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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

愛しさと恋しさと寂しさと 他
また溜めたな!!!!!



<愛しさと恋しさと寂しさと>

 一晩をともにしたその日。朝から機嫌の悪いマサキに、思い当たる節のないシュウは首を傾げたくなる思いでいた。
「今更いちいち量るもんじゃないだろ。作り慣れたメニューなんだぞ」
 どちらが云い出した訳ではなかったが、ふたりでいるときの食事の支度は交代制だ。
 昨日の夕食を担当したのはマサキ。ビーフシチューにサラダと肉を好む彼らしい食事は、シュウからすれば少し濃く感じられる味付けだったが、決して不味いという訳ではなかった。故にその食事の出来に文句を云った覚えはない。
 そうである以上、彼の不機嫌の理由はそれ以外にあるということだ。
「計量カップに計量スプーンとか、どんだけ自分の舌に自信がないんだよ」
 シュウは大人しく座って待つ気がないらしいマサキの言葉に眉を顰めた。当然ながら今日の朝食の支度はシュウが行っている。その手順が気に食わないらしい。カウンターの上にある計量カップやスプーンの存在にケチを付けてきたマサキに、シュウとしては増々彼の不機嫌の理由が気に掛かる。シュウはマサキをいなしながら昨日の出来事を思い返した。
 昼過ぎにシュウの家を訪れた彼は、手にかき氷機の入った包みを提げていた。ピーコックブルーの本体に白い手動レバーが付いたレトロモダンな作り。シュウの家の冷蔵庫を漁って氷をかき集めた彼は、そのかき氷機で作ったかき氷にいたくご機嫌だった。
 それから、いつも通りに読書をするシュウの隣でテレビを見ていた彼は、夕方近くになってシュウを散歩に誘ってきた。涼しくなる頃合いを待っていたようだ。近くの林を通る川辺を三十分ほど。川を伝うひんやりとした風を浴びながら、ふたりで肩を並べて歩いた。
 彼の機嫌が悪くなるような要素はどこにもない。
 むしろ、やりたいことをやれている分、昨日のマサキの機嫌はかなり良かった方だ。
 それが証拠に、食事を終えてバスに向かった彼は鼻歌混じりにシャワーを浴びていた。寝る時もそうだ。明日はあれをしようこれをしようと無邪気に提案してくる彼に、シュウはいつになく満たされた気分で眠りに就いた。
 それがどうだ。
 起きたらこの有様である。
 シュウは計量カップで量った水を鍋に入れた。クラムチャウダーの材料は既に炒めてある。ふわりと香るあさりの匂い。きちんと計量カップを使っただけはあって、程良いとろみ具合だ。
「まだかよ」
「もう少しですよ」
 クラムチャウダーとホットドック。食べたがったのはマサキだった。
 良く食べ良く動くマサキは、味が濃いものを欲しがることが多い。日頃、葉物を好んで食べているシュウからすれば、マサキが好むメニューは胃にもたれるものばかりだったが、他に彼の機嫌を取る方法も知らない。何せ、シュウには彼の機嫌を損ねた理由にまるで心当たりがないのだ。そうである以上、彼の云うことに唯々諾々と従う以外に何が出来ようか。
「腹減った」
「牛乳でも飲みながら待っては如何です」
「あと一分だけ待ってやるから、早くしろ」
 だのにマサキと来た日には、駄々を捏ねるのを止めようとしない。
 シュウは鍋の火を止めた。フライパンの中には炒めたキャベツ、トースターの中には焼いたホットドックパン。これからウィンナーを炒めるところだというのに、一分で完成させろとは無茶にも限度がある。
「ろくじゅうー、ごじゅうきゅうー、ごじゅうはちー……」
 けれども本気なようだ。カウントダウンを始めたマサキに、マサキ――。シュウはその名を呼びながら向き直った。
「機嫌が悪い理由を云いなさい」
「別に」
「別に、で済ませられる話でもないでしょう。私が何かしましたか」
 不機嫌が服を着て歩いているような表情。大きな目の下に白目が筋を引いている。睨み付けるようにシュウを見上げてくるマサキに、シュウもまた冷ややかな視線を返す。
「私が何かしたのであれば謝罪しますよ。けれども、非がないものを理不尽に当たられるのは耐え兼ねますね」
 それで少しは態度を軟化させようと思ったようだ。夕べ。と、マサキが小さな声で言葉を吐いた。
「夕べ?」
「夜中にトイレに起きたんだよ」
「それが?」
「ベッドに戻ったら、お前が背中を向けて寝てた」
「……私とて、寝返りぐらい打ちますが」
「わかってるよ、そのぐらい。でも、俺は嫌だった。だからお前を起こそうとしたんだけど、お前、深く寝てるのか全然起きなかったんだよ」
 そう云ってシュウの胸をどん、と叩いたマサキに、シュウは最早どう言葉を継げばいいかもわからずに。
「えー……マサキさん、もしかして病み系?」
 キッチンの小窓の張り出し口にてその遣り取りを眺めていたチカが、これ以上となくシュウの胸中を的確に代弁してくる。悪いかよ。ぼそと言葉を吐いたマサキがシュウの胸に顔を埋めてくる。
 さて、どう収拾を付けたものか――。シュウはマサキの背中に腕を回しながら、彼の機嫌をどう取り直すか思案しながら宙を仰いだ。



