マサキを全力でおちょくる白河シリーズ。
<シュウ=シラカワの研究>
マサキは迷っていた。
いつものことなどと侮ってはいけない。三日目に突入した迷子生活に、そろそろサイバスターに積んでいた非常用の食糧が尽きかけていたのだ。
「腹、減った」
マサキはサイバスターの操縦席で項垂れた。
「ご飯食べればいいじゃニャいの」
「まだあと二食分はあるんだニャ」
「あとたった二食だろうが!」
マサキは呑気な二匹の使い魔の呑気極まりない台詞に怒鳴った。
遭難二日目の時点で救難信号を発信していたマサキだったが、返信が来る気配は微塵もなかった。このままでは確実にエネルギー不足に陥ってしまう。マサキは周囲を見渡した。森の中に川が走っているのが目に入る。
「釣りをするぞ」
「アウトドアライフニャのね」
「自力で食料を調達しようニャんてマサキらしいんだニャ」
マサキは二匹の使い魔を連れてサイバスターを降りた。釣り具はサイバスターに積んでいなかったが、タオルの替えは積んである。これをほぐして糸を取り、木の枝に繋げれば即席の釣り具の完成だ。餌は森を掘ればミミズぐらいは取れるだろう。そう思いながら森の入り口に立つ。
昼なお暗い森の奥に向けて、獣道が伸びている。
人の出入りがあるのだろうか。踏みしだかれて芝を薄くした地面。マサキのぽんこつな方向感覚が間違っていなければ、獣道は川の方角に伸びているようだ。ならば迷う必要はない。獣道に足を踏み入れたマサキは、川のせせらぎ音を左手に聞きながら先を進んで行った。
程なくしてぽっかりと拓けた空間に出る。
中央にこれみよがしにザルとロープが置かれている。怪しい。とてつもなく怪しい。マサキは周囲を窺った。地面に残されている足跡がないか確認するも、乾いた地面にはそれらしき跡は残されていない。と、なると――マサキは絶望的な気分で宙を仰いだ。木々にとまっている鳥の中に、一匹のローシェンが混じっている。
「シュウウウウウウッ!」
マサキは絶叫した。
瞬間、ローシェンがくけけけけと耳障りな笑い声を上げながら宙に飛び立った。間違いない。彼が傍迷惑なマッドサイエンティストの使い魔であることを確信したマサキは、青い影が空の奥に飛び去ってゆくのを歯軋りしながら見送り、そして彼らが用意したに違いない二つの道具に視線を戻した。
ザルにロープ。これに木の枝と木の実を組み合わせれば、鳥を捕まえる罠が完成する。
「だったらあたしたちの方が役に立つのよ」
「おいらたち、これでも猫だからニャ」
「お前ら使い魔であることに胡坐を掻いて、猫の本能忘れっ放しじゃねーか。この間も鼠を取るの失敗してた癖に何を云うかね」
マサキはその場にどっかと座り込んだ。
この森を使ってシュウが何かの実験をしようとしているのは間違いない。そうでなければこうも都合よく迷ったマサキの目の前にアイテムが出現したりはしないだろう。つまり、この森は今シュウの管理下に置かれているということである。それ即ち、彼が満足する結果を出さない限り、マサキはこの森から出られないということだ。
「てゆーか、どうするの、マサキ? あれ、使わニャいと多分出られニャいのよ」
「この間の森もおニャじような感じだったんだニャ」
「素直に川に行かせろよー……」マサキはその場に寝そべった。「毎度毎度、強制的に俺を迷子にしやがって」
いつだったか、どうしてこんなにも都合よくマサキを目的地に誘導出来るのかをシュウに尋ねてみたところ、レーダーを恣意的に操作出来る干渉波を使っているのだそうだ。今回もそうであったに違いない。いつからサイバスターを誘導されていたのか不明だが、シュウはそうしてマサキをこの森に誘い込んだ……。
「あー、もう。魚が食いてぇ!」
マサキは空に向かって絶叫した。そしてその場から飛び起きた。
いずれにせよ、やらないことにはこの森からは出られないのだ。仕方なしにマサキはのろのろとザルとロープを取り上げて、罠を作り始めた。木の棒をロープに繋ぎ、餌になる木の実を集め、ザルを斜めに被せて、木の棒をつっかえ棒にする。ロープを片手に繁みに潜り込んだマサキは、二匹の使い魔と息を潜めながら、罠に鳥がかかるのを待った。
「動物性たんぱく質ニャのね」
「一匹でも掴まって良かったんだニャ」
待つこと一時間余りで一羽の小鳥の捕獲に成功したマサキは、背中に腹がくっつきそうな空腹の中、いつの間にか開けている新たな獣道に小鳥を片手に入り込んだ。ちぃちぃ鳴く小鳥に胸を痛めつつ、先を急ぐと、またぽっかりと拓けた空間に出た。
その中央に袋に入った塩と火を起こすのに充分な量の焚き木が置かれているのを見て取ったマサキは、溜息混じりで宙を仰いだ。
「下処理用の塩まで用意してあるとは、あいつも結構ワイルドな食生活を送ってるんだな……」
「どうするの、マサキ。食べるの?」
マサキは周囲を見渡した。
行き止まりになっている空間に、掴んだままの小鳥に目をやる。弱った声を上げている小鳥が、なんとなく食べ難く感じる。何よりシュウの思い通りになるのが腹立たしい。やーめた。マサキは宙に小鳥を放った。
「魚だ。魚を釣るぞ」
「絶対迷うように出来てるのに」
「お前ら俺の運の良さを舐めるなよ」マサキは不敵に笑った。「この辺の繁みを掻き分けて行けば、川に出られ」
「そっちは今来た方向ニャのよ」
「迷う未来しか見えニャいんだニャ」
「ああもう、全部あの野郎の所為だ!」
