久しぶりにマサキとミオのコンビが書けて私は幸せです。
新しき年に幸いなる祝福を(2)
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と、いう会話をしたのが、地上の暦で九月頃。どうせ予定通りに行かないのが、マサキたち魔装機操者の日常生活なのだ。任務が入れば話は異なる。必ずしも初詣に行けるとは限らないのだから、約束だけはタダとマサキはミオに押し切られるがまま、最終的に半日コースの初詣案を受け入れた。
「行きたくないならそう言えばいいのに」
「直ぐに終わる用事だって言ってるだろ」
例年の慣例を破って、男ふたりで過ごしたクリスマスから早五日。地上の暦では年の瀬押し迫る大晦日の当日に、マサキとミオは朝からラングラン北部のとある街の郊外にある|石造りの建物《テロリストのアジト》、その内部の調査に訪れていた。
ミオの機嫌はよくない。
道中でも「他の日にできないの?」だの、「だったら最初から断ってくれればよかったのに」だの、「そもそも行く必要あるの?」だの、散々|愚痴々々《ぐちぐち》言い続けた割には、ゼオルートの館から王都を経由してここまで付き合い続けた彼女は、それだけ地上でする初詣を楽しみにしていたのだろう。だからこそ諦めきれずに、マサキに付き合ってここまで足を運んでくれたに違いない。
マサキとて、この建物の調査にそこまで時間をかけるつもりはない。テロリストの拠点《アジト》たるこの建物の調査は、建物の解体待ちになっている状態からも察せるように、既に軍によって完全に済ませられてしまっていたし、そうである以上、今更目新しい何かが出るとは思っていなかったからだ。
それをセニアの計らいで、今日の午前中だけなら時間が取れるからと、見せて貰えることになったのがつい今朝方の話。それなら、万が一ということもあるし、とマサキは渋るミオを伴って、拠点の跡地に訪れてみることにしたのだが、
「本当かなあ? マサキ、リューネの暴力にもう耐え切れなくなってるんじゃないの?」
「そう思うんだったら、お前、少しでいいから、あいつの実力行使を止めてくれよ……」
ミオの機嫌はまだ直らない。
そもそも、ラングラン軍部は、魔装機の出撃する可能性が低い国内問題に魔装機操者が出しゃばってくるのを好まない。それをこうして軍の調査の後とはいえ、見せて貰えることになったのは、ヴォルクルス信仰が絡んでくるからこその“特別な配慮”が働いたのだという。
それだけ、今もヴォルクルス信仰には軍部も警戒心を抱いているのよ。とは、セニアの弁だ。
「大体、何その話。あたし今日初耳だったんだけど。ヴォルクルス復活の預言書の一節を口にした男がいたから、国内のテロリストたちの活動にヴォルクルス信仰が絡んでいるかも知れないって、それ、言ったのがシュウじゃなかったら、ただの電波だよね」
「そもそも、そんなに世の中都合よく事物が回るとは限らねぇだろ。だから眉唾だとは俺も思ってるんだけどな。それでお前らには言わずに、セニアに判断を任せようと思って、あいつにだけ言っておいたんだが」
「それはそうなんだけどさあ……マサキ、相変わらずスタンドプレー激しいよね」
建物の入口に立つ軍の兵士は既に事情を聞いているらしい。マサキが調査に来たことを話すまでもなく、ふたりの顔を見ただけで敬礼とともに内部への扉を開いてくれた。
建物内部に足を踏み入れる。何もなく、がらんとした空間が続く。作り付けの家具以外の物品は全て押収された後だという。それも、テロ計画の資料が僅かに存在していただけで、上層部へのルートを暴けるような決定的な証拠は存在していなかったそうだ。
「何を見るの?」ミオは建物に指紋を残さないように、手袋を手に嵌めながら、「って、言っても、本当に何もないみたいだけど……」あちこちの部屋を覗き込む。
「台所から行ける地下に食料庫があるらしいんだよ。そこで何かの実験をしていたらしい」
「何かの?」
「薬品や資材が多数見付かったって話だ」
「わからないの? 危なくない?」
