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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

kiss,kiss,kiss(表)
ということで、Twitterに落とした話を持ってきました! キスの日第二弾です! お題は昨日と同じになります。但し、こちらは健全(?)です。

お題をもうひとつ引いているので、第三弾もある予定なのですが、それは明日以降頑張ります!
ということで本文へどうぞ!
<kiss,kiss,kiss(表)>

 温暖な気候が常な筈のラングランのその日の陽気は、異常気候と呼んでも差し支えないほどの夏日だった。
 焼けつくような日差しを避ける為に、ブラインドを深く下ろした窓。空調《エアコン》を効かせた室内に上がり込むなりソファにジャケットを放り投げたマサキは、外の暑さが余程堪えたとみえる。背もたれに引っ掛かってずり落ちそうになっているジャケットもそのままにどっかと身体をソファに投げ出すと、これ以上一歩も動きたくないといった様子で宙を仰いた。
「何か冷たい飲み物でも飲みますか」
「氷の入った水でいい。変に何か飲んで喉がべたつくのが嫌だ」
 大方、用事のついでに涼みに寄ったのだろう。突然の来訪の意味をそう捉えたシュウは、云われた通りに氷を入れた水を用意し、まだまだ億劫そうにソファに身体を沈めているマサキに手渡した。
 肌に浮かぶ汗が外の暑さを物語っている。
 生き返った――と、言葉を吐きながら水を飲むマサキをソファに置いて、シュウはタオルを取りに脱衣所へと向かった。朝から蔵書を読み漁っていたシュウは、テレビの天気予報は耳にしたものの、昼下がりを過ぎて未だ外には出ていなかった。
 今日は外に出るのは控えた方が良さそうだ……そんなことを思いながらタオルを手にマサキの許に戻れば、水分を得て少しは動く気になったようだ。空になったグラスをシンクに収めているマサキの姿がある。
 ほら、とタオルを手渡す。悪い、とタオルを受け取ったマサキは、それ以上礼を述べるでもなく、先ずは顔と額に浮かぶ汗を拭うと、タオルを片手にソファへと戻って行った。傍若無人な振る舞いはいつものこととはいえ、いつもなら考えられないほどの忙しなさ。そうして、慌ただしくソファに再び身体を収めたマサキに、暑さにやられて判断力が低下しているのだろうかと、シュウは苦笑しながら空調のリモコンを手に取った。
「少し待っていてください。今、温度を下げますよ」
 室温設定を下げて、風量を少し強める。ついでとソファに風が向くように風向きを調節して、さて――と、シュウは自らの居場所を何処に求めるべきかと部屋を振り返った。これだけ冷えた風が吹き付けるソファには、既に涼を得ていたシュウには近付けそうにない。かといって、一応は客人たるマサキを放置するのも気が引ける。
 思案しながらマサキに視線を向ければ、汗を拭ってようやくひと心地付いたのだろう。吹き付ける風を受けながら、凝っと。こちらを見詰めている瞳と目が合った。
「どうかしましたか、マサキ。そういえば今日の用件もまだ聞いていませんでしたが」
「ああ、まあ、大した用事じゃねえよ」
「涼みに来ただけと云われても、私は別に怒りはしませんがね」
 何処かあどけなくも映るマサキの瞳に、――仕方がない。シュウはソファに足を向けた。やり過ぎた、と感じるほどに冷えた風が肌を叩く。とはいえ、どうせ少しのこと。自分が我慢をすればいいだけの話だ。シュウは肌寒さを堪えながらソファに近付いた。
 これならマサキの身体の熱も直ぐに引くことだろう。そう考えながらいつも通りにその隣に身体を収める。そして、マサキの来訪で中断された読書の続きをすべく、肘掛けの上に置きっ放しになっていた本を取り上げた。
