この先、書きたかったシーンしかないんですよ!!!!!
つまりそれは執筆=幸福。私、頑張るよ……!もうちょっとで完結だ!!!!
つまりそれは執筆=幸福。私、頑張るよ……!もうちょっとで完結だ!!!!
<wandering destiny>
(八)
ジッダからドバイを経由しての東京への空の旅は、二十時間に及んだ。
機内では寝てばかりでもつまらないと感じたようだ。シュウのスマートフォンにインストールしたRPGをプレイするのに専念していたマサキ。備え付けのテレビで映画を見るのは性に合わなかったようだ。話を聞くに、ついにRPGのクリアを果たしたらしい。「まあまあ面白かったぜ」と云いながら、シュウにスマートフォンを返してきた。
「続編はどうするのですか」
「もうこれで暫く地上に来ることはねえだろ。俺も皆と同じく謹慎生活が待ってるだろうしな。だからいいさ。またもし次の機会があったらインストールさせてくれ」
薄明るい空にゆっくりと昇ってゆく太陽が、整然と立ち並ぶ高層ビル群を照らし出している。まだ朝も早い。人の少ない街を往きながら、久しぶりの東京の空気を胸一杯に吸う。適度な湿度に涼やかな風。鼻腔を擽る空気の香りが澄みやかに感じられるのは、香辛料《スパイス》が料理にふんだんに用いられる国にいたからだ。
「先に墓参りを済ませちまうか」
「ホテルもまだチェックイン出来ませんしね。いいと思いますよ」
荷物を手にマサキとともに駅に向かったシュウは、コインロッカーに荷物を預けてまだ人もまばらな始発近い電車に乗った。
向かったのは東京近郊の郊外にある集合墓地だ。
電車で一時間半ほどの旅が終わる頃には、通勤や通学だろう。電車は人で溢れ返るまでになっていた。車内が空いている間は呑気な様子でいたマサキだったが、満員電車には辟易したようだ。駅前のファーストフードで朝食を取る頃になって、「これだから日本は嫌なんだ」と愚痴を吐き始めた。
「その割には、日本が恋しかったようですが」
「日本を離れて暫くすると忘れちまうんだよな。こんなせせこましくてごみごみとした街だったってこと」
「それでもあなたの故郷でしょうに」
「都市部を離れりゃ過ごし易いんだがな。ただ足がないとどうにもならねえのがな……」
「いいところばかりを取った街というのは存在しませんよ」
マフィンにサラダ、コーンスープ。機内食と比べると簡素に映る食事を、時間をかけて食べきったシュウは、二人前をぺろりと平らげたマサキのいつも通りの食欲に驚嘆しながらファーストフード店を出た。
これで太らないのだから大したものだ。
トレーニングをしていたものの、どうかすると三人前近く食べることもあったマサキ。粗食な性質であるシュウからすれば、マサキが摂取しているカロリーは驚異的だ。だのに太ることがないのは、引き締まった身体の大半が筋肉で出来ているからなのだろう。
「ここから墓地まではどのくらいですか」
「車で十五分くらいだな」
駅前のロータリーでタクシーを拾う。ようやく吉報を報告出来ることで、心が舞い上がっているようだ。タクシーの中でのマサキは饒舌だ。
「気付けば随分長いこと、墓参りもしてねえや」
「最後に行ったのはいつですか」
「いつだったかな……前回、地上に出た時はばたばたして行けなかったしな……下手すりゃ十年ぶりぐらいになるかも知れねえ」
過酷で多忙な戦いの日々は、マサキから過去を振り返る余裕を奪ったのだろう。僅かに遠い目をして、フロントグラスに映る街並みを眺めたマサキが、「大分、この辺も変わっちまったな」しみじみと呟く。
「十年も離れていれば、当然ですよ」
「それが不義理を感じさせる気がしてな」
「すべきことをきちんとこなしていた上での不義理を、責める人もいないでしょう、マサキ。あなたは多くの人間の命を守ってきたのですよ」
シュウがそう慰めれば、マサキはマサキで考えていたことがあったようだ。困った風に眉を歪めてみせると、シュウからふっと視線を逸らして云う。
「それを親が望んでいたのかって、最近、考えちまうんだ」
それは彼が平和な世界で生きてきたことを表していた。
人間は二人揃えば対立が生まれ、三人揃えば派閥が生まれる生き物だ。そうである以上、争いのない世界など世迷言に過ぎない。幼い頃から世の中の醜悪なまでに独善的な現実を目にさせられてきたシュウは、そう思わないと生きていけなかった。けれども幼かった少年マサキには、その理屈は通じなかった。守れる力があるなら守ってみせる。利他的な理由で戦いに身を投じた彼は、シュウが生きてきた生き馬の目を抜く世界とは遠く隔たった世界で生きていたのだ。
――かくれんぼだろ、鬼ごっこだろ、田んぼの田にドッジボール……
