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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

帰ってきた140字にならないSSまとめ(5)
なんか収録してない作品があったー?
もし重複していたらすみません。
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<恋い慕う>

 城下に足を運ぶ度に訪れている馴染みの喫茶店で、シュウを伴ったマサキがテーブルに着くと、注文を取りに来たウエイトレスがトレーの下から一通の手紙を差し出してきた。後でいいので読んでください。彼女は小声でマサキにそう告げるとそそくさと。カウンターに立っているマスターの許へと立ち去ってゆく。
 如何にも女性らしい淡い色彩の封筒。封はされていない。中をちらと覗いてみると、小花柄の用箋が一枚だけ収められていた。
「私のことでしたら気になさらずに、どうぞ」
「今読むもんじゃねえだろ」
 中身の察しは何となく付いたものの、だからといって、連れのある身で大っぴらに開けて読んでいい内容ではない。どれだけ鈍感と評されようと、経験則に従って生きている身。マサキであろうとも、予測出来てしまうことはあるのだ。
 日常をマサキとともにしていないシュウは与り知らぬことであったが、マサキにとってこういった出来事はある種の恒例行事でもある。根無し草のように気紛れに方々を渡り歩いてみせる割には保守的な面をも持ち合わせているマサキは、一度通うと決めた店を変えることは滅多にない。だからこそ、行き付けの店で月に一度ないし二度は起こるこの手のイベントは、その安寧を求める気持ちを派手に挫いてくれた。
 この店ともこれでお別れかもな。ぽつりと呟けば、耳聡い男は、それだけでマサキを取り巻く環境を察したようだ。成程、と頷いてみせる。
「それでしたら、尚更今読むべきだと思いますが」
「それはお互い気まずい思いをするだけだろ」
「返事を先送りにして誤魔化すことの方が余程不誠実ですよ、マサキ。それに勘違いとも限りませんしね。中身を検めるぐらいはしてもいいのでは?」
 面倒臭さが勝って返事をせずに逃げ回ってばかりでいたマサキからすれば、シュウの指摘は斬新でもあり、尤もなものでもあった。そうだな。その言葉に頷いたマサキは、覚悟を決めて封筒から用箋を取り出した。
 ふたつに折り畳まれた用箋の裏側から、簡素に書き付けられたしなやかな文字が透けて見えている。開かずとも読み取れてしまう文字は「好きです」と、想いの丈をひと言で綴っていた。マサキはちらとウエイトレスを盗み見た。彼女は今まさに、マサキとシュウが注文した飲み物を届けに来ようとしているところだ。
「あなたの今の気持ちはさておき、あなたの好みに適う女性ではあると思いますがね」
 コーヒーに紅茶。テーブルに置かれた飲み物をひと口、口に含んで気持ちを落ち着ける。その動作の終わりを待ってから語りかけてきたシュウの言葉に、マサキは慄いた。
「俺の好みって、何でそんなことをお前が知ってるんだよ」
「色白で華奢でたおやかな女性を好みとする男性は意外に多いものですよ。そもそも、あなたの周りの女性たちは、総じて気が強ければ好奇心も強いでしょう。だからこそ、ああいったしおらしく男を待つようなタイプの女性にこそ、あなたは意外性を感じそうだと思ったのですよ」
 その通りだ。マサキは正確に自分の好みのタイプの女性を云い当てられたことに驚くとともに、それがシュウの口から出てきた言葉であることに更に驚かずにいられなかった。
「だからって知った人間でもない」
「でしたら、先ずはお互いを知るところから始めてみては」
 ことシュウ=シラカワという人間は、自身が女性を忌避している割には、男女の仲に関しては寛容であろうとする。それは、リューネやウエンディに対するマサキの関わり方に対しても、ひと言口を挟んでみせる彼の態度からも窺い知れた。
 あまねく事象に自分自身を組み込まない男。世界を俯瞰して眺めているのが常だからだろうか? シュウはまるで世界に自分自身が存在していないかのように、事物の動きを捉えてみせてはマサキを閉口させる。マサキは用箋を封筒に仕舞った。「好きです」たったこれだけの気持ちを告げるのに彼女が要した時間は、どれほどのものだったのだろう? だからこそ、返事をせずに立ち去るような真似はしたくないと思う。とはいえ、彼女の気持ちに応えられる自分でもない。
「お前さ、何でいつも自分は蚊帳の外、みたいな口をきくんだ」
 もどかしさが苛立ちに変わった。不埒にも自分に手を出してきておきながら、まるで自らとの将来には関心がないように振舞う男。そういった彼の態度は、マサキにシュウが何を望んで自分との付き合いを深くしていっているのかがわからなくさせていった。
「お前だって俺の世界の登場人物だろうよ。それなのにいつもそうやって、自分は関係ないって顔をしやがる」
 やり場のない感情をぶつけるように、テーブルの端を指で叩く。シュウはマサキの言葉を意外と感じたようだった。ふたりの間を、一瞬、沈黙が通り過ぎる。微かに目を瞠った表情。シュウは静かに表情を元に戻すと、
「そうでなくとも複雑な人間関係を、より複雑にしたいと?」
「俺はお前と違っていい加減な気持ちで付き合えるほど、適当に生きてる訳じゃねえんだよ」
 なら、とシュウが言葉を継ぐ。捨てなさい。冷ややかな眼差しでマサキの手元にある封筒を一瞥した彼は、無情にもそう云い捨てると、次には涼し気な表情を湛えながら紅茶を口を運んでゆく。

