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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

家族の肖像(三)
大丈夫ですか、@kyoさん?
この調子で甘えさせられますか?

と不穏な前書きなんですけど、ちちち違うんですよ!私にその気は滅茶苦茶あるんです!
ただ、マサキが……マサキが……嫌になるほど甘えてくれない……ッ!

仲のいいゼオルートとマサキを書ければ御の字だと思い始めている@kyoさん。
このシリーズ、ぐるぐる回る私を愛でる作品になっている気がします……。
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<家族の肖像>

 レストランに喫茶店、キッチンカーと、百メートルほど続く大通りにある食べ物屋を全て見て回ったマサキは、様々な店のハンバーガーを見ている内に、どれが一番自分の食指を動かすものなのかわからなくなったこともあって、ゼオルートが最初に勧めた店に入ることにした。
 大通りの賑わいとは裏腹に、折れた先にある路地はひっそりと静まり返っていた。人もまばらな道を暫く行った先にあるこじんまりとした喫茶店。ゼオルートに先導されるがまま店の入り口を潜ったマサキは、点々と埋まっている座席の奥に居場所を定めると、早速メニューブックを開いた。
 手捏ねのパテと自家製のパンズに野菜をたっぷりと挟んだハンバーガーは、店の看板メニューなようだ。メニューブックの最初に載っているハンバーガーに、肉にしっかり味が付いていて美味しいですよ。そう勧める割には、自身はパスタで昼食を済ませるつもりでいるらしい。マサキの分も一緒に|注文《オーダー》を済ませたゼオルートは、流石に喉が渇きましたね。テーブルに届けられた水を飲んで、はあ、と大きく息を吐いた。
「ところで、買う物は下着とシャツだけですか」
「靴も欲しかったりするけどな。割と直ぐ駄目になっちまうし」
「靴は大事ですね。剣技の型は足にあり。きちんと大地を踏みしめられなければ、剣を振るのでさえままならなくなります。その為にもちゃんとした靴が欲しいところですね。そういえば、大通りにオーダーメイドの靴屋がありますよ。どうです、行ってみますか?」
「オーダーメイド……か」思いがけず大きくなった話に、流石にマサキも躊躇った。「そこまで大袈裟なことにしなくてもいいんだけどな」
 着るもの履くもの既製品ばかり。これまでそういった生活しかしてこなかったマサキからすれば、自身の身体に合わせて作られる一品物の商品は高根の花でしかなかった。長持ちはするが、その分高く手入れの手間もかかる。マサキの中のオーダーメイド商品に対するイメージはそれだ。
「既製品を使うよりは長持ちしますよ。靴は万事の元。きちんとしたものを誂えても損はないでしょう」
「でも、手入れとか面倒なんだろ」
「大した手入れは必要ありませんよ。湿気を避けておくぐらいで充分に長持ちします」
 決してまめまめしい性格ではないことに自覚があるマサキは、オーダーメイドという言葉だけで弱腰になったものだが、そういったマサキの性格を知っている筈のゼオルートはそれでも呑気なもの。試しに一足だけ持ってみてはと続けて口にした彼に、うーん。稽古を付けてもらっただけでも底が薄くなる今の靴に不自由を感じていたマサキは唸った。
「いや、でも、やっぱり手入れが出来る気がしねえ。それに、オーダーメイドってなっちまうと、日常的に履くのには勇気が要るだろ。ましてや稽古なんかで履き潰すのが前提なんだし。俺としては、もうちょっと気軽に履ける靴の方が……」