「恐らくは小型の破裂弾を作ろうとしてたんじゃないかって話だが、科学的な話は俺にはわからねえからなあ。まあ、そういった薬品や資材も全部押収したって話だし、恐らくは、ただ見て終わりになるんじゃないかね」
マサキも手袋を手に嵌め、いざというときに備えて腰に下げてきた短刀を右手に持つ。外から見た限り、大したものが出なかったからだろう。警備の人数は大分抑えられていた。そうである以上、金目の物目当ての盗人や、雨風凌ぎ目的の浮浪者といった不心得者が内部に侵入していないとも限らない。
「刃物に頼らなきゃ戦えないって、マサキは|建物内部での戦闘《インナー・オペレーション》には向いてないよね」
なるべく靴音と声を潜ませながら、食堂へ向かう。
「お前やヤンロンみたいに身体を頑丈に保ってる訳じゃねぇんだよ、こっちは」
「マサキって見た目と違って柔いから。あたしの方が腹筋だって割れてるし。でも拳を使って戦うのも大変なのよ。下手したら骨折しちゃうし」
「テュッティだって拳銃使ってるだろ。確かに室内戦闘だと武器持ちは動きに制限が出るけどよ」
ほらね、とミオは呟いて、「わかってるなら格闘術覚えればいいのに」そう言いながら食堂の奥にある台所に足を踏み入れた。
まだ仄かに生活臭が残っている。床には掃除しきれなかった野菜の切れ屑が点在していたし、火元近くの壁には油と煤がこびり付いている。どうせ解体するからと、その辺りは大雑把に済ませたらしい。
その一角に、地下へと続く階段を覆い隠すように、収納扉のような切れ込みが存在していた。
「地下室ってこれ? どうやって開けるの、この扉っぽい切れ込み。ノブないよね?」
「こうやるんだよ」
マサキは短刀の切っ先を切れ込みに喰い込ませた。それを梃子の原理で捻り上げる。ぎぎ……と鈍い音を放ちながら、隙間が開く。そこにマサキは手先を押し込むと、力任せに隠し扉を引き開いた。
「成程ね。でも大丈夫? 短刀の刃先零れてない?」
「お前ね、これ、見た目と違って頑丈に出来てるんだぜ。何せオルハリコン製だ。その辺の鉄屑だって切れる――」
マサキが側にあるスイッチを入れると、壁にかかった電灯が仄暗く行き先を照らし出した。マサキたちが調査に来ると聞いて、軍は室内電源を生かしておいてくれたらしい。細く狭い階段が続いている。「人ひとり分じゃない。ならあたしが先かな。動き早いのあたしの方だし」暗い足元を足先で探りながら、マサキはミオに続いて地下へと続く階段を降りる。
「これで誰か居たりしたら、あたしたち初詣行けないんじゃないの?」
「そのときはそのときだ。初日の出は諦めろよ。初詣は付き合ってやるから」
「ええ? あたし、本気で嫌なんだけど」
開放的な空間になっている階上と異なり、暗がりが多い閉鎖的な空間。何かが潜んでいるとしたら、ここだ。そんな予感がする。階段を一歩、降りるごとに増してゆく物々しい雰囲気に引き摺られるように、マサキの口数は自然と減り、それに釣られるようにミオの口数もまた減ってゆく。
「マサキ」
「わかった」
階段の終わり際。とっ……と、ミオが床を蹴ってその懐に飛び込もうとするのと、マサキがその人影を目にしたのは同時だった。抜け穴の多い監視の目を潜り抜けて忍び込んだのだろう。マサキよりも頭ひとつは高い長駆が、視界の利きにくい地下室の隅、暗がりの中で壁にこびり付いた何かを拭き取っている。
次いで階段を降りきったマサキも床を蹴る。
ミオはその人影に横に逃げられて初撃を躱されたものだから、今度はその背面に回り込もうと考えたようだ。流れるような動作で、再び床を蹴って身体を宙に舞わせる。それをこちらに向かって来ることで避けようとする人影にマサキは前方から飛び込んだ。
その首筋に抜き身の短刀の切っ先を突き付けて、「動くな」マサキはその顔を下から覗き込む。
「……やっぱりてめぇか」
ミオとマサキ、ふたりの挟み撃ちに流石に観念したのだろう。両手《もろて》を挙げて投降の意思を示してみせた人物は、紛れもなく、シュウ=シラカワ、その人だった。
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