忍者ブログ

あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

wandering destiny(31)
あと三回ぐらいで完結の予定です。よろしくどうぞ。



<wandering destiny>

 シュウがアラブに渡ってから二十一日目。タイフ制圧戦当日は慌ただしく過ぎていった。
 朝一でマサキを伴ってジッダを発ったシュウは、首都リヤドを経由したのち、陸路でリヤドの北にあるキング・ハリド軍事都市を目指した。ジッダからだと六時間半ほどかかる道中、マサキは始終リラックスした様子でいたが、都市部を離れれば砂漠が広がる土地だ。代わり映えのしないサウジアラビアの景色に対して、愚痴めいた言葉が多かった。
「凄ぇな。サウジアラビアにこんな巨大な軍事施設があるとは」
「娯楽施設も充実しているようですし、軍事都市の名は伊達ではないようですね。しかも要塞化されている」
 キング・ハリド軍事都市に入ったのは午後になってからだった。
 最大六万五千人が居住可能なサウジアラビア最大の軍事施設は、駐留する兵士の為に、様々な施設が併設されている。ショッピングモールに娯楽施設、病院。などがそうだ。無論、通常の軍事施設としても優秀で、各種訓練施設に修理補給施設、防空システムなどが完備されていた。
 基地内で連邦軍の作戦実行部隊と合流したシュウは、マサキと街で遅めの昼食を取ったのちに、今回の作戦を担当する実行部隊が全て参加するリモートブリーフィングに参加した。作戦の目的は、中東極右派《マウシム》の指導者ハムザの暗殺。そして、構成員リスト及び同時多発テロで使用された爆発物の設計図の入手。連邦軍としては、指導者ハムザを堕とすことでセクトの力を削ぎ、その上で構成員と思しき連中の身柄は極力確保し、同時多発テロ事件の全容解明に努める方針らしい。
 とはいえ、中東極右派《マウシム》の殲滅を目標とするシュウとマサキには関係ない話だ。「要は出てきた奴らを全員ぶっ潰せばいいんだろ」ブリーフィングでマサキの口を衝いて出た台詞は、端的に彼が今回の作戦でどう動きたいかを表している。
 ――構成員リストと設計図は確保してくれよ、マサキ=アンドー。
 ――わかってるさ。だが、残りは全員ぶっ潰すぞ。生かしておいても碌なことはしやしねぇ。
 これにはマサキを知らない実行部隊の面々は面食らったようだが、連邦軍幹部側としては、今回の作戦立案に大きく寄与する働きをしたシュウとマサキに一定の配慮をする方向でいるようだ。苦笑しつつも、「君はその方がいいのだろう」と、マサキの暴論を認める台詞を吐いた。
「いい加減、身体が痛くなってきたぜ」
「狭い座席に閉じ込められる状態が続いていますからね」
「タイフに着いたらストレッチだな。このままじゃまともに身体が動かなくなる」
 ブリーフィングを終えたのちはフライトだ。キング・ハリド軍事都市から三時間かけて、民間機に偽装した軍の輸送機でタイフに入る。作戦実行部隊の装備が積み込まれている輸送機内はせせこましく、朝から長距離移動を繰り返しているマサキはうんざりした様子だ。
「お前さあ、ラ・ギアスに戻ったら先ず何をするよ」
 それでも、未来のことを話す余裕はあるようだ。気軽に尋ねてくるマサキに、シュウはどう答えるか悩んだが、ありきたりな返事をすることにした。
「部屋の掃除に決まっているでしょう。長く家を空けてしまいましたからね」
「つまんねえこと云いやがるな」あはは。と、声を上げてマサキが笑う。「俺はプレシアが作る料理を食うぜ。レストラン食はもう飽き飽きだ」
 セニアに呼び出されたときは、直ぐに戻れるだろうと思っていたのだ。実験機関を動かしっ放しにしてきてしまった。シュウが続けてそう口にすれば、暇さえあれば研究三昧なシュウに思うところがあるようだ。お前さあ、と、マサキが呆れた声を上げた。
「もうちょっと、こう、なんかさ……他人との話題になる趣味を持てよ」
「あなたと私では知り合いが存在する階層が異なります。私の知り合いはこういった話題に飛び付く人間ばかりですよ、マサキ」
 シュウの言葉で、人間関係が大きく異なることを覚ったらしい。「お前もお前なら、知り合いも知り合いだ」そう云って、首を左右に振ったマサキが、今度は同乗している兵士たちに話を振り始めた。作戦をともに遂行する仲間として相応しいか判断したいのだろう。所属にこれまでの経歴、叙勲歴などを一通り訊くと、「万が一にも奴らを逃がすんじゃねえぞ」と、やけに凄んだ表情で念を押す。
 けれどもそれは彼なりの冗談であったようだ。直後には余裕綽々と笑ってみせると、「まあ、蟻の子一匹逃がす気ねえがな。全員、俺が仕留めてやる」きっぱりと云い切ってみせた。
