この話は私が若かりし日にノートに書き付けていたものを大幅にリメイクしたものになります。
ゆっくり進行で進んでゆくので、忘れた頃に更新がくると思います。
ゆっくり進行で進んでゆくので、忘れた頃に更新がくると思います。
<彼→彼>
目覚めると、腰が悲鳴を上げていた。
痛みに顔を顰めつつも、戦場は待ってはくれない。マサキは自らを奮起させて、キャビンの簡易ベッドから起き上がった。
そして部屋の隅にある簡素な洗面台の前に立った。
鏡に映る、酷い顔。目の下に色濃く出た隈は、マサキが眠りに就けぬ夜を過ごした証拠でもあった。
――お前、巫山戯ろよ……何、考えて……!
――お前、巫山戯ろよ……何、考えて……!
――何かを考えていては出来ないことだとは思いませんか。
油断をしていたのだ。
油断をしていたのだ。
ヴォルクルスの支配から解放され、自らを利用した者たちを殲滅せんと動き始めたシュウに、マサキは微かな期待をしてしまっていた。いや、本当はもうずうっと前から期待をかけてしまっていたのかも知れない。憎みたいのに憎み切れない男。時にマサキに情けをかけるような振る舞いをする男の本心を、マサキはどうしても理解しきれなかったからこそ。
――何も考えて、ないだと……
――何も考えて、ないだと……
――肉欲にそれ以上の理由が必要だとしたら、その相手は女性に限られるものだと思いますね。
――どういう、意味だ。
――愛に性欲は必要ないからですよ。
筋力差をものともせず、抵抗を容易く押さえ込んできたシュウに抱かれた夜。見事なまでに派手に散った自らの純潔に、マサキは無力感下覚えられずにいた。嘘でもいい。せめて愛の言葉でも囁いてくれさえすれば。そうすればマサキはシュウの暴力的な感情を、そういったものとして処理出来ただろう。
筋力差をものともせず、抵抗を容易く押さえ込んできたシュウに抱かれた夜。見事なまでに派手に散った自らの純潔に、マサキは無力感下覚えられずにいた。嘘でもいい。せめて愛の言葉でも囁いてくれさえすれば。そうすればマサキはシュウの暴力的な感情を、そういったものとして処理出来ただろう。
けれども、シュウはそうはしなかった。
しなかったばかりか、安藤正樹というひとりの人間を、魂のない人形のように扱った。
――だったらダッチワイフでも抱けばいいだろ。人間を相手にする必要なんかねぇ。
――だったらダッチワイフでも抱けばいいだろ。人間を相手にする必要なんかねぇ。
――性行為に空しさ以上の虚無感を抱くには、相手が人間である必要があるでしょう。
始終、薄ら笑いを浮かべていたシュウが、何を考えているかなど、マサキにはわからなかったし、わかりたくもなかった。ただ、彼が決して単純な肉欲に突き動かされて自分を抱いているのではないことは理解出来た。でなければどうしてああも、マサキの人格を無視した暴挙に出られたものか――首元に残る紅斑を隠すためにジャケットの襟を立てて、鏡の前を離れたマサキは、何も知らぬだろう二匹の使い魔を迎えに往くべく、|格納庫《ドック》に向かうことにした。
始終、薄ら笑いを浮かべていたシュウが、何を考えているかなど、マサキにはわからなかったし、わかりたくもなかった。ただ、彼が決して単純な肉欲に突き動かされて自分を抱いているのではないことは理解出来た。でなければどうしてああも、マサキの人格を無視した暴挙に出られたものか――首元に残る紅斑を隠すためにジャケットの襟を立てて、鏡の前を離れたマサキは、何も知らぬだろう二匹の使い魔を迎えに往くべく、|格納庫《ドック》に向かうことにした。
その途中でアムロに会った。
マサキの顔が余程見るに見かねた惨状であったようだ。「どうしたんだい、その顔」と視線を向けるなり目を瞠ったアムロに、けれどもマサキは昨晩の出来事を告げることも出来ず。ただ力なく笑って遣り過ごすことしか出来なかった。
「無理はしない方がいい。休める時に休むのも|操縦者《パイロット》の仕事なのだから」
