忍者ブログ

あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

【R18】wandering destiny(34)
次回、最終回!

足かけ一年半。今回は本当に長かったです。まだ加筆修正も残っていますが、取り敢えず次回で一区切り。ここまでお付き合い本当に有難うございました。もう少しだけよろしくお願いします。



<wandering destiny>

 自らの想いが成就を迎えたことを知ったシュウは、予想だにしていなかった展開に狐に抓まれた気分でいた。
 タクシーや電車に乗って駅に戻り、コインロッカーで荷物を引き取ったのちに、ホテルに今晩限りの宿を取る。その間のマサキはいつも通りだった。何も変わらない態度。シュウはマサキの言葉に適度に相槌を打ちながらも、心ここに非ずといった状態が続いていた。
 昼食はホテルのレストランで取った。
 ラ・ギアスに帰還するまでまだ一日ほど時間がある。他に行きたいところはないかと尋ねると、日本を出国する前にやり尽くしていたようだ。寿司も散々食ったしな。そう云って笑ったマサキが、「部屋で映画でも見ようぜ」とシュウを誘ってくる。
「私はそれでも構いませんが、本当にいいのですか。久しぶりの日本でしょうに」
「明日は流石に遅れる訳にはいかねえだろ。やりたいことは全部やった。後は大人しくしてるさ。それともお前、俺と何処かに行きたかったりするのか? それだったら付き合うぜ」
 どうやら本当に、マサキはシュウの好意に応えたつもりでいるようだ。ふたりで行動する時間は終わったというのに、シュウとともに行動をするのが当たり前という態度でいる。
 それでもまだシュウは実感が湧かなかった。シュウの気持ちを無碍にしたと云ったマサキが、どういった心境の変化を経て、シュウの好意に応じる気になったのか。前兆らしきものは何もなかった。それだけに、シュウの釈然としない気持ちでいた。
 部屋に戻り、テレビ前にあるソファにふたりで並んで陣取って、映画を見始めてもその気持ちは続いた。
 そもそもマサキは人の心の機微に疎いのだ。
 リューネとウェンディに対してもそうだった。あれだけ好意を見せ付けてくるふたりの女性を前にしても、一向に靡く気配がない。それどころか、彼女らからの自分に対する好意に気付いていない節すらある。いや、気付いていながらも認め難い気持ちでいるというべきか……。それがシュウをやきもきさせたこともあった。どちらかと、或いは両方と付き合い始めてくれれば、シュウはマサキの性的指向をそういったものだと寛容に受け入れられただろう。人間の本質に差異はないが、男女という肉体的な差異はある。そう作られていないマサキの身体にシュウが欲望を感じてしまう以上、マサキが選ぶのが女性であるのであれば、その選択は現実のものとして認めなければならない。
 だが、マサキは違うのだ。シュウの腕の中で泣き喘いだこともあった。快感に陶然とした表情を晒したこともあった。そう、マサキ=アンドーという人間は、与えられる快楽に弱い。そうした彼の指向が自分を選ばせたのだとしたら、それは間違いであると指摘すべきだ。
 シュウの悩みは尽きなかった。
 記憶を失い、九歳まで退行をしてしまったシュウを、マサキは彼なりの精一杯で支え、そして守ってくれた。恐らくは純真だったあの頃のシュウの方が、マサキにとっては馴染み易かったのだ。先輩風を吹かせながらも、真剣にシュウに向き合ってくれたマサキ。薄く靄のかかった脳内で、自意識を片隅に追いやられてしまっていたシュウは、だからこそ、教団との関りが出来ると同時に捨て去ってしまった過去の自分に嫉妬をした。