 そんなマサキの様子につられたのだろう。兵士たちの口に白い歯が零れる。
「軍用ナイフで殴り込みとは聞いたことがありませんがね」
 シュウもまた笑いながら云った。
 マサキでなければ、無謀に等しい装備。軍用ナイフを握り締めて戦いの場に赴くなど、特殊任務を請け負った戦士《ソルジャー》でもなければ有り得なかった。若しくは敗残兵の特攻部隊ぐらいだ。
「とは云うがな、やっぱり業物が一番安心するからなあ。まあ、こいつが一級品かと訊かれると、そんなことはないんだろうがよ」
 マサキが肩から掛けているホルスターには、連邦軍かた支給された軍用ナイフが合計で六本差し込まれている。それがマサキの武器であり、命綱であった。それが心ともない量であるのか、過不足ない量であるのか、携行型の武器を扱わないシュウにはわからない。だが、人間の脂は切れ味を鈍くするからな。と、武器の受け取りの際にそう云ったマサキの横顔は、人命を奪うという行為に対してかなりの覚悟を決めた様子に窺えた。
「相変わらず、不味い飯を食ってやがる」
 タイフの中心地にあるタイフ・リージョナル空港に到着したのは、日もとっぷりと暮れ、宵闇が天蓋を覆い尽くしてからだった。中東極右派《マウシム》側に動きを悟られぬように、輸送機内で取る夕食。火が扱えない為、食べるのは勿論レーションだ。
 レーションの栄養価は高い。メニューも豊富だ。主食に主菜、副菜にデザート。食後のドリンクも付いてくる。だが、いかんせん独特の風味がする。レーションはあくまで軍隊での非常食であるのだ。それでも、腹が減っては戦は出来ぬ――なのだろう。文句を云いながらもしっかりとレーションを腹に収めてゆくマサキに、シュウはこの作戦に懸ける彼の意地を見たような気持ちになった。
 彼はいつだって勝つつもりで戦いに挑んでいる。
 長く戦場にいるとしがらみが増える。退くに退けない戦いに挑んで散っていった兵士を、シュウは元よりマサキも数多く目にしてきた。それでもマサキは勝つことを諦めなかった。どれだけの窮地に追い込まれようとも、不利な戦いを強いられようとも、絶対に勝ってみせるという意地。彼の気概と意地がみせる底力を、シュウは身をもって体験していた。
 白銀の大鳳、サイバスター。極彩色の人型兵器《ロボット》の群れの奥から飛び出してきたマサキが、グランゾンを討ち取った瞬間のことを、シュウは今でも昨日のことのように思い出せる。あれこそがマサキ=アンドーという不朽の操者の真骨頂。土壇場で誰よりも力強くある……だからシュウは、一見、貧弱な装備に映る軍用ナイフでも、マサキであれば大丈夫だと安心していられるのだ。
「そう考えるとこれまでの食事に有難みを感じますね」
「金にあかせていいモン食ってたからな。こいつに比べりゃコンビニ食もちゃんとしてるだろ」
「食は目からというのは真理だと思いますよ。とはいえ、味は以前と比べると美味しくなったような気がしますが」
 もうどれだけの過去となったのか、咄嗟には思い出せないロンド=ベルでの日々。食材が尽きると出てきたのがレーションだった。
 長引き、相次ぐ戦争で、品質を落とさざるを得なかったのだろう。あの頃シュウが、そしてマサキが食べていたレーションは、決して部隊員からの評判は良いものではなかった。もそもそとした食感は勿論のこと、化学薬品が混じったような味。それでも戦い続ける為には食わざるを得なかった。
「本当かよ。お前、旨いモンの食い過ぎで味覚がバグったんじゃねえか」
「舌は肥えているつもりですよ。育ちはこれでもいいのでね」
 とはいえ、パンにビーフシチュー、ピーナッツバター付きのクラッカー、大判のクッキー、そしてコーヒーとハイカロリーに偏った食事内容だ。一般的な食事量で充分に満足を得られるシュウにとって、これだけの量を食べきるのは至難の技。特に箸が進まなくなったのは、ピーナッツバター付きのクラッカーとクッキーだった。普段あまり口にしない甘い物だけに、食べ慣れなさが先に立つ。
「なんなら俺が食うぞ」
 流石は食事の度に二人前近くの量を平らげるだけはある。マサキとしては物足りなさを感じていたようで、シュウがどうぞとパッケージを渡すと、このくらい訳もないと口の中に放り込んでゆく。
「良く食べますね。これから大暴れをするというのに」
「だからだろ。やっとここまで来たんだ。エネルギー不足で身体が動かなくなっちまったら、笑い話にもならねえぞ」
 シュウとマサキが輸送機から降りたのは、作戦開始の二時間前だった。
 食後にストレッチに励んだこともあり、関節は滑らかだ。用意されていたバンに武器を積み込み、兵士たちとともに指導者ハムザの別荘への移動を開始する。
