忍者ブログ

あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

2022X'mas「White Christmas.(4)」
昨日は更新出来ず、申し訳ありませんでした。
次にはバレンタイン完結編も控えていますので、@kyoさんとしてはクリスマスイベントを一月前半で区切りを付けたいところではありますが、それで作品の質が下がってしまっては元も子もなし。気長に進めたいと思います。

拍手、コメント有難うございます。
コメントに関しましてはまたひと段落着いた頃にお返ししたいと思います。

では、本文へどうぞ!
<White Christmas.>

 移動遊園地が展開するハイド・パークの通りを挟んだ南向かいにある古式ゆかしい外観のホテル。ミシュランの二つ星を獲得したこともあるらしいとあれば、その格の高さも知れたもの。何処に行く、何をする、何処に泊まる……確かにマサキは今回のクリスマスの過ごし方をシュウと話し合いながら決めてはいたが、それは彼が用意した資料を眺めながらどれがいいかを選ぶといった受動的な働きかけでしかなかった。何と云っても地に足を付けて世界各国を動き回った経験のある男。マサキも世界を回った経験はあったが、それは任務をこなす為でしかなかったのだから、その知識量には敵うべくもない。
 自ら地上に赴く際には言葉の通じる日本で用を済ませてばかり。そういったマサキがシュウの提案に唯々諾々と従うことになるのは已む無しだ。かくて、シュウに全てを任せきるとこういった結果になるのだと思い知ったマサキは、場違いにも限度があるロビーで、けれども今更安宿に変えてくれとも言い出せずにいた。
「ほら、行きますよ、マサキ」
 まさしくこうした場こそ相応しいといった足取りで、肩身も狭く付いて歩くマサキをエスコートしながら堂々とフロントに向かったシュウは、流暢な英国式英語《クイーンズイングリッシュ》でチェックインを済ませると、ボーイに自分が持っていた二人分の荷物を任せ、気後れしているマサキの肩を軽く叩いて先を促してきた。
 部屋はスイートルーム。幾つかのランクがあるらしかったが、資料を見ても意味のわからなかったマサキは、シュウに云われるがままそれでいいと答えてしまっている。よもやこのレベルのホテルに宿泊するのに、シュウが一番ランクの低い部屋を選ぶとは考え難い。溜息が出るような内装をお上りさん宜しく眺めながら、ボーイの案内に従って歩くこと暫く。部屋に辿り着いたマサキは、ホテルというものの存在意義について考えを巡らさずにいられなかった。
 白を基調としたリビング。天井は高く、床面積も広い。壁に一面に縦に連続して並ぶ窓の外には、移動遊園地も賑やかなハイド・パークが一望出来た。マサキはリビングを振り返った。塵ひとつなく手入れされた室内に設えられた調度品の数々は、迂闊に触れることを躊躇わせるほどの高級感に満ちている。格調高い室内の圧倒的な雰囲気に呑まれたマサキは、寝室のクローゼットに、ボーイが運び込んだ荷物を収めに行ったシュウが戻って来るまで、ソファに腰を落ち着けることさえも出来ずにいた。
「どうしました、マサキ」
「いや、もう、何て云うか……俺が居ていいのかなって」
「委縮することはありませんよ。ドレスコードがある訳でもなし。節度を守って利用すればいいだけのことですよ」
 先にソファに身体を休めたシュウが、ほら、とマサキに向けて手を伸ばしてくる。その手を取りながらマサキはシュウの膝の上に腰を収めた。広々としたリビングはとても二人用の客室とは思えない。ひと家族が集まっても余るほどに据えられている椅子にソファ。暖炉を模した暖房器具は大人が三人並んでも尚余裕がある。三匹の使い魔を連れて来れればさぞ賑やかな空間となったことだろう。
 けれども移動遊園地だの観光だのといった旅路にまで、彼らを同行させることは出来ない。仕方のないこととはいえ、二人きりの空間。落ち着かない。マサキが云えば、いずれ慣れますよ。そんなことを口にしながらシュウが口付けてくる。
 粉雪が舞う冬のロンドンの高級ホテルのスイートルームは、ふたりで身を寄せ合わずとも暖かな空気に包まれていたけれども、人恋しさを感じさせずにいられないまでに広々としていて、ましてや清潔感に溢れた白い壁に白い家具とあっては、あたら不安感を煽ってきたりもしたものだ。マサキはゆっくりと、幾度も、自らの口唇を味わうように吸ってくるシュウの口唇を舐めた。かつて彼の肌の温もりが、こんなにも頼もしく感じられることがあっただろうか。マサキは自らもまた幾度もシュウに口付けながら、彼の次の言葉を待った。
 そうでもしなければ、心細さに押し潰されそうだ。
 大胆にして繊細。傍若無人に振舞うマサキにも、人並みに環境の変化を恐れる気持ちはあった。今となっては慣れてしまったサイバスターのコントロールルームでの夜営にしてもそうだ。サイバスターに乗り立ての頃は、硬いシートで眠りに就くのにかなりの時間を有したものだった。