 眩し過ぎたのだ。
 無邪気にマサキに取り入ることが出来た九歳の自分が。
 夢と希望が詰まった日々に生きていた王宮での日々が蘇る。今となっては苦い思い出でもある過去ではあったが、あの頃のシュウは実直にラングランという国の未来の為に尽くす気概があった。でなければ、マサキの過酷な稽古にあれだけ食い付いてはいけない。だからこそ、マサキは九歳のシュウを衛兵から守ったのだ。これが今のシュウであったら、マサキはあそこまで身体を張っただろうか? 自分でなんとかしろと突き放されるのが関の山だっただろう。
 だから信じ難いのだ――気もそぞろなまま映画を見終えたシュウは、「食いもんが欲しかったな」と笑ったマサキに上の空で頷き返した。いつの間にやらコーラを片手に握っている。ホテルの冷蔵庫の中にあったのを取り出したようだ。「お前にも要るかって聞いたのによ」と、面白くなさそうな顔をする。
「映画に没頭してたんだろ。お前、考え出すと周りが見えなくなるタイプだからよ」
「あなたのことを考えていたのですよ」
「俺のこと?」
 ぴくり。と、身体を震わせたマサキの顔が朱に染まる。照れているのか。ふっとシュウから視線を逸らしたマサキに、そう云えば、前にもこんなことがあった――と、シュウは少し前の記憶を振り返った。リヤドからジッダに向かう飛行機の中だ。チカを何故出してやらなかったのかと、シュウを責めたマサキ。シュウはそれに当て擦るようにこう答えた。あなたと二人でいたかったからですよ。あの瞬間、マサキの頬は紅潮した。シュウはそれをマサキが自分の言葉に面食らったからだと思っていたが、それは大いなる誤謬であったのかも知れない。
 マサキ=アンドーという人間は嘘が吐けないのだ。
 シュウに好意を向けられていることを自覚したマサキは、シュウを意識し始めていたのだ。そしてだからこそ、シュウの言葉に頬を染めた。
「本当に、私でいいのですか」
 シュウは意を決してマサキに尋ねた。
「何を云ってるんだ、お前は」
「信じられない気持ちの方が強いのですよ。咄嗟のこととはいえ、私があなたを好きだと云った言葉を無視されてしまったものですから」
「それはちゃんと謝っただろ。悪かったって。てか、それを気にしてたのか」
「あなたのことになるど、私は酷く臆病になるのですよ」シュウはそうっとマサキの頬に右手を這わせた。「あなたはいつでも自然体でしょう。見栄を張ることもなければ、気取ることもない。だからこそ嘘が吐けない。そういったあなたがあの後もいつも通りに私に接してくるものだから、私の告白はなかったことにされてしまったのかと」
「それは俺が悪いな」
 マサキの手がシュウの右手に重ねられる。ごめん。瞳を伏せてそう呟いたマサキが、でも――と、シュウを上目遣いに見上げてくる。
「お前も悪いぞ」
「それについては反省していますよ」
「俺は本当に悩んだんだからな」
「そうですね。酷いことをしてしまった」
「お前が何を考えてるか、俺は本当にわからなかった」シュウの胸に頭を埋めてきたマサキが、絞り出すように言葉を継ぐ。「執着って何だ? 心酔って何だ? 俺に心を許しているってどういうことだ? わからなかったからこそ怖かった」
 嗚呼――シュウは熱い息を吐いた。マサキにはシュウの混乱の根源が、何であるかわからないままだったのだ。
 だからシュウの執着を恐れた。心酔を恐れた。そして、心を許されているという事実に怯えた。