 軍用車ではなく、一般車を使用するのは、中東極右派《マウシム》に作戦を気取られない為にだ。白にグレー、様々な色合いのバンが、所定の位置に兵士たちを配置させるべく、道を分かれて南の農場地帯に向かってゆく。
 そろそろ眠りに就こうとし始めている高原の街。人けの失せた通りをバンで往けば、涼やかな風が車窓から吹き込んでくる。サウジアラビアに来てから、初めて感じる質の風。肌を爽やかに撫でてゆく空気が心地いい。
 やがて、農場地帯に入る。
 潮騒のように迫ってくる虫の鳴く声が、農村部の静かな夜を物語る。シュウは改めて指導者ハムザの別荘の間取り図に目を遣った。敷地内に三棟の建物と、ひとつの貯蔵庫がある。西棟が十室、東棟が八室、中央にある棟は十三室。それぞれの建物は、部屋数が多いものの、一般的な間取りではあるようだ。チカによれば、ハムザがどの棟で寝るかはその日の気分によるらしいが、間取りが平凡である以上、虱潰しに当たれば指導者ハムザを見付けるのは容易そうだ。
 武器や火薬の保管庫は貯蔵庫。内装を改装して、かなり合理的な武器庫にしているらしい。
 では、その武器の使い手たる構成員たちは――と云うと、マサキは農場で働いている青年たちが怪しいと見ているようだ。何でも、少なくない人数の青年たちがハムザの別荘に出入りをしているのだとか。それ以外にも別荘に常駐している職業不肖な男たちもいるらしい。恐らくは指導者ハムザのボディーガード役を務めているのだろう。かなりデキそうな連中でしたよ。とはチカの弁だ。
 志願兵制のサウジアラビアでは、国民全員が軍役経験がある訳ではない。そうである以上、農場の青年たちの戦闘力はさしたるものではないだろう。問題は指導者ハムザのボディガードたちだ。別荘と指導者ハムザの守りを任されている以上、かなりの手練れであるとみるべきだろう。
 別荘を囲うのは高さ二メートルを超える石壁。西と東に門が設えられている。人の出入りが多いのは東門。西門は御用聞きぐらいしか利用していないようだ。シュウが攻略を開始するのはこの西門から。マサキは東門からの攻略となるが、敷地の広さからして、攻略を急ぎ過ぎると討ち洩らしが出る可能性がある。暫くは門前で粘る必要があった。
「日本に戻ったらさ」
 作戦開始十五分前。そろそろバンを降りるかという段階になって、マサキが云った。
「お前も一緒に来いよ」
「何処に」
「両親の墓参りさ。親父とお袋に恩人を紹介しないといけないからな」
 そう口にする程度には、シュウの働きに感謝をしてくれているのだろうか。シュウに滅多なことでは感謝を伝えないあのマサキが、最もプライベートな部分である両親の墓にシュウを連れて行こうとしている……信じられない展開に、感慨が波となってシュウの胸に押し寄せる。それでもシュウは素直には頷けなかった。
 マサキにとって、その場は、何にも代え難い神聖な場であることだろう。夕方近くまで外で遊び回っていたという子ども時代のマサキが帰る唯一の場所だった家庭。それは幸福だった地上時代の象徴《シンボル》だ。そこに自分が軽々しく足を踏み入れていいものか――。
 返事を返せずにいるシュウに、マサキがどう思ったかはわからない。ただ、腕時計を確認すると、「そろそろ行くか」と、何ら気負いの感じられない声を発して、静かにバンを降りて行く。その後にシュウは続いた。指導者ハムザの別荘までは五十メートルほど。月が農道をうっすらと照らし出す濃い闇の中、マサキと肩を並べながら、シルエットを際立たせている建物目指して歩いてゆく。
「ヘマ、するなよ」
「あなたこそ」
「俺を誰だと思ってやがる」
「その言葉、そっくりそのままあなたにお返ししますよ」
 別荘手前でマサキと別れたシュウは外壁沿いに西門に回った。ここからはマサキを信ずるしかない。シュウはポケットからチカを出してやった。「ついに、ですね。ご主人様」暗がりに身を潜めながら、小声で囁くチカに頷く。
 チカには指導者ハムザの寝所を探してもらう予定だ。
 とはいえ、屋内戦は乱戦になり易い。銃弾が舞い飛ぶ中で、チカがどこまで動き回れるかはわからない。危険が迫ったら直ぐにその場を離れるように、そして無理はしないこととチカに云い含めたシュウは、ゆっくりとチカを空に放った。頭上で数回飛び回ったチカが、別荘の敷地内へと姿を消してゆく。
 シュウは静かに腕時計を眺めながら、その時が来るのを待った。
 マサキが主でシュウが従となる以上、シュウがすべきなのは陽動だ。その為にも、一発目の魔法は派手に打たなければならない。作戦開始まで残り一分を切ったところで、シュウは西門から少し離れた位置に陣取った。魔法の高速詠唱《スピードスペル》は効果が小さい。一撃で門を破壊するには、時間をかけた呪文の詠唱が必要だった。
 ――疾風の刃よ、業火の剣よ。我が眠りを妨げし者、風と炎の盟約において、今ここに力を放て!
