何がツボなのか良くわからない話になりつつあるのですが、夢なんてそんなものですよね。夢の中で白河にしがみついているマサキが可愛かったので、そこさえ書ければいいや、と思ったのですが、それだけだと話にならないので、もう一回、話を纏める為の更新を頑張ります。
とにかく何でもいいから白河とマサキが一緒にいるところが書きたかったんです。そんな話です。
とにかく何でもいいから白河とマサキが一緒にいるところが書きたかったんです。そんな話です。
<崖の下>
崖上から垂れ下がるロープを掴んだシュウが、そのたった一本のロープを頼りに、少しずつ崖を上がってゆく。岩肌に足を突っ張らせ、ロープを手繰り寄せては一歩。またロープを手繰り寄せては一歩。
たった十メートルばかりとはいえ、マサキを背負っての登攀。さぞ重いに違いない。ましてや雨の中。手が滑りやすくなっている可能性もある。マサキは少し考えて、「俺もロープを掴んだ方がいいか?」とシュウに声をかけた。
「大丈夫ですよ。バランスが崩れる方が危ないですしね。しっかり掴まっていてください」
「悪いな。迷惑をかける」
マサキは腕に再び力を込めた。腕がずり落ちてシュウの首に絡まってしまっては元も子もない。宙に足をぶら下げながら、腕の力を頼りにシュウの身体に自分の身体を預け続ける。
やがて、シュウの手が崖の縁に届いた。
ロープを一気に手繰り寄せて、崖の上へ。マサキはシュウとともに、雪崩れ込むように地面に身体を投げ出した。ようやくの解放感。痛む足は相変わらずだったけれども、やっと地上に辿り着けた安心感がその痛みを和らげてくれた。
「マサキ! 大丈夫かニャ!」
崖の上で待っていたシロとクロがマサキの顔を覗き込んでくる。
「安心しろ。右足はこの通りだが、他は大丈夫だ」
降りしきる雨は未だ止まず。大粒の雨がマサキの顔や身体を激しく叩いている。ざあざあと雨音だけが響く崖の上。シュウは上がる呼吸をものともせず立ち上がり、地面に伸びているマサキに手を差し出した。
「ほら、マサキ。行きますよ」
シュウとしてはマサキの身体が冷え切らない内に、雨を凌げる場所に落ち着かせたいのだろう。マサキとしてもこれ以上身体が冷えるのは勘弁したいところだ。何より命の前にあっては、感情的な蟠りなどさしたる障害ににも成り得ない。腕を取られたマサキは、足を庇いながら立ち上がった。
「シロ、クロ。マサキの着替えはありますか」
「操縦席に積んであるんだニャ」
「救急キットは」
「それも積んであるのね」
腕を引かれるがままにシュウの肩に回し、すっかり重しと化した右足を引き摺りながらサイバスターに向かう。
「痛みますか」
「そりゃあ、な」
「もう少しの辛抱ですよ」
腫れ上がった足は鉛のよう。シュウに声をかけられつつ、雨を滴らせながらのろのろと前に進む。思い通りに動かせなくなった身体のなんと心細いことか。容赦なく打ち付ける雨が、更にマサキの動きをままならなくする。
――いつかこんなことがあった。
シュウを追って地上を流離っていた時のことだ。マサキがサイバスターから離れた少しの隙を狙い撃つように、熱帯地方のジャングルは豪雨《スコール》に見舞われた。降り注ぐ前に景色がかき消される密林の中。狩猟に出ていた部族と鉢合わせしたマサキは、排他的且つ攻撃的な彼らから執拗な追跡を受けた。
相手は土着的な民族。如何に攻撃をされようとも、国際的な紛争に関わっていない一般人だ。マサキの立場で手に掛けていい人間ではない。自分を標的に飛ばされる矢やら槍やらを右に左に避けながら、マサキはサイバスターを目指して密林を駆けた。
その逃走劇の最中に足を捻った。