 マサキ=アンドー、或いは安藤正樹。等身大のマサキの本質は、老成したところもあれど年相応な青年であることにあるのだ。そういったマサキにとって、自己を通り越した先にある英雄という呼び名は、抽象的《アブストラクト》且つ概念的《コンセプチュアル》だ。それはマサキ=アンドーという人間の一面を表してはいるが、全体ではない。そういった葛藤《コンフリクト》が、シュウの言葉を自身に対する望外な評価と受け止めさせてしまった。
「俺は馬鹿なんだよ。わからないことをわからないと聞けなかった。聞けばお前は話をはぐらかす。そう思い込んでいたからな」
 シュウはそろりとマサキの身体の腕を回した。ドバイで彼を胸に抱いて眠ったあの夜ぶりの温もり。体温が高いタイプであるのだろう。シュウの冷えた肌にじわりと彼の熱が染み込んでくる。
「申し訳ないことをしました」
「いいんだ、もう」マサキの腕がするりとシュウのうなじに回される。「俺は全部理解《わか》った。だからもういい」
 マサキ。と、その名を呼んで、シュウはマサキの身体を抱き締める手に力を込めた。
 初めて肌を合わせたあの日から、長い月日が過ぎ去った。様々なことがマサキとシュウの間には起こった。記憶を失ったこともあった。ぶつかり合ったこともあった。そうした戦いばかりの日々の合間に起きた事件の数々を、ずうっとマサキは胸に秘めて、皆が良く知るマサキ=アンドーであり続けたのだ。
 時に脆さを曝け出す彼にしては、その選択は辛いことの連続でもあっただろうに。
 怖かったと口にしたマサキの言葉は重い。
 けれども、それならば何故、彼はシュウの想いに応える選択をしたのだろうか。腕の中にいるマサキはそれ以上は何も語らなかった。ただ、シュウの温もりを確かめるように、身を預けきっているばかりで。だからシュウは尋ねた。それならば、何故――と。
「お前だって、悩んでたのは一緒だろ。俺だってそうだ。自分のこれが何なのかわからなかった。でも、お前に好きだって云われてわかった。お前は俺が好きだから俺に手を出さずにいられなかった。俺もそうだ。お前に惹かれていたから、お前のそういった行動が怖かった」
 そう云って、マサキが顔を上げる。
 いついかなる時でも真っ直ぐなボトルグリーンの瞳がシュウを見詰めている。そこに迷いも恐れも衒いもなかった。覚悟を決めた表情。その強かさが、マサキのこれまでの苦悩の度合いを示している。
「ベッドに連れて行けよ」
「この時間からですか」
「ずうっと我慢してたんだぞ。お前、ぐっすり眠りやがってさ。俺はちょっとは期待してたってのに」
 ドバイでの夜。惨禍に見舞われたマサキは明らかに弱っていた。
 逃避行動としての自慰に逃げ込んだ彼をシュウは窘めることしか出来なかった。それを責められるとは思ってもいなかったシュウとしては、苦笑するより他ない。
「あなたの弱味に付け込むような真似をしたくなかったのですよ」
「記憶のなかった俺を抱いた奴が良く云うぜ」
 ずうっとマサキの口から触れられることのなかった過去。それをシュウは彼にとって不本意な結果になったからだと思っていた。マサキからすれば、シュウは二度と触れられたくない相手だったのだと。記憶のないマサキはそれだけシュウに懐いた。それは、自らシュウに身体を開いてみせるほどに。
 だが、その認識は間違っていたのかも知れなかった。
 マサキは――怖かったのだ。
 欲に溺れてしまう自分の衝動が何からくるものであるのか、それを直視するのをマサキは恐れていた。恐れたからこそ、シュウに対してガードを固くした。理解した瞬間に、彼は様々な『もの・こと』に対して覚悟を決めなければならなくなる。シュウに父ゼオルートを殺された義妹プレシア。自分を慕ってくれているリューネにウェンディ。世界に殉じねばならない魔装機神操者としての立場。彼が清算しなければならないしがらみは多い。纏めて抱えきれる自信が、あの頃のマサキにはなかったのだろう。
