シュウ、ご機嫌の巻。
うちの白河は基本的にミオが大のお気に入りです。同じくらいリューネも(リューネには好かれてはいませんが)お気に入りです。とはいったものの、ミオと白河はさておき、リューネと白河はあんまり絡ませてあげられないんですよね。いつかちゃんとこの二人も書きたいものです。
うちの白河は基本的にミオが大のお気に入りです。同じくらいリューネも(リューネには好かれてはいませんが)お気に入りです。とはいったものの、ミオと白河はさておき、リューネと白河はあんまり絡ませてあげられないんですよね。いつかちゃんとこの二人も書きたいものです。
<三箇日には隠者の聖なる刻印を>
だし巻き玉子に煮しめ、紅白なますに大豆の甘露煮。有頭海老の塩焼き。雑煮。種々様々な魚の刺身に色とりどりなサラダと、フルーツたっぷりのゼリー……限られた材料にしてはそれなりの形になった食卓を囲んで、三人で少し遅めの正月料理に舌鼓を打った。
「こんなに量があって、私たちだけで食べきれるでしょうかね」
あまり食が多い方ではないらしいシュウは、一通り箸をつけたことで満足したらしい。一旦、箸を置くと、少しだけ困った様子を見せた。
「同じことを言いやがる」先ほど、似たような台詞を吐いたばかりのマサキが呟けば、
「あの人たちだってこの三が日に戻ってこない保証もないんでしょ? だったら多めに作っておいた方がいいかなー、って」
と、マサキに対して吐き捨てた些か下品な言い回しが、シュウの好まない言い回しであることはわかっているらしい。ミオはそう答えると、「酢と野菜は乙女の美容の味方」とかなんとか言いながら、紅白なますとサラダを自分の小皿に盛る。
「三日はかかるお願いをしたつもりではあるのですがね」
「やだ、確信犯?」
「地上の暦で年末年始ぐらいは、静かに過ごしたかったものですから」
食事そのものには文句はないらしい。それどころか喜んでいる節さえある。「明日もありますし、そんなに酔う訳にはいきませんが」と前置きをしてワインを出してくる程度には、ミオが味付けをした正月料理はシュウの食欲をそそったようだ。
元々他人がいない席での食事は貧相になる傾向があったが、それでも元王族。その舌が一般庶民に比べれば、遥かに肥えているのをマサキは知っている。貧相な食事を口に運ぶときの彼は全くの無表情を貫いたものだったし、きちんとした食事を口に運ぶときには僅かに笑みを浮かべて饒舌にもなる。
そんなシュウの酒に付き合いながら、饒舌な彼を眺めていれば、「その指輪なのですが」ふっとその視線がマサキの左手の小指に止まった。
「なんだ? 指輪がどうかしたか?」
「少しの間、私に預けてみる気はありませんか?」
「預けるって、何をするつもりだよ」
「ひと晩もあれば出来ることですよ」
言うなり手を伸ばしてきては、マサキの左手の小指に嵌った指輪に触れてくるものだから、その手を長く触られたくないマサキとしては、咄嗟に手を浮かせる他なく。
「おかしなことはするなよ」
「大丈夫ですよ。今回の件に関しては、抜けがけをするつもりはありますが、敵になるつもりはありません。そのぐらいは信用してくださってもいいでしょう? この指輪もそれと同じことですよ」
「抜けがけをする気はあるとか、はっきり宣言してんじゃねえよ」
「あなた方に出しゃばられ過ぎては、面倒な事になりかねませんしね」
するりと外された指輪がシュウの上着のポケットに収まる。
「ねえー……いい加減、そのリングについてあったことをあたしに話してみる気ない?」
堂々と目の前で指輪どころかマサキの手に触れたシュウに、ミオは大いに物思うところがあるようだ。そうっと話に割って入ってくる。
「別段、変わった話ではありませんよ。クリスマスのプレゼントに、マサキに少しばかり変わった贈り物をしようと思っただけで」
酔いが回って機嫌が良くなったのか、それとも昨日からイベント続きでハイテンションにでもなっているのか、さらりと恐ろしいカミングアウトをしてのけるシュウに、ミオの目の色が変わる。「プレゼント! ピンキーリングを、あなたがマサキにプレゼント!?」
