忍者ブログ

あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

汝、求めるものに忠実なれ(後)
趣味しかない話を書いてしまいました。
私以外には面白くないだろうなあと思いつつ、科学者ぽい白河を書けたので満足です。

明日で仕事納めになります。4日に出勤が一日ありますが、8日までゆっくり休む予定です。
その間に白河祭りのフィナーレを飾る問題作を完結させられたらいいなあと思う次第です。

拍手コメ有難うございます。今日は時間の関係でレスが難しいので、明日にお返しします!


<汝、求めるものに忠実なれ>

「お断りします」シュウは即座にそう答えを返していた。
 激しく炎を燃やす生命力に漲る意思。ビアン=ゾルダークの娘リューネは、戦う為に生まれてきたと云っても差し支えないぐらいに強靭な精神を有する少女だ。その思考回路は直感的だが現状認識能力に富み、どういった状況であろうとも即座に自身をその場に適応させてしまう。感情的な一面もあるが、そこを除けば、かなり被観察者に適している実モデルであるとは云える。
 だが――、シュウはディスプレイの向こう側にて、探るような視線を自身に向けているビアンに向かって微笑みかけた。娘に惜しみない愛情を注ぐビアンが、何の思惑もなくリューネを被観察者に差し出すとは思えない。今ここで彼の挑発に乗ることは、自身の足元を掬う結果になるのではないだろうか? シュウには大いなる野望があるのだ。その為にも地上での立場や地位を確かなものとする必要があった。
 サーヴァ=ヴォルクルス。シュウにとって絶対にして最大の使命は、自身が胸に名を刻んで生きている唯一無二のその神にこの世界を捧げことである。地位に名誉、立場。シュウにとって全てはその為の布石であるのだ。
「私を試すような真似をするなど、あなたらしくありませんね、博士」
「面白い試みだとは思うがね。あれはどうしてか気が強く出来ている。その意識の流れをモデルとすれば、実用に足る明確なデータが得られることだろう」
「御冗談を」シュウは乾いた笑い声を発した。「あなたがどれだけ彼女を大事に思っているか、私は知っているというのに」
 それに対してビアンは肩を竦めてみせただけだった。
 世界最高峰の科学者は、立場に見合わぬほどに子煩悩であった。彼の愛情の掛け方が独善的であるが故に、娘であるリューネとの関係は今ひとつ上手くいっていないようであったが、親として子を大事に思うビアンの気持ちは、決して恵まれた親子関係を送っていないシュウの心に温かいものを蘇らせてくれる。
 そう、忌々しいぐらいに。
 シュウは瞬間、自らの心の中に湧き出た思考にはっとなった。そうして思った。これだ。シュウの中にはシュウにも制御出来ない意識が存在している。それはシュウの意識の中にこうして突発的に意思や感情を滑り込ませてきては、シュウの意識を侵食してゆくのだ。だからシュウは意識に関心を持った。どうすればこのおどろどろどしい意識に負けることなく、自意識を保ち続けることが出来るのか。その答えがそこにありはしまいかと。
「娘を研究材料とした研究が後世に残るのであれば、それに勝る喜びもないがね」 
「先を見越しているとは思えませんね」
 どうやらビアンは、それもまた娘に対する愛情表現だと云いたいらしかった。
 シュウは苦笑せざるを得なかった。ビアンの独特な愛情表現を理解するのは、捻れた頭脳の持ち主であるシュウであっても難しい。
 将来戦闘用ロボットに乗せるが為に幼少期よりトレーニングを強い、そして年頃にもなれば、世界にただ一機の彼女の為のカスタムロボを造り上げてみせる。かけた手間だけ見れば、確かにビアンは愛情深い父親だ。だが、幾ら娘であろうとも多感な時期にある少女。リューネにこうしたビアンの愛情を理解しろと云うのは無理がある。
