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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

手の鳴る方へ/彼女の理由
予定は未定ってね。
書きたくなったので書きました。子どもと遊ぶ白河と、双子の姉妹に悩まされる白河です。





<手の鳴る方へ>

 公園で楽し気に遊んでいた子どもたちの輪に混ざって、ひとしきり彼らの相手をしたマサキは、シュウから奪い取ったハンカチを片手に鬼をどう決めるか悩んでいた。
「お兄ちゃん、早く!」
「わかってるから、ちょっと待て! 大人しく待たねえと遊ばねえぞ!」
 マサキの足元で声を上げる子どもたちを、脇に立つシュウが何を考えているか読めない表情で眺めている。
 少しは助けてくれてもいいものを――と、子どもたちに纏わりつかれっぱなしなマサキは思うも、頭脳派の彼は子どもがあまり得意ではないようだ。彼らに積極的に絡むということをしない。
 それはこの場に限ったことではなかった。
 街に出れば、長躯の彼は目印にし易いからだろう。迷子になった子どもによく衣装の裾を掴まれていたが、だからといって泣いている彼らを慰めようなどとはしない。ただ言葉少なに彼らを肩に乗せて、親を探すように促す。そして目的を果たせばそれまでと、礼を述べる母親や父親には付き合うこともせずにその場を立ち去ってゆく……。
 優しいのかつれないのかわからない。
 今にしてもそうだ。長い付き合いだからこそ、マサキはシュウの表情と感情が必ずしもリンクしている訳ではないとわかっていたが、しかしそれにしても、もう少し穏便な表情があるだろうと思わずにいられない程度には、彼は剣呑さを窺わせる表情を浮かべていた。
 まるで研究対象を見るような目つき。口元に滲ませている笑みが薄気味悪さを煽る。
 いつだったか、彼が冗談めかして口にした研究テーマ――子どもの活動エネルギーの余剰分を、文明社会の構成エネルギーに転用する為にのシステム構築論。学問に対しては馬鹿が付くほど正直で真面目な男にしては、珍しくも暴論に終始した|そ《・》|れ《・》を思い出したマサキは、ええい。と、シュウにハンカチを押し付けた。
「お前が最初の鬼だ」
 わあっ! と、足元で子どもたちが一斉に声を上げた。
「私が――ですか?」
「高みの見物はさせねえ。お前もきちんと遊べ」
 主役は子どもたちだ。如何に活動的なマサキでもそのぐらいはわかっている。
 それでもマサキはシュウを選んだ。
 そもそも剣術を嗜むマサキとシュウには、プラーナを感じ取れる心眼がある。しかもそれは、この公園ぐらいの広さであれば、余裕で全員のプラーナも見分けが付くぐらいに鋭いものだ。そうである以上、目を隠した程度ではハンデにもならなかったが、このぐらい強引に迫らなければ、冷淡なシュウのことだ。一生子どもたちに馴染もうとしないに違いない。
「まあ、いいでしょう。全員捕まえて差し上げますよ」
「そういうゲームじゃねえよ」
「わかっていますよ」
「本当かよ」
 王族として育った彼が俗っぽい遊びに馴染みがあるとは思えない――マサキは念の為にシュウに詳しくルールを訊いてみた。どうやら、と云うべきか、やはりと云うべきか。誰かを捕まえればいいのでしょう。と、鷹揚な答えが返ってくる。
「間違っちゃいねえんだがな」
「間違っていないのであればいいのでは? あまり子どもたちを待たせるものでもないでしょう。始めるとしましょう、マサキ」
 シュウに促されたマサキは期待に顔を輝かせている子どもたちと、ハンカチで目を覆ったシュウを取り囲んだ。
「鬼さんこちら!」
 声を揃えて掛け声を放った子どもたちにシュウの手が伸びる。きゃあきゃあと上がる楽し気な声。笑顔で逃げ回る子どもたちを追い掛けるシュウに、思ったよりきちんと遊んでいる――と、マサキは目を瞠った。
 躱されては別の子どもに標的を変え、時には油断している子どもに迫ったりと、上手い具合に彼らが退屈しないように立ち回っている。これなら心配する必要はなさそうだと、マサキは子どもたちの輪に自分もまた混じることにした。
 右に左に広場を逃げ回る。
 ふと、目の前で子どもを追い掛けていたシュウの姿が消えた。
 しまった――と、即座にその意図を覚ったマサキは身体を引くも、姿を現わしたシュウはもう眼前に迫っている。
 音よりも素早く動いた手が残像を残しながらマサキの肩を掴む。交替です。口元に浮かんだ彼のしてやったりな笑みが憎たらしい。マサキはハンカチを外したシュウに、この野郎と毒吐いて鬼を代わることにした――……。

