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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

Lotta Love(20)
記念すべき20回目となりました。でもまだ観光二日目の朝だったり。10万字で終わるのかとても不安でありますが、ふたりが楽しそうだからまあいいや。ヽ(´ー`)ノそんな感じです。

とことん彼らのしたいがままに任せようと思います!
では、本文へどうぞ!
<Lotta Love>

 予想はしていたことだったが、やはり免許のない者に運転はさせてくれないようだ。後部座席に乗り込むこととなったマサキはその現実を少しばかり残念に思いながらも、程なくして沖へと滑り出してゆくマリンジェットに、逸る気持ちを抑えきれなかった。
 バイクの下底にあるスケープゴートから水を吸い込んで、ポンプから射出することで推進力に替えるマリンジェットは、魔装機とはまた乗り心地の異なる動きをする。足元に立つ波飛沫《なみしぶき》。見る間に大量の水を吐き出すようになったマリンジェットが、時に波を掻き分けながら、そして波に弾みながら、速度を増して海上を駆け抜ける。
 魔装機の操縦席という守られた世界では感じられない風。なびく髪。顔に吹き付ける潮風は、想像していたものより何十倍も心地良いものだった。
 齢15でラ・ギアスに召喚されたマサキは、子どもの頃に乗ったカートと自転車ぐらいしか風を感じられる乗り物に乗ったことがなかった。決してそれが子供騙しなどと云うつもりはなかったが、空気を裂くように推進するマリンジェットで感じられる風の圧倒的な量! それはマサキの心を強く掴んだ。
 遠洋の洋上に流れる厚い雲の数々に、頭上に広がる眩いばかりの青空。風を切って疾《はし》るというのはこういうことなのだ。まるで自身が風と化したかのような無音の世界。頬を、肩を、腕を、風が通り抜けてゆく――時折、波打ち際に目を遣れば、変わらずにマサキに視線を送っているシュウの姿がある。嗚呼、幸せだ。夢をひとつ叶えたマサキは、その瞬間に自分か置かれている環境の恵まれたさまに、これ以上とない満ち足りた気分でいた。
 もう少し、あと少し。
 子どものような我儘を、拙い英語でマサキはインストラクターに訴えかけ続けた。そうした要望は良くあることなのだろう。彼は快くマサキの要望に応じ、幾つもの波を飛んでみせては、右に左にと旋回した。
 タクシーの運転手やヴィラの運転手もそうだったが、インストラクターたる彼も例に洩れずサービス精神が旺盛だ。きっと、好奇心が強く、陽気で、人懐っこい性格がそうさせずにいられないのだろう。そう、彼らは実にポップなメンタリティをしている。そんなに多くのバリの地元民と触れ合った訳ではなかったが、マサキは彼らのそうした気質的なものを感じ取らずにいられなかった。
 いつでも晴れやかな陽気がそうさせるのだろうか? それとも押し寄せるような自然に包まれているからだろうか? ゆったりと流れる時間を、彼らはこれ以上となく謳歌して生きているように感じられる。魔装機神という鎧を脱ぎ捨てたたったひとりの安蔵正樹という人間を、色眼鏡で見ることなく受け入れてくれる彼ら。流されるようにして訪れることになったバリではあったが、そういった場所にこそ奇跡的な出会いや時間が眠っているのかも知れない……マサキは更に沖へと進んでゆくマリンジェットの上からシュウを振り返った。遠く針のように映るシュウの表情は、マサキの視力をもってしても窺えなかったものの、マサキと合流してからというもの、やけに優しさを発揮している男のことだ。きっと、穏やかで温かな眼差しで自分を見詰めているに違いない。
 そうして三十分ほどがすぎた。風を抜けて気流と化し、海上を駆け抜けたマサキは、次に待つシュウの為にもマリンジェットを降りることとした。その旨インストラクターに伝えると、拙い英語でも意思の疎通はなんとかなるものだ。彼はゆっくりと速度を落としながら、マリンジェットを岸へと近付けてくれた。
 山ほど観光客の相手をしてきた彼は、マサキぐらいブロークンな英語であろうとものともしないのだろう。マサキは波打ち際で水に足を付け、波を避けながらシュウの許に歩み寄った。どうでしたか? 尋ねられたマサキは「乗ってみればわかるさ」と笑った。潮を含んだ髪に感じる風が心地いい。
 その内、多忙な日々の合間を縫って地上で免許を取ろう。そしてラングランの海を駆け抜けよう。そう決心したマサキの胸中を知ってか知らずか、既に満足しきったような表情をしているシュウは、マサキの言葉に背中を押されるようにして、マリンジェットに乗り込んでいった。
 それは恐らく、シュウをしても未知の体験だったのだ。