 シュウの眼前に炎が舞い上がる。続けて、背後から吹き付ける突風が、炎を巨大な火球へと変えた。シュウの額に滲む汗。手足が千切れそうなまでに焼け付く空気に、息をするのもままならない。シュウは両手を門に向けて突き出した。空気が暴れ回る。風に押し出された火球が門を押し潰した。かと思うと、派手に火の粉を散らしながら爆散する。
 ジャケットに付いた煤を軽く手で払って、シュウは門の残骸の上に立った。
 手前の建物から早くも銃を構えた男たちが飛び出してくる。その数、五人ほど。一斉に銃口をシュウに向けてきた彼らに、シュウは口元を大きく歪めた。直後に響き渡る発砲音。コートの裾を掠めた銃弾に、シュウはクックと嗤い声を上げずにいられなかった。
「|Превратиться в стену《壁となれ》.」
 続けざまに撃ち出される銃弾を魔法で払って、シュウは軽く呼気を吐いた。ここからは如何に素早く魔法を繰り出せるかがカギとなる。迷っている暇はなかった。それでも云いたいことがひとつだけあった。シュウは五人の男たちの前に躍り出ながら、声高らかに宣言した。
「さあ、行きますよ! 私に手間をかけさせた代償を支払ってもらいます!」
 そして高速呪文《スピードスペル》を発動させる。
 呼気に紛れて放たれた呪文に、起こる発火。突如として服に点いた火に二人が怯んだ。彼らが地に転がって火を消す傍らで、残りの三人が発砲を試みてくる。「無駄なことを」シュウは弾倉《マガジン》が空になる勢いで砲撃を仕掛けてくる三人の続けざまの攻撃を魔法で薙ぎ払った。そして、隙を突いて高速呪文《スピードスペル》を唱えた。
 続けては風だ。
 巻き起こった旋風が服に点いた火を舞い上がらせる。髪に点いた火に三人の男が慌てだすも、時既に遅しだ。シュウは更に魔法を繰り出した。土の魔法。石つぶてが五人の男に襲いかかる。立て続けの魔法での攻撃に、何が起こっているのかわからないのだ。男たちが喚きながら発砲を始める。
「退けば救いがあったものを」
 自らに迫る弾丸を払い切ったシュウは、攻撃の間隙を縫って魔法を発生させた。砂塵が視界を覆い尽くす。一寸先の光景も判然としない中、シュウは男たちの気《プラーナ》を探った。後続のボディガードが来たようだ。七つに増えた気配が、砂嵐の中で左右に散っている。
 息を潜めて機を窺う作戦に出るようだ。視界が利かない中での発砲はリスクも高い。止んだ銃撃にシュウは口の端を引き上げた。魔法戦に地上戦での定石《セオリー》は通用しない。何故ならこれは自然現象ではなく、シュウが魔法で人為的に引き起こしている現象だからだ。
「Веди меня《導け》.」
 シュウは高速呪文《スピードスペル》を唱えた。
 砂嵐が収まりを見せつつある中で、起こるタイムラグ。シュウの姿を探している彼らに引導を渡すのは今だ。魔法で風を起こしたシュウは、その気流に乗って西棟の屋根の上に立った。そして、姿を消したシュウを探す七人の男たちを眼下に眺めながら、静かに魔法の詠唱を始めた。
 ――天より轟きし裁きの雷《いかづち》よ、我が名に従い使命を果たせ!
