白河には凄く些細なことで嫉妬の炎を燃やして欲しい!
<たった一枚>
ラングランではよくある過ごし易い陽気の日だった。
ラングランではよくある過ごし易い陽気の日だった。
燦然と輝く中天の太陽。二条の飛行機雲が頭上に長く尾を引いている。青空の下、賑やかな城下町をそぞろ歩いていたシュウは、前方に見知った人物の背中を見付けて歩を速めた。
通りに並ぶパラソルの下、白い丸テーブルを前にチェアーに腰かけているマサキ。いつも通りにアイスブルーのジャケットを羽織っている彼は、手元の何かを覗き込んでいるようだ。下がっている頭に、「何を見ているのですか」と話しかければ、突然に降ってきた声に驚いたのだろう。ぴくりと肩が揺れた。
「いきなり声をかけるんじゃねえよ。驚いたじゃねえか」
「しかし通りかかったものを、声もかけずには去れませんしね」
シュウはテーブルを回ってマサキの対面に腰を落ち着けた。王都の街中で顔を合わせることが先ずないシュウの存在がマサキの落ち着きを欠かさせているようだ。大丈夫かよ。そわそわした様子で尋ねてくる。
「気になりますか。私がこうして普通に出歩いているのが」
「そりゃ、そうだろ。他の場所ならまだしも、王都だしな……」
「気配を殺すのには慣れているので、お気遣いなく」
「本当かよ」
方々から注がれる視線が彼をナイーブにさせているのだろう。マサキが露骨に疑いの眼差しを向けてくる。けれども、シュウは余裕然とした態度を崩すことはなかった。
答えは簡単だ。視線の多くがマサキに向けられていることに気付いていたからだ。
プライベートを過ごすラングランの英雄が気にならない国民はそういない。何せラングラン一の有名人である。娯楽が限られたラ・ギアス社会では、英雄は強烈なコンテンツだ。目にしただけでも話題になるほどの。
稀にシュウに視線を向けてくる者もいるが、それは英雄の連れがどういった人間であるのかを確認する為であるようだ。彼らはシュウをちらと眺めては、直ぐに興味を失った様子でマサキに視線を戻してゆく。
「大丈夫ですよ。気付かれたようでしたらお暇します」
「お前の大丈夫は信用ならねえ」
げに恐ろしきは自らの名声対する無頓着だ。シュウは口元を緩ませながら、目の前のマサキに視線を戻した。
自分たちが通行人の注目を集めていることについては諦めることにしたらしい。手にしたカード型の機器を再び弄り始めたマサキに、シュウもまた再びの問いを重ねることにした。
「それは?」
「デジタルフォトアルバムだ。こないだピクニックに行った時に、結構写真を撮ったからよ。一応、見返しておこうかなって」
「……写真を撮るのですね、あなたは」
「自分じゃ撮らねえよ。リューネたちがな、撮りたがるからよ……」
何故だろう。その瞬間、シュウは自分が酷い胸騒ぎを起こしていることに気付いた。
腹立たしさに物悲しさ、そして妬ましさ。様々な感情が一度に生まれ、そして混ざり合って、胸に深く絡み付いてくる。
「……他人の被写体になることを良しと出来る性格だとは思いませんでしたよ、マサキ」
「率先して写るのは嫌だがなあ。写してやるって云われりゃ撮らせるぐらいはするぜ」
死角外から殴られたような衝撃。マサキの言葉はシュウをある種の自失状態に陥らせた。
『仲間といるときのマサキ』という、シュウにとって未知なるもの。決して短い付き合いではない筈なのに、シュウにはそうした機会が巡ってこなかったという事実。それどころか、他人の心の機微に通じていると思っているシュウは、そうした機会を自ら動いて掴もうという気持ちさえ生じることがなかった。
――私が撮ると云ったら撮らせてくれるのだろうか?