云われていることは尤もだが、部屋に籠ったところで、思い出されるのは昨晩の出来事になってしまうだろう。単細胞且つ直情的な自分の性格を熟知しているマサキは、だからこそ、アムロの制止を振り切って|格納庫《ドック》に入った。そして、真っ先に目に飛び込んできた光景に、呆気に取られた。
慌ただしく整備士たちが行き交う格納庫《ドック》の中で、そこだけが切り取られた世界に映る。
幾人かの科学者たちと談笑するシュウの姿は、いつも通りだ。白いコートをきっちりと羽織り、手にしたデータブックからホログラフィックディスプレイを展開している。どうやら今後の何かの部品について語り合っているらしい。理知的な中にも余裕が窺える眼差し。自らの理論と設計に自信を持っている様子が窺える。
腹立たしい。
マサキは極力シュウに目を遣らないようにして、自らの愛機へと向かった。
サイバスターの整備の陣頭指揮を執るのは、二匹の使い魔だ。そこに不機嫌さらさらな表情で姿を現した主人に、不安を覚えたのだろう。酷い顔ニャのね。クロが声を上げる。
「悪い夢でも見たんだニャ?」
「そういう訳じゃねえよ」
続いたシロの言葉を適当に誤魔化して、整備状況を聞く。昨日の戦闘で受けたダメージはほぼ修復されたらしく、今は細かい調整を行っているところらしい。なら、いい。たった一夜にして激変した自らを取り巻く環境に陰鬱な気分になりながら、マサキは短い応答を終えると、そのまま|格納庫《ドック》を後にしようとした。
シュウがいる場所に長居はしたくない。
何よりシュウの口元に浮かぶ薄い笑みが、昨晩の彼の顔を想起させてどうしようもない。自らの鬱屈した感情を持て余しているマサキは、その感情を打ち消すのに多くの人間の中に埋没出来る場を求めていたが、|格納庫《ドック》はそれに適した場ではなかったようだ。
「どこに行くんだニャ?」
「まだ整備が終わるのには時間がかかるニャのよ」
「食堂に行ってくる。腹が減った」
他人の存在を感じられたことで、幾分安心したのだろう。鳴り始めた腹に、マサキは|格納庫《ドック》を出ることにした。
「やあ、マサキ。おはよう」
「おう」
「マサキさん、おはようございます」
「うっす」
知った顔と挨拶を交わしながら通路を往き、食事を求める|乗組員《クルー》が殺到する食堂に入る。注文待ちの列の最後尾に身体を収めたマサキは、今日のメニューを表示している掲示板を見上げた。本音を云えば食事といった気分でもなかったが、いつ戦闘が始まるやも知れない非常時だ。自己管理を怠る訳にはいかなかった。
パンに野菜がたっぷり入ったスープ、ソーセージ、チーズ入りのスクランブルエッグ。そしてサラダ。プレートに乗せられたセットメニューを手に振り返れば、賑やかな|操縦者《パイロット》の一団が目に入る。
甲児たちだ。
単純且つ直感的に生きているように見えて、実は論理的な一面も持ち合わせている男は、今日も今日とてお調子者な一面でもって座を沸かせているようだ。彼が何かを口にする度にどっと起こる笑い。シリアスになりがちな艦の空気を和らげてくれる明るさは、これまでマサキを幾度となく助けてくれた甲児の長所だったが、けれども今日は違う。それすらも鬱陶しい。
拙いところに来ちまった。ぽんと湧き出た思いに、マサキは顔を顰めた。
気のいい友人に対して抱くには不条理な感情だった。
マサキは意識を改めようとした。甲児は何も悪くない。悪いのはマサキの身体を物理的に蹂躙したあの男、シュウだ――わかっているのに、ささくれだった心が日常を拒否する。しゃらくせえ。マサキは甲児たちから離れた席に陣取ることにした。
奥まったスペースにある空席に身体を落ち着けて、食事を喉に流し込む。ゴムを噛んでいるような味気なさ。味を感じられるような精神状態でないのは理解していたが、それでも腹がくちたからか。幾分、理性が取り戻された。
途端に込み上げてくる怒り。何なんだ、あいつは。
愛であれば良かった。
恋であれば良かった。
そうであればまだ抑えきれない好意の発露として、マサキは多少の余裕を持って、シュウの行為を受け止められただろう。けれどもそうではなかった。愛に性欲の必要がないと云い切った男は、性欲の消化のという最も唾棄すべき理由で、マサキを性行為の相手に選んだ……。