<BAD COMMUNICATION>

「こういうのって旅行土産でなかったか」
 うーん。と唸りながら、シュウの隣でデザイン図を考えているマサキが口にした。
「自分で絵柄をデザインするシャツですか? 地上にいた時に見掛けた覚えはありませんが」
「外人観光客向けにさ、好きな漢字をデザインしたシャツをって土産があるんだよ」
 成程。と、呟いたシュウは、自らが向かっているデザイン用の用紙を見詰めた。
 街をそぞろ歩いていて見付けた店は、自分で書いたデザインをシャツに転写してくれるらしい。それを「面白いからやろうぜ」云ったのはマサキだった。しかもよせばいいのに、お互いがお互いのシャツの図柄をデザインするという提案付きだ。
 碌なことにならない気しかしない。
 案の定と云うべきか、早くも行き詰ったようだ。書いては消しを繰り返していたマサキのデザイン用紙には何も書かれていない状態が続いている。
「とはいえ、外国人は漢字の意味もわからずに形で選ぶことも多いでしょうに」
「そりゃ日本人だって一緒だろ。意味もわからず英語のデザインされたファッションを有難がってさ」
 云うなり、何かを思い付いたようだ。デザイン用紙に何かを書き付け始めたマサキに、確かに――頷いたシュウは、ラングラン語でシャツのデザインをすることに決めた。絵心はあまりないが、これなら多少は形が付く。問題はどういった単語や文章を載せるかということだが、何せマサキのシャツである。そこに印字したい言葉となると限られたもの。
「……おい」
 早速と書き始めたシュウの手元を覗き込んだマサキが、不満げな声を洩らす。お前さー……と、続けた彼は呆れ果てている様子だ。それもその筈。ラ・ギアスの翻訳機能は優秀だ。ラングラン語ぐらいであれば難なく翻訳してみせる。
「読めてしまいましたか」
「俺、やだぞ。それ着るの」
 愛しています。シンプルに愛の言葉を刻んだシュウに、正視が出来ないようだ。デザイン用紙から視線を逸らしつつマサキが頬を膨らませる。
「シンプルが一番でしょう」
 そこでシュウはマサキのデザイン用紙に目を遣った。何か思い付いたらしい彼は果たして何を書いたのだろう? 次いでその全貌を目にしたシュウは、その瞬間、彼との間にある暗くて深い溝を自覚させられずにいられなかった。

 ――紫。

 間違ってはいない。いないが――。
「何だよ。何が不満だよ。格好いいだろ、紫。漢字の形もいいし、お前らしいじゃねえか」
 お世辞にも上手いとは云えないかな釘文字。どうやらマサキとしては、本気でこれ以上のデザインはないと思っているようだ。そのまま奥の受付カウンターにデザイン用紙を持ち込んでいるマサキに、シュウは深い溜息を洩らさずにいられなかった。



