正直、こちらに出せるレベルにはないような気がして、出すのが遅くなりました。
加筆などはありません。
先程、入稿しました。今日入金してきます。
納品は8月中旬過ぎになる予定です。後ほど配布までの手順を上げます。
加筆などはありません。
先程、入稿しました。今日入金してきます。
納品は8月中旬過ぎになる予定です。後ほど配布までの手順を上げます。
<夏の始まり>
海に来ていた。
海に来ていた。
今年こそはサーフィンを始めると意気揚々なマサキが、早速とボードを片手に海に飛び出してゆく。待て。と、それをヤンロンが追いかけてゆく。大した準備運動もせずに、マサキが海に入ろうとしているのが我慢ならなかったようだ。波打ち際でその捕獲に成功すると、耳を引っ張って連れ戻してくる。
「テュッティは? 準備運動しないの?」
ミオは背後を振り返った。
ビーチパラソルの中に引き籠っているテュッティが、額に浮かぶ汗をハンカチで拭っている。
「日焼けがねえ」
澄んだ肌に白いビキニが良く似合っているだけに勿体ないと思うも、焼くと皮膚が赤剥けるのだそうだ。それじゃ仕方ないっか。ミオは渋々ヤンロンに倣って準備運動をしているマサキの隣に並んだ。いっちに、いっちに! ヤンロンの掛け声に合わせて声を上げながら手足を振る。
「お前の水着、相変わらずすげぇな……」
「なあに? ミオ様の可愛さにノックアウトされちゃった?」
「何でだよ! 鏡を見て来い!」
ミオが身に付けている昭和レトロな水着はマサキの度肝を抜き続けているらしかった。オールインタイプと云えば聞こえがいいが、イマドキのボディラインにぴったりとフィットする水着とは異なるだぼついた作り。太い縞模様が如何にもザ・昭和な感じがして、ミオは気に入っている。
「可愛いじゃないのよぅ」
「俺にはお前のセンスだけは一生理解出来ねえ」
などと会話をしながら準備運動を続けること五分ほど。ほら行け。ようやく満足がいったようだ。ヤンロンがマサキの身体を海に向けて押し出した。
「よっしゃあ! サーフィンだ!」
「てかマサキ、サーフィン知ってるの?」
ボードを抱えて今度こそ、海に向かって一直線に駆け出したマサキの後を、浮き輪を片手に続く。
「本を読んだから出来るだろ」
云うなりボードに腹ばいになって沖へと泳いでゆくマサキに、ミオは首を傾げた。
こと運動が絡むこととなるとその才能を如何なく発揮するマサキは、教本を読んだだけでもひと通りの動きが普通レベルでこなせるようになってしまうようだ。だからだろう。サーフィンをやると決めた彼は、誰の教えも請わずに技術の習得に挑むつもりであるらしかった。
「勉強となると一文字も読めなくなるのにねー」
「あれは多分、言語が違う」
「同じよ。てかラ・ギアスの翻訳システム舐めてない? 難しいところなんて全部ひらがなに訳してくれるのよ。超☆便利。あたしアレでザムジードのメンテナンスに必要な知識全部揃えたわ」
「言い換える。世界が違う」
「あー、はいはい。わかりました。行ってらっしゃい」
ミオはマサキが乗っているボードを押した。おう! と威勢のいい声が返ってくる。
ミオも自らの身体能力には自信がある方だが、マサキほどではない。映像にせよ、実技にせよ、取り敢えずは動いているところを見ないことにはイメージが掴めなかった。
流石は十六体の正魔装機の牽引役を務めるだけはある――ぐんぐんと沖へと進んでゆくマサキの姿を見送ったミオは浮き輪に身体を通した。あー、気持ちいい。波に揺られながら海に身体を浮かべると、青く輝く空が目に飛び込んでくる。
絶好の海日和。
ゆったりと過ぎてゆく時間が心地良い。ミオは浮き輪の中、ぷかぷかと身体を浮かべ続けた。そして考えた。今年の夏は皆とどう過ごそう。
まだまだ夏は始まったばかりだ。
海ひとつで済ませるなど勿体ない。そう、ミオは欲張りなのだ。山だって湖だって避暑地だって行きたい。その思い出こそがミオの戦う理由になる。幾つかのバカンスの候補地を思い浮かべながら、波間にぷかぷかとミオは漂い続けた。
<彼と彼の隙間>