 宿やホテルでのひと晩にしてもそう。枕の変わったベッドに、どことなく気まずさを感じてしまうのは、マサキだけではないだろう。
 ―――シュウ、もっと…… 
 繰り返し口付けをねだったマサキに、ややあって、する? と、シュウが尋ねてきた。部屋に腰を落ち着けるなりの性行為《セックス》の要求に、落ち着かなさを誤魔化していただけのマサキは途惑いを感じはしたものの、夕食の時間まではまだ時間がある。ロンドン市内に繰り出すのには中途半端な空き時間を、きっと自分のみならず、シュウも持て余しているのだ――。マサキが答えるより先に喉を吸っているシュウに、ようやくマサキが小さく頷いた刹那。
 物音がした気がしたのだ。
 重厚にして豪奢な通路側の扉から、カタンと。
 勿論それは他の客の荷物が当たっただけのことだったかも知れなかったし、マサキの気の所為であっただけのことだったかも知れなかったが、そもそも世界的な指名手配犯である男が、顔を隠すことなく宿泊しているのである。そうでなくとも世界に類を見ない知能の持ち主である彼は、十指に及ぶ博士号というタイトルホルダーなのだ。だからこそ、捕らえるべき世界の敵、或いは、味方に付けるべき世界の財産として、様々な組織がシュウを手に入れたがっていたし、稀に地上に出ることのあるマサキは、そうした機会に彼を取り巻く現状を認識させられてきていた。
「ちょっと待ってろ」
「どうしましたか、マサキ」
 マサキはシュウの肩から顔を上げた。彼の口唇はしきりとマサキの耳朶を舐っていたものの、そんなことは関係ない。シュウから身を離し、急ぎ通路に続く扉の前に立った。オートロックのドアにはきちんと鍵がかかっている。マサキは鍵を開錠して、通路に顔を覗かせた。クリスマスシーズンの高級ホテルは、溢れるまでとは行かないにせよ、ほどほどに満たされる程度には宿泊客がいるようだ。まばらに人気のある通路に、勘違いだったのだろうか? マサキは扉を閉めてリビングに戻った。
「何かありましたか。突然に席を立って」
「通路に続く扉から物音がした気がしたんだ」
 自らの才能を過信しているからだろうか。シュウは自らに害為すものは、姿を見せてから迎え撃っても遅くはないと考えているようで、日頃から警戒心を強めて生活している訳ではなさそうだった。とはいえ、マサキはそうはいかない。魔装機神の操者として、ラングランの機密を扱う立場にいることを自覚しているマサキは、どれだけくつろいで過ごしているように見えても周囲への警戒を怠ったことはなかったし、実際にそれが功を奏する場面に多々|出会《でくわ》してきていた。
 ―――確かに扉の向こう側に人の気配があった。
 気配察知能力の高いマサキの勘は外れない。シュウもそれを認めているのだろう。成程と頷いた彼は、マサキの気の所為だと誤魔化すような真似はせず、気を付けることにしましょうと言葉を続けた。
「ところで、マサキ。夕食の時間までまだ時間がありますが、何かしたいことはありますか。折角のロンドンです。ホテル周りを散策してみるのもいいでしょうし、ホテルの施設でリラックスした時間を過ごすのもいいでしょう。あなたがしたいことがあれば、私はそれに付き合いますよ」
「外は雪だしなあ。しかもこう高級なホテルじゃ、施設を利用するのも躊躇っちまう」
「パブに入って一杯味わうのも、ロンドンの楽しみ方のひとつですよ。このホテルにもバーや居酒屋はありますが、イギリスきっての大衆酒場たるパブとは雰囲気がまるで違いますしね」
「居酒屋? 居酒屋って云ったか、お前」
 馴染み深い言葉を耳にしたマサキは、聞き間違いかとシュウに繰り返し尋ねた。彼が答えて曰く、このホテルには日本料理と酒を扱う居酒屋ラウンジがあるのだそうだ。ヘルシー志向の外国人に日本食は受けがいいですしね。彼の言葉に納得したマサキは、居酒屋も悪くないな――と云いながら、再びシュウの膝の上に乗り上がった。
「この姿勢ではどこにも行けませんよ、マサキ」
「長旅ってほど長旅じゃねえけど、先ずは少し休みたい」
 云いながらシュウの首筋を舐めてみせれば、彼はマサキが求めんとしているものを、即座に察したようだった。却って疲れが溜まるだけになるかも知れませんよ。揶揄《からか》うように言葉を吐きながら、躊躇ことなくマサキの肌に手を伸ばしてくる。
「ベッドルームに行きますか? リビングも流石の広さですが、ソファは狭い。広々としたベッドの上の方が動き易くあると思いますが」
 マサキはシュウの耳元に囁きかけた。ここでいい。カーテンの開きっ放しの窓はどうせハイド・パークに面しているのだ。誰かにあられもない姿を覗き見される心配もない。ましてや既に気分の高まった身体。わざわざ場所を移して性行為《セックス》を仕切り直す必要もないだろう。
「なら、先程の続きをしましょう。ねえ、マサキ」


.
PR

コメント