 現に彼女は父親の側に寄り着くということをしなくなってしまっていた。それもこれも、ビアンが素直に娘に対する愛情を表すということをしないからだ。
「私は娘の名を歴史に刻みたいのだよ、シュウ。私の存在が消されてしまっても、リューネの名が残るのであれば本望だ」
 既にDC総帥として確固たる立場を築いているビアン=ゾルダーク。世界最高峰の頭脳を誇る科学者は、だのに自身の名声よりも娘の名声の方が大事であるらしかった。彼らしい。シュウはいよいよ病膏肓に入った彼の娘への執着心に、だからこそ深く嘆息せずにいられなかった。
 確かにそれも愛情だ。娘に栄光を掴ませたい。
 けれども――。
 もし彼女がシュウの研究の観察対象とされていることに気付いてしまったら。しかもそれが自身の父親の差し金であると知ってしまったら。そうでなくとも複雑な親子関係に、決定的な亀裂が生じかねない。
 シュウとしては取り立ててリューネの肩を持つつもりはなかったが、このままでは彼らの拗れた関係に巻き込まれてしまうだろう。立つ鳥跡を濁さず。いずれこの組織から離れてゆくシュウは、余計なしがらみを抱え込むような事態には関わりたくなかった。
「後になってあなたに恨まれるのは御免ですよ、博士。その申し出を受け入れる訳にはいきません」
 シュウはきっぱりとそうビアンに宣言した。
 シュウの目的はDCに非ず。学会にも非ず。だからこそ、自身の目的を正しく理解しているシュウは、ビアン=ゾルダークという男が利用し甲斐のある駒だと認識していたし、そしてだからこそ、自身をその傍に置くことを許《・》可《・》しているのだ。
「仕様のない男だ」
 けれどもビアンはそうしたシュウの振る舞いの真意を悟ることはない。彼はシュウが自身の為と思って言葉を吐いているのだと信じて疑わない様子であったし、ましてやシュウが研究以上の秘密を抱えているなど思いも寄らない様子だ。
「君の頑固さは美徳ではあるとは思うが、もう少し柔軟性を持って欲しいと望みたくなるな。シュウ、必要になったらいつでも云うがいい。私は君の研究の為に、喜んで娘を差し出そう」
 お人好しのDC総帥、ビアン=ゾルダーク。彼は強烈な超越者《カリスマ》でありながら、素顔は|狂った科学者《マッドサイエンティスト》でもあった。そうでなくては。シュウは胸の内でほくそ笑んだ。シュウの目的を果たす為には、ビアンに派手に踊ってもらう必要がある。
 娘を溺愛し、けれども科学の為であれば倫理をも蔑ろにしてみせる。彼に付け入る隙はそこにこそある――。
 比類なき知能を有するシュウの十指に及ぶ博士号という肩書きを、ビアンは重用しているのだ。でなければ、どうして娘をその凡庸な研究の為に差し出そうなどと思えたことか。地底世界と同じだ。シュウは嗤いを堪えた。後はこの組織にドミノを組み込めばいい。
「では、シュウ。今日はこれで。いずれまた研究の進捗を聞かせてくれ」
「わかりました。けれども、博士。あなたが期待するような目覚ましい進捗はないと思いますがね」
 ビアンとの専用通信回線《ホットライン》による通話を終えたシュウは、黒々とした画面を映し出しているディスプレイに自身の研究データを呼び出した。何の面白味もないデータの集計結果を眺めながら、シュウは未だ手付かずな有機モデルをどう完成させるかを考え始めた。シュウの予想では、それはありきたりな意識を構築するモデルとなる筈だった。
 そうである以上、既に予測を立てている通り、シュウのこの研究は話題になることもなく消えゆくものでしかないのだろう。例えビアン=ゾルダークという稀代の科学者がテコ入れをしようとも、その事実が揺らぐことはない。そう、シュウにはそうなるべきだという目算があった。そしてそれでいいと納得していた。