kyoへの今日のワンドロ/ワンライお題は【ラブレター】です。
https://shindanmaker.com/1068015(ワンドロ&ワンライお題ったー)



<オリオン>

 逃れられない死を間近にした人間は何を望むのだろう? いつかシュウが問うてきた言葉が、その瞬間のマサキの心に蘇った。自らの身体から溢れる鮮血が、絶え間なくコントロールルームの床を赤く染め上げている。遺された時間はそう長くはなさそうだ。マサキは奪われてゆく力に、自らの命の終わりを悟った。次いで呆気なく視界が失われたかと思うと、全身に怖気が襲いかかった。とにかく寒い。凍える身体は、けれどももうそれだけの力も残されていないのだろう。震えることさえもなく。とてつもなく寒いのに、とてつもなく眠い。いつかテレビで見た雪山での遭難者が、眠らないように檄を飛ばし合うシーンが脳裏を過ぎったが、その意味を今更知ったところで時既に遅し。これから死にゆく者の思考というものは、こんなにも散漫で、こんなにも脈絡のないものであるのだ。きっとシュウであったら、この状態の自分であろうとも、喜んで観察し、喜んで分析をするだろう。そう思ったところではっとなった。彼は既に一度そうした経験を済ませている身である。それを思い出したマサキは、今また思い出してしまった男の存在に、突然に猛烈な不安を感じるしかなくなった。それは自らの死に対しての怖れではなかった。遺していかなければならない男。誰よりも心を近くにしてともに生きた男の行く末が、どうしようもなく案じられて仕方なくなったのだ。シュウ。マサキはその名を口にしようとした。自らの命を懸けて戦い続けた人生に一片の悔いもなかったけれども、彼を遺して先に逝かなければならないことには未練がある。マサキより年嵩の男は、何にも囚われることなく生きているように見えて、その実、誰よりも愛情に囚われることを望んでいた。そんな自分を頼りとしていたシュウが、自分を喪った後にどうなってしまうのか。マサキはそれを考えるのが怖かった。運命とは過酷なものだ。生きたいと望んでも、生きられる訳ではない。その現実がマサキに悔悟の念を生じさせる。せめて、何かひとつだけでも自分と生きた証を遺せてやれたら。途切れがちとなった思考でそう考えはするも、いざそれに相応しいものは何かに考えを及ばせると、困ったことに何も思い浮かんではこないのだ。それだったら。マサキの脳内に聞き覚えのある声が響き渡った。私が力を貸しましょう。それは紛れもない。風の精霊サイフィス、その声だった。彼女は今まさに命の灯を消そうとしているマサキの魂を浚った。そしてその魂を運命の分岐点となる時間軸上の地点に送り込みながら、こう囁きかけた。