雨を吸って身体に張り付いた服が、その動きを制限したからこその悲劇。幸い、足にダメージはなく、マサキは無事に追手から逃れることが出来たものの、一歩間違えば命を落としていた出来事には違いない。
「自力で上がれそうですか」
「雨が邪魔をしやがる」
擱座しているサイバスターに先に上ったシュウの手を掴んで、片足だけで操縦席《コクピット》を目指す。濡れたブーツの底が、足場を求めて何度も滑った。それでもいつかは、辿り着けるものだ。マサキはシュウが見守る中、操縦席に這いずり込んだ。
追って、シュウと二匹の使い魔も操縦席に滑り込んでくる。
「着替えと救急キットはここにあるんだニャ」
「タオルもここにあるのよ」
ようやく雨を凌げる場所に身体を収めたマサキは、床の上。濡れた身体をどうにかする気力も起きずに手足を投げ出した。「マサキ、先ずは服を着替えないと」仕方がないとばかりにシュウの腕が、マサキの身体を抱えて起こす。
「私に着替えを手伝われたくなければ、自分で着替えてください。ほら」
倦怠感の増す身体。どこか逆上《のぼ》せたような感がある。冷えた外気に晒され続けた身体を、暖気の効いた操縦席に置いた所為だろうか。激しい寒暖差は身体に影響を及ぼす……マサキはそこまで考えて、唐突に背筋を駆け抜けた悪寒に身体を震わせた。
――いや違う。これは熱がある。
頭がくらくらするのに、寒気に限りがない。滲む視界は熱の所為か、それとも。マサキは顔に滴る雨水を払うように頭を振った。
「頭がぼうっとする」
「長い間、雨に打たれていましたしね。風邪を引いてしまったのでしょう。足と一緒に診ますから、それまで辛抱してください。先ず、その濡れた身体をなんとかしましょう」
シュウの手がマサキから離れる。支えを失った身体の姿勢をひとりで保つのは、今のマサキには難しいことではあったけれども、だからといって服を脱がずにいる訳にもいかない。足の治療もある。マサキはゆるゆると手を伸ばして、小刻みに震えている指先で濡れた服を掴んだ。身体に張り付く布を剥ぐように、一枚、また一枚と脱いでゆく。
上半身が裸になったところで、頭からタオルを掛けられた。
「何故、あんなとこころに落下したのです」
「崖が見えなかったんだよ。それで足を踏み外した」
「岩棚で止まれたからこそ良かったものの、崖下にまで落ちていたら命はありませんでしたよ。こういった場所ではどこに亀裂《クラック》があるかわからないのですから、足元には充分に注意をしないと」
雨除けの防寒具を脱いだらしいシュウは溜息混じりにそう云うと、一向に渇く気配のないマサキの髪を拭き始めた。
それだけ今のマサキは目に余る状態に映るようだ。マサキは止めろとも云えずに、なずがまま。「マサキ、服をここに入れるといいニャ」シロが咥えてきた麻袋に、水を絞った服を突っ込んだ。
暖気を受けた上半身は急速に乾きつつあった。後は下半身だ。マサキは水を吸って重くなったジーンズからゆっくりと足を抜く。変わらず痛み続けている右足は、目にするのも憚られるほどに腫れ上がっていた。
「もうちょっと空調を効かせた方がいいかしら」
水が溜まった床に、クロがサイバスターの空調を強める。まるでサウナのように蒸し出す操縦席に、マサキはシュウを振り仰ぐ。その額にうっすらと汗が滲んでいるのを見て取って、――どこかにスポンジとバケツがあった筈だ。マサキは操縦席に置かれたナップザックから服を取り出しながら、二匹の使い魔にその探索を命じた。
希少資源《レアメタル》を使って造られている操縦席は、水で腐食することはないものの、排水機能はない。「もういい。後は空調で乾くだろ」マサキはシュウにそう云うと、頭からシャツを被る。そして立ち上がって、下着を履き替えようとした。