いつぞやのドバイでの夜、マサキが幼少期の遊びについて話した言葉が、シュウの脳裏に蘇ってくる。外で日が暮れるまで遊んだ彼は、温かな夕餉が待つ我が家へと帰っていった。そして両親に今日の出来事を余すことなく伝えただろう。その、春の陽射しのように穏やかな記憶が羨ましい。シュウにとって王室という世界は、両親との温かな記憶を奪った場所でもあったからこそ。
「――でも、他の方法ではもう生きられない」
シュウは静かにマサキに云った。
今更、どうやってマサキが日常に戻れるというのか。ラ・ギアスで破竹の快進撃を続けた彼は、世界的英雄の座に就いてしまっている。知名度の高さは支持率の高さにも通じる。ラングラン国民からの支持も高いマサキを、魔装機計画に難癖を付けたがるラングラン議会であろうと手放すような真似はしないに決まっている。
そうでなければ、どうしてシュウにマサキの捜索を命じたものか。
彼らは怖いのだ。国難級の能力を有するマサキが、自分たちの知らない生き方を選択してしまうのが。仮に今回マサキが見付からなかったら、ラングラン国民はラングラン議会の――或いはセニアの管理不足を糾弾するに違いない。それだけの影響力が今のマサキにはあった。
もう、逃れることは出来ないのだ。
彼はラ・ギアスに必要不可欠な存在と化した。それは最早マサキの意志だけでは、魔装機神操者であることを下りられなくなったということだ。
それをマサキ自身も自覚しているのだろうか。そうだな。と頷くと、窓の外を流れる景色を眺めながら言葉を続けた。
「俺はこの道を往くことを決めた。それに後悔なんてない。いや、ちょっとはあったかも知れねえ。けれどもそれを深く考えている暇もないぐらいに、ラングランでの生活は忙しかった。今じゃそれが日常だって感じるくらいさ。だからこれでいいと思ってる。ただ、両親にだけは伝えたかったなって思っちまうんだ……」
シュウは僅かに目を瞠った。
あのマサキが、自分に対して素直な心境を吐露している。
シュウに弱味を見せることを避けるようにガードを固くしていったマサキ。彼はいつだって背伸びをするようにしてシュウに対抗していた。無理をしているのが窺える暴論に極論。そしてシュウに理屈で打ち返されては躍起になって張り合おうとする……感情的であるという一言では片付けられない何かが、シュウと対面するマサキにはあった。
それが周囲からの期待であったのか、それともシュウの無礼を恐れていたからなのかはシュウにはわからない。ただ、シュウと向き合うマサキは、心砕けた様子でいる普段のマサキとは大きく異なるような気がしていた。冷静で、残酷で、けれども直情的で、感情的。人間のままならなさを全て詰め込んだようなブラックボックス。それがシュウにとってのマサキ=アンドーだ。
「三千七十円になります」
住宅街の中の少し開けた土地にその集合墓地はあった。敷地としてはそれほど広くない。シュウはマサキがタクシー代を支払い終えるのを待って、タクシーを降りた。敷地を囲う低い塀の上から、咲き誇る紫陽花が顔を覗かせている。
「私はここで待ちますよ」
「何云ってるんだ、お前。お前がいねえと話にならないだろ」
マサキに腕を引かれたシュウは途惑った。
確かに、シュウは今回の事件に、自分が多大な貢献をした自覚があった。それはマサキの役を奪ってしまう勢いでもあった。とはいえ、十年ぶりぐらいになる墓参である。先ずは親子水入らずの時間を過ごすべきだろう。その上であれば、多少は……そこまで考えてシュウは首を振った。甘い考えは捨てるべきだ。
「結構ですよ、マサキ。久しぶりの墓参りなのですから、おひとりでどうぞ」
「そういう訳にもいかないだろ。来いよ。その程度のことで気を悪くするような親父とお袋じゃねえ」
腕を引っ張られたシュウは、そのあまりの力にバランスを崩した。
前につんのめった瞬間、反射的に片足が前に出る。それをマサキは同意と受け取ったようだ。シュウの腕を引きながら、ずんずんと墓石の間を抜けてゆく。
仕方なしにシュウはマサキの後を往った。手を離すとシュウが逃げるとでも思っているようだ。しっかとシュウの腕を掴んだままのマサキが、ややあって、ひとつの墓石の前で足を止める。
「ここだ」
「綺麗なものですね」
「祖先も眠る墓だからな。誰かしら来て手入れしてるんだろ」
磨き上げられた御影石に彫り込まれた家名。太陽の光を受けて艶めく墓石が、静かに佇んでいる。
「――やっと、来れたぜ。親父、お袋」
シュウの腕から手を離したマサキが、そうっと墓石を撫でた。
「随分と待たせちまった」
