前回のほのぼのはどこにいった?と思うくらいにごちゃごちゃしている回です。
くっそ長いので読む際には要注意。
※多分あとで書き直すと思います。
くっそ長いので読む際には要注意。
※多分あとで書き直すと思います。
<wandering destiny>
食事を終えてモーテルに戻ったシュウは、トレーニングを再開したマサキを横目に、テレビのニュースから得られた今日の情報を整理した。
ドバイ市内に特別警戒網を敷いたドバイ警察の発表によると、検問において不審人物は発見されていないという。このことから、ホテル爆破の実行犯グループはドバイ市内に潜んでいるとの見方が優勢なようだ。とはいえ、空港の件もある。運び屋を善良な外国人に任せて、実行犯グループが高跳びしている可能性も捨てきれない。悩ましい。シュウは依然として自分とマサキの身が危機に晒されている状況に、愁眉を寄せずにいられなかった。
自分たちだけが襲われるのであれば、対抗し得るだけの力がそれぞれにある。急場を凌ぐのは容易くあったが、罪のない市民たちまでもが巻き添えとなってしまう現状とあっては。このモーテルにしても、いつ彼らに襲われないとも限らない。だからこそ、「定期的に拠点を変えるぐらいの用心はすべきなのでしょうね」そうシュウがマサキに提案すれば、痛ましい事件を思い出したようだ。マサキの顔が微かに歪んだ。
「まあ、そうなんだろうな。またいつここも襲われないとは限らない。何よりドバイ警察が当てにならねえ」
マサキの返事にシュウは深く頷いた。
ドバイ警察は空港の事件とホテルの事件を同一軸上にある事件と見込んでいるらしかったが、両方の事件の関係者であるマサキとシュウが連邦軍を担ぎ出しているからだろう。マサキたちにはあまり深く関わりたくないような様子で、ホテル事件の証言についても深くは掘り下げてこなかった。
勿論、この新しい拠点も彼らは知らない。
必要があれば自分たちで調べてくるつもりであるのかは知らないが、市民が巻き添えになる可能性を考えると、随分と甘い捜査もあったものだとシュウは思う。とはいえ、元はマサキが撒いた種だ。これ以上、ドバイ警察の助力を仰ぐのは筋違いであるのだろう。
シュウは高性能小型携帯端末《ハンドブック》を開いた。
そうして、今日繋がりを得た情報網《ネットワーク》での信頼度稼ぎに精を出した。
ドバイ警察がどう動こうがシュウがやることに変わりはない。マサキのアシストをし、彼に敵討ちをさせる。その為にも、出来ることを着実に積み上げて、必要な情報を獲得しなければ。ダークウェブの表層を漂いながら、知的な情報交換を繰り返したシュウは、深層に続く情報網《ネットワーク》の入り口をひとつ手に入れたところで、今日の活動を終えた。
「ところでお前は、どこまで調査を進めたんだ」
トレーニングを終え、シャワーを浴びたマサキがベッドに陣取りながら尋ねてくる。
短気なマサキらしい催促に苦笑が浮かぶも、シュウとて全知全能の神ではない。そう直ぐには目当ての情報を入手できないことを、情報収集にかかる手間も含めて説明してやる。と、納得がいったようだ。「俺も大分時間がかかったしな……」と、マサキが大きな欠伸をしながらベッドに潜り込んだ。
素直に眠るつもりであるらしいマサキをベッドに残して、シュウもシャワールームに入る。
セニアと決めたマサキ探索の期限が今日だったと気付いたのは、その瞬間だった。シュウは熱い湯を頭から被りながら、戻らぬ従兄に頭を抱えているだろうセニアを思った。きっと、今頃、議会は上に下にの大騒ぎだろう。何せラ・ギアス一番の問題児が、ラ・ギアス一の英雄を探しに地上に向かったきり消息不明であるのだ。
その現実に対処しなければならないセニアの胸中を慮れば、マサキを一度は連れ帰るべきだったとも思うが、かといってシュウにも見栄や自尊心はある。連邦軍に力を借りているこの状況下で、成果も出さずに地底世界に戻ろうとも思えない。その為であれば、多少の規律違反や約束の反故も已む無し。シュウにとって、地位や名誉は優先順位が低いステータスなのだ。
とはいえ、シュウが置かれている状況を知れば、あのマサキのことだ。お前だけでも地底世界に帰れと云うことだろう。それが妙に滑稽に感じられたシュウは軽い笑い声を立てながらバスルームを出た。
そして、髪を乾かしてベッドに入った。
すべきことの種は撒き終えた。あとはそれを地道に育ててゆくだけだ。