「あの時は自分を抑えるのに苦労しましたよ」
 懐かしい日々を、過去の過ち以外の意味で振り返られる時が来るとはシュウは思ってもいなかった。そのぐらいにマサキが記憶を失っていた三日間は濃密な時間だった。恋心に溺れたシュウに、期待を抱かせ続けるほどに。
「あなたがあまりにも無防備過ぎて、私はどうすればいいのかわからなかった」
 何もかもを捨てて、シュウに全てを預ける決心をしたあのマサキはもういない。今いるのは、覚悟を決めてこれからのふたりの道を切り拓こうとしている開拓者だ。
「お前は何だかんだであっちの俺を気に入ってたみたいだったしな」
「あなたこそ」シュウは声を殺して笑った。「過去の私に随分と優しかったではありませんか」
「俺はガキには優しいんだよ」
「どうでしょうね」
 記憶を失ったマサキは、時間を召喚前に戻せない限り、二度と存在し得ない人格だ。だが、記憶を失ったシュウの人格は、過去において確かなるものだった。輝ける未来を信じていた九歳の自分。それを強さで導いていったマサキ。あれほどに誰かに守られていると感じられる日々はなかった――……シュウは過去の自分に嫉妬しながらも、その彼のお陰で経験出来たマサキとの日々に感謝の念を覚えずにいられなかった。
「運べよ」
「ええ」
「早くしないと気が変わるぞ」
「それは困ります」
 シュウはマサキの身体を抱き上げて、ソファから立ち上がった。ツインルームのベッドはシングルがふたつ。特に口頭で決めた訳ではなかったが、ドバイにいた時から奥がマサキで手前がシュウだった。どちらに運び込むか悩んだシュウは、動き易そうだという理由で手前を選んだ。ベッドにマサキをおろし、覆い被さる。額を合わせて顔を覗き込めば、しどけなさを孕んだ瞳がシュウに向けられている。
 無防備なマサキの姿に、シュウはようやく実感を得た。
 艶やかな髪にしなやかな肢体。表情豊かな顔の中にあるボトルグリーンの瞳、形の良い小鼻、そして厚みのある口唇。剣を握り続けて肉刺の出来た手のひらは彼の、そしてシュウの誇りだ。
 それらが全て、マサキの意志でシュウの手の内にある。「マサキ」その名を呼んでマサキの口唇に口付けたシュウは、記憶が擦り切れるほど振り返った初めて触れた日のマサキの姿を思い返した。それと比べると伸びた背に、精悍さを増した顔。シュウの記憶の底にあるマサキの姿は段階的だ。まだ少年と呼ぶしかなかった日々から、青年と呼べるまでに成長した現在まで。確実に年齢を重ねながらも、本質的な部分を違えることなくそこにある。
 そうっと、舌で口唇を開かせる。
 薄く開いた口唇の中に舌を差し入れれば、余程、飢えていたようだ。率先してマサキが舌を絡み付かせてくる。
 シュウは夢見心地な気分で、ざらついたマサキの舌を貪った。
 こういった形でマサキの身体に触れられる日が来るとは思ってもいなかった。その為には膨大な時間を消費しなければならないと覚悟した。けれども、そういった厳しい自己節制を伴う努力はもう充分だったのだ。単純《シンプル》な答えはマサキらしさの発露だった。彼はシュウの行動の根底にあるストレートな感情を知りたかったのだ。だから、好きだというシュウのたった一言に心を動かされた。
「ん……」
 小さく声を上げたマサキに、「苦しいの?」と、口唇を離してシュウは訊いた。自ら欲してきただけあって、気分の高まりは充分であるようだ。細められた瞳がしっとりと濡れている。
「んな筈あるかよ……」
「慣れていますものね、あなたは」