<本音と建前>

「何、してんの……?」
 温暖な気候が常のラングランにしては、珍しくも陽射しがそこそこ強い日のことだった。街角で|仲間《マサキ》の姿を見付けたミオは、出し抜けに目に飛び込んできた彼の体勢に声を出さずにいられなかった。
 広場にあるベンチは、午後を迎えたからか。人けはまばらだ。
 そんな中。足をベンチの座板に伸ばして、ぴったりと。背中をシュウにくっつけているマサキは、むっと押し寄せてくる熱気が耐え難いのか。ソフトクリームを手にしている。そのマサキと背中を合わせて座っているシュウの位置はベンチの端。きっちりと両足を地面に着けてはいるものの、彼もまた、マサキ同様ベンチの正面を向いてはいない。
 相当に奇異である。
 ふとマサキがシュウに何事かを話し掛ける。口の動き方からして、暑い。とでも云っているようだ。
 対するシュウは、マサキの言葉を聞いているのかいないのか。膝に置いた本から顔を上げることがない。それに焦れでもしたのだろうか。おもむろに身体を起こしたマサキが、ソフトクリームを片手にしたまま、シュウの首に腕を回して凭れかかる。
 そのソフトクリームをシュウが舐めたところで、ミオの我慢は限界を迎えた。
 どれだけふたりの付き合いに寛容なミオであっても、公衆の面前で――と思わずにいられないふたりの姿。王都から離れた街とはいえ、度胸がいいにも限度がある。ずんずんずんとベンチに迫ったミオは、何してんのよう。と、ふたりに話し掛けた。
「暑いんだよ」
「それはわかるけど、そんなにぴったりくっついている方が暑いでしょ」
「その通りですよ、ミオ。ほら、マサキ。あなたの体温は高いのですよ。いい加減離れてはいただけませんか」
「いーやーだ」
 暑さが彼の思考能力を奪ってしまったのだろうか。駄々を捏ねるように言葉を吐くと、更にシュウにしがみ付いていくマサキに、ミオとしては唖然呆然。これがあの鈍感な一匹狼だったマサキの成れの果ての姿かと思うと、いやはや恋は人をここまで変えるのか――と、思わずにいられない。
「あたし、今になってようやくお邪魔虫って言葉の意味がわかった気がする」
「そういうんじゃねえよ」
 ソフトクリームを口にしたマサキが、その冷たさに表情を緩ませながら続けた。
「こいつの体温は低いだろ。だから、こうしてると気持ちがいいんだよ」
「そういう問題!?」
 たったそれだけの理由にしては、異様な距離感。きっと、鈍感なマサキは自分がそこまでしてシュウにくっついていたい理由もわかっていないに違いない。そんなことを思いながら、なんだと口ではいいつつも幸せそうなシュウを横目に、ミオは早々にその場を退散することにしたのだった。