ふらつく身体。均衡《バランス》を失った身体が、シュウの腕に収まる。
右足が上手く動かないだけでなく、頭に靄《もや》が張っている。「身体が随分、熱い」抱え込まれた身体を操縦席に収められたマサキは、動作も緩慢に下着とズボンを履いた。
「雨に身体を晒させ過ぎましたね」
「あの状況でさっと俺を助け出せるなんて思ってねえよ」
シュウが救急キットから取り出した体温計をマサキに渡してくる。それを脇に挟んで、マサキは深く操縦席に身体を埋めた。
「右足のズボンの裾を捲って貰えますか。足を診ます」
熱い息が口唇を湿らせる。座っているのですら大儀に感じられるマサキは、「いいよ、そのぐらい。好きにしろよ」云って、襲い来る眠気に目を伏せた。
「寝るのはもう少しだけ待ってください」
「寝ちまったら起こしてくれ。ここの水も抜かないといけないし」
「それは私がやりましょう。とにかく足の処置だけは済ませないと」
カラカラと音を立てながらシロがバケツを運んでくる。「そこに置いておいてください」云って、シュウは身体を屈めるとマサキの右足を取った。右に左に動かされる足首。痛みはあるものの、耐えられる範囲だ。マサキは目を閉じたまま、シュウにその感覚を伝えた。
「折れてはいないようですね」
濡れた感触が足首に当たる。どうやら湿布のようだ。その上から包帯が巻き付けられる感触。そこでアラーム音を響かせた体温計に、マサキはうっすらと目を開いた。取り出した体温計の温度を見ると、39度に迫る数字を刻んでいる。
「喉や鼻の調子はいかがです?」
「ちょっと喉に痰が絡む感じがある」
「なら、グランゾンから薬を持ってきましょう。この救急キットには解熱剤しかないですしね。もう少しだけ待っていてください、マサキ。服薬が終わったら寝ても大丈夫ですよ。後は私たちでやりますから」
「ということは、あたしたちでサイバスターを動かすのニャ?」
「床の始末をしてからですがね」
「途中で戦闘にニャったりしニャいかしら」
「私がグランゾンで護衛をしますよ」防寒服を再び着込みながら、シュウが云う。
モニター画面に映る外の景色は、遠く晴れ間が見えるまでに天候を回復させていた。どうやら雨が残っているのはこの辺りだけのようだ。ぱらぱらと舞う小雨の中、操縦席を後にするシュウを見送って、マサキは再び目を閉じた。
「寝ちゃ駄目ニャのね」
「起きるんだニャ」
少しの時間でいいから眠りたいと目を閉じたマサキを、二匹の使い魔は寝かせてくれるつもりはないようだ。操縦席に乗り上がって顔を突いたり、耳元で声を吐いたりと忙しない。ああ、もう。マサキは二匹の使い魔を手で払い除けるも、直ぐにまた操縦席に乗り上がってくる。
どうあってもマサキを寝かせないつもりのようだ。マサキは諦めて、モニター画面に目を遣った。流れゆく雲。向かいの山には太陽の光が差している。サイバスターが帰路に着く頃には、この辺りもきっと晴れているに違いない。
「晴れてきましたね」幾つかの薬のパッケージを手に、シュウが操縦席に戻ってくる。「視界がクリアになるのは有難い」
どうやら、解熱剤や塗布剤、湿布ぐらいしか常備されていない救急キットが気になったようだ。マサキに薬を渡すと、シュウは手にしていたパッケージをサイバスターの救急キットに収めた。
「なんか色々と世話になって、悪いな」
「気にしないでください。シロ、クロ。毛布はありますか」
「この辺りに積んであった筈ニャ」
「私が取りますよ」
処方された薬を飲み込んで、今度こそ。掛けられた毛布に包まったマサキは目を伏せて、深い眠りへと落ちていった。
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