白いコートを翻して颯爽と歩む長躯の男に、水着姿の女がふたり。そして背後に続く気の抜けた表情の青年。うわぁ。ミオは自分の格好を棚に上げてそう声を上げた。
ミオのオールインワンタイプのレトロな水着など霞んでしまうぐらいな格好。水着を着ている三人はさておき、海水浴場で長袖のコートを着込んでいるのはどうしたって目を引く。
「相変わらずマイペースぅ」
声を上げてしまったことでミオの存在に気付いたようだ。彼――シュウが砂を靴で噛みながらこちらに向かって歩んでくる。ややあってミオの目の前に立ったシュウにミオは違和感を覚えずにいられなかった。
「これはこれは、ミオ=サスガ」
「いやいやどーも……って、やっぱり脱がないんだね」
「水遊びは趣味ではありませんので」
暑さを感じないのだろうか。涼やかな眼差しをミオに注いでいるシュウは、汗一つ掻いていない。背後に立つサフィーネたちは団扇で顔を仰いでいるのだから、間違いなくそれなりに暑い筈である。それなのに。
「他の仲間たちはどこに?」
「テュッティたちはあっち」
ミオは先ず、少し離れた浜辺でビーチパラソルの下に集っている仲間たちを指差した。どうやら彼女らもシュウたちの存在に気付いたようだ。露骨にうんざりとした表情を浮かべている。
国土を海で囲まれているラングランには、泳ぎを楽しむスポットが山ほどある。故に、日本のように海水浴場が芋の子を洗うような人出になることはあまりない。だのにその中のひとつで見事に顔を合わせてしまった……これに嫌気を感じなければどうかしている。
何せ、彼らとの偶然はこれが初めてではないのだ。
海に山、湖に森……バカンスと洒落込んだ先で悉く顔を合わせる風変わりな因縁。毎年夏になると顔を合わせることになるからだろう。ヤンロンに至っては、彼らに先に予定を尋ねるのはどうか。などと口にし出す始末。
「マサキは?」
その中に欠けている人物を見付けたようだ。目聡く尋ねてくるシュウに、ミオは苦笑しきりで海を指差した。
既に散々泳いだ後とあって、のんびりと過ごしたかったようだ。海にフロートマットを浮かべて横になっているマサキの姿に、成程とシュウが頷く。だからといってそれ以上、彼が何かを尋ねてくるとはない。むしろ全員の姿を確認した以上は洋はないとばかりに、では、私たちはこれで――と、去っていく。
浜辺の奥。テュッティたちからは離れた場所に、彼らがビーチパラソルを立てたのを見届けたミオは海に入った。
目指すはマサキだ。
ひんやりとした水に身体を漬け、水を掻いて前に進む。波で押し流されているのか。最初にいた地点からは大分波打ち際に寄ってきたマサキに、ねえ! とミオは声を掛けた。
「何だよ」
バランスが崩れるのが嫌なのだろう。顔を向けることなく言葉を返してきたマサキに、シュウがいるよ。ミオは話し掛けた。
「ああ? またかよ。何でこうもあいつらと鉢合わせするかね……」
そうは云いながらも満更ではなさそうだ。
「いっちょ挨拶と行くか」
海に下りたマサキが、やるよとフロートマットをミオに押し付けてくる。何をするつもりなのだろう。フロートマットに上がったミオは、好奇心を丸出しに成り行きを見守った。
一直線にシュウたちのパラソルに近付いていったマサキが、何事か彼らと会話をしていたかと思うと、水着のウエスト部に挟んでいたらしい。おもむろに小型の水鉄砲をシュウに向けて放った。
やるぅ。ミオは口笛を鳴らした。
顔にかかった水飛沫を払ったシュウがパラソルを出た。何をするつもりかと思いきや、波打ち際まで下りてくる。
くるりと振り返った彼はマサキを呼んだようだ。波打ち際に向かってマサキが歩んでくる。濡れるのも構わずに波に足を付けたシュウは、マサキとの距離が詰まったのを見計らって両手で掬い上げた。
ばしゃり。
顔に水を当てられたマサキが、やったな。と、笑う。
そのまま波打ち際で水をかけ合い始めたふたりに、ホント、意味がわかんないぐらいに仲が宜しいことで――と、肩を竦めたミオはフロートマットの上。天高く続く青空を見上げた。
<或る暑い夏の日に>