 皮肉交じりに揶揄すれば、煩ぇよ。と、今度はマサキから口唇を塞いでくる。
、激し易い気性故か。マサキは頻繁に共鳴《ポゼッション》を起こした。自らの気《プラーナ》使って能力を底上げする共鳴《ポゼッション》は、だからこそ、マサキにその回数の分だけ気《プラーナ》の枯渇を生じさせた。
 気《プラーナ》|=《とは》生命エネルギーだ。
 枯渇した気《プラーナ》を補うのに必要なのが、身体的接触――即ち口付けだ。ほぼ意識のない状態で気《プラーナ》の補給を受けていても、身体は覚えているのだろう。マサキの接吻は手慣れたものだ。
 シュウはだからこそマサキの好きにさせながら、その身体から衣装を取り去っていった。ジャケットにシャツ、ブーツ、ソックス、そしてジーンズ。下着一枚となったマサキの肌に手を滑らせる。
 ぴくりとマサキの身体が震えた。胸の突起を指で探り当てたシュウは、マサキと口付けを交わしながら、彼の乳首に愛撫を施していった。柔く揉みしだき、軽く擦り、丸く撫でてやる。その都度、マサキの腰がびくびくと跳ねる。嗚呼――シュウは胸の内でひっそりと喘いだ。昨日のことのように思い出せる彼との性行為《セックス》はもう何年も過去のこととなったのだ。新鮮な反応を繰り返すマサキの身体に、シュウはそう思った。思って、感極まった。
 感慨が波となって胸に押し寄せてくる。
 力で捻じ伏せなければ届かなかった身体だった。抵抗に対する躊躇いは快楽に対するマサキの欲だった。そう思っていたあの頃。回数を重ねれば自分との性行為《セックス》慣れていくだろうと、愚かなシュウは浅はかにもそう考えていた。
 もう、策を弄する必要はないのだ。
 引き絞られた彼の肉体が、シーツの上でしなっている。まだ、指先でほんの少しばかり触れただけであるというのに。口付けを終えたシュウは、マサキの額に、こめかみに、頬に、降るような口付けを送った。そうして、赤く染まっている彼の耳介を吸った。耳孔周りに舌を這わせ、時にその奥に息を吹きかけてやる。あ、ああ。マサキの口唇から小さく喘ぎ声が洩れ出た。
 続けて、首筋を吸う。
 耳から筋を描いて鎖骨に伸びている肌の線に沿って舌を這わせ、紅斑を散らす。うっすらと肌に浮き出た赤い印は、虫刺されと呼ぶには大きく、被れたと云い張るには色が濃過ぎたが、覚悟を決めた以上、その痕に関わる一切の困難も引き受けるつもりでいるのだろうか。マサキの抵抗はなかった。
 鎖骨を辿る。
 中頃の窪みが感じるようだ。吸ってやると声が上がる。
 シュウはマサキの性感帯をひとつひとつ確かめながら愛撫を続けた。過ぎた歳月の分、忘れてしまっていた箇所も多かったが、そんなことは関係なかった。耳介に耳孔。首筋に鎖骨。腋窩に肘窩。肩先だってそうであったし、二の腕だっでそうだ。勿論、手の甲や足の甲、指先、腿に脛、ふくらはぎも。そして、忘れてはならない最大の性感帯。乳首に男性器《ペニス》、菊座《アナル》――マサキは基本的にはどこであっても快感を覚える人間であるのだ。
 ――ああ、んぅ、あっ……
 感じるところばかり責められるからだろう。喘ぎっ放しとなったマサキの手が、シュウの頭に伸びてくる。柔らかなシュウの髪に指を埋めて淫らに喘ぐマサキは、まるで違う次元にいるのではないかと錯覚するほどに従順だ。
 それはシュウが見たかった姿だった。
 記憶を失ったマサキと過ごした三日間。その最後の日に彼がひとときだけシュウに見せた帰順だった。
 自らの欲望に素直にシュウを受け入れ、喘ぎ、よがり、身悶えたマサキ。あのままマサキの記憶が戻らなければ、シュウはマサキを手元に置き続けてしまっていたいただろう。そのぐらいにあのマサキはシュウに対して依存的であった。