<選択肢はいくつ>

 草原をサイバスターで駆けている最中だった。
 デート、デートと追い縋ってくるリューネをどうにか振り切った矢先のことだ。揺らめく陽炎とともに不意に眼前に姿を現わした青い機影。間近に迫らないと索敵機能が反応しない反則的な性能を誇る機体の乗り手は、サイバスターとマサキを目にして通り過ぎるのもどうかと思ったようだった。
「久しぶりですね、マサキ。随分と急いでいるようですが」
 モニターに映し出されるいけ好かない顔。薄い口唇が歪んだかと思えば、切れ長の瞳が微かに細まる。本当に気障ったらしい男だ。マサキは眉を顰めた。
 シュウ=シラカワ。因縁めいた縁で結ばれているらしい男は、争乱の都度、マサキの目の前に姿を現わした。
 それでも、最近はその表情にも慣れてきた――。当たり前だ。マサキは彼と出会ってから過ぎた歳月を思った。
 地底に召喚され、地上に戦いに渡り、そしてまた地底世界で戦った。移りゆく季節を感じる暇もないままに戦い続けた日々。ラングランの平定を取り戻したマサキは、気付けば二十歳を超えていた。
「まあ、急いでるっちゃ急いでるがな……」
 リューネを振り切ってから十分ほど経っている。流石にもう彼女に見付かることはないとマサキは思うが、目の前にいる男も長く顔を突き合わせていたい相手ではない。なるべく早くこの場を立ち去りたい。男の鼻持ちならない口振りが苦手なマサキとしては、どう彼との話を切り上げるかで頭がいっぱいだ。
「あなたが急いでいる理由を当ててみせましょうか、マサキ。リューネに追い掛けられていたのでしょう」
「なんでお前がそれを知ってるんだよ!」
「そこでヴァルシオーネRを見掛けたのですよ。私の言葉も聞かずに行ってしまいましたがね」
「どっちに行ったよ」
 想像以上に近くに迫ってきていた|脅威《リューネ》に、マサキはその行き先を尋ねずにいられなかった。
 目の前の男に付き纏っている一団をマサキは良く金魚の糞と評したが、それに張る勢いの持ち主であるリューネ。ひとたびスイッチが入ろうものならマサキの気持ちなどお構いなし。地の果てまでも追い掛けてこようとするリューネを撒くのはさしものマサキでも骨が折れる。
「西に」
「そっか……」
 マサキはほっと胸を撫で下ろした。来た方向とは逆側に向かっているようだ。
 決してリューネのことは嫌いではない。むしろ仲間として信頼を寄せている。だが、四六時中付き纏われては流石にストレスが溜まる。
 マサキとしては、例え仲間であろうとも程良い距離感でいたいのだ。それは胸を撫で下ろしもする――マサキは操縦席に身体を深く埋めた。
「何であいつあんなに執念深いかね」
「リューネが、ですか」
「この話の流れで他に誰がいるよ」
 何故かはわからないが、彼女との付き合いは時にマサキを酷く疲れさせた。別にふたりでいたからといって、必ずしも何かを話さなければならないといったことはないのに、リューネと来た日には、あれこれとマサキの話を聞きたがっては返事をするのが億劫になったマサキに怒り始める。
 勿論、マサキもただ黙って彼女の振る舞いを許容している訳ではない。折に触れてはリューネにそうしたことも含めて自分の希望を伝えてきた。
 必要以上に構われたくないマサキとしては、静かにしていて欲しい時や放っておいて欲しい時もあったものだが、けれどもそれがリューネには上手く伝わらないようだ。だから、いつまでもしつこくマサキを追い掛けてくる……それはマサキも相手をするのが面倒にもなったものだ。
