忍者ブログ

あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

wandering destiny(32)
三回どころでは終わりませんでした。も、もう一章だけ続きます……



<wndering destiny>

 すべきことを終えたシュウがマサキとともにジッダのホテルに戻ったのは、燦燦と照り付ける太陽が目と肌に痛む昼どきだった。
 戻りが遅くなることを事前にフロントに伝えてあったとはいえ、一日以上も部屋を空けられるとは思っていなかったようだ。出迎えの言葉に嫌味が混じるフロントマンに多額のチップを掴ませて部屋に戻ったシュウは、綺麗にハウスキーピングされた部屋になんとはなしの落ち着かなさを覚えながら、マサキとともにそれぞれのベッドに飛び込んだ。
 疲労がシャワーを浴びたいという欲求に勝っていたのだ。
 目を覚ますと時刻は夜の九時を回っていた。マサキにシャワーを浴びさせている間に、シュウは連邦軍と連絡を取った。作戦はほぼほぼ成功に終わっていたが、中身が不明なUSBメモリの謎が残っている。解析の結果を聞いておきたかった。
 パスワードでプロテクトがかけられていたUSBメモリの中身は、同時多発テロで用いられたと思しき時限爆弾の設計図だったようだ。マサキが持ち帰った発注書の部品と構成する部品が同一のものであったらしい。これで証拠が出揃ったとは、幹部たちの弁だ。
 別荘の敷地内にあった武器の管理庫、そして中東極右派《マウシム》の構成員リスト。テロの計画書に、時限爆弾の部品の発注書。武器の密輸ルートはサウジアラビアの拠点の分しか判明していなかったが、シュウが洗い出したアスラハとの取引データがある。そこを中心に洗い出しを進めれば、密輸ルートの全容解明も直ぐだろう。
 シュウの出番は終わったのだ。
 タイフの別荘から発見されたリストを元に、中東極右派《マウシム》の構成員の身柄確保も進んでいると聞いた。手番が遅れれば高跳びをされる恐れもある。特に幹部たちだ。リストの上位に名を連ねていた幹部たちの内、ふたりの身柄がまだ確保されていない。連邦軍としては、彼らの確保が急務であると考えているようだ。中東に駐留している兵士を総動員して捜索に努めているとの話だ。
「俺はここまででいい」
 中東極右派《マウシム》の壊滅を望んでいたマサキにとっては、まだ完全解決には程遠い現状ではあったが、後始末の規模が大きくなり過ぎたからか。それとも連邦軍の組織力を信用しているのか。はたまた指導者ハムザを手にかけたことで、区切りがついたのか。シャワー後に今後を尋ねたシュウにそう答えると、歯を見せながら笑って、「もういいだろ。ここまでやりゃ」と云い切った。
「幹部がまだ二名残っているようですが」
「俺たちが出張ってもやれることには限りがあるだろ。もう充分過ぎるほど出番を譲ってもらってるんだ。そのぐらいは融通を利かせないとな。それに、奴らを叩いて終わりってもんじゃねえ。奴らと繋がって支援をしていた他のテロ組織もある筈だ。そういったモンにまで手を出し始めたら終わりがなくなる。なら、きちんと区切りを決めねえとな」
 すっかり青年の様相を呈してきた面差し。幼顔は相変わらずだが、精悍さが窺えるようになった。これが右も左もわからぬまま魔装機に乗って戦うことを選択した少年の未来であるのだ。いつの間にか、成熟度合を強めていたマサキに、シュウは物寂しいような、それでいて誇らしいような気持ちに襲われた。
「日本に帰りますか」
「そうだな。もうやることもねぇしな。明日にはジッダを発とうぜ」
「わかりました」
 晴れやかな表情で云い切ったマサキに、後顧の憂いはなさそうだ。それならばと、シュウはチカをポケットから出した。
 別れの時が近付いている。それを感じ取ったのだろう。周囲をふわりと舞ったチカが、シュウの手のひらの上に乗ると、「あたくし、観光らしいことをしてないんですけど」不満そうに言葉を吐く。
「観光の為に地上に来たのではありませんよ」
「そうですかあ? ご主人様、リヤドで乗馬とかしてませんでしたっけ?」
「あれは気晴らしですよ。それにあなたも寿司や和牛ステーキを食べたでしょうに」
「やっぱりああいうのは日本が本場ですよねえ。美味しかったですけど、なんちゃって感が拭えない!」
 使い魔という存在は不思議なものだ。主人の深層心理を反映している割には、心を乱されることが滅多にない。おちゃらけているのはチカの特性だが、だからといって、ふざけることにのめり込みもしない。彼はそういった意味で自らの役目に忠実な使い魔であるのだ。
 きっと、チカのこうした態度は、シュウが本当に死ぬ日が来ても変わることはないのだろう。
 その未来を想像したシュウは口元を緩めずにいられなかった。
 ジッダにタイフ、そしてハムザの別荘と、どこに在ってもいつも通りだった使い魔に、今回は大いに心を助けられた。マサキと離れて日常に戻った暁には、少しぐらいは我儘を聞いてやってもいいかも知れない。そう思いながら、「セニアへの伝言を頼みましたよ」と、シュウはチカに告げた。