その事実がマサキを混乱させる。
そこに何某かの感情があるのだとしたら、それは何だろう。考えた先から意味がわからなくる。マサキは空になった食器を目の前に頭を掻き毟った。
――性行為に空しさ以上の虚無感を抱くには、相手が人間である必要があるでしょう。
シュウがマサキに語って聞かせた言葉の数々が、今になってまざまざと胸の内に蘇ってくる。
――性行為に空しさ以上の虚無感を抱くには、相手が人間である必要があるでしょう。
シュウがマサキに語って聞かせた言葉の数々が、今になってまざまざと胸の内に蘇ってくる。
確かに射精後の虚しさ――虚脱感は、マサキも男であるから知っているつもりだ。四肢はだらけ、外界への興味が失せ、ただの無に等しくなる。そうした状態を、潔癖に近い男たるシュウが知っていたことには驚いたが、だからといって彼は自分の男としての生殖本能を好意的には捉えていないのだろう。でなければ、虚無感などという言葉が飛び出してくる筈がない。
シュウ=シラカワという男は理性的且つ理知的な性質だ。一度の死を迎えた今わの際でさえ、彼は取り乱すことがなかった。それどころか、彼は死にゆく自分を冷静に観察しているような台詞を吐いてみせた。強靭なる理性を誇る男。彼は自分に不可能がないと思っているかのように振舞うのが常だ。そんな彼が、本能だけで性行為に及ぶような愚かな真似をするだろうか。
しないと、マサキは思っているのだ。
けれどもその理由は、となると、これが難しい。
そもそも、それが愛でないというのであれば、答えは対極にあるひとつしかないだろう。
それがマサキには恐ろしかった。
幾度も潜り抜けた死線の果てで、ようやく見付けたひとつの希望。常に敵としてマサキの前に立ちはだかった男は、ひとはどういった不遇からでも立ち直ることが出来るのだという理想を体現してみせた。だからこそ、シュウの反乱に等しい裏切りは、マサキの心に少なからずダメージを与えたのだ。
それはシュウの本性に何ら変化がないままなのではないかと、マサキに疑わせるのに充分な証拠だった。
少し前のことだ。シュウにロンド=ベルを集めるように頼まれたマサキは、彼の口からそこに至るまでの経緯を聞かされて、彼が背負わざるを得なかった苦労の一端を知った気になった。そして、少なからず同じ道を歩んでいることに安堵をしたりもした。それだけに、彼から自分に向けられている感情が好意ではなかったことに打ちのめされた。そこにあったのは、肉欲に駆り立てるほどの――恐らくは、憎悪。
――やめろ、やめ……ッ。てめえ、ダッチワイフぐらい買えよ……ッ。
――やめろ、やめ……ッ。てめえ、ダッチワイフぐらい買えよ……ッ。
――生きた生物を相手にすることに興奮を覚えるからこそ、人間の理性は保たれるのですよ、マサキ。
何故、自らの存在が、彼にそこまでの行動を決心させてしまったか。マサキにはわからない。けれども、シュウが明確な意思で以てマサキを拒絶しているのは間違いなかった。
何故、自らの存在が、彼にそこまでの行動を決心させてしまったか。マサキにはわからない。けれども、シュウが明確な意思で以てマサキを拒絶しているのは間違いなかった。
「くそ……っ」
自分に向けられる悪意に不慣れなマサキは、だから動揺を隠せずにいるのだと、目の当たりにした自らの弱さに思い、そしてその薄情な現実に酷く腹を立てるより他なかった。
だから、だったのだ。
おい、マサキ。と、声をかけられた瞬間にマサキの胸に生じたのは、微かな後ろめたさと動揺。そして苛立ちだった。
だから、だったのだ。
おい、マサキ。と、声をかけられた瞬間にマサキの胸に生じたのは、微かな後ろめたさと動揺。そして苛立ちだった。
顔を上げれば、先程まで座の中心にいた筈の甲児のにやついた表情が目に飛び込んでくる。間が悪い――とは思うも、見付かってしまったものはどうしようもない。「なんだよ……」マサキは自分でもそうだと感じるほどに、不機嫌さらさらな声で言葉を吐いた。
「お前こそ、何だよ。そんな隅っこに座ってねえでこっちくればいいじゃねえか」