胸の内で様々に語りかけているのだろう。その言葉を最後に黙り込んだマサキに、野暮は無用と、シュウは胸に手を当て黙って瞑目した。そしてマサキ同様に、墓に眠るマサキの両親に語りかけた。初めに出てきた言葉は、偉大なる英雄を産み落とした両親に対する感謝だった。
――あなた方の息子のお陰で、私に所縁《ゆかり》のある世界が二つ救われました。
暗がりの中で、何かが口を開いたような声がした気がした。それが自分を責める声であったのか、それとも後を頼む声であったのか、シュウにはわからなかった。ただ、酷く温かいものに触れたような気配があった。
――そして私はあなた方に詫びなければなりません。
謝罪の言葉は上手く継げなかった。どう、何を説明すればいいかがわからない。自身の饒舌さに自覚があったシュウは、あまりにも出てこない状況説明の言葉を、自身の罪悪感によるものだと分析した。
汚してしまったのだ、自分は。安藤正樹という汚れなき魂を。
その後ろめたさが言葉を詰まらせる。
シュウは目を開いた。ありふれた墓所の風景が目の前に広がっている。他に人影はない。墓石に向き合うマサキがいるばかりの光景に、先程耳に届いたような気がした声は、自身の曇った心が生み出した幻聴であるのだと思う。申し訳ないことをした。シュウはようやく己の中にある傲慢な自分と向き合った。マサキ欲しさに無体を働いた過去の自分。その驕り高ぶった自分を、今後二度と出さないことを誓う。
欲に限りはないのだ。
それだけ、シュウが選んだ道は遠大だった。マサキに肩を並べて立つ。言葉にすれば簡単なことほど、叶えるのは難しくなる。追い詰められた自分がまたマサキに無体を働かないとも限らない。その時には、この光景を思い出そう。シュウは凝《じ》っと墓石を見詰めた。その中に、顔も知らない男女の姿がうっすらと見えた気がした。
「今日は紹介したい奴を連れてきたんだ」
長い両親との会話を終えたようだ。マサキが再び墓石に向けて言葉を発する。振り返った彼に袖を引かれたシュウは、マサキと肩を並べて墓石の前に立った。艶めく墓石は何も語らない。人気もない。遠くで鳥の鳴き声がするばかりの静寂の中で、マサキの声が明瞭《はっき》りとシュウの耳に飛び込んできた。
「俺の大事な人だ」
ほら、とマサキに促されて、シュウは頭を下げた。
「俺の大事な人だ」
ほら、とマサキに促されて、シュウは頭を下げた。
頭を下げる瞬間に、ちらと見えたマサキの口元が確かに緩んでいるのを見て取ったシュウは混乱した。恩人としてシュウを両親に紹介すると云ったマサキ。それだのに、これは。マサキの自分を紹介する言葉の曖昧さに、シュウの思考は停止した。だからこそ、空っぽの頭のまま頭を上げた。
風が薫った。
紫陽花の花の控えめな香りが、風に乗って運ばれてくる。爽やかな芳香が辺りを包み込む中、真っ直ぐに墓石を見詰めるマサキが口を開く。
「辛い時期もあった。悩んだ夜もあった。嫌な思いも随分した。それでも、俺を支え切ってくれた奴だ」
そして宙を仰ぐ。
シュウはマサキの隣で、静かに頭を垂れた。悲願を果たした彼は、今、長く辛かった道程を思い返しているのだ。それが証拠に震える肩。きつく結ばれた口唇が、彼のこれまでの苦悩を表している。
けれどもマサキは泣かなかった。
気持ちを落ち着けたかったのだろう。目を閉じて涙を堪えていたマサキが、ややあって、ゆっくりと顔を戻す。
「きっと親父とお袋は驚いてるよな。でも――」
開かれた目が、墓石に視線を注いでいる。
「俺を好きだって云ってくれたんだ」
穏やかに言葉を継いだマサキの口元に、少しして、浮かぶ笑み。幸せになるよ。そう云い切って、大人びた笑顔でシュウを振り返る。
何が起こっているのか理解出来ない――蒼穹の下、言葉を発せずにいるシュウに苦笑したマサキが、行こうぜ。と、肩を叩いてくる。そのまま、脇を擦り抜けて先導してゆくマサキの後をシュウは追った。咲き誇る紫陽花が視界の隅を覆っている。
「親ってのはさ、子どもに期待をかけてるんだと思うんだ」
墓地を往きながらマサキがぽつりと呟く。
「こうした未来に辿り着いて欲しいってさ」
暖かく、爽やかな風が北の方角から吹いてくる。
「けど、どんな道を往ったとしても、それが子どもの人生だって受け入れてくれる生き物だと思うんだよ」
墓地を抜けたマサキが、そこで足を止め、シュウを振り返った。
「覚悟しとけよ。俺は案外重いぞ」
茶目っ気たっぷりな表情だが、真剣な声。とうに振られたと思っていたシュウとしては、何故――と聞きたい思いに駆られるところだったが、突然の出来事に動揺しきってしまっている。今はとても聞けそうになかった。
「わかっていますよ、マサキ」
ただ、そう返すのが精一杯だった。
PR
コメント