「それはいいですけど、何日後にゲートを起動すればいいんです?」
「三日もあれば墓参りは出来る」マサキが云った。「今日行って明日ってのは、向こうにも準備がある以上無理があるだろ。三日後の昼だ。昼に例の場所でいい」
「なら、ちゃっちゃと済ませちゃいましょうかね。ご主人様、お願いします」
 覚悟はしていたようだ。手早く済ませることを望んだチカに、シュウは意識を手のひらに集中させた。そして、静かに次元移動の呪文を唱え始めた。ぐにゃりとチカの姿が歪み、極彩色に包み込まれる。「気持ち悪いんですよねえ、これ」ぼやきながらゆらめくチカの身体が、次の瞬間、宙に掻き消された。
「呆気ないもんだな」
 魔法での次元移動を初めて目にするようだ。目を僅かに見開いたマサキが、チカが先程まで存在していた場所に視線を注いでいる。シュウはゆっくりと手を戻した。微かに感じる熱は、魔法の発生エネルギーの残滓だ。
「しまった」不意にマサキが声を上げた。
「どうしました」
「チカに礼を云うのを忘れてた。お前から伝えておいてやってくれよ。あいつも随分と働いてくれたからよ」
「勿論ですよ」シュウは笑った。「いい木の実を食べさせてやることにしましょう」
 そしてシャワーを浴びにバスルームに入った。
 長い旅の終わりは直ぐそこだ。
 日本に行き、マサキの両親の墓参りを済ませるだけ。あとはラ・ギアスに戻り、日常に戻ればいい。とはいえ、ラングラン議会の意向もある。セニアがどこまで粘り強く交渉を展開しているかも不明だ。戻って終わりではない覚悟をしておく必要がある。それでも、シュウはこの生活が終わることを物惜しく感じてしまった。マサキとふたりで共通の敵に挑んだ日々。シュウとしてはマサキに対して過保護に立ち回ってしまった自覚があったが、マサキにあれだけの晴れやかな表情をさせられたのだ。正しくはなかったが、間違ってもいなかったのだろう。
 それにしても――と、シュウは洗い終えた身体をバスに浸しながら考えた。
 、彼の怒りや口惜しさを間近で目にしてきたシュウからすれば、両親の仇である中東極右派《マウシム》解体の為の後処理に、マサキが参加しない意向を示すとは思ってもみない展開だった。長く抱え続けた禍根である。殲滅戦を展開するものだとばかり思っていたシュウにとって、拍子抜けした感は拭えない。
 何が彼をして、そうした決断をさせたのか。
 憎しみに飲まれてはならない。戦うことを宿命付けられた戦士にとって、それは重要な金科玉条《セオリー》だ。だが、今回のマサキは戦士ではなかった。安藤正樹としての過去に、彼は真正面からぶつかっていったのだ。凄惨な記憶を昇華する為に。
 その為には気が済むまでやり切る必要があっただろう。
 だがそれは、マサキの戦士としての矜持とは相容れない面を持っていたのだ。シュウはハムザと向き合ったマサキの不思議な表情を思い返した。感情がすっぽりと抜け落ちた顔。ハムザを目の前にしてハムザを見ていないような眼差しをしていたマサキは、もしかすると、あの瞬間に過去の清算を終えてしまったのかも知れなかった。
 だとすれば、彼はシュウの想定以上のスピードで、精神的成熟を迎えていることになる。そう思い至ったシュウの心が揺れる。シュウはこの短い期間で想定以上の精神的成長をみせたマサキに動揺していた。
 そして気付いた。自身がマサキに寄せている信頼は、完璧なものではないと。
 シュウの心の中には、自分を追い続けていた頃のマサキがいる。記憶を失って途惑い続けたマサキもいる。記憶を失ったシュウを守り、けれどもどう付き合えばいいのかわからずにいたマサキも。それらの記憶が洞察力に長けるシュウをして、マサキを未熟な面が目立つ少年であると錯覚させてしまうのだ。
 認識を書き換えなければならない。シュウはマサキの評価を改めた。そして、自身の成長を胸に誓った。導くのでも追い求めるのでもなく、肩を並べる存在へ。シュウの最終的な目標の為には、今のままのシュウ=シラカワでは無理がある。シュウにとって今回の一連の流れは、それを思い知らされる旅であった。
 目標に至るまではまだ様々な困難が待ち受けているだろう。マサキの些細な態度に心を乱されることもあるに違いない。それだけならばまだいい。一生を費やしても、シュウの最大の望みが叶わない可能性もある。
 それでも、シュウはマサキを諦めない道を選んだ。
 その結果が果てしない孤独であってもいい。やれることを全てやりきっていれば、百年の孤独も幸福に彩られることだろう。そこには沢山のマサキとの思い出が眠っているに違いない。そう、今のシュウが過去のマサキを胸に刻み付けているように。
 最も愚かな人間とは、やれることにやらない云い訳をする者のことを指すのだ。ならば、私は賢者であろう。シュウはバスの中で手足を伸ばした。他人の目にどう映ろうとも、愚直にマサキを追い求め続ける。決心をしたシュウは、そうして、バスの中で寛ぎの時間を過ごす為にゆっくりと瞼を落とした。






PR

コメント