次で終わります。私はイベントネタをあまりやらない人なので、今年はそういったシリーズも書いていきたいなとおもいました、まる。
聖夜に限りない約束を(5)
少しばかり、重く感じる指輪。貰ったばかりで無くすわけにも行かないと、左手をジャケットのポケットに入れて、マサキはその背中を追いかける。そしてコンコースを抜けた先にある人垣の薄い券売機前。シュウはふたり分の切符を買い、片方をマサキに渡すと、慣れた足取りで改札を潜る。
「俺も何かプレゼントした方がいいのかね」
よくもこれだけの人間が集まったものだと思うほどに、帰宅ラッシュで人がごった返している駅のホームで、シュウに追いついたマサキは隣に並んで電車が来るのを待つ。電光掲示板を見上げると、電車が来るのは数分後だ。都市部のダイヤの回転は早い。それにも関わらずの混雑に、うんざりしながらシュウに話しかけてみれば、
「私にお返しをと思う気持ちがあるのなら、リューネやウェンディに何か買って差し上げたらどうです?」
「お前、さっき、何て言ったよ。モニカやサフィーネにプレゼントでもしようもなら、どんな展開になるかはわかってるって言っただろうよ。俺だってそんなことをしたら、どんな展開になるかぐらいはわかってるんだよ。きゃいのきゃいのやいのやいのと煩いことになるのは間違いない。ややこしい人間関係を煩わしい展開にするなんて、俺はごめんだね」
「プレシアやテュッティには何か贈って差し上げてもいいと思うのですけれどもね」
「ああ……そういや、それはそうだな。いつも面倒かけてるしな……しまった。デパートに寄ればよかった」
電車が駅に着くアナウンスを聞きながら、街の様子を振り返る。駅前に横に伸びるショッピングセンター。その向こうにそそり立つデパート。服にバッグ、靴、アクセサリー、本にハンカチ、財布、ぬいぐるみ……買えるものは山ほどあった。
テュッティはさておき、地上慣れしていないプレシアだったら、地上で買い求めた品を物珍しく感じてくれたに違いない。
「どこか適当な駅で降りますよ。まだこの時間ですし、空いている店もあるでしょう」
駅のホームに電車が滑り込んでくる。降りる人の群れと、乗る人の群れ。人いきれに飲み込まれるようにしてマサキはシュウと電車に乗り込んだ。
都市部から少し離れた郊外の駅で降り、まだ空いていた駅前のショッピングセンターでテュッティたちへのプレゼントを物色したマサキは、シュウの勧めも大いにあって、テュッティにハンドバックとハイヒールを、プレシアにワンピースと薄い色の口紅を買うことにした。
「まだ口紅は早いと思うんだけどなあ」
「あの年頃の少女は化粧に憧れを抱いているものです」
そして、シュウには使うか使わないかわからない革製のキー・ケースを。いいと固辞するシュウに、「借りを作りっぱなしなのは性分じゃねぇんだよ。早く返しておくに限る」マサキは言って、キー・ケースをシュウに押し付けた。「そういう理由だったら受け取っておきますよ」シュウは言って、キーケースに早速ポケットの中の鍵をひとつ取り付けていた。
ショッピングセンターを出て、商店街に入る。幅広い通りに時計塔が建っている。時刻を見れば、もう二十一時近く。まばらに降りたシャッターが、そろそろ夜の賑やかな時間が終わることを告げていた。
クリスマスの街角。自分たちふたりは、地上の人間にはどう映っているのだろう。家路に着き、帰路を急ぐ人波の中。クリスマスカラーのラッピングが施されたふたつの大ぶりな包みを持って、シュウの背中を追いかけながら、マサキはふとそんなことを思う。
友人。そう歳の少し離れた友人。そう見えるのだろう、一般的には。世の中の大半の人間にとって当たり前の平和な世界に身を置いて、マサキはその認識の違いがわからないほどに、他人に関心を持てない人間ではない。だからこそ、そう思う。
平和なクリスマスの街角に立つ、男ふたり組。まさか、そのふたりが現在に続くまで、命のやり取りを続けている仲とは誰も思うまい。
「そういやサフィーネたちは今日はどう過ごしてるんだ」
「いつもと変わりなく。私たちに地上の暦や風習は関係ありませんからね」
「へぇ。女ふたりは絶対に、今日みたいな日は大騒ぎすると思ったんだけどなあ。どこからかは地上の情報を仕入れてきてるんだろ? あのふたりだって」
