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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

ささやかな無駄遣い
この夜
滅茶苦茶
セックスした。

そんな話です。
マサキって何にお金を使うんだろうなと考えた結果がこれでした。



<ささやかな無駄遣い>

 あのマサキが豪勢にも高い買い物をしたのだそうだ。
 庶民感覚の抜けない彼は、溜め込んだ巨額の資産をサイバスターの維持費と云って憚らなかった。そう云った彼であるから、贅沢をするにしてもささやかなものである。偶にする仲間たちとの小旅行。それにしたところで、魔装機神操者としての使命を受けている彼は、そうそう長逗留が出来る筈もなく。故に日常的な贅沢は街での食べ歩きだったりする。
「金を持ってるからって盛大に使うってのはな。何か成金臭くて気持ち悪い」
 そう云って肩をそびやかしてみせたマサキは、どうやら富裕層という|階級《クラス》に対して、あまりいいイメージを抱いていないようだ。
 何でもラングランの内乱前だか内乱後だかに、地上人ということで酷く屈辱的な扱いを受けたらしく、その時の相手の印象がそのまま富裕層に結びついてしまっているらしい。
「身に付けてるものがまた似合ってなくてなー。金に明かせて作らせたオートクチュールって感じでさ。ああいうのってちゃんとしたヤツが着ればびしっと決まるけど、ただハイブランドの名が欲しいだけのヤツが着るとピエロみたいになるじゃねえか。そんな感じでさ……」
 彼にしては珍しくもこれだけの毒を吐くくらいであるのだから、余程、腹に据えかねる扱いだったのだろう。
「お前もよっぽどだぜ? って云ってやりたかったけど、まあ、仕方ねえ。どっちがどっちとか、そういう問題じゃねえしな。頭の可哀相なヤツだとは思うが、だからってそれを正そうなんて思わねえよ。一生憐れなままでいるのが、ああいう自分が偉いって思ってるヤツには相応しいだろ」
 マサキの言葉に、シュウは彼らの地上人に対する差別的な扱いや言動を思い出した。
 彼らにとって地上人とは蛮族であり、文明社会に馴染めない存在であるらしかった。地位故にあからさまな差別を受けることのなかったシュウでさえ、かなりの陰口を叩かれたものだ。穢れた血の持ち主、野蛮な種族の血を引く者……シュウはそれを見ないことにして受け流した。それは、彼らが地上人に抱いている根源的なイメージが生まれながらに植え付けられたものであるが故に、一朝一夕に覆せるものではなかったからだ。
 シュウの弁舌をもってしても、正せぬ思想の持ち主である彼ら優生主義者。
 日本では奴婢とも云ったようだが、彼らにとって地上人とはまさしく下男下女――ぐらいの地位にいる者という感覚であるようだ。それはどれだけの栄誉にマサキが与ろうとも、彼らの態度が変わらないことからも窺える。彼らの階級ヒエラルキーは、絶対的に地上人を最下層としていた。どれだけマサキが武勲を上げようが、――否、武勲を上げてしまうからこそ、彼らは地上人を野蛮な生き物として扱うに相応しい『種族』と認識してしまうのだ。
 ――蛮族には戦わせるぐらいしか用途がないですからな。
 擦れ違いざまにそう囁いてきた貴族も多かったロイヤル時代。シュウが様々な能力に恵まれていながらも、学術の道に邁進しているのは、彼らの差別意識に対抗する為でもある。
「ところで何を買ったのです。ついてくればわかると云われてもう一時間以上が経っていますが」
 昼前に姿を現わしたマサキに乗れと云われてサイバスターに同乗すること四十分ほど。海に向かって切り立った崖にサイバスターを停めたマサキに続いて大地に降り立ったシュウは、なだらかに下りながら伸びている細い道を歩いている。
 右手には青々とした林が広がり、左手にはエメラルドグリーンの海が広がる。
 髪を払って林に抜けてゆく潮風。潮騒に誘われるようにして海に目を遣れば、底に岩場が広がっているのまで見渡せるぐらいに澄みきっている。どうやら人に荒らされていない海なようだ。観光客の出入りが激しい海ではこうはいかない。
「もう直ぐ見えてくるさ。ほら」
 そろそろ目的地が近いようだ。駆け出したマサキに続いてシュウは道を下りた。
 ややあって開ける景色。エメラルドグリーンの波が、絶え間なく浜辺に打ち寄せている。シュウは砂浜に下りた。目の前に姿を現わした入り江には、マサキとシュウ以外に人影がない。
「買った」
 入り江の端に伸びる桟橋。係留されているハウスボートを指差したマサキが、どこか誇らしげに言葉を吐いた。
 シュウはほうと感嘆の息を吐いた。彼の好きな空の色にも似たスカイブルーの壁。白い柱と屋根は雲のつもりなのだろうか。いずれにせよ、このエメラルドグリーンの海に良く似合う――ボートの上のこじんまりとした家を眺めながら、シュウはひたずらに感心した。
 自分の為に大金を使うことがない彼にしては、趣味のいい買い物だ。
 もしかしたら彼は仲間と過ごす為にこのハウスボートを買ったのやも知れない。次いでそんな考えがシュウの脳裏を過ぎった。視界一面に広がる自然。人っ子ひとりいないビーチは、まるでマサキ個人のプライベートビーチのようでもある。
「ほら行くぞ。眺めてるだけじゃつまんねえだろ」
 シュウは桟橋に向かって歩いて行くマサキに続いてビーチを往った。