「愛だの恋だのは余所でやれってな」
 溜息混じりに呟けば、思うところがあるようだ。微かにシュウの眉が歪む。
「随分と冷たいことを云いますね。彼女はあんなにあなたを想っているのに」
「冗談だろ。世界が狭過ぎる」
「その狭い世界で番う相手を探すのが人間でしょうに」
「別に必ずしも結婚しなきゃいけないって訳でもないだろうよ。俺はもっと広い世界が見たい」
「奇遇ですね。私もですよ」
「あんまり気が合いたい相手でもないがな」マサキはモニターの向こう側で薄く笑みを浮かべているシュウを見詰めた。「その果てに辿り着いた時にリューネじゃなきゃってなるならまだしも、こんな中途半端な状態でどうこうなるってな。そりゃあいつにも失礼だろ」
 瞬間、モニターに映るシュウの顔が、何だか酷く奇異なものを見るような表情になった。
「随分と夢を見ているような台詞を吐きますね」
「何をだよ」
「あなたはまだ子どもだということですよ」
 クックと声を潜ませて嗤ったシュウが、世界のどこかに自分の最愛の人がいる――と、謳うように言葉を継いだ。
「浪漫を追い掛けるのも結構ですが、現実を直視することも大切ですよ。いるかいないかもわからない運命の相手を探すのは、選択の幅を狭める行為でもありますからね」
「逆じゃないか」
「それだけ具体的な像を描いているでも?」
「まあ、そりゃ、理想ぐらいはな……俺にもあるけどさ……」
 けれども多くは望まない。
 マサキはただ、一緒にいても沈黙が苦痛にならない相手が欲しいだけなのだ。
 信頼する仲間と賑やかに過ごす日々は確かに楽しい。それでもひとりになった瞬間に、楽になったと感じてしまう自分がいる。それはマサキにとって、ひとりで気ままに過ごす時間が仲間といる時間に勝っていることを意味していた。
「リューネに、ウエンディに、まだ見ぬ理想の相手ですか。思ったよりあなたは贅沢な人間なようだ」
「贅沢を云ってるつもりはないんだがな」
「どれかを選ぶつもりでいる時点で相当に贅沢でしょう。だから、マサキ。そういった贅沢なあなたに選択肢を増やして差し上げますよ」
「選択肢を増やす? どういうことだよ」
 もしかして、自分に恋心を抱いている女性が他にもいるのだろうか? そういった想像が脳裏を過ぎる。まさかな。マサキはその考えを即座に打ち消していた。
 シュウ=シラカワという男は、時々盛大にマサキを揶揄ってみせるのだ。
 だからマサキは云った。「やっぱいい」聞かずに済ませた方がいい話も世の中にはある。そう思ったからこそ出た言葉った、のに――。
「私もその中に加わると云っているのですよ」
 さらりと吐き出された言葉に、揶揄われているのだろうか? マサキは悪戯めいた笑みを浮かべているシュウの顔をまじまじと見た。けれども、彼はそれ以上言葉を重ねることをせず。
「考えておいてください。では」
 そうとだけ続けると、何事もなかった様子でその場から立ち去ってゆく。マサキは呆然と遠ざかってゆく青い機影を眺めた。考えておけ? ややあって、じわじわと全身の感覚が取り戻される。
「おい、シュウ! それはどういう意味――」
 はっとなってマサキは叫ぶも、その姿は平原の向こう側。小さく揺らめくばかりだった。