「イベント事は苦手だと重々言い含めてありますからね。それでもときどき抜き打ちで何かをしでかされるのですから堪ったものではない。だから、今日という日に家にいたくないのは、あなただけではなく私も一緒なのですよ」
「帰りたくないのは一緒だが、俺はお前が任務を片付けて来いって追い出されたんだよ」
どうやらシュウは、マサキが家にいたくないばかりに任務を引き受けたと勘違いしていたようだ。自分の仲間と思い込んでいたのだろう。僅かに目を見開いて、振り返ってまじまじとマサキを見る。「それは失礼をしました」
「いや、別にいいよ。毎年のことだしな」
確かに癖のある連中に囲まれて飲む酒は、あまり楽しい結果を齎さないことも多い。多いけれども、ひとりで侘びしく飲む酒に比べたら、誰かが隣にいる賑やかさや騒々しさというものは、それだけで充分につまみになるものだ。いついかなる理由で命を落とすかわからない日常に身を置いているからこそ、そのあまり普通ではない乱痴気騒ぎもいい思い出になるのだと――そう、とどのつまり、マサキはなんだかんだと愚痴々々言いながら、あの館での生活を楽しんでいるのだ。
「残された時間は少ない。急ぎましょうか」
「いいよ。毎年のことだって言っただろう。もう少し、地上の空気を吸わせろよ。次はいつ来るかわからねぇんだから」
ゆったりとした足取りで先をゆくシュウとともに、住宅街を抜け、国道沿いの道へ。ぽつりぽつりと会話を挟みながらふたりで歩いた。クリスマスの思い出……ゼオルートの館での日常……城下の噂話に、地上の最近の流行。主に話をしているのはマサキだったけれども、シュウはそれを嫌がる素振りも見せずに、相槌を挟みながら聞き続けてくれた。
そして、そろそろ空き地も目立ってきて、人気もなくなってきた道端で、シュウは足を止めると、「この辺りからなら人目につかずに乗り込めそうですね」と薄い雲がまばらに流れる夜空を見上げた。
百万都市の郊外部では一等星なら夜空に輝く星々が臨めるものだ。都市の中心部では見られなかった星々が夜空に輝いている。オリオン座のベテルギウス……おおいぬ座のシリウス……こいぬ座のプロキオン……冬の大三角形の中央に、ふたりの居場所をトレースしていたらしい二機の人型汎用機《ロボット》の機影が、遠く小さく浮かんでいる。
「お願いがひとつだけ」
「なんだよ、急に」
その二機の機影が徐々に大きさを増してくるのを見上げながら、シュウはマサキの顔を見ずに言った。
「自分で片を付けてみせるつもりです。でも、もし私に何かあったときには」
「冗談じゃねえ。一生、てめぇを監視し続けろっていうつもりか」
「言ったでしょう。私《・》た《・》ち《・》の人生は短い。知識を追い求め続けてしまう私たちは、身体が頭脳に追い付いていかないことの方が多いのですよ。今はまだ若いからこそ、気力と体力でどうにかなっていますが、それでも理論を考え続けてしまう己の性に、疲れてしまうときがあるのですよ。歳をとって、肉体が衰えれば尚更でしょう。私はそうなったときに、様々な外因や内因に抵抗しきれる自信がない。
きっと、そんなに長い時間にはならないでしょう。私はあなたより先に逝く。どんな形であろうともね。私たちはそういう生き物だ。だから、そのときには――」
「嫌なプロポーズだな」マサキは指輪を嵌めた手をポケットの中、握り締めた。「折角、そのぐらいには信用してやるって人が言ってやってるのに、無理に押し付けようとしやがって」
「嫌なら無理にとは言いませんよ。そのときの私には自我がない。あなたにこう話して聞かせたことも忘れているでしょう。わざわざ、今、私の心を慰めるためだけに、叶えられない約束をする必要はないのですよ」
「そんな風に言われたら、頷くしかないだろ。やってやるよ。一生、てめぇの監視を続けてやる。だから、先に逝くなんてそんなことは」
続く言葉をマサキは吐けなかった。
頭ひとつは高いシュウの長駆が屈む。次いで、口唇に口唇が触れる。暖かい温もりが冷えた口唇に心地よい。触れるだけのそれを残して、次の瞬間、シュウは|青銅の魔神《グランゾン》のコクピットに自分を転送したのだろう。姿を消した。
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