 シュウの言葉に呼応して、晴れ渡る夜空の奥から、鋭い雷《いかずち》が宙に細い柱を作りながら地面に降り注ぐ。目に焼き付く鋭い電撃の光が、一瞬、シュウの視界を奪った。轟雷に耳鳴りがする。静かに目を開いたシュウは、地面に倒れ伏している七人の男を見下ろしながら、わかり切った結末に無表情でいた。
※ ※ ※
 暫く、裏門付近で陽動を続けたシュウは、ボディガードが途切れたところで、西棟の制圧を始めることにした。倒したボディガードの数は十一人。如何に広大な敷地を誇る別荘とはいえ、中にいる人数はそこまでではない筈だ。チカの下調べでも、常駐しているボディガードは二十人強だと聞いている。指導者ハムザの身辺警護をしている者もいるだろう。半数近くを斃した以上、この場所で粘るのは得策ではない。そう判断して西棟内部に足を踏み入れる。とはいえ、中に誰かがいないとも限らない。指導者ハムザの居場所を調べに向かわせたチカの戻りもまだだ。慎重に一部屋、一部屋と確認を進めながら、西棟を攻略してゆく。
 どうやら裏門に飛び出してきたボディガードは西棟に詰めていたようだ。随所に生活痕が残っている。必要なのは指導者ハムザの命と中東極右派《マウシム》の構成員リスト、そして同時多発テロに使用された爆発物の設計図だ。彼らが残した荷物を改めながら、シュウは先を往った。
 構成員リストの一部とテロの計画書を発見したのは、書斎と思しき場所でだった。イエメンとヨルダンにおける中東極右派《マウシム》構成員リスト――指導者ハムザが別荘を所有しているのは、イエメン、UAE、イスラエル、ヨルダン、クェート。アスラハの取引先の中で、不審なデータを有していた企業が本社を置く地域と合致している。恐らくそれらの企業も中東極右派《マウシム》との繋がりがあるのだろう。構成員リストを上着のポケットに仕舞ったシュウは、テロの計画書に目を通した。残念ながら、新たなテロの計画書ではないようだ。立て続けに大掛かりなテロを終えたばかりだ。組織の資金的な問題もあるに違いない。だが、これだけでも充分な証拠にはなる。シュウは過去のテロの計画書も上着のポケットに仕舞い、もう一度西棟の各部屋をチェックしてから外に出た。
「ご主人様、探しましたよぅ」
 玄関を出るとチカがいた。
 目当ての情報を持ち帰ってきたようだ。とはいえ、戦場と化している別荘内を飛び回ったからだろう。元気溌溂という訳にはいかないようだ。僅かに艶を失っている羽根。肩にふわりと舞い降りてきた彼に、シュウは早速尋ねた。
「ハムザの居場所がわかりましたか」
「今日は東棟だったんですが、マサキさんが殴り込んだので……」
「中棟ですね」
「書斎に入るのは見ました。通路の奥にある部屋です。三人ほどボディガードが付いています」
「マサキにこの情報は」
「あっちは肉弾戦ですよ。そんな余裕ありゃしませんて」
「行きなさい、チカ」シュウはチカを空に放った。「マサキの禍根です。私が全てを片付けてしまう訳にはいきません」
「ひぃ、スパルタですねえ。でも、そういうご主人様があたくしは気に入ってますよ」
 余裕はまだあるようだ。くけけと笑ったチカが東の空に姿を消す。
 シュウは次の動きを考えた。選択肢は三つある。
 中棟に入るか。東棟に向かうか。それともこの場に留まって、指導者ハムザの脱出を阻むか。
 この急場だ。指導者ハムザが重要な書類を処分してしまわないとも限らない。探索は早めに終わらせる必要があった。また、マサキの進捗も不明だ。西棟に構成員リストの一部とテロの計画書があったということは、東棟にも何某かの書類がある可能性がある。早めの合流を目指して、手分けして探索を進めるべきか……悩んだシュウは中棟に向かうことにした。指導者ハムザを更に移動させない為にも、中棟の封鎖が先だ。目標の優先度は指導者ハムザの暗殺が一番高い。下手に動き回られて、敷地内から出られては手柄を軍の作戦実行部隊に奪われてしまうだろう。それではマサキが不憫だ。
 シュウは周囲を警戒しながら、中棟に近付いて行った。
 攪乱か、それとも陽動が。建物に煌々と点く灯りがシュウの行き先を照らし出している。シュウは灯りを避けて、植え込みの陰に身を潜めた。中の様子を窺うが、窓明かりの奥に人影らしきものはない。指導者ハムザも建物の中で息を潜めているのだろう。と、中棟の玄関口の方から発砲音が轟いた。マサキが到着したのだろうか? シュウは灯かりに身体を晒さぬよう気を付けながら、中棟の外壁を回り込んだ。