 ※ ※ ※

「あー、疲れた」
 家路に着いた子どもたちを見送ったマサキはベンチに身体を投げ出した。置きっ放しだった本をシュウがベンチから取り上げて、隣に腰を下ろしてくる。
 マサキはその横顔を見遣った。
 何だかんだでしっかり子どもたちの相手をしてみせたシュウは、我儘なマサキの謀略に不機嫌な面のひとつでも晒してみせるかと思いきや、予想以上に穏やかな表情をしていた。
「お前、ちゃんと子どもと遊べるんじゃねえか」
「モニカやセニアの相手に比べれば、まだ楽ですね」
 どうやら彼女らが幼かった頃のことを云っているようだ。
「あのふたりはもう覚えてはいないのでしょうが、ふたりともかなりお転婆でしたからね。庭の木に登るぐらいは平気でやってくれたものですよ。かくれんぼなどしようものなら、何処に隠れるかわかったものではありません。叔父の部屋のサイドボードの引き戸の中に隠れていた時は、流石に血の気が引きましたよ。身体が柔らかい幼児だから出来たことなのでしょうが、それにしても三十センチ四方の空間ですよ。良く入れたものだと」
 成程とマサキは頷いた。確かに、目を離せば何をしでかすかわからない双子の姉妹とあっては、相手をするのにさぞや神経を使ったことだろう。そういった背景であれば、一見、冷淡に映る彼が子どもたちと遊ぶことに慣れているのも頷ける。
 でも――と、マサキは口を開いた。
「だったらもう少し、愛想良くしろよ」
「子どもと遊べるのと子どもが得意なのとは、イコールではありませんので」
 そう云う割には、最後の方など、子どもたちを肩に乗せて歩き回っていただろうに。マサキはシュウと子どもたちが遊んでいる姿を思い返した。滅多に見れぬ高さからの景色に興奮した子どもたちは、何度も何度も彼に肩に乗せてとせがんでいた。
 それを満更でもない表情で相手にし続けたシュウ。
 素直じゃねえな。マサキは空を仰いだ。
 そろそろ暮れなずむ空。太陽が色を赤くした夕暮れに、今日の夕食はどうする。マサキは長い一日の締めを彼とふたりでゆっくり過ごすべく、彼が向かいたいと望んでいる行き先を尋ねた。



<彼女の|理由《わけ》>

 クリストフ=グラン=マクソードは庭の木を見上げて溜息を吐いた。
 叔父が格別可愛がっている双子の姉妹、セニアとモニカ。得意げな表情で木の上にいるふたりを無表情で見上げている侍女が、彼女らの蛮行を何故止めなかったのかはさておき、叔父が社交界でもトップクラスの人気を誇るデザイナーに作らせた|最高級仕立服《オートクチュール》の揃いの白ドレスは、木登りの途中で枝に引っ掛けてしまったようだ。無残にも所々がほつれてしまっていた。
「みてみて、クリストフ! こんなにたかくのぼれたの!」
 ようやく四歳になったところだというのに、二メートル近い高さを登り切ってしまっている双子の姉妹に、クリストフはどう声を掛けるべきか悩んだ。
 ほつれたドレスには、更にも樹液で染みが出来てしまっている。
 豪気な叔父はまた作ればいいだけだと笑うだろうが、この一着にどれだけの人間が携わったのか。デザイナー、生地の仕立て屋にバイヤー、お針子……彼らが手間を惜しまなかったからこそ作り上げられた美しい揃いのドレス。世界にふたつとないそれを呆気なく襤褸にしてしまった彼女らを、褒めるべき場面でないのは明確だった。
「……降りてきなさい、ふたりとも」
 自分でも剣呑だと感じる声が口から出た。
 その表情から穏便に事が済まないことを感じ取ったのだろう。いーやーっ! と、声を揃えた双子の姉妹が木の幹にしがみ付く。
「降りてこないのであれば、降ろさせますよ」
 クリストフは手にしていた書物を、脇に控えている侍女に渡した。恭しく受け取った彼女に、何故彼女らを止めなかったのかとついでに尋ねてみれば、「その理由はクリストフ様が一番ご存じかと」と、無表情で答えてみせたものだ。
 シュウは再び溜息を吐いた。
 お転婆な双子の王女は、方々で悪戯を繰り返しては、侍女や侍従の手を焼かせているらしい。スカートの中に潜り込む、髭を引っ張る、禿頭を叩く……フェイルロードやクリストフが相手だと比較的まともになるのだ――とは彼らの弁であったが、クリストフからすれば彼女らがまともになっているようにはどうあっても見えなかった。
 背後から気配を殺して近付いてきては膝にタックルを決めてくる。
 その次の瞬間には腕やら肩やらによじ登ってくる。
 これが次代の神聖ラングラン帝国の一翼を担う王女の振る舞いである。クリストフは頭上を見上げた。意地でも離してなるものか――といった表情で木の幹にしがみ付く双子の姉妹。日々お転婆に磨きがかかる彼女らに、どれだけクリストフもまた手を焼かされてきたか。
 ――ならば手を離させるまで。
 深く息を吸ったクリストフは、次の瞬間、全力で木の幹にぶつかっていった。
 きゃあ! と、立て続けに上がるふたつの悲鳴。揺らぐ幹にバランスを崩したようだ。ころころと木の幹から落ちてきたふたりを、クリストフはそれぞれ片手で受け止めた。そして、頬を膨らませているふたりに、お説教です。と、冷ややかな視線を向けた――……。