思いがけず思い知らされた自らの要領の悪さに、シュウは乾いた笑いを浮かべるのが精一杯だ。
「かなり撮ったようですね」
「なんかリューネが新しいカメラを買ったとかでよ。馬鹿みたいにシャッターを切りやがったんだよ。普段はそんなんでもないクセにな」
きっとマサキを撮る口実欲しさに買ったのだ。それがわかってしまうからこそ、シュウは遣る瀬無い思いに捉われた。
以前よりも、マサキとの距離感が近くなったと感じていたのは自分だけだった……シュウは自分が不在の間に距離をどんどん詰めてゆく、マサキとその仲間に明確に嫉妬していた。決して自分がその中に入れないことを悟っているからこそ尚更に。
容赦のない現実に、苦み走った唾液が口の中に溢れてくる。
シュウはそれを忌々しい思いで飲み下して、マサキの手元を更に覗き込んだ。
リューネにウェンディ。プレシアにテュッティ、ヤンロン、ミオ。そしてマサキ。見慣れた面々が、初めて見るような気安い笑顔で写真に納まっている。
欲しい。と、思った。
シュウの知らない表情をしているマサキの写真を、シュウは猛烈に欲しいと思った。
たった一枚でいい。手元にその写真を所有したい。けれどもマサキの不審を招くのを良しと出来ないシュウは、ただ、マサキがそぞろ眺めるスピードに合わせて、それらの写真を目に焼き付けることしか出来なかった。
<ストレス>
バタンッと、勢い良くドアが開かれた音がした。動く空気とともに、バタバタバタとこちらに近付いてくる足音が続く。
<ストレス>
バタンッと、勢い良くドアが開かれた音がした。動く空気とともに、バタバタバタとこちらに近付いてくる足音が続く。
「あああああああッ! 疲れたッ!」
奇声とも絶叫ともつかない声を上げながら、息せき切ってリビングに駆け込んできたマサキが、シュウが腰かけている長ソファに飛び込んでくる。いつもと異なるマサキの様子に、珍しいこともあるものだ――と、シュウは自らの膝に頭を置いて寝そべったマサキの顔を覗き込んだ。
「何があったのです」
「パーティ、パーティ、またパーティだったんだよ」
「どなたと」
「アンティラス隊の出資者とかいう連中と」
成程。と、シュウは自らの顎を撫でた。
ラングランの貴族の中には、慈善事業に寄付をする感覚でアンティラス隊に出資をする者がいる――という話を、シュウは事前にセニアから聞かされていた。派遣に莫大な資金を必要とする正魔装機の遠征費を国庫で賄い続けるのは難しい。かといって、魔装機操者たちに稼いで来いというのも筋が違う。だからこその|出資者《スポンサード》制度。彼らへの見返りはこういった形で為されるものであるようだ。
「その分、いい思いをしたのではありませんか。あなたは食べることが好きですし」
「飯だけ食って、はい終わりじゃねえだろ。相手はスポンサー様だぞ。くっそつまんねえ話はしなきゃなんねえし、質問攻めには合うしで、ゆっくり飯を味わってる暇もねえ」
真面目にパーティのゲストを務めたらしい。僅かにこけた頬にうっすらと浮かぶ隈。一目見てわかるほどに消耗しているマサキに、今日は寝かせてやった方がいいだろうとシュウは脇に避けていた本を取り上げながら、「なら、ゆっくり休むのですね」とマサキの髪を撫でた。
「馬鹿じゃねえの、お前」
即座に伸びてくるマサキの手。それが本のノドを掴む。
自分を放置して読書に励まれるのが嫌なようだ。シュウが引き戻すより先に本を奪い取ったマサキが、「癒せ」とシュウを見上げて口にする。
「先に休んだ方がいいと思いますが」
「何しにここに来たと思ってるんだ。俺はお前に癒されたいんだよ」
すっかりシュウに甘やかされることに慣れたようだ。傲慢な台詞を吐くマサキに、けれどもシュウとしては悪い気はしない。
「なら、マッサージでもしましょうか」
「頼む。しなれない正装を三日も続けた所為か、滅茶苦茶肩がこってるんだ」
「肩だけとは思えませんね」
シュウはマサキの頭を避けながらソファを降りて、マサキに伏せるように伝えた。そうして、体勢を変えたマサキの背中にそうっと手を置いた。
かなり張っている。
日頃、スポーティな格好ばかりをしているからだろう。締め付けのきつい正装が身体に緊張感を強いたようだ。肩や背中に限らず、腕に脚、首に頭頂部と、そこかしこが硬くなってしまっている。
「上着を脱がせますよ、マサキ」
先ずは本人が訴えている肩からと軽く揉めば、鉄板でも入っているかのような硬さ。想像以上の有様に、苦笑しつつも、マサキの求めとあれば応じない理由もなし。シュウはジャケットをソファの背凭れに掛けると、全身のマッサージに取り掛かった。
「何か面白いことはありましたか」
「パーティか? あったらここに来てるもんか」
「その口振りでは、相当に真面目に振舞ったようですね」
「そりゃあ、まあな。向こうは俺たちのことを英雄様だって思ってるしな。それを裏切らない程度の気遣いは必要だろ」
「成長したようで何よりですよ、マサキ」
シュウはクックと声を上げて笑った。
生意気が服を着て歩いているような少年だったマサキも、とうに二十歳を超えている。ラ・ギアスで過ごした歳月の大半を戦場で過ごした彼は、その日々の中で、それなりの社会性を身に付けたようだ。他者を慮った台詞が出てくるようになったのがその証左。けれども、シュウにはそれが意外性に富んだ変化に思えてならなかった。
「馬鹿にするんじゃねえぞ。おれだってもう」
「わかっていますよ。歳を取った」
「成長しない方がマズいだろ。色々とな……」
肩が終われば背中、背中が終われば首。腕に脚、頭頂部とマッサージを施してゆく内に、気分が落ち着いてきたのだろう。すうすうと軽い寝息を立て始めたマサキに、マッサージを終えたシュウはなるべく静かに立ち上がった。
きっとこの様子では、パーティでろくすっぽ食事を取れなかったに違いない。
なら、彼の好物でも用意して、その目覚めを待つことにしよう――寝室からブランケットを持ち出して、マサキにかけてやったシュウは、彼が喜ぶ顔を想像しながらキッチンに向かって行った。
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