 歩く度に、靴の裏で砂がイルカのような鳴き声を立てる。つくづく自然の偉大さを感じさせる場所だ。シュウは船一つない海を眺めながら、ふと気になったことをマサキに尋ねてみることにした。
「まさかとは思いますが、入り江ごと買った――などということはありませんよね」
「買ったよ。当たり前だろ」
 これは驚きだ。シュウは瞠目した。
 ハウスボートにせよ、入り江にせよ、買って終わりという話ではない。適度に手を入れて管理しなければ、こういった場所や物は直ぐに荒れ果ててしまう。偶に通って手入れをするにせよ、不在の間のセキュリティの問題もある。
 綺麗な場所だけに、不心得者が立ち入ってこない保証はない。
 シュウは胸を騒がせた。戦いに身を投じてばかりなマサキは、時々酷く世間知らずな一面を露わにする。彼はもしかしたら、そういった現実を知らないのかも知れない。そもそも、時間と金を持て余している富裕層ならまだしも、魔装機神操者として多忙な日々を送っているのだ。彼ひとりの力では、とてもこの入り江とハウスボートは管理しきれまい。
「買った? 本当ですか、マサキ。あなたにしては思い切った買い物に過ぎる気がしますが」
「ごちゃついたビーチで乗っても身体が休まる気がしねえしな」
 先にハウスボートに乗り込んだマサキが、一足先に家の中へと入ってゆく。
 シュウはボートのへりに足を掛けた。がっちりとした造り。家を一軒載せている以上当然ではあったが、船体の片側にシュウひとりの重みがかかったぐらいではびくともしない。
 マサキを追って、家の中に足を踏み入れる。
 キッチンとベッドルームを兼ねたリビング、シャワールームにトイレと最低限の設備しかない住居。とはいえ、導線がしっかりと確保されているからだろう。ゆったりとした空間。シュウは道を抜けて、窓際にある一人掛けのソファに腰掛けた。ボートの舳先に面している窓から、煌めく海が一望出来る。
「最高のロケーションですね」
 遮るもののない一面の海に、ただただ圧倒される。
 沖には海鳥の群れ。ひらひらと木の葉が舞うように降下していっては、海風に乗って右に左に……。せり上がる大地が奥で蜃気楼に揺らめく中、シュウは早くも雑然とした日常から解放された気分でいた。
「開けた窓から入ってくる潮風が気持ちいいんだよ」
 窓を開いたマサキが、テーブルを挟んだ向かい側のソファに腰掛ける。
 潮風を浴びて顔を緩めているマサキの表情は、これ以上となく満ち足りているように映る。気の入る日常にいるからからだろう。彼の気兼ねないこうした表情は、シュウであっても滅多に目にすることはなかった。
 それだけに、先程感じた懸念――この入り江とハウスボートの管理をどうするつもりなのかが、シュウには気に掛かって仕方がない。何も知らずに購入していて、結果、どちらも荒らしてしまったではあまりにも彼が不憫である。
 かといって水を差すような真似もしたくはない。シュウは努めてさり気なく、マサキの気持ちを挫かぬように気を遣いながら言葉を吐いた。
「しかし、マサキ。これだけしっかりしたハウスボートだと管理が大変なのでは」
「まあな。毎月の管理費は結構な額にはなるけど、金を稼ぐ励みにはなるよ」
「管理は外注なのですね」
「そうした方がいいって売り主に云われたからさ。以前の管理人をそのまま買った」
「あなたにしては」シュウは声を上げて笑わずにいられなかった。「本当に豪勢な買い物をしたものですね」
「結構な額が飛んでいったけど、でもまあ、サイバスターの維持には影響ないしな」
 庶民的に過ごすことを常としている彼からすれば、これは本当に思い切りを必要とする買い物だったに違いない。
 シュウは頭の中で彼がこれらの環境を整えるのに支払った額を計算した。プライベートビーチにハウスボート、そして管理費。もしかするとサイバスターの一回のメンテナンス費用ぐらいにはなるかも知れない。
 それでも彼が所有する巨額の資産からすれば、まだまだはした金だ。
 それが趣味らしい趣味を持たない彼の精一杯の我儘なのだとしたら、むしろささやかですらある。
 シュウはすっかりソファで寛いでいる様子のマサキに視線を向けた。目の前に広がるエメラルドグリーンの煌めきは、どうかすると恋しい人よりもシュウの心を捉えてしまいそうだ。
 シュウはちらと窓の外を盗み見た。良く出来た絵画のような景観。芸術に造形が深いシュウとしては、自然が生み出したこの最高傑作を愛でたい気持ちも強かったが、どちらがより大事かと聞かれれば圧倒的にマサキの方である。そうである以上、折角のふたりきりの時間を無駄にするような真似をしたくはない
「しかし何故ハウスボートを買おうと思ったのです」
「ゆっくり出来る場所が欲しかったんだよ」
 そう答えた彼は、きっと、相当に満たされているのだろう。うっとりとした表情を浮かべながらソファの上で丸くなっているマサキが、膝に頬を乗せた。
「お前と会ってる時ってさ、お前の家にいるか、どっか観光に行くか、街に出るか――ぐらいしかないだろ。家にいる時はさておきさ、やっぱ人目は気になるし……だからゆっくりふたりで時間が使える場所が欲しいなって……」
 だから後で一緒に釣りでもしようぜ。そう続けた彼に、嗚呼、今直ぐ力一杯抱き締めたい。シュウは涌き出てくる衝動を笑顔の裏に押し込めながら、勿論ですよ。と、深く頷いた。




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