|氷菓《アイスキャンディ》を手にシュウの許を訪れたマサキは、どうやらそれだけでは火照った身体が冷えなかったようだ。あちぃ、あちぃ。と、云いながらリビングのテーブルの上に置いてあった|空調設備《エアコン》のリモコンに手を伸ばす。
少しぐらいであれば、照り返しの酷い夏の陽射しの下をここまで来ているのだ。大目に見よう。シュウはそう思ったが、直後、|空調設備《エアコン》から吐き出される空気が、とてつもなく冷たくなったことで耐え切れなくなった。マサキの手元にあるリモコンを取り上げてみれば、なんと設定温度二十二度。つい先程まで外にいたにせよ、これは流石にやり過ぎである。
シュウは無言で温度設定を二十八度に戻した。
それが気に入らなかったようだ。シュウの手からリモコンを奪い取ったマサキが、またも温度を二十二度に設定する。ああ、あちぃ。アイスを食べきった彼は、それでも身体が冷えないからだろう。ソファを立つと、冷蔵庫の中にある|氷菓《アイスキャンディ》のおかわりを求めてキッチンへと向かっていった。
元々体温が高いのだ。平熱が三十六度七分であるらしい彼は暑さに挫け易い。
それをわかっていても譲れないことはある。シュウはマサキが席を外している内にと、再び温度設定を元に戻した。
温暖な気候のラングランでは、滅多なことでは過ごし難い陽気になることはなかったが、今日は|空調設備《エアコン》が必要になるくらいには暑い。こうなると、良く動き回るマサキは、そう簡単には涼しいと感じないようだ。ソファに戻ってきた彼は温くなっている|空調設備《エアコン》からの風に盛大に顔を顰めると、シュウがテーブルに戻したリモコンへとまた手を伸ばしてゆく。
「あのー、ご主人様。上着を羽織っては如何ですかね?」
不毛な戦いを続けている主人たちに呆れたようだ。シュウの肩にとまっているチカが妥協案を提示してくるも、ここでマサキに甘い顔をして、彼を付け上がらせるのは癪に障る。シュウは再びマサキの手からリモコンを取り上げた。温度を変えようとした瞬間、やられる前にやれとばかりに横から伸びてくる彼の手。
奪ったリモコンを片手にふふんと鼻を鳴らしたマサキに、シュウはククク……と嗤った。
「やってくれますね、マサキ。人の家の|空調設備《エアコン》の設定温度を、私に許可も得ずに勝手に変えるとは……」
「暑いんだから仕方がねえだろ。てかお前、そんだけ着込んで寒く感じるのかよ。血行不良にも限度があるだろ。運動しろ、運動」
どこからどう聞いても嫌味にしか聞こえない言葉をぶつけてみれば、この返し。
「わかりました」
シュウは読んでいた本を脇に置いてソファから立ち上がった。そして二本目の氷菓を口に含んでいるマサキの身体を、問答無用で抱き上げた。わわ、おろせ! チカが天井の梁に逃げ込む中、手足をばたつかせて抵抗するマサキをバスルームに運び込む。
「やめ、やめろって。この馬鹿力!」
シュウは浴槽にマサキの身体を収めた。そして彼が逃げ出すより先にシャワーのコックを捻り、頭から水を被せる。
「溶ける! アイスが溶けるって、シュウ!」
「どうです。これで充分に涼しくなったでしょう」
程良く濡れたところでシャワーを止めたシュウは、マサキに微笑みかけた。けれども、あー、もう。と、声を上げた彼の表情は、予想していたよりも遥かに穏やかだった。
「ちょっと持ってろ」
もっと不機嫌な顔を晒すかと思っていたマサキは、何かを思い付いたようだ。その|発想《アイデア》に気を取られているのだろう。渡された|氷菓《アイスキャンディ》を手に、何をするのかとシュウが見守っていれば、シャツにジーンズと濡れた服を脱いでゆく。
シュウに服と|氷菓《アイスキャンディ》を持たせたマサキが、ふんふんと鼻歌混じりで浴槽に水を張り始める。シュウは呆れ半分で、彼の濡れた服を脱衣所の洗濯機に放り込んだ。そうしてバスルームに戻って、浴槽に身体を沈めたままのマサキに|氷菓《アイスキャンディ》を渡す。
「プールに入ってるみたいで気持ちいいな」
