシュウには意図せぬ行動であったようだ。困惑が感じ取れる眼差し。恐らくシュウは、マサキの態度からして、話が平行線を辿るだろうと読んでいたに違いない。それが思いがけず怒りが解けてしまったものだから、どう反応すべきか悩んでいる……マサキにはシュウの様子がそういったものに取られてならなかった。
「――ならば、あなたが期待している答えは何なのです、マサキ」
 暫しの沈黙ののち。どうやらマサキが本当に呆れ果てていると気付いたようだ。ようやく話の核心に触れる問いがシュウの口唇から零れ出る。
「嫌いなら嫌え。憎むなら憎め」マサキはベッドの上の一点を凝視して続けた。「俺にお前が向けている感情が、お前の中で明瞭《はっき》りしているのであれば、俺はお前の行為をそういうものだと納得してやる。けれども、俺にこう云われて尚、お前が何も返してこないのであれば、俺はお前の顔を形が残らないぐらいに殴るぞ。覚悟しておけ」
「恐ろしいことをさらりと仰いますね」
 ふふ……と、場違いな笑い声を上げたシュウが、直後には酷く悲し気な表情になった。
 長い睫毛の下で、幾度か瞳が瞬かれる。マサキは途惑った。絶対的強者であることを崩そうとしないシュウの初めて目にする表情は、世の憂いを全て掻き集めたかのような悲壮感に満ちている。
「私はあなたが妬ましい」
「妬ましい……だと」
「ええ、とてもね、マサキ」
 シュウの口から滑らかに飛び出してきた言葉に、マサキは我が耳を疑った。確かに顔の形が残らないぐらいに殴ると脅しはしたが、シュウの性格上、その程度で容易く口を割るとは考え難い。
 だのに、何故――マサキはシュウの表情を窺った。
 クワトロは云った。人並みの感情に絶望するほど、人生に倦んでもいなければ飽きてもいない。それがシュウの言葉からきている台詞であるのだとすれば、シュウは妬ましさを覚えた自分に絶望したということになる。知に長け、武術に通じ、魔を操る。それだけの才能に恵まれた男が、自分に妬ましさを感じている? マサキにはにわかには信じ難かったが、その現実がシュウの心を砕いたというのは妙に腑に落ちた。
「妬ましさの裏側にある感情は何だと思いますか」
 シュウの問いかけで我に返る。
 先程までの気弱な表情が消え去った顔。いけ好かない顔つきだが、見慣れない表情よりは余程安心出来る。
「さあな。俺にはない感情だ」
「自分が才能に恵まれていることに無自覚でいるようですね、あなたは」シュウが肩を小刻みに揺らして笑う。「けれどもあなたはそのままでいいのでしょう。だからこそ、サイフィスもあなたに加護を与えようと思ったのでしょうしね」
「何か、お前。ひとりで納得し始めてねえか? 俺はまだ話を終わらせる気はねえぞ」
 やけに吹っ切った態度でいるシュウに調子が崩れるも、目的を忘れた訳ではない。
 マサキはベッドから立ち上がった。どうかするとこのまま部屋を去り兼ねないシュウの前を回り込んで、ドアの前に立つ。今回の蛮行が妬ましさの発露であるのだとすれば、それは結局八つ当たりだったということだ。その問題を放置して話を終わりには出来ない。
「これは手厳しい」
「当たり前だ。八つ当たりで俺をあんな目に合わせるな」
「それについては謝罪をしますよ、マサキ。申し訳なかった、とね」
「本当にお前、そう思ってるのか」
 謝る時まで居丈高なシュウの態度に引っ掛かるものはあるにせよ、本人としては至って真面目であるようだ。ええ、と頷いたシュウがマサキに肩を並べてくる。繊細な横顔。どこか憑き物が取れたような顔つきになったシュウが、天井の明かりを見上げながらしみじみと呟く。
「あなたの云う通り、私は八つ当たりであなたを抱いた。その事実に気付かぬままにね。そうである以上、反省すべきは私であるということになるでしょう。違いますか、マサキ」
「まあ、そうだな」
「それともまだ納得が行きませんか」
「妬ましさで犯される方の身になってみやがれ」マサキは横目でシュウの横顔を窺った。「ついでだ。約束しろ。今後一切、八つ当たりで俺を抱くな」
 怒りが消えて蘇ってきたのは、自分に対する恐怖だった。
 シュウの指が身体をまさぐる度に自らの口を衝いて出た吐息。あの瞬間のマサキに怒っている余裕はなかった。あったのは、未知なる感覚に快感を覚えているらしい自身の身体に対する途惑いだった。あれさえなければ、マサキはシュウを押し退けることが出来た――……。
 マサキは自分に発情したシュウを脅威と認識しているのだ。
 だったら次をなくせばいい。短絡的な結論にマサキが飛びついたのは、自分の中に生まれた小さな炎をどう処理すればいいかわからずにいるからだ。受け入れるつもりはない。さりとて、なかったことにも出来ない。だからマサキは、シュウという自分に対する脅威に保障を求めた。
 けれども、シュウはまだ何某かの未練があるのだろう。愁眉を寄せると、ぽつりと言葉を吐き出す。
「善処しますと云いたいところではありますが、私も人間ですからね。どうやっても思い悩む夜は訪れる」
「全然、反省する気がねえな、お前」
「していますよ。ただ、ままならないのが人の心ですから」
「都合のいいことを口にしやがる」
「約束出来ないものを約束しないだけ、誠実だと思って欲しいものです」
 少しはしおらしさを見せたかと思えば、口が減らないのは相変わらずなようだ。マサキは隣に立つ脅威をどう扱えばいいか悩んだ。二度目はない。そう思い込まないと、自身の立っている世界が足元から崩れていきそうだ。
 だからマサキは妥協することにした。
 自分の性がそういったものであるのだとしたら、受け入れるしかない。その上で、今後の自分とシュウの在り方を変えていかなければ。
「お前の云いたいことはわかった。だがな――」
 シュウの頬に手を伸ばしたマサキは、彼の澄ました横顔を自分の方に向けさせた。譲らなければならなくなった自分が腹立たしく感じるも、これ以上の譲歩をシュウから引き出すのも難しい。追い詰められているような、それでいて、束縛を感じない不思議な感覚。真っ直ぐにシュウの顔を見詰めたマサキは、躊躇しながらも口を開いた。
「どうあっても約束出来ねえってなら、せめて合意は取り付けろ」
「善処します」
 これでいい。
 シュウから妥協の言葉を引き出したマサキは、ゆっくりとその冷えた頬から手を離した。
 何が解決したのかと問われれば、恐らく何も解決はしていない。けれども、マサキの心は晴れやかだった。これで騙し討ちのように抱かれることだけは避けることが出来る。それなら、マサキはマサキの欲望をコントロール出来るだろう。静かに安堵の息を吐いたマサキは、染みてくすんだ天井を見上げながら、束の間の平和を噛み締めた。