目を閉じて、明日を待つ。明日の朝食は何にしようか……マサキに何をさせようか……そぞろ浮かんでくるとりとめのない思考を払拭出来ぬまま、まんじりともしない時間を過ごす。それだけ、隣で寝ているマサキが気になって仕方がない。
昨日のマサキが起こした行動は、その意味を理解しているシュウであっても動揺を誘われずにいられないものであった。
それはそうだ。好意を抱いている相手に迫られて嬉しくない男はいない。それは鋼の意志を自負するシュウであっても同様だ。
ただ、シュウがマサキに抱いている感情は複雑であるのだ。
わかったような口を利かれては腹が立ち、思いがけない意見の一致をみては感心する。かといって、対等に見ているかと訊かれるとそれは違う。シュウは心のどこかで、未だにマサキ=アンドーという青年が、出会ったばかりの頃のような少年のままでいると思っている。いや、いて欲しいと願っている。
それは、御伽噺に対する純粋性にも似ていた。
御伽噺に描かれた社会性は非常にファンタジックだ。正しい者や清き者が最後には必ず報われる世界。けれども読み手を取り巻く社会はそうはいかない。正しさや清さが通用することは稀で、集団内で求められる才能を有している者でなければ栄華を手に入れるのは難しい。
夢を描いた御伽噺の世界から、他者が取り巻く現実の世界へと。御伽噺に浸かった幼少期から、人は巣立っていかねばならない時がくる。それは多くの人間に訪れる当たり前のライフステージの変容だ。そう、現実社会で生きてゆく為には、夢に見切りをつけることが肝要だ。
それでも人は夢を捨てられない。御伽噺は真実御伽噺であるのだろうか? 子どもの頃に御伽噺に馴染んだ人間が誰しも一度は考えたことがあるだろう永遠の命題。シュウはその思考を愚かしいこととはもう思わない。圧倒的で混じりけのない純粋な暴力に対して徹底した忌避感を抱き続ける為には、正しさや清さを貫く人間が報われる社会であって欲しいと願う気持ちが必要不可欠だ。
その感傷なくして世界は正常を保てない。
だからシュウは、マサキに少年のままでいて欲しいと願ってしまうのだ。
マサキは確かに成長した。
感情的な振る舞いは鳴りを潜め、大局的に世相を分析することも出来るようになった。だが、それは同時に、彼が英雄という己の立場に慣れ始めていることを意味してもいる。けれども、その事実が正しい方向性であるのか、シュウにはわからなくなるときがあるのだ。がむしゃらにシュウを追っていた頃のマサキは、その青臭さでシュウの中に渦巻いていたサーヴァ=ヴォルクルスの野望を打ち砕いたというのに!
――私はあなたを連れてゆく。私が見ているこの世界、その高みへと。あなたにしか成せないこと、それをあなたに成してもらう為に。
今日を生き抜くことに精一杯なマサキにはわかるまい。彼の理想とする平和な世界の先にあるものが何であるのか。シュウはそれをマサキに見せたいのだ。そして掴んで欲しいのだ。連なる事象の果ての果て、地平の彼方に眩く光り輝くたったひとつの|極北星《真理》を。
だのに、稚拙なこの想い。
過去の自分と現在《いま》の自分を比較すること自体が無意味だが、かつてのシュウはマサキの感情に心を揺らがされることはなかった。目指す場所はもっと遠く、そして果てしない。けれどもマサキは、目の前に積み上げられたハードルを、暴力的な才能で次々とクリアしていってしまった。だからシュウはマサキに対する接し方を変えざるを得なくなった。
彼にアドバイスは無用なのだ。
もしかするとその評価自体が、シュウの心を覆い尽くしているマサキへの感情から生み出された錯誤であるかも知れなかったが、ひとかどの研究者として名を馳せているシュウは、だからこそ、歳月を経るにつれ、和らぎ始めた自らの感情に可能性を追求せずにいられなかった。
マサキ=アンドーとは、シュウにとって何者であるのか。
始まりの印象は決して良くはなかった。指に出来たささくれのように、小さくシュウの情動に突き刺さってくる存在。ジャオームからサイバスターへと乗機を変えた彼に、シュウは自尊心の深いところを抉られた気分になったものだ。何故、|風の魔装機神《サイバスター》の操者が自分ではなかったのか。天に高く伸びる自信を自らに有していたシュウは、だからマサキを『取るに足らない人間』として扱い続けた。
