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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

安藤正樹の終わりなき誤解(前)
前編です。マサキとリューネを組み合わせた瞬間に、それまでの真面目な空気がどこかに行ってしまったんですけど、これどうしたらリカバリーできますかね?笑

<前回までの話はこちら>
貴家澪の優雅な出歯亀
テュッティ=ノールバックの華麗なる推理
ホワン=ヤンロンの清廉なる邪推
プレシア=ゼノサキスのいと稚き嫌悪
リューネ=ゾルダークとウエンディ=ラスム=イクナートの明るい(あっ、軽い)憤然

拍手有難うございます。励みとして日々を執筆作業に取り組んでおります。
では、本文へどうぞ!
<安藤正樹の終わりなき誤解>

 ドゴン、と腹部に鈍い衝撃を感じたマサキが、すわ敵襲かと身構えるよりに先に、マーサーキー! と聞き慣れた声が響き渡った。
 目を開かなくともわかる声の主はリューネ。彼女はあろうことかベッドで惰眠を貪っていたマサキの腹の上に、何を思ったか勢いを付けて飛び乗ってきたようだ。どれだけ普段からトレーニングを重ねている身体とはいえ、無防備なところに攻撃を加えられて無事でいられる筈もない。うう。と呻きながらマサキは仕方なしに瞼を上げた。
「ちょっとお、起きなさいよ!」
 既に目を開いた後だというのに、リューネはマサキのシャツの襟を掴みながら、その身体を揺さぶってくる。男でも敵わない怪力の持ち主であるリューネの立て続けの攻撃に、如何に女性が相手とはいえ、マサキは反射的に激高していた。
「この目を見ろよ、起きてるだろ!」
「一度で起きないマサキが悪いのよ!」
 用があるのであればあるなりに、もっと穏便な起こし方があっただろうに。マサキは非を認める気のないリューネを力任せに腹の上から落とした。そして身体を起こすと、派手な音を立てて床の上に転がったリューネを見下ろした。
「痛ぁい!」
「人の腹の上に全体重をかけた人間が云っていい台詞じゃねえ! なんなんだお前は――」
 腹部に残る鈍い痛み。腹を摩りながら怒鳴りつけたところで、マサキはリューネの背後に人影があることに気付いた。テュッティか、それともプレシアかと思えば、黒いタイツに包まれたすらりと伸びる脚が覗いている。もしや――と、マサキはゆっくりと視線を上に向けた。錬金学士協会屈指の才女は、穏やかではない笑顔を浮かべて立っている。
「うふふ。マサキ、ごめんなさいね。私は止めたのだけど、リューネがこのぐらいしないと気が済まないって云うから……」
 日頃、しとやかに淑女然と微笑んでみせる女性にしては慎みに欠ける笑顔。
 笑っていない瞳に、吊り上がった口元。まるで心に獣でも飼っているかのような、恐ろしいこと他ないウエンディの表情を目の当たりにしたマサキは、流石に自分に非があるのではないかと考えた。自分は気付かぬ内に、このふたりの女性を怒らせるような何かをしたのではないだろうか? マサキは急ぎここ最近の出来事を振り返ってみた。
「今ならまだ許すわよ。さっさと白状しなさい、マサキ!」
 そこに、今にも再びベッドに乗り上がってきそうな勢いでリューネが迫ってくるものだから堪らない。そうは云われても、マサキには思い当たる節がまるでないのだ。マサキは首を捻った。唯一思い当たるとしたら、冷蔵庫にあったプレシアとテュッティが作ったケーキを一切れ多く食べてしまったことぐらいだったが、それでこのふたりが怒るのは筋違いだろう。
 うーん。唸りながら色々と考えを及ばせてみるも、やはり何も思い浮かばない。これは流石にふたりの勘違いではないだろうか? そう思ったマサキは、リューネとウエンディに、ふたりがいきり立っている理由を直接尋ねてみることにした。
「お前たちが怒ってる理由って何だよ? 俺には思い当たることは何もないぞ」
「あらあらうふふ。マサキったら。そんな惚けた言葉を吐いて」
「こっちはヤンロンから聞いてるんだからね」
 これがもしミオの名前であったなら、マサキは内容を尋ねることもなく、即座にそれは誤解だと否定していたことだろう。あの傍迷惑な同郷の徒は、人間関係を引っ掻き回すのが趣味なのか、他人のプライバシーに関わるあることないことを、実に良く吹聴して歩いてくれたものだ。
 幸いなのは、魔装機周りの人間たちはそうした彼女の性質を理解しているからか、彼女の話を真に受けることがない。いいとこ話半分。マサキも彼女の話はそういった性質のものだとして聞くことが多い。だからこそ、彼女の勘違いや嘘から端を発した誤解を解くのは容易かった。