 それが今、この手の中にある。
 陶然と表情を緩ませて、喘ぎ続けるマサキの瞳の際に浮かぶ涙。だらしなく開かれた口の端から涎が溢れそうになっている。嗚呼、嗚呼、嗚呼! シュウは悟った。マサキが先刻口にした台詞。案外重いぞ。あの言葉は訊き間違いではなかったのだ。記憶があろうがなかろうが変わらないたったひとつのもの。マサキの本質はひとつだ。彼は愛に飢えている。だから人の温もりに溺れ、だから縋らずにいられない。
 ――私があげられるものを、全て捧げよう。
 シュウはマサキの身体をくまなく舐った。足の指の間から、手の爪の先まで。繰り返し、繰り返し、舐った。も、やだ。マサキがそう声を上げるまで、柔らかな愛撫をその身に刻み付け続けた。
「何が嫌なのですか、マサキ」
「おかしく、なる」
「なればいいのですよ。ここには私とあなたしかいないのですから」
 シュウが素直な心境を吐露すれば、やだ。と声が上がる。
 年齢に見合わぬ愛くるしさが相変わらずであることに微笑ましさを感じる。シュウの記憶の中にあるマサキはこうだった。性行為《セックス》の最中に追い詰められると稚さが顔を覗かせる……自身の記憶を確かめるようにマサキを抱きながら、シュウは尋ねた。
「どうしてです?」
「やなんだよ。これだけで達《い》くの……」
「それがいいのに」
「俺が嫌だって云ってるんだぞ。聞けよ」
 マサキのあまりの暴君ぶりにシュウの口元から笑い声が衝いて出る。
「あなたは本当に欲望に素直な人だ」そう云って、マサキの身体を抱え込む。
 そのまま、身体を起こしたシュウは膝に乗っているマサキの身体を開かせた。身長は伸びたが、男性器《ペニス》の成長は止まってしまったようだ。やや小ぶりな男性器が、繁みの下で天を仰いでいる。濡れそぼった亀頭が照明の光を受けて艶めく。そこに手を這わせて軽く揉んでやれば、あぅ。と、我慢が限界な声が飛び出した。
 泣かせたい。
 やだやだと声を上げるマサキに構わず、シュウはマサキの陰茎を扱いた。同時に、硬く膨らんだ乳首を舐ってやる。最後まで残しておいただけあって、マサキの反応は狂乱の態だった。あっ、ああっ、あぅ。乱れ飛ぶ喘ぎ声に、淫猥な空気が辺りに満ちる。
「やだ、馬鹿。お前、本当に……ッ」
 さりとて、快感も極まれば苦痛と化すのだろう。些細な刺激もマサキにとっては毒となるようだった。嫌がる言葉を吐き始めたマサキが、反射的にシュウの手首を掴む。やめろ、って。力任せにシュウの手を男性器から引き剥がしたマサキが、シュウを睨んでくる。
「調子が出てきたようで何よりですよ、マサキ」
「人の話聞けよ。ちゃんと俺はやだって云った」
「云ったでしょう。それがいいのに、と」
 喘ぎ続けて呼吸が乱れたようだ。胸板が激しく上下している。荒らぶる息。マサキの目に溜まった涙が頬を伝って零れ落ちた。
 仕様のない――シュウはマサキの身体を逆に返した。そして細い背中を胸で受け止めながら、マサキの脚を大きく開かせた。ゆるりとその谷間に手を這わせてゆく。ここ? と、尋ねながらひだを寄せる蕾に指を当てれば、マサキがこくりと頷く。
 シュウは指を菊座の奥に忍び込ませた。
 ぬとりと埋まった指の意外なまでのスムーズさに、日常的にマサキがそこを慰めていたことを知る。「ずうっと自分で弄っていたの」シュウはゆるゆると指を動かしてやりながら、マサキの耳元に口唇を寄せて囁きかけた。
「煩ぇ、よ……少しは黙れって」
 蕾を開かせるように掻き混ぜれば、柔らかく、湿った感触が指先を通じて伝わってくる。ここを擦られるのが好きだった。シュウは自らの記憶に従って、マサキの菊座の中で指を動かした。