それが次第に胸の奥に食い込むようになっていったのは、マサキが挫けず、折れず、諦めない姿勢を貫き続けたからだ。マサキ=アンドーという人間は他の魔装機操者にはない『何か』がある。シュウは自らを追い続けるマサキの姿に、幾つかの挫折を重ねてきた自分の姿を重ねてみた。そうして思った。彼は私にとっての光であると。
彼の執念の一割でもあったならば、今のシュウ=シラカワという人間は存在し得なかった。そういった意味でマサキは過去のシュウにとっての憧れを体現した人間でもあった。数多の人間が無理だと感じる逆境に於いても、僅かな成功を信じて突き進む。しぶとさはマサキの専売特許であったが、それは彼の心が眩いばかりの光に満ちていたからだ。
自分の弱さと限界を認めてしまう人間に、あの強さは出せない。
だからシュウは自らの敗北を認めた。
仲間という可能性を引き寄せて、|青銅の魔神《ネオ・グランゾン》を打ち破ってみせたマサキ。彼なくしてその後のシュウは存在し得ない。サーヴァ=ヴォルクルスというシュウの人生最大の障壁は、いつでもシュウに牙を剥いた。それを吹き飛ばす、たったひとつの光。運命の悪戯で再生の道を歩み始めたシュウを、この世界に留めてみせたのも間違いなくマサキである。
その認識があったからこそ、シュウはマサキを奪いたかったのだ。
常に輝ける光として、自らの傍らに在り続けて欲しい。
不安定な自らの人生にときに物思うこともあった当時のシュウは、自分を、そして世界を強く支えてくれる存在を求めていた。けれども、それは過ちであったのだ。マサキとの時間が増えるに従って、自らの弱さを強く自覚することとなったシュウは、青臭い少年だと見下していた存在が、いつの間にか巨大なブラックボックスと化していることに気付いた。感情的で直感的、傍若無人で繊細。それぞれの要素を言葉で挙げるのは容易いのに、総体としてのマサキを語ろうとすると上手く纏まらない。それは確実にシュウの意識に変革を齎した。そう、シュウの両腕で掴み取るには、マサキという存在はあまりに大きい。
シュウは成り下がった。
折々の付き合いに胸を躍らせ、偶の邂逅に幸せを噛み締める。たったそれだけの付き合いでいい。
以前のシュウであれば考えられないほどに、シュウはマサキに対して絶対の立場を求めなくなった。それはシュウが『自らを照らす光は自らでならねばならない』という当たり前の真実に辿り着いたからでもあったが、それ以上に、マサキの立場がシュウの想定よりも早くラ・ギアスの高い階層に辿り着いてしまったからでもあった。
それでも、シュウは時にふと思ってしまうのだ。
彼を自分に振り向かせたい。
自分で自分を照らせる人間に、他人の光は必要ないだろうか? 答えは否だ。迷い悩み、慢心する人間であるシュウにとって、マサキを含めた他人という存在はどれも欠けてはならないものである。それでも――、そう、それでも、シュウはマサキがいいのだ。他人の存在を必要と受け止められるようになっても、シュウ=シラカワにとってマサキ=アンドーに代わる存在はいない。
それは、愛玩動物の盲目的な親愛の情に瓜二つだ。
但し、シュウはマサキの頬を舐めるような真似はしない。それにただ寄り添って眠るだけで良しとも出来ない。人間という欲深い生き物であるシュウは、愛玩動物たちとは決定的に異なり、マサキに性的な魅力を感じてしまう。それこそ、まるで逃れられない業のように。
だからシュウは思ってしまうのだ。
何故、友愛では駄目なのか。何故、性愛でなければならないのか。
よもやこの年齢になってまで、セックスを汚らわしい行為であるとは、さしものシュウも捉えはしなかったが、自らの感情が世間一般に云われる『愛』という概念と比べると、安っぽい価値観に支配されているような感覚に囚われはする。自らの行為を矮小な感情と捉えてしまうのも、だからだ。
愛情と呼ぶには稚拙なこの感情が、行き付く先はどこにあるのだろうか。
その答えを、シュウは未だに見付け出せずにいる――……。
と、いつの間にかうたた寝していたようだ。ぎしりと鳴った隣のベッドに、不審な様子を感じて目を開く。
――はっ、ああ……
深くブランケットを被っているのだろう。ベッドの膨らみが、妖しく揺れている。まさか。シュウは眉根を寄せて、マサキの様子を窺った。押し殺す気配のない喘ぎ声が、辺りに響いている。
腹立たしい。