「遅えぞ」
 玄関口に着くと、既に戦闘は終わった後であったようだ。玄関口のステップに立ったマサキがぼやいた。その奥に血を流して倒れている男がひとり。所有しているのはマシンガンだったようで、直ぐ近くに転がっている。
「ハムザは?」シュウは尋ねた。
「お前の使い魔が云うことが正しければ、奥の書斎にいるってことになるらしいが」
「その割には静かですね」
 シュウは辺りを見渡した。玄関口脇に植え込まれている木の上にチカがいる。
 どこか疲労した様子であるのは、別荘内を飛び回ったからか。それともマサキと敵の乱戦に巻き込まれでもしたか。羽根を繕っていたチカが、シュウの視線に気付いて口を開く。
「奴らが出るところは見ていませんよ、ご主人様」
「あなたの目はふたつしかないのですよ、チカ」
「うーん。確かに、窓からこっそり抜け出されたら、あたくしのこの目をもってしても見逃してしまう可能性はありますが」
「情けねえ使い魔だな」この期に及んでマイペースな使い魔に、マサキが忌々し気に舌を打つ。「まあいい。全部探し回りゃいいだけだ」
 切り替えの早さは、流石歴戦の覇者だけはある。替えの軍用ナイフに持ち替えたマサキが、引き締まった顔つきでシュウを振り返った。
「行くぞ。フォローしろ」
「云われなくとも」
「あたくしは」
 チカの声にシュウは振り返らなかった。
「別荘内部の巡回を。残っているボディガードがいないとも限りません。勿論、ハムザも」
「わかりました」
 空に飛び立つ小さな黒い影。小さな羽音が遠ざかるのを聞いたシュウはマサキの後に続いて玄関を上がった。
 中棟の玄関口は、建物の南西側にある。本丸の書斎は北東。正面に伸びる通路はここにはない為、先ず右手側に折れる必要がある。ナイフを構えて玄関の影に身体を潜めるマサキが、シュウに視線を向けた。呼吸を合わせて通路に踊り出る。
 だが、そこには人の気配はなかった。
 正面に短く伸びる通路と左手側に折れる通路――シュウが頭に叩き込んでいる間取り図通りであるならば、短い通路の先には浴室とトイレがある筈だ。三人のボディガードがハムザの傍を離れもしまいだろうが、何処に何が隠されているかもわからない。構成員リストと設計図を見付け出さななくては。シュウはマサキに目配せをしてから、気配を殺して正面の短い通路を行った。一瞬、左手側の長い通路に身体を晒す形になったが、敵はこちらの動きを見ていないのか。それとも油断を誘っているのか。銃撃は起こらなかった。
 バスに入る。十二畳ほどはありそうだ。室内の半分ほどを占める浴槽に湯は張られておらず、中を見渡せる状態だったが、特に何かがある気配はない。洗い場にはガラス張りの一人用シャワールーム。シャワーで済ませたいときはこちらを利用しているのだろう。微かに床が濡れているが、目立っておかしなところはなかった。
 念の為、シャンプーボトルなどを確認してみるが、中には溶剤があるだけで紙片の類は入っていない。
 シュウは最後に残った洗い場を確認した。洗い桶に風呂椅子、シャンプーボトルなどを検める。だが、矢張りと云うべきか。何かが隠されている気配はない。脱衣所も確認したが、ここにもリストの類が隠されている様子はないようだ。
 トイレに入る。
 タンク式の洋式トイレがある。試しに流してみると、詰まりはないようだ。下水に繋がる排水溝に何も隠されていないことを確認したシュウは、続けてトイレのタンクの蓋を開いた。そして息を呑んだ。ジッパー式の透明なポリ袋で何重にも覆われた何かが、タンク内に張り付けられている。中身を濡らさないように慎重にポリ袋を剥がす。取り出してみれば、どうやらUSBメモリであるようだ。
 中に入っている情報が気になるが、今は確認をしている暇はない。コートの内ポケットに収めて、通路に戻る。
「何かあったか」
 真っ直ぐに伸びる通路を挟んで反対側に身を潜めているマサキが尋ねてくる。
「トイレのタンクの中にUSBメモリ隠されてましたよ」
「そりゃ凄ぇ。中身が楽しみだ」ひゅう。と、マサキが口笛を吹く。「そういや東棟の寝室で発注書の束を手に入れたぜ。マットレスとベッドの隙間に隠してあった。俺にはさっぱりな部品ばかりだったが、お前ならわかるんじゃないか」