 ※ ※ ※

 倫理に背いた研究が破滅を招くのはいつの世も同等だ。科学が世界大戦の最中に何を起こしたか知らない者はいないだろう。国家を支援者《パトロン》とする学者たちは政治の徒となり、自身の研究の後書きに国家を賛美する言葉を書き連ねた。
 それを悍ましいと感じる程度の良心が、シュウにはまだ残されているようだった。
 寸暇を惜しんで手掛け続けたシュウの論文は、ようやく有機モデルの完成に辿り着いていた。複雑に入り組んだシナプスの樹形図《デンドログラム》が層をなして培養ポッドの中に浮かんでいる。時折、小さな発火が見られるのは、モデルが有効に機能している証だ。
 化学伝達物質《シグナル》と結び付きを果たした受容体の発火。それは自意識の表れでもあった。両手の上に乗る程度の大きさの培養ポッドの中で樹形図《デンドログラム》を構成しているニューロンは、外界からの刺激をどこかで判断しているようだ。
 簡単な思考実験なら耐え得るだけの知能を得るに至った意識の有機モデル。シュウはこの有機モデルを使って、意識の潮流を再現するつもりでいた。その為にはより大きい刺激を与える必要がある。シュウは試しにラジオの音声を培養ポッド内に流してみた。激しく発火を繰り返す受容体は、意識の流れが激しくなったことを表している。
 ところがそうした実験を繰り返している内に、おかしな現象が散見されるようになった。
 ニューロンの一部に昏い光が走る。それはまるでブラックホールのように小さな黒点となっては、周囲のニューロンをくすんだ色へと染めていってしまう。さりとて、そのニューロンの群れは決して機能を失った訳ではないようだ。シュウはこの現象が意識のどういった状態を表しているのか考え続けた。
 人間の脳神経では見られることのない現象――まるで、意識が別の何かに侵食されているようにも映る。その事実にふと思い至った瞬間、シュウは背中に怖気を感じずにいられなかった。そう、それはシュウが考えていたリスクが形を取って現れたものに違いなかった。
 被観察者の感情が意識に影響を与えるように、作り手の概念が反映された有機モデルはその影響下にある。即ち、その有機モデルは作り手であるシュウ自身の意識を再現したものであるのではないだろうか。
 気付いた時には遅かった。斑となった有機モデルは巨大な黒点を培養ポッドの中に生み出していた。最後の足掻きか、そこかしこの受容体で激しい発火が起こる。けれども黒点の静かなる攻撃には逆らえない。
 シュウは自身が作り上げた有機モデルが、自分の意識とは異なった存在と化してゆくのを目の当たりにした。
 黒点が消失した後の培養ポッドの中では、ニューロンが何かよくわからない神経系へと姿を変えていた。あれだけ複雑に樹形図《デンドログラム》を描いていたニューロンが、二重螺旋となって巨大なメビウスの輪を構築している。双方向の刺激を送り合う複雑な回路は消え失せ、時計回りに信号を送り続けるだけの単純なシナプス構成体。けれどもその活動は、この世に生み出されてはならないものを生み出してしまったような錯覚をシュウに覚えさせた。
 ――これが、私の脳内で起こっていることであるのだ。
 シュウは戦慄した。人間を人間足らしめている複雑な意識は、神経細胞が複雑な樹形図《デンドログラム》を構成しているからこそ生じるものだ。このメビウスの輪にはそれがない。シュウは培養ボッド内の信号を読み取るように設定した外部入力装置の端末を見た。そして、そこに見てはならないものが映っているのを見た。

 ――我ガ名ハ、サーヴァ=ヴォルクルス。

 それを最後に、シュウの意識は深く昏い意識の底へと引き摺り込まれていった。

 ※ ※ ※

 闇の中に声が響いてくる。

 ――汝、一切ノ希望ヲ捨テヨ。

 嗚呼、ヴォルクルス様。シュウは生温い腕に抱かれながら、その重苦しい声を聞いた。

 ――汝、一切ノ感情ヲ捨テヨ。

 脳裏に浮かんだのは、ビアンでもリューネでもなく、何故かしつこく自身を追いかけ回してくるあの少年の顔だった。

 ――汝ト我ハ等シキモノ也。

 シュウは瞼を閉じた。培養ポッド内に残されたメビウスの輪。自分の脳細胞も最後には、ああ単純化されてしまうのだろうか? 僅かに惜しむ気持ちが生まれたが、深く我が身を包み込んでくる黒い腕の温もりにどうでも良くなった。

 ――宿願ヲ果タセ!

 脳の奥に直接語りかけてくる声に、シュウは目を開いた。そこはシュウが先程まで研究を続けていた研究室《ラボ》の中であった。はっとなって培養ポッドを探す。けれどもそれは、床の上で粉々に砕け散っている有様だった。
 当然ながら中の有機モデルは死滅してしまっていた。
 それでいいのだ。シュウは最終章を書くことなく、論文を世に出すこととした。ビアンは大いに不服そうであったが、彼が食い付きそうな研究テーマを話して聞かせてみたところ、たちどころにその案の虜となったようだ。自身との共同研究にしてはどうかと提案してくるビアンに、シュウはリューネを巻き込まないのであれば――と釘を刺した上で、その提案を受け入れることにした。
 世の中には人智の及ばない世界があることを、シュウは培養ポッドを犠牲にせずとも知ってしまっている。案の定、話題にもならなかった自身の論文に、無駄な時間を過ごしてしまった。そう思えど、シュウは限りない安堵を感じずにいられなかった。

<了>


PR

コメント