それは、この窮地に至って自らの性欲の解消を諦めないマサキに対する怒りではなかった。かといって、シュウの存在を無視していることに対する怒りでもない。では、何に対する怒りであるかと問われると、これがまた表現するのが難しい。一番近いのは、マサキへの欲望を抑え込んでいるシュウの感情に対する無頓着さであるような気もするが、そもそもシュウはマサキに対して自分の感情を正直に伝えたことがないのだ。その上でそういった怒りを感ずるのは我儘が過ぎる。
――あ、ああっ……
自慰をしているのは間違いない。甘ったるい声で喘ぐマサキに、久しく彼の身体を味わっていないシュウは、流石にブランケットの下を覗き見たい衝動に駆られたが、見たところで何が解決するという話でもない。むしろ、愛情なくとも快楽を貪れる人間であるマサキのことだ。そういったシュウの弱味に付け込んでこないとも限らなかった。
だからシュウは、ベッドを出た。そうして、ブランケットごとマサキを抱き締めた。
「どうしてそういったことをするのです」
痛々しい。
ブランケットの下から顔を覗かせたマサキの、とろんとした瞳にシュウはそう思わずにいられなかった。
決して目の前の惨状から目を逸らしているのではない。ただ彼は自身の胸の内に灯る怒りの炎を、或いは暗く沈んでゆく悲しみを、癒す方法を他に知らないだけなのだ。わかっていても、シュウにはマサキのそういった傾向が忌々しい。
「何だよ、お前。やれねえって云っておきながら」
「やれない、とは云っていないでしょう。利用されるのが嫌だと云ったまで」
「はあ?」はだけたガウンもそのままに、マサキがベッドの上で飛び起きる。「お前、あれだけ人のこと好き放題しておいて、何を云っていやがるんだ」
「それについては謝罪しますよ、マサキ」
「なら、好きにさせろよ」
わかっている。これまでのマサキとの性行為は、全てシュウに責がある。
未熟で愚かしかったかつてのシュウは、自身の努力不足も省みず、短絡的にマサキを手に入れようとしてしまった。それがマサキの指向を更に歪めてしまったとも気付かずに。だからマサキはシュウに当て付けるように自慰に励んでみせるのだ。
「止めなさい、マサキ」
シュウはマサキの身体を抑え込んだ。そうして、悪戯をした子供を嗜めるように言葉を継いだ。それが相当に気に入らなかったようだ。「巫山戯ろよ、お前……」と、マサキが全身で怒りを露わにする。
「セックスも駄目、オナニーも駄目って、じゃあ何ならいいんだよ! 前みたいに犯せばいいだろ、この野郎! それを今度は抱けないって、どういうことなんだよ!」
「私があなたを好きだからですよ!」
「関係ないだろ、そんなこと!」シュウの手を振り解いたマサキが、今にも涙が滲み出てきそうな瞳をシュウに向けてくる。「俺は聖人君子じゃねえ。お前の都合に合わせた人物像を当て嵌められるのはまっぴらだ!」
核心を抉ってくるマサキの言葉に、シュウは反射的にマサキの腕を掴んでいた。
「だったら、その辺で男でも買ってくればいいでしょう!」
力任せにベッドに身体を引き倒せば、びくり――と、身体を震わせたマサキが、怯えたような表情を向けてくる。シュウは力なく首を振った。そうして続けた。「あなたがしていることはそれと同義なのですよ、マサキ」
「なら、俺はどうすればいいんだよ……」
「一緒に寝ましょう」シュウはマサキの身体を抱き締めた。「ただ穏やかに眠れるようになるまで、私があなたと一緒に寝ますよ」
「何もしないくせに」
ぼやくような声を上げたマサキの腕がシュウのうなじに回される。
シュウはマサキの身体を抱えてベッドに横になった。そして、ブランケットを被って、マサキの頭の向こう側に広がっている壁の一点を静かに見詰めた。まだ、マサキは深く傷付いたままでいたのだ。それを見抜けなかった己の愚かしさに奥歯を噛みしめる。
「目を閉じると浮かんできやがる。昨日のホテルでの光景が」
「そう」
「それが、あの時の光景に重なるんだ」
「いつの」
「親が死んだ日の、景色さ」
シュウは言葉を返さずに、ただマサキの身体を抱き締める腕に力を込めた。
日本を立ちパリへ。そこからロンドン、モスクワ、シンガポール、ニューヨークを経て、ドバイへと。無計画に動き回ったマサキは、ずうっと、ひっそりとした悲しみを、胸に抱えていたのだ。それがホテルの事件で爆発してしまった……。
どうしてそういった精神状態にあるマサキに、シュウの気持ちが通じたものか。シュウは熱い吐息を吐き続けるマサキの身体の温もりを遠いものと感じながら、ドバイでの五日目の夜を超えていった。
PR
コメント