 彼の未来の為に、彼の過去に思い出を置きに行くのです。

kyoへの今日のワンドロ/ワンライお題は【夜空】です。
https://shindanmaker.com/1068015(ワンドロ&ワンライお題ったー)



<思い描く明日>

 戦いが日常ともなると、その谷間に訪れる暫しの休息にすら、有難みを感じられるようになるものだ。
 出撃を終えた機体が全て着艦を終えて戦場と化した|格納庫《バンカー》の片隅で、まだ荷解きの済んでいない資材の上に腰を落ち着けたシュウは、グランゾンの整備を担当している|整備士《メカニック》たちの訪れを待ちながら、次の出撃に備えて暫しの休息を取っていた。
「この戦いが終わったら、君は何をするつもりだい、マサキ」
 戦いの盤面が終局に辿り着きつつあることを肌で感じ取っているのだろう。艦の方々で頻繁に聞かれるようになった誰かの問いかけに、人々は様々な答えを返したものだ。故郷の両親への孝行、恋人とのデート。中断している勉強を再開すると答えたものもあったし、先ずは友人と遊ぶと答えたものもあった。
 いずれにせよ、再び戦場に戻ると答える者は稀だ。
 誰も彼も好き好んで戦場に身を置いている訳ではないのだ。それしか手段がなく、それしか自らに与えられた力がないからこそ彼らは戦場に集っている。シュウは我が身を振り返った。自身が思い描いた未来に辿り着くべく、戦う道を選んだ自身。それは彼らにしても同様である。
「俺か。俺はラ・ギアスに戻ってから考えるかな」
 彼が歩んでいかなければならない道は長く、果てしない。シュウは深く目を瞑りながらその言葉を聞いた。
 ラ・ギアス世界の秩序を守る為に生きることを選択した少年は、その日の為に生かされているといっても過言ではなかった。世界に選ばれた依代。彼は自らが背負ってしまった悲哀の深さに気付いていないのか。それとも敢えてその過酷な現実から目を背けることを選択したのか。シュウからすれば呑気にも感じられる台詞を吐くと、丁度そこに姿を現したらしい|整備士《メカニック》たちに同じ質問を投げかけた。
「私は先ず帰郷を。長く両親と会っていませんので」
「俺はバカンスですね。サーフィンが趣味なので、南の島で波に乗ろうかと」
 人間の欲には限りがない。世界平和というこれ以上はそう考えられない欲を叶えんと戦いに明け暮れている彼らは、それと比べれば卑小な欲を励みに絶望に彩られた日常を生き抜いている。それはシュウは愚かなことだと嗤ったりはしない。自らの欲するものを良く知っている人間は、その為に自分がどう生きればいいのかを良く知っている人間でもあるからだ。
 シュウはうっすらと目を開いた。
 そしてそう遠くない場所で、|操縦者《パイロット》や|整備士《メカニック》たちに囲まれて立っているマサキの姿を見た。赤裸々に未来を語る彼らの言葉に口を差し挟むことなく聞き続けているマサキの態度からは、自身の未来に対する欲は感じられない。むしろ、そうした欲がないことに困っている風にすら、シュウの目には映ったものだ。
 果たしてマサキに世界平和以外の未来への欲はあるのだろうか? シュウはそれをいつかマサキに尋ねてみたいと思ったものの、次の瞬間にはサイバスターの整備が始まるのだろう。彼は|整備士《メカニック》たちを伴って、|格納庫《バンカー》の奥へと姿を消して行った。

kyoさんは【欲張り】をお題にして、140字以内でSSを書いてください。
https://shindanmaker.com/670615(140字SSお題ったー2)


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