<負けたらこうだ>

 まさか一対一のババ抜きで負けるとは。
 目の前ではミオが力強いガッツポーズを決めている。マサキは最後まで手元に残っていたジョーカーを手放す気力も湧かず、ただただ力なく項垂れた。周囲にはロンドベルの乗組員たち。固唾を飲んで勝負の行方を見守っていた彼らは、「流石、貴家様!」だのと調子良くミオを褒め称えている。
 たかがババ抜きでここまで盛り上がっているのには理由があった。
 勝った方が負けた方に罰ゲームを命じる。ありきたりな提案に、暇を持て余していたマサキは乗った。まだ操者歴の短いミオが相手だ。これまで幾つもの修羅場を潜り抜けてきた自分が負ける筈がない――そう思ったからだった。
「だってぇ、マサキ。滅茶苦茶目に出てるんだもん」
 食堂の配膳カウンターに向かったミオが、ストローが二本ささったプラカップを手に戻ってくるとマサキの前に立つ。
 中には薄紅色の甘い匂いを放つ飲料がなみなみと注がれている。ミオに尋ねてみればストロベリーシェイクなのだそうだ。どうやら調理班に無理を云って作ってもらったらしい。
 罰ゲームにしては穏便な飲み物ではあったが、マサキは嫌な予感が止まらなかった。何といってもストローが二本である。ふたりで飲めと云われているのだと思えば、甘ったるいストロベリーシェイクが選ばれたのも納得がいく。
「お前と一緒に飲めとか云わねえよな」
「まさか! それじゃ罰ゲームにならないでしょ!」
 にひひ☆ と笑った彼女の笑顔は、元が幼顔なだけに不気味に映る。
 どう考えても碌なことを考えていない顔。乗組員たちが興味津々な視線を手元に注いでくる中、マサキは続くミオの言葉を待った。では、罰ゲームの内容を発表しまーす! 満面の笑みでギャラリーを煽ったミオがマサキを指差して曰く――。
「シュウと一緒に飲むのよっ」
「は? 巫山戯ろ! 何で俺があいつとこれを」
「負けたら何でも云うことを聞いてやる。そう豪語したのはどなたでしたっけ?」
 マサキは目の前のミオから手元のシェイクに視線を移した。確かにあの博覧強記な男は、暇さえあれば小難しい本を読んで頭を使っているからか、時々上着のポケットからチョコレートの欠片取り出して口に含んでいるのを見掛けたが、だからといって甘党だという話など耳に挟んだこともなく。
「いや、飲まねえだろうよ……」
「いいから行きなさーい! それを含めての罰ゲームなんだから! ちゃんと一緒に飲んでねっ☆」
 無茶振りにも限度があると思いながらも、これだけのギャラリーが証人で見届け人だ。今更引けもしない。マサキは仕方なしに自身の機体の整備をしているシュウに会うべく格納庫に向かった。
「ほらぁ、マサキ。丁度いい具合にシュウがいるじゃないの!」
 ギャラリーともどもこっそりと格納庫の入り口から中を窺えば、シュウはまさにグランゾンの整備の真っ最中なようだ。
 ミオに背中を押されたマサキは、よろめきながら格納庫の中に足を踏み入れた。手にしたシェイクはもう温くなり始めている。これをあいつと飲むだと――まさに罰ゲームだと思いながら、マサキはグランゾンの足元で整備の陣頭指揮を執っているシュウの許に向かった。
 途中で何度か足が止まるも、背後から感じるプレッシャー。振り返れば、入り口に固まっている人だかり。逃げ出したい。そう思うも、入り口を塞がれている格納庫だ。ここから逃げ込める場所はもうない。くっそ。マサキは舌を鳴らしてシュウの隣に立った。
「珍しいこともあるものですね。あなたが私の傍に自ら寄ってくるなど」
「罰ゲームだ。付き合え」
 マサキは手にしていたストロベリーシェイク入りのプラカップをシュウの目の前に突き出した。もう半分溶けかかってしまっているストロベリーシェイク。怪訝な表情を浮かべたシュウに、ババ抜きで負けたんだよ。云って、マサキは片方のストローに口を付けた。
「早く飲めよ。溶けるぞ」
「甘いものは苦手なのですがね」
「良く云うぜ。チョコレートを栄養剤代わりにしている奴がよ」
 肩を竦めたシュウが、もう片方のストローに口を付けてくる。マサキもまた無言でもう片方のストローに口を付けた。おお。と入口の方からどよめきが起こったが、心を無にして遣り過ごす。
「これでいいですか、マサキ」
 ストローから口を離したシュウは、そこで何かに気付いたようだ。頬に付いてますよ。そう云うと、ストローの口が掠ったのだろう。マサキの頬で微かに線を描いているストロベリーシェイクを指で掬うと、間髪入れずに舐めてみせたのだった。