マサキの不機嫌な表情を目の当たりにしても、気楽に誘いの声をかけてこられるのは、甲児が他人の悪意に無頓着だからだ。
いつだってそうだ。どんな悩みであろうと些細なことと笑い飛ばせるだけの強さを持つ甲児は、他人の悩みに対する共感性が低く出来ている。それが理由でトラブルになることも珍しくない。かといってこの性格である。反省をしてもひとときだけ。数分もすればまたがははと豪快に笑っているのであるのだから大したものだ。
とはいえ、今はその底なしの能天気さに付き合える気分でもない。ましてや寛容になるなど無理だ。だからマサキは素直に自分の心境を吐露することにした。
「悪ぃな、甲ちゃん。俺は今そういう気分じゃねえんだ」
「何だ。寝不足かぁ? 目の下に隈が出来てんぞ」
「そうだよ。あんまり寝てねぇんだ。だから悪いが今は」
「ほらあ。云ったじゃないのよ、甲児くん。マサキくんだってひとりになりたい時はあるって」
見兼ねて助け舟を出しに来たようだ。甲児の背後にさやかが立つ。
しかし、それで収まれば、甲児が艦内のトラブルメーカーになることはないのだ。今にしてもそうだ。どうやらマサキの状態は彼の中のお節介スイッチをオンにしてしまったようで、「つーてもよう」と、さやかを振り返ると、「水臭ぇじゃねえかよ」などと愚痴愚痴云い始めた。
「水臭いって何?」
「悩みがあるなら云ってみろって話だな」
へへん。と、鼻を擦りながら胸を張った甲児に絶望的な気分になる。彼はここからが長いのだ。
「冗談じゃねえや。睡眠不足に悩みもへったくれもあるもんか」
それが証拠に、瞬発的にマサキの口を衝いて出た反意に甲児は引かなかった。それどころか、「本当かねえ」と、マサキの感情を推し量るように不躾な視線を向けてくる。
腹立たしい。マサキは胃の底から込み上げてくる不快感を堪えきれそうになかった。
「そういうの止めなさいよ、甲児くん」
「何でだよぉ、さやかさん」
「だって本当に具合悪そうよ。大丈夫、マサキくん? 艦医に見てもらった方が」
何だかんだと云いつつさやかもお節介な性質なのだ。それが腹立たしくて、気持ち悪くて、鬱陶しくてどうしようもない。どうしてこのお人好しなロンド・ベルのメンバーたちは自分を放っといてくれないんだ。我儘にも一方的な思いが胸の内から溢れ出てくる。
「大丈夫だ――」
マサキは席を立ち上がった。と、睡眠不足が祟ったようだ。くらりと軽い眩暈を覚えて身体がふらつく。
「おい、大丈夫か。無理すんじゃ」
「大丈夫だって云ってんだろ!」
マサキは伸びてきた甲児の手を払い除けた。
もう一瞬たりともこの場にいたくない。かけがえのない仲間であることは理解出来ていても、身体が追い付かなかった。しまったという表情になった甲児とさやかをその場に残して、マサキは足早に食堂を後にした。
そして誰かにぶつかった。
ついていない。弾かれた肩に謝罪だけはしなければ。そう思いながら相手を見れば、少し前に顔を合わせたばかりのアムロではないか。
「大丈夫かい、マサキ」
「あ、ああ……そっちこそ大丈夫か」
「ああ、僕は平気だ。けど、君はあまり無事には見えないね。さっきも思ったけれど、寝不足かい?」
どうやら目の下の隈はマサキの体調をかなり不調に見せているようだ。それもその筈。神経が図太くなければ|操縦者《パイロット》は務まらない。マサキとて、艦に爆撃が行われていても眠れる自信がある。
だというのに――。
「ああ。あまり寝られてなくてな……」
「そうか……まあ、そんな日もあるさ。今日はゆっくり休むんだな。戦闘が始まったら起きてくればいい」
「そうだな……そうさせてもらうことにするぜ……」
他人に余計な気遣いばかりをされていることに、マサキとしては不服を感じるも、甲児の二の舞をする訳にもいかない。それもこれも全てあの男が悪いのだ。マサキはその場しのぎの嘘をまたひとつ重ね、アムロと別れると自室に戻るべく通路を往った。
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