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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

我欲、或いは欲望のバレンタイン(1)
ということで、バレンタインネタその2です。14日までに終わればいいですね!(願望)
 
別名:バカップルに巻き込まれるミオが不憫な話
 
私が書くミオとマサキと白河の組み合わせは基本的にギャグ寄りになるんですよね。私は大真面目に書いているつもりなんですけど、マサキがどこかで全力でボケ始めるという。今回は大丈夫なのですが、次回以降がちょっと不安です。
<我欲、或いは欲望のバレンタイン>
 
 朝から掃除だ洗濯だと忙しないゼオルートの館をこっそり抜け出したマサキは、町に寄って必要な材料を買い集めるとミオの家に向かった。
 まだ朝と呼ぶに相応しい時間帯。もしかすると着替えもまだの状態でくつろいでいるかも知れないと思いつつ呼び鈴を鳴らすと、髪は乱れていたものの服の着替えは終えていたらしい。迷惑そうな様子でドアを開いたミオに、マサキは端的に要件を告げて家に上がり込んだ。
「乙女の家にいきなり上がり込んで、何の用かと思ったらキッチンを貸せ? 人の家のキッチンを使って何するつもりなのよ、マサキ」
 キッチンに潜り込んだマサキは、冷ややかなミオの視線も意に介さず。早速カウンターに荷物を広げ始めた。先ずは町で購入した材料。ホットケーキミックス、バナナ、くるみ、チョコレート、生クリーム、菜種油、砂糖。そしてゼオルートの館から持ち出した調理器具。一通り必要な品を並べたマサキは、そこでようやく怪訝な表情でこちらを窺っているミオを見た。
「何って、キッチンを使って料理以外にすることがあるのかよ」
「火で炙ると文字が浮かび上がるハガキを作るとか」
「キッチンじゃなくとも作れるだろ、それ」
 乙女だ何だと言いながらも、ミオはマサキの前で自分の女としての在り方を取り繕うつもりはないらしい。乱れた髪を縛りながらカウンターに近付いてくると、調理器具を洗っているマサキの傍らで、並べられた材料を一瞥し、「お菓子を作るつもりなのは間違いなさそうだけど……」
「チョコレートクッキーとチョコレートムースだよ」
「それ別にうちでやらなくとも良くない?」
「あれこれ詮索されたくねえからに決まってるだろ。わかれよ、そのぐらい」
「詮索されたくないって、そんな後ろめたい料理ある?」
 マサキは皮を剥いた小ぶりのバナナを二本、ボウルに放り込んだ。大きめのフォークで粒が残るように潰してゆく。そこに油と砂糖を適量。更にホットケーキミックスを加えて混ぜ込んでいると、考え込んでいたミオが、「あー!」と声を上げた。「もしかして、バレンタインのお菓子?」
「……まあ、そういうことだよな」マサキは手を止めると鼻の頭を掻いた。
 昨年のバレンタイン。ディナーとチョコレートを用意して待っていたシュウに、すっかりその日を忘れてしまっていたマサキは気まずい思いをしたものだった。翌日に改めてプレゼントを買って渡しはしたものの、一日遅れ。時期外れな感は否めなかった。
 だったら今年はきちんとバレンタインをしてみせようじゃないかと、マサキは手作りのチョコレート菓子に挑戦することにしたのだが、そんなものをゼオルートの館で作ろうものなら、家人や来訪者にあれこれ煩く詮索されるのは必死。そこで、他人との適切な距離の取り方を心得ているミオだったら見て見ぬふりをしてくれるだろうと、ここに足を運んだのだ。
「……ってことでさ、今年はきちんとバレンタインをしようと思ったんだよ」
 チョコレートとくるみを砕きながら、マサキがその旨ミオに説明すると、彼女はなんとも表現し難い微妙な顔つきになった。無理もない。テュッティたちにある程度仕込まれているとはいえ、基本は“男子厨房に入らず”。家事の殆どを女性陣に任せきりにしているマサキがバレンタインの菓子作りを自ら行うなど、日頃の行いを知っているミオからしたら驚天動地。天変地異が起こってもおかしくない、ぐらいは思っていることだろう。
「……マサキってば、結構尽くすタイプ?」
 ややっあってそうとだけ口にしたミオは、茶化す気も起きないとばかりにマサキの手元を覗き込んだ。「手伝わなくて大丈夫? なんか随分材料が少ない気がするんだけど」
「俺でも作れるレシピをってさやかさんに頼んだんだよ。そうしたら材料が少なくて、混ぜるだけのレシピがあるって云うから」
 砕いたチョコレートとくるみを先ほど作ったタネに混ぜる。これだけでクッキー生地の完成だというのだから、お手軽にも限度がある。マサキはオーブンを開いた。あとはオーブンの天板にシートを敷いて、適当な大きさに広げて焼くだけだ。
「下調べにさやかちゃんを借り出したの? どんな我欲なの、それ」
「だって、お前らに聞いたら、何をするつもりだって絶対に聞くだろ」
「んー、まあ聞くよね。マサキ、進んで料理をしないから」
「だからじゃねえかよ。あれこれ詮索されるのは面倒くせえ」
「詮索されるのが面倒なんじゃなくて、誤魔化すのが面倒なんでしょ」呆れ果てた様子でミオが呟く。「でも、思ったより手際がいいのね。これだったらもうちょっと凝ったレシピでも大丈夫そう」