<片目だけの世界>

「そういった状態でも、サイバスターを乗り回すあなたの神経の太さには敬服しますよ」
 恐らくは感心半分、呆れ半分であるのだろう。操縦席に収まったマサキの背後に立っているシュウがしみじみと口にした。
「手足が動かないって訳じゃねえしな」
 答えたマサキは、狭くなった視界に二度瞬いた。
 左目には眼帯。ものもらいだそうだ。
 心当たりはなくもない。マサキはセットアップに励んでいる二匹の使い魔をちらと見た。魔法生物である彼らの衛生状態にマサキは気を遣ったことはなかったが、何せ猫の姿である。時にはダニやノミに食われることもあるようだ。
 故に、ものもらいである。
 主人のサポートをするのが務めである彼らは、マサキの許を滅多なことでは離れたりしない。四六時中、傍にいるのが当たり前な使い魔――そう考えてみると、今まで無事で済んでいたことの方が不思議であるのかも知れない。
「手足が動かなくとも、片目は見えていないのでしょうに」
「その相手に送迎役を頼んでるのは、お前なんだがな」
「私はあなたの能力を信用していますので」
 引く気のないシュウの台詞に溜息を吐きつつ、マサキはサイバスターを発進させた。
 起きたら盛大に腫れていた瞼に、流石に病院だろうと王都に向かい眼科にかかった。病院を出て数十メートル。どういった用件で王都に足を踏み入れていたのかは不明だが、背後からマサキを呼び止めてきたシュウに嫌な予感が全身を駆け巡った。
 案の定、家の近くまで送れときたものだ。
 ひと目でそれと知れる眼帯を目にしても怯むことのないシュウに、巫山戯ていやがるとマサキは思うが、元々が遠慮を知らない男でもある。マサキの都合よりも自分の都合。そういった考えであるらしい彼に、自らの要求を収めろという方が難しいのかも知れない。そんなことを考えながら平原を駆け抜けつつ、時折、すかした男の様子を盗み見る。
「ところで、お前は何の用で王都に来てたんだよ」
「ちょっとした調査で、ですよ」
「その調査の中身が肝心なんだが」
「あなた方に迷惑は掛けませんよ」
「どうだか」マサキは鼻を鳴らした。
 どうもこの桁外れな能力に恵まれた男は、その能力を過信しているきらいがある。少数精鋭と云えば聞こえがいいが、片手に満たない程度の仲間とでどれほどのことが出来たものか。仲間を信頼しているのは結構だが、その所為で手に余ることに手を出しては窮状に陥ることも珍しくない。
 ――次はどこで顔を合わせることになることやら。
 口には出さず胸の内で言葉を刻んで、マサキは正面モニターに映し出されているラングランの景色を眺めた。
 片目が塞がっているからだろう。せせこましくも感じられる世界。色鮮やかな草の海も、頭上に広がる澄み渡る空も、今日に限ってはどうにも味気ない。あーあ。遣る瀬無い思いのままに言葉を吐く。
「さっさと治って欲しいもんだぜ」
「医者は何と?」
「ものもらいだってよ。世界が狭くて仕方がねえ」
「危険な病気でなくて幸いでしたよ」ふと口元を緩ませたシュウが、「暫くは我慢をするのですね」
「我慢って云ってもな。片目が不自由じゃ出来ることも限られるだろ」
「サイバスターの操縦をしている人が良く云いますね」
「まあ、そうなんだけどよ……」
 酷く懐かしい感触が、マサキの手足に蘇る。サイバスターに初めて乗ったあの日。操縦席に座った瞬間、その動かし方が頭の中に流れ込んできた。それは初めての経験でありながら、十年ぶりに知人に会ったような懐かしさをマサキに感じさせたものだった。
 今の自分の状態はそれにも似ている……視界を半分塞がれているのにも関わらず、不自由を感じずに動かせる手足。そしてその動きに細やかに応じてみせるサイバスター……マサキは自動操縦に切り替えると、サイバスターの|制御《コントロール》を二匹の使い魔に任せた。そうして、眼前に広がるせせこましくも美しい景色を堪能した。
 眼下に広がる一面の草原。西に森、東に湖。そして雲間に点々と覗く街。どれも高い位置にある操縦席にいるからこそ臨める景色ばかりだ。
 この景色を見たいが為に、マサキはサイバスターを操縦していると云っても過言ではない。
 ふと、背後から伸びてきた手がマサキの右目を覆った。ひんやりとした温もり。マサキ――と、暗がりに包まれた世界にマサキの名を呼ぶシュウの声が響く。
「妬ましいぐらいに幸せそうな表情をしている」
「俺が?」
「片目が見えないことぐらい、あなたには砂ほどの障害にも為り得ないのでしょうね」
 それはどちらに対する嫉妬であるのだろう。マサキはシュウの胸中を思った。
 サイバスターとマサキ。マサキとシュウ。そして、サイバスターとシュウ。サイバスターと浅からぬ因縁があるらしいシュウは、マサキの大事な|相棒《パートナー》に複雑な感情を抱いているようだ。それはもしかすると、マサキに対する感情以上に強いものであるのかも知れない。
「だからあなたの目を塞ぎたくなるのですよ、マサキ。どうです。世界が見えなくなった感想は」
「風を感じるな」マサキは答えた。
 隔壁に守られている操縦席に、サイバスターが受けている風が届くことはない。それでも、肌に感じる風。マサキの脳裏には、先程までの景色に限らず、これまでサイバスターと駆け回った世界の景色が次々と浮かんできていた。
「本当に、妬ましい」
 すっと離れれた手が、次いでマサキの顎にかかった。
 そのまま、やんわりと顔を仰がせてくるシュウにマサキは静かに目を伏せて――重ね合わせられた彼の口唇を味わった。





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