「別にいいじゃねーかよ……薬指なんつー恐ろしい話じゃねぇんだしよ……」
「どっちでも恐ろしいと思うけど。だってシュウのプレゼントでしょ」
ひとしきり驚いた後に、ミオは涼しげにワインを飲んでいるシュウの顔を、その胸の内を窺うように見遣った。しかし、シュウにとっては些事ですらない。口元を微かに歪ませただけで、さらりとその視線を受け流してみせたものだ。
それで何を言うのも無駄と悟ったのだろう。ミオはどういった意味かマサキには測りかねる溜め息をひとつ洩らすと、横目でマサキを窺いながら、「てかマサキ、ちゃんと薬指の指輪の意味、知ってたのね」
「そのくらいは俺にだってわかるに決まってるだろ。お前、さりげなく俺を馬鹿にしてないか?」
「いやー、鈍感が服を着て歩いてるのがマサキだし……でもまあ、考えてみれば、他にマサキの指に指輪が嵌るなんて理由はないようなもんだし、これはこれでいいのかなあ。てか、意外とあたしショック受けてないのよね」
「お前ちょっと待てよ! 他に理由がないってなんだよ!」
「だってマサキ、着たきり雀のファッション音痴じゃないのよ」
「ごついアクセには興味があるし、別に服にだって興味がないわけじゃねえよ。ただ、こっちの服はやっぱ地上とはデザインが違うしなあ。どう何を組み合わせて着ればいいのかわからねえっつーか……」
「そうなの? だったら地上で服買っちゃえばいいのに」
「それで後から山ほど叱られるのは御免なんだよ。っていうか、ショックを受けてないってのもなんだよ……お前もこいつのおかしな行動に順応し過ぎだろ……」
「いやー、だって、思ったほど困ってないのよ。ああ、やっぱり? って感じだし……まあ、バレると面倒な人たちがいることにはいるけど、そこはまあね、マサキがなんとかすればいい話だし」
それもそうなのだ。マサキは宙を仰いで溜め息を吐いた。マサキにその気があろうがなかろうが、構わず押せ押せな二人の女性の顔を思い浮かべる。
ウェンディはさておき、リューネは――暴力的な愛情表現の数々に、あれさえなければ付き合い易い奴なのに、とマサキは思う。
しなければいいものをせずにいられないのは、思いがけないシュウからのプレゼントに舞い上がっているからなのだろう。貰えると思っていなかったものを貰えた。けれども、ではその指輪がどういった意味を持つのかと言えば、所詮は二人の間で通じる程度の約束の証でしかない。
「なんとかねえ。なんとかなるなら、とっくにあいつらは嫁に行ってると思うんだけどな」
そうかしらね。ミオはそう呟いて、グラスに注がれたワインを豪快に一気に飲み干す。どうやら、いつものゼオルートの館での酒盛りの癖が出てきたようだ。
ミオはいつもそうだ。最初はゆっくりと、今日は悪酔いしないとばかりに酒に口を付ける。けれどもそれもいつの間にかどこにやら。酔いが回り始めようものなら、調子に乗るのだろう。後のことを何も考えずにハイスピードで杯を重ね出す。そして最後には酔い潰れて伸びてしまう。
これではいつもと同じで時間の問題だ――マサキはミオを止めようとした。けれどもそれは間に合わず。そうとは知らないのだろう。その空いたグラスに、シュウが間を置かずにワインを注ぐ。それを間髪入れずに、ミオがまた飲む。
明日もあると言っておきながらのこの仕打ち! どうやらシュウは相当に機嫌がいいらしかった。
「っていうか、やっぱりお嫁に行っちゃえば? なんだかんだで、あたし、二人は上手くやっていけると思うんだよねえ。そこまですれば、あの二人も流石に諦めると思うけど」
「またその話かよ……」
「女性が悲しむ姿は見たくありませんし、それはそれで生活し難いですから、私としては結構ですよ」
「指輪を贈っておきながら、それ? 何か企んでない?」
「本当に信用のない」珍しくもシュウは、ありありと困った様子が窺える表情をしてみせると、「あなた方に不利益になるような真似は、今回に限っては絶対にしません。約束します」言って、微笑みながらワインに口を付けた。
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