 決して大きく表情を変えた訳ではなかったものの、トップスピードに達した瞬間の彼の表情は、マサキにその驚きと感動を伝えてくるに充分なものだった。瞠目した瞳。彼は凝《じ》っとマリンジェットのゆく先を見据えながら、幾度も前のシートで操縦を続けているインストラクターに何事か話しかけた。それに或る時は大きく頷き、或る時は声を張り上げながら言葉を返すインストラクター。知的な好奇心を擽られると、シュウは場所も時も構わずに、その欲を満たそうとし始める。きっと、マリンジェットの推進力が彼をそうした欲求へと駆り立てたのだろう。快活にマリンジェットを楽しんだマサキとは異なり、流れに身を任せるようにマリンジェットを乗りこなすシュウの姿は、アクティブな乗り物の上であっても彼の動きを静かなものとする。変わらねえなあ。マサキはその姿を微笑ましく眺めながらも、思わずそう呟かずにいられなかった。
 |青銅の騎士《グランゾン》という巌のような鎧に身を包んで地底世界や地上世界を放浪してみせるシュウは、肩で風切るようなマリンジェットの世界をどう感じたのだろう。ひとしきり自在に、声をかけては右に左にとマリンジェットを疾《はし》らせた男は、やがてマリンジェットを後にするとゆっくりと。波打ち際から砂浜へ。そうしてすっかり髪の乾いたマサキの許へと近付いて来た。
「どうだった?」
「あなたの云う通りですよ、マサキ。乗ってみてわかりました。この風はどうしようもなく心地いい」
 マサキはそっと、その額に張り付いている髪を除いてやった。
 シュウでさえもこうした台詞を吐くほどなのだ。マサキの脳裏に知った顔が幾つも浮かぶ。風を感じながら大地を駆け抜けているようにみえて、その実、風を感じることのない操縦者《パイロット》たち。彼らなら間違いなくこの体験を面白がってくれることだろう。そしてマサキたちが感じたように、吹き付ける風を心地良いものとして捉えてくれるに違いない。
 いつか彼らとも、この体験をしてみよう。マサキは思った。
 その時にはマサキが運転手を務めるのだ。取ると決めたマリンジェットの免許の使い道を、そうして決めたマサキは、まだ肌をしっとりと濡らしているシュウを見上げた。
「次はどうしますか? まだ時間はありますし、もう一度マリンジェットに乗ることも出来ますよ。もし他のマリンスポーツを楽しみたいのであれば……そうですね。ウエイクボード、ダイビング、スノーケル、パラセーリング……グラスボトムボートなどというものもありますよ」
「グラスボトムボート?」
「底面がガラス張りになっているボートです。ガラス越しに海中を眺めることが出来るようですね。ただ、バナナボートなどと同様に、他の体験客と同じものに乗ることになりますが。どうしますか、マサキ」
「どのくらい時間が残ってるんだ?」
「海の状態もあるので、正確なことは云えませんが、予定している終了時間まではまだ二時間ほど残っていますからね。ニ、三種類は楽しめることでしょう」
「ならウエイクボードとダイビングがいい。こんなに綺麗な海だ。中を直接見ずして終われないだろ。それで余裕があったらグラスボトムボートに一緒に乗ろうぜ。海上から海中を眺められるなんて面白そうじゃないか」
 わかりましたと頷いたシュウが、ジェットスキーを停留させて浜辺へと戻ってきたインストラクターに要望を伝える。オーケー、オーケー。しきりと頷いている彼が他に何を話しているのか、マサキには相変わらず断片ほどにしか聞き取れなかったものの、他の組との兼ね合いで先にウエイクボードから行うことに決まったようだ。
「つーてもあんま自信はねえ。上手く乗れるかね」
「優れた運動能力を持つあなたにしては、らしくない。弱音を吐くなんて」
「お前、ウエイクボードは相当に難しいって噂だぞ。何せモーターボードなんかにに引かれながら海の上をボート一枚で走るんだ。よっぽど体幹がしっかりしてなきゃ直ぐにひっくり返っちまう」
「大丈夫でしょう、あなたなら。それとも剣の稽古は相変わらずサボり気味ですか」
 う、とマサキは言葉を詰まらせた。基礎的なトレーニングですら週に三回程度だと、この流れではとても口に出来そうにない。ましてや剣の稽古は一回でもやれば充分だったりするのだ。それはそうなんだけどよ。言葉を濁しながら、マサキはインストラクターが手招く方へと向かった。
 その後を付いてくるシュウはマサキの態度で、トレーニングや稽古に関してはいつも通りだと悟ったようだった。とはいえ、バリに長逗留している身であるこの男も、マサキのことは云えない自堕落な生活を送っている。だからかも知れない。改めて不摂生を追及されることもないままに、マサキはシュウとともに、インストラクターが運転する小型のモーターボートに乗り込んだ。



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