久しぶりにテキストを打ち申した。仲良しシュウマサ。
<孤独な旅>
海辺に向かって拓けたリビング。開いた窓がレースのカーテンを払いながら、室内に潮風を送り込んでいる。窓に向かって置かれたソファで身体を休めながら、マサキは無言で色取り取りの青が一面を染める景色を眺めていた。
雑誌で見て一目惚れしたホテルだった。
切り立った崖に嵌まり込むように並ぶ部屋から臨む絶景のオーシャンビュー。絶対にここに泊まると決めて、即座に予約を取った。後顧の憂いなくホテルで過ごす為に、セニアとの休暇の交渉も積極的にやった。その甲斐あって、情報局の女傑もしぶしぶながらマサキの休暇申請を認めてくれた。
だのに、何だか心が晴れない。
二匹の使い魔がソファの隣で寛ぐ中、マサキは足りないものに思いを馳せた。
一人旅に心を躍らせていたあの日々は遠くに過ぎた。ふらりとサイバスターを駆って、ラングランの広大な大地を巡っていったあの頃、マサキは根本的な部分で他人に馴染めない自分に自覚が薄かった。ただ、これから先もこうした生活が続くのだろうとぼんやりと思ってはいた。
その認識を根底から覆した男。
シュウ=シラカワという男は、マサキにとってまだまだ未知なる存在だった。諭すように言葉を継いだかと思えば、次の瞬間には盛大な皮肉をかましてきたりもする。負けん気の強いマサキも引き下がることしないものだから、喧嘩は日常茶飯事。それでもお互い引き摺らない性格であるからだろう。何だかんだで数年以上、他人とはない密な関係を築き続けていた。
気を遣わなくていい男との付き合いは、マサキを孤独に駆り立てなくなった。他人との付き合いに疲れを覚えては、そこから逃げ出すようにラングランを放浪していたマサキは、その代わりにシュウの許を訪れるようになった。喧嘩の種は尽きないのに、何故か一緒にいるのが心地いい。それはマサキが、それだけシュウに気を許すようになったことを意味してもいた。
男ふたりの旅行。
観光の予定のない旅に、マサキはシュウを誘った。決してアクティブではない男でも、それなりに楽しめるだろう海辺のホテル。することは部屋でだらだら過ごすだけ。気が向いたら部屋にあるプールで泳いでも良かったし、砂浜に下りて海を楽しんでも良かったが、きっとシュウはどちらもすることはないだろうと、マサキは予想を付けていた。
それでも良かった。
三十畳はある客室は、マサキがひとりで過ごすにはだだっ広過ぎた。二匹の使い魔が暴れ回ったとしてもまだ余裕があるほどに、余白の多い室内。あるものはソファセットとベッドと壁掛けテレビぐらい。時を忘れて過ごすホテルという謳い文句であるからか、時計すらない。そこにサニタリー&バスルームとプールが付いている。コンセプトに振り切った空間は、けれどもマサキが一目惚れしただけはあって、解放感と快適さに満ちていた。
ここで三日を過ごすのだ。
前日の昼頃までのマサキの気持ちは浮足立っていた。これまでのマサキにはなかった行動力で手に入れた休暇だ。それを海辺にあるこの特別な空間で過ごすのだ。上機嫌で旅行の支度を終えたマサキは、けれども、夜を迎えてシュウからの連絡を受けた瞬間、気落ちせずにいられなかった。
風邪を引いたのだそうだ。
何でも一週間前から寝込んでいたのだという。そういうことなら早く云えと、マサキとしては云いたくもあったのだが、折角の誘いを断る訳にはいかないと、シュウなりに療養に励んだ結果であったらしい。あなたにうつす訳にはいきませんからね。エーテル通信機の向こう側から聞こえてくる彼の珍しい鼻声に、マサキはどうするか悩んだものの、結局はシュウの「あなたが行きたかったホテルなのでしょう」という言葉に背中を押されて、旅立つことに決めた。