 ミオの言葉を聞きながら、オーブンの天板にスプーンを使って生地を広げてゆく。「そりゃ、偶には料理してるからな」ゼオルートの館に居るときはずぼらさが勝るマサキだったが、それに輪をかけた不精者が家主の家ではそうはいかない。掃除だ洗濯だ料理だと自分が動かないことには、おおよそ人間らしい生活を送れないのだから当然のこと。
 やればできるのにやらない家主のポリシーは、“生きるのに最低限の生活基準が満たされていれば、無理せずとも暮らせる”。それはマサキの家事スキルも、テュッティたちの預かり知らぬところで、レベルアップを果たすというものだ。
「それってさー……」
「何だよ」
「いいや。あたしもうお腹いっぱい。マサキのノロケで」
 どうやらマサキの言葉からミオは察したらしかった。それ以上、深く話を聞くこともなく、オーブンに天板を収め、タイマーをセットしたマサキに、「で、クッキーはそれでいいとして、チョコレートムースってどうやって作るの?」カウンターの椅子を引くとそこに乗り上がって、興味津々と聞いてくる。
「生クリームを泡立てて、湯煎で溶かしたチョコレートに混ぜて冷やすだけ。だってさ」
「へええ。それだったら失敗のしようがないね」
「だろ?」マサキは手元を見た。どうやら鍋を忘れてきたようだ。「ってことで鍋貸せ。湯を沸かさねえとな」
 勝手知ったる他人の家と壁に掛かっている鍋を取り、水を入れてコンロにかける。湯が沸くまでの間、電動ミキサーを使って生クリームを泡立てようと、マサキはその準備を始める。
「氷、貰ってもいいか」
「いいよ。その代わり、あたしにもあとでちょっと食べさせて」
「何だよ。きちんと礼ぐらいするって」
「いやあ。マサキが自発的にお菓子作りをするなんてレアな光景、中々見れるもんじゃないでしょ。それで充分かなあって」
 生クリームを泡立てながら、自分でもどこから出てくるのかわからないバレンタインへの熱意に、マサキはそれもそうだな、と頷いた。
 ゼオルートの館にいるときは、シュウと張り合えるぐらいに不精が常。それがシュウと向き合っていると、こまめに動き回れるようになる。しかもそれを苦に感じない……共に時間を過ごせる相手がいる幸福がきっと自分を変えたのだ。その自分の変わりようが、少しだけ、マサキには誇らしく感じられるのだ。
「そういや、あたしもお手軽レシピ知ってるんだけど」
「そう云って、お前のことだ。難しかったりするんじゃねえの?」
「ホントに簡単なのよ。材料はチョコと生クリームと卵と薄力粉だけ。それでチョコケーキが作れちゃう。一晩、寝かせないといけないけど、バレンタインって明日でしょ。どうせだったらチョコレート菓子のフルコースなんてのもいいんじゃない? あとは、トリュフとかね」
「チョコレートと生クリームとココアパウダーだっけ?」マサキはチョコを刻む。
「そうそう。ちゃんとマサキ下調べしてるんじゃないの。そこにお酒を加えると味に深みが出るのよ。シュウだったら、そっちの方がいいかもね。ということで、四つよ。まだ午前中だもん。それを綺麗にラッピングして、明日よ、明日。いいバレンタインになったら、チョコレートパフェでも奢ってくれればいいから」
 刻んだチョコレートをボウルに放り込み、湯の沸いた鍋に載せる。少し熱かったかも知れない。あっという間に溶けるチョコレートを眺めながら、「そう。ラッピングなんだよ、問題は」マサキは云った。
 タッパーを用意してはあるものの、持ち帰ったあとにどう包むのかと問われても、どうすればいいのか思い浮かばない。家事を人並みにこなせるようになったところで、それとセンスは直結していないのだ。あるべきものをあるべき場所へ片付けられればいい、程度の能力しか持ち合わせていないマサキには、それを見目麗しく飾り立てるセンスが欠けている。
 むしろそういった物を選ぶ能力はシュウの方が長けているだろう。身に付ける物や身の回りの品に細かい拘りを見せるぐらいなのだ。衣食住事足りればいい、と口では嘯いておきながら、現実問題、それだけでは生活が荒む。だからこそ、シュウは自分にとって好ましい品々に囲まれた生活を送っているのだ。
「どうやったらいいんだろうな、ラッピングって」
 そんなシュウに合うラッピングがどういったものになるのか、マサキには想像が付かない。ミオに水を向けられたついでに、後回しにしてしまっていた問題を、ここぞとばかりに口にする。「あいつの喜びそうなラッピングって、どんなのだと思う?」
「マサキに貰えれば何でも喜びそうな気もするけどね」
「それじゃ答えになってないだろ」
「オーソドックスに透明な袋に包んで、箱に入れるとかかなあ。外箱のセンスが良ければ全てよし、よ。何だったら、町に付き合うけど? 材料の買い足しもしないといけないし。そのついでにチョコパフェ奢ってよ」
 溶かしたチョコレートに生クリームを何度かに分けて加える。それを幾つかのガラス製のプリン型に流し込んで、冷蔵庫に押し込んだ。「そうだな。けど、本当にチョコレートパフェだけでいいのか?」クッキーの焼ける香ばしい匂いを嗅ぎながら、使った調理器具を片付けつつ、マサキは訊ねた。
「面白いレシピも知れたし、ちょこっとご相伴にも預からせて貰えるし、充分だと思うけど」
「んじゃ、クッキーが焼けたら行くかね」
 そう云って、マサキがオーブンを覗き込んだ瞬間だった。ゴゴゴ……と大地を揺るがす地鳴りがした。
 
 
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