マサキは別の繁みを掻き分けた。水場が近いようだ。湿気混じりの空気が流れ込んでくる。
「当たりっぽいぞ」
「本当ニャのかしら」
「マサキのすることニャんだニャ」
ところが、なのである。
水の匂いを辿りながら、道なき道を往くこと十分ほど。突然目の前が拓けたかと思うと、川辺に出たではないか。
「やったニャのね!」
「マサキもやれば出来るんだニャ!」
透明な水がせせらぐ川には幾つもの魚影が映っている。これなら餌がなくとも入れ食い出来そうだ。マサキは早速釣り具の制作を始めるべく、手頃な木の枝を探した。と、川辺に繁る繁みの傍に、木で編まれた|筌《うけ》が置かれているのが目に入った。
「うわぁ……」
「これもシュウの予想の範囲ニャいニャんだニャ」
「何なんだよ、あいつはよー……」
マサキは|筌《うけ》を検めた。口から入った魚が逃げられないように逆さに木が編みこまれているタイプのシンプルな|筌《うけ》である。余計な仕掛けがされているとは思えない。けれども、ここまでお膳立てされると、幾ら腹を空かせているマサキであってもいい気分にはなれなかった。
「まさかとは思うが、木の実ルートなんてのもあるんじゃないだろうな」
「まさかとは云い切れニャいんだニャ」
「マサキがどの方法で食料を調達しようとしているか見てるんじゃニャいの?」
「あー、もう腹が立つ!」
好き勝手に言葉を吐く二匹の使い魔が鬱陶しい。力任せに|筌《うけ》を繁みの向こう側に投げ付けたマサキは、苦々しい表情を晒しながらその場に座り込んだ。
「どうするんだニャ? 初志貫徹するのかニャ?」
「座っててもおニャかは満たされニャいのよ」
「わーってるよ!」
そうは云ったものの、何処に向かっても何かが用意されているこの状態が気に食わない。マサキは草むらを褥に横になった。腹はいよいよ限界を迎えようとしている。それでも素直に食料到達とはいきたくない。
一体、この実験がどういった成果を齎すのか。
シュウによって理不尽な目に合い続けているマサキは、空腹が絶頂を迎えたことで心を盛大に腐らせてしまっていた。いずれにせよ、何某かの成果を出さないことには、この実験は終わらないのだ。わかっていても腹立たしい。暫く考えたマサキは、だったら実験を台無しにしてやればいいのではないかと思い立った。
「よし、出るぞ」
「出るって、この森を?」
「出られるのかニャ?」
「食料調達はその後だ。この森では絶対に狩りも釣りも採取もしねえ」
「そんニャ意地にならなくとも」
「空腹で倒れたりしない?」
「大丈夫だ。まだ行ける」
立ち上がったマサキは野生の勘を働かせた。なんとなくこの方角がいい気がする。そう感じた方向と逆の方向に足を踏み出す。
シュウが一枚噛んでいることがわかった以上、己の勘も頼りにはならない。あのマッドサイエンティストはそのぐらいマサキの行動を熟知しているのだ。その事実に更なる腹立たしさを覚えながらも、その怒りを原動力にして、マサキは道なき道を歩んで行った。
※ ※ ※
途中で脚立が用意されている果実がなっている空間に出たりもしたが、全力で無視をして進むこと二時間。ようやく森を出たマサキは、森の中に再び足を踏み入れないよう森の外側を回り込みながらサイバスターの許へと戻った。操縦席にて身体を休めること二時間。とっぷりと暮れた日に、一度操縦席を出て脚部にある格納スペースを開く。
※ ※ ※
途中で脚立が用意されている果実がなっている空間に出たりもしたが、全力で無視をして進むこと二時間。ようやく森を出たマサキは、森の中に再び足を踏み入れないよう森の外側を回り込みながらサイバスターの許へと戻った。操縦席にて身体を休めること二時間。とっぷりと暮れた日に、一度操縦席を出て脚部にある格納スペースを開く。
「きゃあ! 凄いニャのよ!」
「唸るほど非常食があるんだニャ!」
先程まで二食しか残っていなかった非常食が、溢れんばかりに補充されているのを目にした二匹の使い魔が歓声を上げる。
「あ、あの野郎……!」
先回りして野性味あふれる食料調達の道を作り上げた男は、どうやらマサキが不在の間に、サイバスターに非常食を積み込んだようだ。マサキは懐中電灯で格納スペースの中を照らしながら唸った。ここまで苦労して辿り着いた褒美だろうか? いや、そもそもシュウは何を実験するつもりだったのか。そう思いながら、非常食のパッケージを取り上げる。
と、一枚の紙がはらりとマサキの足元に落ちた。
何だ? と思いながら、拾い上げて中を読んでみれば、「あなたのお陰でBFSの最適化が進みそうですよ、マサキ」と、達者な文字で書かれている。ザルだのロープだの塩だの焚き木だの|筌《うけ》だの脚立だので、どうして探索アルゴリズムであるBFSが最適化出来るのかは不明であるが、どうやらこの非常食はシュウからのお礼の品であるようだ。
いつも実験させるだけさせて、何の礼もない彼にしては珍しい。
それでも、マサキの腐った心は晴れなかった。
今回もシュウの手のひらの上、自由自在に転がされてしまった。くっそおおおおお。マサキは非常食を片手に全力で夜空に向けて吠えた。いつか絶対に仕返しをしてやる。そう思うも、その日が永遠に来ないことをマサキは知っていた。
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