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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

【幕間】三箇日には隠者の聖なる刻印を(4)
予定通りに残り一回で終わりそうです。
今回はサフィーネのご帰還まで。
 
本人たちは仲良く喧嘩をしているつもりなのだそうです。
<三箇日には隠者の聖なる刻印を>
 
 明けて翌日。いつもの起床時間より僅かに遅れて目を覚ましたマサキは、簡単に身支度を整えると、預言書の解読を進めるつもりらしいシュウとそれを監視すると言って聞かないミオを館に残して、酒が僅かに残る身体を引き摺るようにして情報局へと向かった。
 シュウに預けた指輪は、まだマサキの手元に戻ってきていなかった。「もっと簡単に事が済むと思っていたのですが、思ったより時間がかかるものですね」などと宣うシュウに、マサキは嫌な予感しかしなかったが、元々はその当人からのプレゼントなのだ。
 それではあまり強く催促もできない――と、気掛かりは気掛かりであったけれども、目の前の用事を先に済ませるべく、マサキは幾分重みの減った小指を寂しく感じながら情報局に足を踏み入れた。
 テロリストたちが営んでいた農場はそこそこの大きさだったらしく、押収された肥料は百袋を数えたものの、証拠品としては重要視されていなかったからだろう。軍での扱いはずさんだったようだ。
「あの時点で止めていなかったら、廃棄されていたでしょうね」とはセニアの弁だ。
「何が証拠になるかはわからないもんなんだけどな」
「まあ、スペースの都合もあるのでしょうけどね。とはいえ、軍部にはいい薬になったんじゃないかしら」
 律儀にもセニアはその全てからサンプルを取らせたようだった。流石は情報局に君臨し、その影響力を堅持する女傑だけある。魔装機操者では立ち入れない領域でも、彼女の力をもってすれば容易なことなのだ。
 袋に小分けにされ、ダンボールに詰められた肥料を、マサキが|風の魔装機神《サイバスター》で持ち帰るのにかかった時間は二時間ほど。いつものごとく、あれやこれやの用事で局員に引き止められ、足止めを食らったからだった。
 預言書の解読を進めると言っていたシュウは、息抜きか。リビングでソファにもたれるようにして座り、本を読みながら、テーブルを挟んでミオと雑談に興じていた。見慣れた光景に、誰が相手であろうと、この男は自分のペースを崩すことはしないようだ――そう思いながら、マサキはリビングにサンプルの入った段ボールを運び込む。
「分析にはどのくらいの時間がかかるんだ?」
「私の組んだ分析用のコンピューターはそこまで処理速度が早くはありませんし、これだけの量となると、一週間はかかるかも知れませんね」
「結構、時間がかかるもんなんだな」
「練金学士協会のメイン・コンピューターにアクセスできれば、必要な遺伝子情報の取得や照会も一瞬で済むのですが、それを大手を振ってできる許可までセニアに求められるとは思っていませんよ」
「わかった」マサキはシュウの話を両手を上げて遮った。「つまり不正アクセスを見逃せってことだな」
「話が早くて助かりますよ」
 そして館の奥の部屋にサンプルと共に姿を消したシュウを見送って、マサキがリビングに取って返してみれば、監視とは名ばかりの寝正月を送っているミオがソファに身体を横たえて、スナック菓子を片手にラジオに耳を傾けているところだった。
「人んちなんだから、あんまり自由に過ごすなよ」
「セレブ用のゴシップ誌や、ファッション雑誌は借りたんだけどねえ」
 シュウにしては珍しくも珍客に気を遣ったつもりらしい。恐らくはモニカかサフィーネが購読しているのだろう。ミオには大分不釣合いな雰囲気の表紙の雑誌がソファの端に積まれている。
「あたしはもうちょっと庶民向けの雑誌の方がいいかなあ、って」
「庶民向けねえ……『トラベラーズ・ガイド』だったら、何冊かサイバスターに積んであるけどな」
 しかし既にサンプルの運び込みでサイバスターとリビングを何往復もした後となっては、マサキとしては面倒臭くもある。言ってはみたものの、それらの雑誌を取りに行くために再びサイバスターに戻る気にもならず、マサキはミオに差し向かうようにして、対面のソファに陣取った。
「へえ! 方向音痴のマサキが『トラベラーズ・ガイド』!」
「悪いかよ。偶にはな、その土地の名物とか名所とか楽しみたいもんだろ」
「その前に目的地に辿り着けるの?」
「地図がちゃんとしてればな」
「ちゃんとするのは地図じゃなくてマサキでしょ」
 ミオが片手に抱えていたスナック菓子の袋をテーブルに置く。「何か飲む? って言っても、牛乳かフレッシュジュースぐらいだけど」と、キッチンに向かいかけて、足を止めた。
 シュウのものとは異なる、軽やかな、それでいて慌ただしい足音が、玄関の方からリビングに向けて近付いてくる。「厄介者のご帰還ね」長閑な時間の終わりを告げる足音に、ミオは思い切り顔を顰めてみせると、「まあ、邪魔者はあたしたちの方こそ、なんだけど」
「あら、自分たちのことをよくわかってるじゃないの?」
 今日も今日とて扇情的なボンテージの衣装に身を包んだサフィーネは、その肩口にて羽根を休めるチカを引き連れ、耳聡くミオの呟きを拾い上げると、リビングに足を踏み入れるなりそう言い放った。
「お戻りのお早いことねえ」苦々しげにミオが返す。
「いつもいつもあたしたちの尻尾を追い掛け回してくるボーヤはさておき、なんでションベン臭い小娘までもがここにいやがるのかしら?」
「あっらあ、ご挨拶。相変わらずキツイ香水の匂いを撒き散らして。鼻が病気なんじゃないの? この淫売女」
 遠慮ない表現の数々でわかってはいたものの、ミオに限らず、サフィーネのミオに対する印象も良くはないらしい。「お子様に大人の女の色香は理解が及ばないものよねえ」「行き過ぎた色香は下品って言うんだけどね」などと、丁々発止。
「……あれ? こんなにお二人さんとも仲がおよろしくありませんでしたっけ?」
 少しの間も置かずに威勢良く言葉を継ぐ二人に、口煩い使い魔であるところのチカでさえ首を傾げる有様。その疑問も尤もと、「……うーん……まあ、こいつらがが仲良くやってるところなんて、想像できねぇけどよ……それにしても」暫く黙って二人のやり取りを聞いていたマサキが言えば、
「そりゃあそうよね! こんな歩く猥褻物と同じ空気を吸うなんて!」
「それはあたしの台詞よ! 乳臭い小娘が!」
 と、ふたり揃ってにべもない。
「やめとけよ、ミオ。喧嘩をしに来たんじゃないんだぞ」
 こうした空気は先手を打って押さえ込むに限る。「サフィーネ、お前もだ」マサキはソファから腰を浮かせると、睨み合うミオとサフィーネの間に立った。「必要があって、シュウの許可を得てここにいるんだから、あんまり煩く言ってやるなよ」
「押しかけ女房ぶりが板に付いてきたこと!」
 盛大な溜め息を洩らしながら、サフィーネがソファにどっかと腰を落ち着けると、その肩口から放り出されかけたチカが、「それもこれもご主人様の教育の賜物ですね!」と、場を収めるつもりのまるでない台詞を吐きながら、リビングを舞った。
 
 
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