 テュッティであっても同様だ。彼女はいかんせん早とちりが過ぎる性格だ。ないことをあることにしてしまって、勝手に自らの中でストーリーを膨らませ、あたかもそれが真実だとばかりに他人に打ち明けてしまう。マサキも幾度かやられているが、なまじ普段は真面目で通っているキャラクターであるものだから、どんな突飛な勘違いであろうとも彼女が正義。その誤解を解く為の弁明にはかなりの時間が必要となる。
 とはいえ、そこは所詮は脳内で構築されたストーリー。論証を積み重ねれば襤褸がでたものだ。
 しかし、ヤンロンの名前が出たとなっては。
 その戦闘姿勢に似合わず日常生活では慎重派で通る彼は、確証のないことを迂闊に口にするような性格ではなかった。それはつまり口を軽くするにしても、事実のみということを意味する。自らの所見といった余計な情報を付け加えることのない彼からの情報は、だからこそ信用に値するものとして仲間たちからは受け止められていた。
 ましてや他人のプライベートなあれこれなどには、滅多に興味や関心を持たない彼のこと。そうである以上、マサキにとってある種厄介な組み合わせであるウエンディとリューネというふたり組が怒りを感じている問題というのは、マサキが考えている以上に深刻な問題である可能性が高い。
 マサキは表情を引き締めた。ヤンロンが口にした以上、誤解だどうだといったレベルの話ではないのだ。
「おい、本当に何の話だ。そこでヤンロンの名前が出るってことは、俺にかなりの落ち度があったってことだろ」
 マサキの迫力にふたりは気圧されたようだ。本当にマサキ、思い当たる節がないの? と、最初の気勢はどこにやら。どこか落ち着かない様子でリューネがマサキに尋ねてくる。
「あったらとっくに白状してるだろ」
「ヤンロンがマサキはシュウに騙されていると云っていたのだけど」
「騙されてる?」
 ウエンディの言葉にマサキは眉を顰めた。そして混乱した。騙されているとは何だ? 確かにここ最近、マサキはシュウと会う機会が増えていたものの、それはマサキが頼んだものであって、シュウから何某かのアクションがあったことではない。そうである以上、そもそも騙すも騙されるもない話である筈なのだが――。
「何が騒ぎの元になっているのかと思って様子を見に来てみれば」
「恋とは誤解と錯覚の積み重ねって云うけど、そういう話じゃないの?」
 そこに話を大きくしてしまうテュッティが、誤解を振り撒いて歩くだけのミオを引き連れて姿を現わしたものだから、マサキとしては頭を抱えずにいられなく。最早、微塵も話が穏便に済む気がしない。それでもどうにか気力を振り絞ってベッドを出て、先ずはミオの頭を引っ叩く。
「何が恋だ! お前、登場するなりないことないこと口にするんじゃねえよ!」
「そうは云われても。あたしはもう知っちゃった後だしぃ」
 そう云いながら舌を出してみせるものだから憎々しいこと他ない。
 何を知ったのかは知らないが、ミオがしたり顔をしている時点で眉唾物だ。恐らく一しかない話を十に膨らませているに違いない。それならば事実しか口にしないヤンロンとの話にも整合性が出る。騙す、騙されると云っても、それは世界の危機的なレベルの話ではなく、間食のチョコレートの粒の数を誤魔化したといったレベルの話であるのだろう。
 ヤンロンは時にマサキを揶揄うように、一の事実が五になるように含みを持たせた云い方をしてみせるのだ。
 しかし、まるで学習する気配のない女たちにとっては、ミオのこの発言はそれぞれの思惑を煽るのに充分だったようだ。それ見たことかとばかりに、全員が一斉にマサキに詰め寄ってくる。
「ねえ、マサキ。お姉さんは心当たることがあるのだけど、あなた本当に心当たりがないの?」
「そうだよ、マサキ。ゲロって楽になっちゃいなよ」
「ほらあ、マサキ! やっぱりシュウと何かあったんじゃないの!」
「あらあら、どんな話が飛び出すのか楽しみだわ。うふふ」
 女三人寄れば姦しいだが、女四人寄ればその比ではないい。それぞれがめいめいに言葉を発するのを、耳を塞ぎたくなる思いで聞いていたマサキは、話の続きはリビングでしましょうと、テュッティに階下に降りてくるよう促されたところではあと深く溜息を洩らしていた。
 ――これじゃ話がややこしくなる一方だろ。
 ひと足先にリビングへと降りていった女性陣に束の間の平穏を感じながらも、これから始まる不穏な時間に憂鬱も限りなく。きっと山程、勘違いと誤解からくる捏造ストーリーを聞かされるのだろう。吹き抜ける風。ちらと開いている窓に目をやったマサキだったが、そこから逃げ出したところで問題を先送りにするだけだ。
 いつかは詰められるのだ。だったら今誤解を解いてしまった方がいい。
 マサキは仕方なしに服を着替え、リビングへと向かった。


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