 その手首をマサキに掴まれたのは、膝の上に本を開こうとしたその瞬間だった。何か求めることでもあるのだろうか? 怪訝に感じつつ、マサキ、とその名を声にしながらシュウが様子を窺えば、上目遣いのマサキの瞳が物を云いたげにシュウの顔を覗いている。
「したいことがあって来たんだよ、今日は」
「大した用事でない割には、思い詰めたような表情をしていますね。何か私に話したいことでも出来ましたか」
「そういうんじゃねえよ……ただ、キス、して欲しいな、って」
 消え入りそうな声でしどろもどろに言葉を吐くマサキの狼狽えぶりに、シュウは理解が追いつかない。
「……好きにすればいいでしょうに」ようやくそうとだけ口にする。
 確かに、そう確かに、マサキは感情表現が下手ではあった。荒くれた気性を露わにすることに抵抗がない割には、能動的に情熱を露わにすることには抵抗を感じているようで、稀に自ら求めることがあっても素っ気ない態度で済ませようとする。
 それでも欲望を煽られれば、普段のつれなさが嘘のような激しさを見せもしたものだ。
 出来ない訳ではなく、やろうとしないだけ。それをシュウは知っている。知っているからこそ、マサキの態度に途惑いを感じずにはいられなく。
「それとも自分からするのは気恥ずかしいとでも? 随分、今更な気がしますが」
「そうじゃなくてだな、お前にして貰わないと意味がないって」
「意味がない?」
「そう、俺からするんじゃわからないだろ」
 要領を得ない。どうやらマサキの言葉からするに、意味を求めてのことではあるようだが――……シュウは手元で開きかけたままの本を閉じた。読書の続きはこの問題を片付けてからだ。膝の脇に本を置いてマサキに向き直ったシュウは、手首を掴んだままのマサキの手をそうっと引き剥がす。
「何かあなたは目論んでいることがありそうですね、マサキ。先ずはその話から聞きましょう」
「いや、その、ちょっとな。キスをする場所の意味を耳に挟んで」
 ああ、とシュウはそのひと言で全てを納得した。
 大方、周りにいる女性たちから聞かされたのだろう。彼女らはマサキを揶揄っているのか、それとも挑発しているつもりなのか、稀に妙な知識を吹き込んでくれたものだ。それに煽られるマサキもマサキだが、だからこそ、耳に挟んだその内容を忘れない内に確かめてみたいと思ったに違いない。それならば、この暑い盛りに汗も惜しまずここまで足を運んだ理由も理解出来る。
「誰に聞かされたのかは敢えて聞かないでおきますよ、マサキ。予想は付きますがね。それで、あなたは何処にして欲しいの?」
「それを俺が云ったら意味がなくなるじゃねえか」
「しかし、ですね。そこに齟齬が生じて面倒な話になるのは、私としては避けたいところであるのですよ」
 普段は追い縋ることもない癖に、時折、女のように面倒臭くなるマサキとの口論を思い返して、シュウは溜息を洩らした。
 口元に浮かぶ苦み走った笑み。どれも些細な行き違いで起こった口論ばかりだ。それでも、自分に恋患ってのことであると思えば応えてやりたくはある。シュウはうんざりとした表情を隠すこともせずに、マサキの手を取った。
「文句は云わねえよ」
 本当に? と聞けば、ああ、と力強い答えが返ってくる。
「約束ですよ、マサキ」
 シュウは取り上げたその手の肘の裏側に口を付けた。
 汗と土埃の香りがする。空調が意味を為さないほどに、風の魔装機神を飛ばしてきたに違いない。汗の味を舌に乗せつつ、シュウはゆっくりと上腕へと口唇を滑らせてゆく。
 ――あなたは気付いているのでしょうかね、マサキ。
 果たしてマサキはこれで満足するだろうか。無言のままのマサキの身体がぴくり、と震える。その腕に深く口唇を落としたシュウは、恋慕、と自らもまた耳にしたことがある口付けの意味を胸に刻みながら、その気持ちを込めてマサキの肌を吸った。


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