確かに、一目見て惚れ込んだだけあって、最高のホテルではある。まだ泳いではいないものの、プールもかなりの広さだ。澄んだ水を湛えているあの中で、海を感じながら泳ぐのはさぞ気持ちいいだろう。そう感じる半面、物悲しさを含んだ寂しさが拭えない。だだっ広い空間の端っこで、視界一杯に広がる海を眺めながら、マサキは確かにそう思った。
「ひとりってつまらないもんだな」
だからマサキは傍らでゆったりした時間を堪能している二匹の使い魔に向かって語りかけた。のそりと二匹の身体が動く。揃って顔を上げた彼らは、マサキの顔を眠たげに見上げてきながら、相次いでこう言葉を吐いた。
「そんニャことを云ったって、どうせ、いたらいたで喧嘩にニャるんだろ」
「そうよ。日を開けずに口喧嘩じゃニャいの、マサキ」
「そういうのも含めて楽しい時間だって云ってるんだよ。喧嘩相手もいなきゃ寂しいってな」
「偶にはひとりで過ごすのもいいじゃニャいの」
「昔のマサキは良くひとりで行動してたんだニャ」
それはわかっている。
わかっていでも寂しいのだ――とは、マサキは云わなかった。シュウと行動をともにするようになってからのマサキは、自分でも驚くほどに彼に依存をするようになった。そこにいるのが当たり前。マサキの気紛れな来訪を許容してくれる彼は、いつの間にか、マサキにとって、もうひとつの我が家となっていた。
「プールで泳いだらどうニャ?」
「このプール、マサキ入りたがってじゃニャいの」
「そうだな。昼飯を食ったら入るか」
食事はフロントに申し付ければ、部屋まで届けてくれるらしい。気を取り直したマサキは、まだ片隅が濁ったままの気持ちを振り払うようにしてソファから立ち上がった。そして、壁に掛かっているフロントへの直通電話の前に立った。海鮮尽くしの豪華な食事。雑誌で見たこのホテルの食事は、日頃肉食に偏りがちなマサキにとっては垂涎もののメニューだった。
腹がくちれば気分もまた変わるだろう。マサキは受話器に手を掛けた。
その瞬間、ドアが鳴った。
何だ? と思いながらドア前に立てば、ランドール様と呼ぶボーイの声がする。マサキはドアを開いた。そして目を微かに見開いた。
「お連れ様をお連れしました」
「あ、ああ。有難う」
ボーイの隣に立つ風邪で寝込んでいる筈の男の姿に、途惑いながらも言葉を返す。そして、ボーイから荷物を引き取って、室内に足を踏み入れてくるシュウにドアを閉める。「どうしたんだよ、お前」その背中を追いかけながらマサキは尋ねた。
「風邪を引いてるんじゃなかったのかよ」
「熱はもう下がっていたのですよ。ただ、倦怠感が抜けないもので」
「無理をするんじゃねえよ」
「今日休めば大丈夫ですよ。そのぐらいには良くなりました」
「だったら最初から来いよ」
「医者を呼ぶのに時間がかかったものですから」
荷物をクローゼットに収めたシュウが、外に広がる絶景に目もくれずにベッドに潜り込んでいく。それでも、マサキがこの空間に感じていた身の置き場のなさに対する悩みは消えた。心にじわりと染み出してきた安心感に、ベッドの隣に並んで横になる。
「プールにでも入ってきては如何です」
「俺はここにのんびりしに来たんだよ。だから、明日でいい」
「後で楽しめなかったと文句を云わないでくださいね、マサキ」
「そう思うくらいなら、最初から誘わないだろ」
少しだけ笑い声を上げて、マサキは目を閉じた。
身体を撫でる潮風に混じる嗅ぎ慣れたシュウの匂い。それが、自分が一番求めていたものだったと思い知ったマサキは、先程までは打って変わった幸せな気分で、微睡みの中に落ちていった。
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