「素直に云えばいいのに」
「お前、意地悪なんだよ……。こういう時ぐらい、優しくしろ……っ」
 微かに覗き見れるマサキの表情は、恍惚に蕩けている。言葉が表情を裏切るのも記憶通りだ。シュウは口元を緩めた。変わったようで何も変わっていないマサキが愛おしい。
「あなたのそういった表情を見るのが好きなのですよ」
「この、嗜虐指向野郎《サディスト》……!」
 探り当てたしこりを指の腹で撫でてやれば、自分で慰め続けてきたからだろう。直ぐに身体が反応する。大きくびくりと震える腰。シュウの膝の上でしなやかにマサキの身体が揺れる。ああっ、あぅ、ん、あっ。長く続いた愛撫で身体の緊張が解けてしまっているようだ。投げ出された脚の終端で、つま先がシーツを掻いている。
「挿入《はい》ると思いますか、マサキ」
「やってみればわかるだろ」
「辛いのはあなたの方ですからね」
「なら、心配するなよ……お前の指が感じてる通りさ」
 暫く、蕾の中の温みを味わってから、ゆっくりと、シュウはマサキの身体をベッドに伏せさせた。そして腰に手を回して引き上げた。膝を突いたマサキの双丘がシュウを向いている。その中央で小さく口を開けている蕾。熟れた果実のように毒々しい色合いの赤い肉がちらりと覗く後孔の入り口に、腰を上げたシュウは自らの男性器を当てがった。
 腰を押し進める。
 引っ掛かりを感じた亀頭に僅かに力を込めれば、ずるりと孔の奥に飲み込まれてゆく。続けて陰茎。これもまたずるりと孔の中に飲み込まれてゆく。熱い。シュウは久しく感じることのなかった感触に、何故か泣き出したい気持ちになった。やっとここまで来れた。それは紛れもない達成感だった。ひとつの区切り、そして始まりがここに在る。
「マサキ――」
 シュウはマサキの腰と肩に腕を回した。しかと抱き留めながらマサキの上半身を起こす。胸に広がるのは万感の思いだ。ロンド=ベルの旗艦でマサキの醜態を目にしたあの日から、もうこんなにも歳月が経ってしまった。シュウの脳裏に過ぎた日々が一気に廻った。迷い、悩み、驕り、己惚れ、心を折られた。そんな風にシュウの心を乱せるのはマサキだけだ。
「好きですよ、あなたが」
 耳に口唇を当てて、想いを告げる。
「もっと云えよ」
 俺も。と、返してこないのがマサキらしい。シュウはマサキの耳介を食みながら、自らの想いのままに繰り返した。
「好きですよ、マサキ」
「もっとだ」
「好きですよ」
「もっと」
「好きですよ、マサキ。愛しています」
 決して愛に恵まれた人生ではなかった。シュウにとって人生最大の決定的な裏切りは、教団によって招かれたものであったが、それでも深い爪痕を心に残してしまっていた。だからこそ、絶対的に忌避していたひとつの感情。数多の人間の行動原理となるその気持ちを、マサキ相手に口にしたシュウは、ようやく胸のつかえが取れたような気分になった。
「――その言葉が、ずっと聞きたかった」
 マサキが喘ぐように言葉を吐く。
「俺が一番、欲しかった言葉だ」
 抱き締めている幅の狭い方が小さく震えている。
「俺もだよ、シュウ」
 風の囁きよりも小さな声で、けれども確かにマサキが口にする。
 眩暈にも似た陶酔がシュウを襲う。こんなに簡単なことだったのだ。シュウはマサキを抱き締める腕に力を込めた。
 胸の中に出でる力強き光。この瞬間だけで、一生の孤独に見舞われようとも生きていける。自分を救った少年――今はもう、青年となったマサキを両腕に抱きながら、シュウはかつてなく満ち足りた気分でいた。





PR

コメント