 マサキがジャケットの中から発注書の束を取り出す。それを受け取って中身を確認したシュウは、英語で書かれている品名に眉を顰めた。信管にリード線、基盤、CPU……全ての部品を組み立てれば、高性能な時限爆弾が作れそうである。
 シュウは自身の見立てをマサキに伝えた。
 発注書の日付からして、これからのテロに使用する為に取り寄せるつもりであったのだろう。それに気付いていたようだ。成程な。と、頷いたマサキが溜息を吐く。
「私たちの強襲に慌てたようですね。こういった大事な書類を残して逃げるなど」
「そうだな。けれども、お陰で情けをかけずにやれそうだ」
 僅かに頭を出して、通路の奥の部屋を窺ったマサキが目付きを鋭くする。
 果たして、中に指導者ハムザとボディガードたちは残っているのだろうか……ぴったりと閉ざされた書斎の扉。静けさが満ちる通路に、行くか。意を決した様子でマサキが立ち上がった。
「走るぞ、ついて来い」
 シュウはマサキに続いて長く伸びる通路を往った。だが、敵の気配らしきものがどこからも感じ取れない。
「何だ? 逃がしたか」
 扉の脇に身を寄せたマサキが、狐に抓まれたような表情でシュウを見る。
 攻撃を仕掛けてくるのであれば、これ以上の好機はない筈だ。現にシュウは敵が扉を撃ち抜いてくると思っていた。彼らが所有している武器にはそれだけの能力を有する銃がある。なのに、何故――シュウは書斎の扉に手をかけ、勢い良く開いた。同時に素早い身のこなしでマサキが室内に乗り込む。マサキに続いたシュウは室内を見遣って唖然とした。
 誰もいない。
 全ての窓は内側から施錠されている。「どういうことだ」首を傾げるマサキに、シュウは室内を細かく検めることにした。部屋の中央にはどっしりとした重厚なフォルムのデスク。東側に並ぶ書棚に、西側の古びた暖炉。そして暖炉の左脇には壁に嵌め込まれた鏡と絵画。右側にはシュウの半分の高さになる金庫もある。だが、どこにも荒れた様子がない。この部屋から逃げるのに、ハムザは何も持ち出さなかったようだ。それがシュウに不審を抱かせる。
 構成員リストやテロの計画書、中身が不明なUSBメモリ。それらを放置してここに指導者ハムザが篭ったということは、
「誰も残っていないみたいですよー……って、ご主人様? どうしましたか」
 呑気な声が響いたのはその瞬間。舞い込んできたチカの報せに、「本当ですか、チカ」シュウは辺りを警戒しながら続けた。
「あたくしの目がふたつしかないって云ったのは、ご主人様なんですがねえ。でも、あたくしなりにちゃんと見てきましたよ。この別荘にはもう誰もいません。って、ハムザとやらはどうしたんです」
「消えてしまったのですよ」シュウはこれまでの経緯を説明した。「窓に内側から鍵がかかっている以上、ここから出たのではないのは間違いないのですが」
「他の部屋に身を潜めてるんじゃないですか。あたくしがちょっと目を離した隙に。そこからそうっと出れば、あたくしたちの目を盗んで出られなくもないですしね」
「探すぞ」マサキが動く。
 他の部屋の探索をせずに書斎に突入したことを思い出したようだ。書斎を出て行こうとするマサキに、シュウは続くか迷った。チカが目を離していた時間がある以上、そのタイムラグの間に、指導者ハムザたちが別室なりに移動した可能性は否めない。だが、何かが引っ掛かる――シュウは辺りに目を凝らした。
 暖炉だ。
 古びた暖炉のマントルピースの右上の角の辺りが、矢鱈と磨かれているように映る。
 チカにマサキを呼び戻すよう伝えたシュウは、マントルピースの右上の角周辺を調べた。細やかな装飾が施されたフレームの影にスイッチのような突起物がある。どうやら何度も押されている内に、そこだけ擦れたようだ。「何だ?」戻ってきたようだ。シュウの背後から顔を覗かせたマサキが尋ねてくる。
「スイッチのようです」
「押したら何が出てくるかわからねえものを仕込みやがって……」
「押しますよ」
「ああ」
 軍用ナイフを構えたマサキが暖炉の前に陣取る。シュウはゆっくりとスイッチを押した。ガゴン。と鈍い音を立てて、何かが開いたような音がした。同時に、暖炉の左手側にあった鏡の中から、銃を構えた男が三人飛び出してくる。「マサキ!」シュウは声を上げた。鋭い発砲音が立て続けに上がる。
「|Превратиться в стену《壁となれ》!」