 ※ ※ ※

「そんなこともありましたわね」
 澄ました顔で紅茶を啜っているモニカの隣で、テリウスが意外そうに目を開いている。
「姉さんって、アクティブだったんだね」
 そう感想が口を衝く辺り、彼はお転婆だった時代のモニカを知らなかったらしかった。
 それもその筈。それだけ彼女は方々で悪さを繰り返していたのだ。
 問われても答えないに決まっている。マサキはカップの底に僅かに残っているカフェオレを飲み干した。向かいの席に並んで座るモニカとテリウスは、すっかり市井の生活に馴染んでしまったようだ。喫茶店にいても違和感を感じない。
「そりゃあノルスを駆って戦場にも出てくる筈だ」
「そのぐらいのこと」
「そのぐらいって云える時点で相当だぜ」
 どこか抜けた感があるものの、淑女然とした振る舞いを常とするモニカ。今の姿からは想像も付かない過去を、話のついでとシュウに聞かされたマサキは、一体何が彼女を変えたのかが気になった。
 双子の姉であるセニアは今尚、あのお転婆ぶりである。
 大っぴらに暴れることはしなくなったようだが、父アルザール譲りの豪胆さは、情報局の局員をして女傑と称えさせるに相応しかった。その胆力の凄まじさは、議会を向こうに回した交渉をやりきってみせるぐらいだ。並大抵の男では太刀打ち出来る筈もない。
 彼女がいなければ、情報局は内乱後の体制立て直しで廃局になっていた可能性が高い――とまで云わしめる魔力なき王女。これがお転婆でなければ、何がお転婆であったものかとマサキは思う。
 そのセニアと、一歩間違えば同じ道を辿っていたに違いないモニカ。けれども彼女は比類なき魔力を盾に、国家運営に関わる道を避けた。趣味人とばかりに風雅にのんびりと、そしてひっそりと王宮の奥で過ごしていた彼女と、内乱前にマサキが顔を合わせたのは数えるほどしかない。
「それで、マサキ。わざわざわたくしを呼び止めたのは、そういった話が聞きたかったからですか?」
「そうじゃねえよ」
 王都に衣装を買いに来ていたらしいモニカとテリウスにばったり|出会《でく》したマサキは、だからモニカを誘って近くの喫茶店に陣取った。在りし日の彼女が今の彼女になったきっかけが知りたい。あまり日が経ってしまうと、多忙なマサキは現実に記憶を流されてしまがちだったからこそ。
「何でお前が改心したのかって、それを聞きたくなったからさ」
「改心なんて、人聞きの悪い」
「少しは後悔してるかと思いきや。お前が幼かった頃の話をするシュウの表情を見て、果たして同じ台詞が云えるかねえ」
 まあ。と声を上げたモニカが、両手で口を覆った。
 過去を恥じてはいないようだが、シュウの名が出たことで、自身の恋心からくる羞恥心を呼び覚まされたのだろう。頬を染めたモニカに、変わんねえな。マサキは呆れて宙を仰いだ。
 彼女にとってシュウ=シラカワという男は、今でも崇拝の対象であるのだ。
 シュウが身近な存在となり過ぎたマサキにとっては、彼女の信奉心は理解し難いものではあったが、彼女がシュウに恋心を寄せ続ける気持ちは何となく理解が出来る。
 冷淡に映ろうとも、彼は優しかった。そう、彼は厳しさを相手に与えることの意味を知っている。ただ甘やかだけではなく、未来を見据えた助言や行い、或いは振る舞いをしてみせる。それは甘やかされて育ったモニカにとっては、恐らく生れて初めて知った本当の意味での優しさであったのだろう。
「確かに、あの頃のわたくしははしたなかったですわね」
 ややあって気持ちを落ち着かせたようだ。紅茶のカップを取り上げたモニカが、カップの中身に視線を落としながら呟く。
「でも、マサキ。わたくし、シュウ様がそれだけ好きだったのですわ」
「まあ、子どもってのは好きな奴に構って欲しいが為に、余計なちょっかいをかける生き物だからな」
「そうなのですわ。でもそれは間違っていると侍女に教わったのです」
 モニカの話はこうだ。
 きっと侍女としては、悪戯が過ぎる王女をどうにかして大人しくさせたかっただけだったのだろう。シュウへの恋心を見抜いていた彼女は、ある時、モニカにこう知恵を授けてきたのだそうだ。殿方はおしとやかな女性が好きなのですよ、モニカ様――と。
「シュウ様もそうだと思っていましたのに」
 頬を膨らませたモニカが、次の瞬間、酒を煽るように紅茶を一気に飲み干す。
「淑女が聞いて呆れるぜ」
「あなたには云われたくありません」
 限りない自由を手に入れた王女は、簡単には折れない逞しさを手に入れたようだ。きっぱりと云い切ったモニカが、思ったよりありきたりだった理由に気を削がれたマサキに向き直る。
「それはそれとして、ここはあなたの奢りですわよね、マサキ」
 そうして、打って変わって典雅な笑みを浮かべてみせた彼女に、仕方ねえな。と、マサキもまた笑った。





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