水風呂に浸かりながら|氷菓《アイスキャンディ》を食べているマサキはこの上なく幸福そうだ。こうなると果たしてどれほどのものであるのかを試したくなる。ねえ、マサキ。シュウは身を屈めてマサキの耳に囁きかけた。
「一緒に入ってもいいですか」
少し考える素振りをみせたマサキが、大人しくしてるならな。と、大きな瞳をくるりとさせながら答えてくる。勿論ですよ。シュウは頷いて、うっすらと汗ばみ始めた肌に張り付いている衣装を脱いでいった。
<雨ざらし>
預言のばっきゃろー! と、マサキが叫んだ。
預言のばっきゃろー! と、マサキが叫んだ。
喫茶店を出て五十メートルほど。西にあった黒雲が上空に流れ込んできたかと思うと、あっという間に視界が|煙《けぶ》った。
どしゃぶりの雨に、方々で悲鳴が上がる。
往来を逃げ惑う人々は殆どが傘を持っていない。それもその筈。今日の天気予報は晴れのち曇り。預言が元になっているラングランの天気予報は99%の的中率を誇っている。それが外れるとは珍しいこともあるものだ――シュウは手近な店の軒先にマサキとともに避難すると、親の仇のように地面を叩いている大粒の雨に目を遣った。
側溝に流れ込む大量の雨。かなりの勢いで流れ込んできた黒雲は、上空で滞留しているようだ。ぴくりとも動く気配がない。
「巫山戯ろよ……ずぶ濡れじゃねえか」
隣に立つマサキの髪の先から雫が滴っている。
シュウはポケットからハンカチを取り出した。ほら、とマサキに髪を拭うようにと渡す。
けれども強情なマサキは、自分の健康に自信を持っていることもあるからだろう。いや、いい。と首を振って譲らない。
「お前だってずぶ濡れじゃねえか。俺に渡す余裕があるなら、自分の髪を拭けよ」
シュウは無言でマサキの髪を拭いた。
「いや、だから、先ずは自分の髪をだな……」
それも無視して更に髪を拭く。
けれども、その程度でどうにかなる濡れ具合ではなかったようだ。あっという間に濡れそぼったハンカチに、シュウは仕方なしにマサキの髪から手を離した。続けてハンカチを絞る。ぽたぽたと滴る雫の量が、雨足の強さを物語っているようだ。
「大丈夫かよ。お前もそれだけ濡れてるってことだろ。風邪を引いても知らねえぞ」
「あなたが看病してくださるのでしょう?」
「何か優しいとは思ったんだよ。そういう魂胆か」
シュウの優しさの理由に納得がいったようだ。舌を鳴らしたマサキが何事か考え込む。
「たったこれだけであなたの看病が買えるなら安いものですしね」
「大馬鹿者だな」
「自覚はありますよ」
直後、不意にシュウの額にマサキの手が伸びてきた。大馬鹿者だ。繰り返したマサキが、雨に濡れて肌に張り付いているシュウの前髪を払う。
「ひっでぇ有様じゃねえか」
顔を覗き込んできながら口の端を吊り上げたマサキが、シュウの手の中にあるハンカチを取り上げる。
きっと、自分ばかりがいい思いをしているとでも思ったのだろう。それで自分も何かしなければならないと考えたに違いない。続けてシュウの顔を拭き始めたマサキに、結構ですよ。シュウはやんわりとその手を取った。
「濡れたついでに傘を買ってきますよ」
「止めとけよ。この雨だぞ。預言を裏切った雨なんていつまで続くかわかりゃしねえ」
「かといって、ここで待ち続ける訳にもいかないでしょう。あなたの身体が冷えてしまう」
「だったらいっそ濡れて帰ろうぜ。直ぐにシャワーを浴びれば大丈夫だろ」
云うなり、大量の雨の中へと飛び出してゆくマサキに、仕方ないとシュウもまた軒下から飛び出した。
濡れる決心が付いたことで、一周回って楽しくなってきたようだ。先を往くマサキの口から、あははは。と笑い声が上がる。
「家まで競争だ! 負けた方がシャワーとココアの準備な!」
「風邪を引いても知りませんよ!」
「お前が看病してくれるんだろ! まさか、自分だけ世話してもらえるとか思ってないよな!」
子どもじみた面があるマサキにかかれば、突然の雨もイベントに早変わりだ。素早く街を駆け抜けていくマサキの後に続きながら、手間がかかる――と、思いながらも、シュウは帰宅してからの彼とふたりで過ごす時間に思いを巡らせずにいられなかった。
PR
コメント