 咄嗟に高速呪文《スピードスペル》を詠唱するも、間に合いそうにない。
「くそ!」
 短く悲鳴を上げたマサキの姿が視界から消える。俊敏性を発揮して床に伏せたようだ。だが、敵も諦めない。追撃の銃声。床を転がって逃げ回るマサキが、デスクの影に隠れる。シュウは窓際からデスクの裏側に回り込んだ。左肩を銃弾が掠めたようだ。裂けたジャケットの下から覗く肌が血に濡れている。
「バックアップだ!」
「わかっています!」
 直後、腰を低くして飛び出したマサキに、意表を突かれたようだ。三人の男たちの動きが鈍る。その一瞬の隙をシュウは見逃さなかった。「|Взлетайте высоко《舞い上がれ》!」足元から吹き上がった突風に、三人の男が僅かにバランスを崩す。
 それだけで充分だった。
 身のこなしも軽やかに、そしてしなやかに。三人の男の間をマサキが駆け抜ける。同時に噴き上がる血飛沫。的確に銃を握る手を狙ったマサキの攻撃に、彼らの手から銃が落ちた。こうなればマサキの独擅場だ。痛みにもんどり返っている三人の男に突き立てられる軍用ナイフ。ひとり、またひとりと短く声を上げて斃れてゆく彼らに、「本望だろうよ」マサキが小さく呟いた。
「なあ、おっさん」
 開いた鏡の奥にぽっかりと空いている空間を見て続けたマサキに、シュウはデスクの裏側から前に出た。暗がりの奥に白く長い髭を蓄えた壮年の男が立っている。身に纏っているゆったりとした衣装はガラベーヤだ。足首まですとんと下がったストレートなシルエット。ゆっくりと前に進み出てきた男は、マサキとシュウを交互に見遣って何事か言葉を吐いた。
「――――?」
 アラビア訛りの強い英語は良く聞き取れなかったが、どうやら「たった二人か」と尋ねているようだ。
 これが、ハムザ=ビン=マンスール=アル=アダウィー。中東の蜃気楼と呼ばれたテロ組織、中東極右派《マウシム》の指導者。
「|お初にお目にかかります、指導者ハムザ《It's a pleasure to meet you for the first time, Leader Hamza.》」
 慇懃に英語で返したシュウに、けれどもハムザは冷ややかだった。鷲鼻の凶面。鋭い瞳が垂れた前髪の間から覗いている。流石は、テロ組織の指導者だけはある。居丈高にふんと鼻を鳴らしたハムザは、問答のように言葉を継いだ。
「|栄華というものは儚いものだ《Glory is fleeting.》」
「|血に濡れた道を栄華と仰る《They call a blood-stained path "glory."》」
「|我々の志は潰えぬ。私が死んだ程度ではな《Our aspirations will not be extinguished.My death alone wouldn't suffice.》」
「|それはどうでしょうか《How about that?》」
 シュウは静かな、けれども確かな怒りを覚えた。この男の狂的な『教え』のお陰で、何人が死んだのか。けれども、それをこの自分の立場に酔っているらしい男に問うても状況は変化しない。終わらせるのだ、全てを。シュウは口を閉ざしてマサキを見た。真っ直ぐにハムザの顔を見据えていたマサキの表情から、瞬間、力が抜けた。
「あんたに会ったら聞きたいことがあった」
 そのボトルグリーンの瞳は、ハムザを見ているようで、何も映してはいなかった。
「けれどもそんなのどうでもいいよな。あんたの答えはもう出てる。でなきゃあんなに人は殺せねえ」
 いつも通りの声でそう云ったマサキが、何ら前触れなく手を振った。
 刹那、ハムザの首から血飛沫が飛び散る。苦悶の表情でその場に膝を突いたハムザに、シュウは冷ややかな視線を注いだ。たったふたりの異分子に別荘を制圧され、殺されたのだ。偉大なる指導者の死に様としては最悪の部類に入るだろう。それでどうにか溜飲を下げる。
「お前には精霊界は扉を開かねえ。地獄で煉獄の炎に焼かれ続けろ」
 冷え冷えとしたマサキの声が静まり返った書斎に響き渡る。
 暫しの沈黙。ややあって、ハムザの死体を一瞥したマサキがシュウを振り返る。その引き締まった表情からは、両親の仇を斃したという感慨は窺えない。まだやるべきことが残っているとわかっているのだろう。「やるぞ」と短く声を上げたマサキに、シュウはここからが本番だと、探索が手付かずな書斎を見渡した。







PR

コメント