※ ※ ※

 どうやらマサキは、クワトロの誘いを断る決意を固めたようだ。
 マサキの部屋を辞したシュウは、自室《キャビン》に向かいながら、マサキとの会話を反芻した。よもやあそこまでマサキが譲歩を見せるとは――。合意さえ取り付ければ性交渉を持ってもいいと云ったマサキに、シュウの胸は歓喜と感心に満ち満ちた。勿論、シュウが実際にことに及ぼうとすればまた一悶着起こることだろう。それでもあのマサキにそこまでさせた意味は大きい。
 捨てたかった過去に対する未練が湧き上がってくる。
 愛や恋、或いは好意といった感情に捉われることの愚かさをシュウは身をもって思い知っていたが、マサキに対する感情はその自戒の念を打ち破るほどの激情だった。何気ない一瞬に目を奪われる。シュウは、だからこそ、クワトロの誘いにマサキが乗ることを赦せなかった。自分を打ち倒した人間が、センチメンタリズムやロマンチシズムに踊らされて大義を見失ってしまうなどあってはならないことだ。シュウがマサキの問いに妬ましさを先ず挙げたのはだからでもあった。どちらをマサキが選択するかわからない以上、シュウは自らの大事な心を守らなければならなかったのだ。
 それならば妬ましさの所為にしてしまえばいい。いずれ、そういずれ、機が熟す時はくる。ラングランに召喚されてから僅か数年で、精神を大きく飛躍させたマサキ。シュウは独り通路を往きながら、先程までの幸福な時間を振り返った。
 彼が英雄として相応しい精神力や判断力を身に付けるまで、そう時間はかからない筈だ。
 その時こそ、明瞭《はっき》りと伝えよう。

 ――俺は風の魔装機神サイバスターの操者だ。自分が何を一番に守らなくちゃいけないかぐらいは理解《わか》ってるさ……

 クワトロの一件について水を向けたシュウにそう答えたマサキ。ならば、私とマサキの人生はまだ続く。自分の人生の汚点にマサキがなってしまい兼ねないことを恐れていたシュウは、晴れやかな気分でこれから先の自分を待ち受けている長く辛い人生を想った。
 教団との戦いは一筋縄ではいかないだろう。
 けれどもその道の果てにはマサキがいる。
 ならば、耐えられる。シュウは混じりけのないマサキの純粋さに、自分が相応しくあれるように決意を新たにした。



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