「まあまあ、マサキ。そこまで堅苦しく考えることはないですよ。取り敢えず見てもらうだけ見てもらってみて、その上で作るかどうか決めてもいいでしょう。まだ時間はたっぷりありますしね。いずれにせよ、靴はきちんとしたものを履かなくてはなりませんよ。何をするにしても足が資本なのですから」
「健康オタクみたいなことを云うな、おっさん」
 店員が先に届けにきたドリンクを受け取ったマサキは、話に一区切り付けようとそれに口を付けた。仄かな酸味が利いた甘いオレンジジュース。蜂蜜入りと書かれていたが、くどさはそこまで感じない。
「剣技というものは、身体のバランスの取り方で型が変わるものであるのですよ。あなたは本能的にしていることですが、本来、自分が思った通りに剣を振れるようになる為には、足の力を身体にどう伝えるのかが重要で――」
「待った」マサキは手を突き出してゼオルートを制した。「そういう話はまたの機会にしてくれ」
 確かにマサキがこの街に足を運んだのは、プレシアにゼオルートを外に連れ出すように頼まれたからではあったが、日頃ラングランの雄大な自然の中で過ごしてばかりとあっては、久しぶりの街の賑わいを気兼ねなく愉しみたくもなったもの。
 そう考えるとやりたいことも見えてくる。
 射的にスマートボール、くじ引き……買い物のついでに遊んで行くのも悪くない。何せ時間を潰せば潰しただけ、準備に時間をかけたいプレシアの思惑に沿う結果となるのだ。マサキは今後のスケジュールを頭の中で組み立てた。どこかでゼオルートへのへのプレゼントも手に入れなければ。
「靴の話を持ち出したのは、あなたなんですがねえ」
 丸眼鏡の奥の瞳を瞬かせながら物惜しそうに言葉を放つゼオルートに、いや、まあ、それはそうなんだがな……マサキは口籠った。今のところ彼の口から自身の誕生日の話題が出てくることはなかったが、いつどこでマサキたちの企みを気取らないとも限らない。何をプレゼントしようか。頭を悩ませながら、マサキは次いでテーブルに届けられたハンバーガーにかぶりついた。
「美味いな、これ」
「でしょう? 肉の触感を適度に残しつつ、スパイシーに仕上げているのですよ」
 店の看板メニューだけはある。噛めば噛むほどに肉の旨味が感じられるハンバーガーは、ひとつでは物足りないと感じさせるぐらいの美味さだ。たっぷりと詰め込まれた野菜が、肉に練り込められたスパイスを上手い具合に中和している。
 空きっ腹に沁みる肉の味わい。立て続けに口の中にハンバーガーを放り込んでいると、何を思ったか。不意にゼオルートが口を開いた。
「まあ、プレシアの料理には敵いませんがね」
 自身の愛娘を目に入れても痛くないといった勢いで大事にしているゼオルートは、時にマサキが閉口するような彼女への褒め言葉を口にしてみせる。その大半を微笑ましいと受け止められるマサキではあったが、流石にこの場面でのこの台詞にはひと言返したくもなったもの。
「こんなところで親馬鹿を発揮してるんじゃねえよ。何だよ、その対抗心は。プレシアが聞いたら怒られるぞ」
「いや、はは……そういうつもりではないんですがね」
「他にどういうつもりがあるんだよ」
 マサキはハンバーガーの最後のひと口を口の中に放り込んだ。
 ゼオルートの皿のパスタはまだ半分ほど残っている。それを彼がゆっくりと片付けてゆくのを、付け合わせのポテトを食べながら待つ。
 プレゼントを何するかはまだ決まっていない。
 酒にするか? マサキは思った。親交の深い知り合いを訪ねて方々へ出かけて行くゼオルート。彼らにとって酒はコミュニケーションの手段であるらしく、その場で飲み会になることも珍しくない。誘われれば断ることのない人柄とはいえ、きっとゼオルート自身も酒好きであるのだろう。ちょいちょい口実を付けて自宅で晩酌を始めるゼオルートは、ひとりで飲む酒が寂しいのか。ついでとマサキに酒を勧めてくることも多い。
 いい酒の一本や二本でも買えば、それだけでプレゼントとしての格好は付く。けれどもそれでいいのだろうか? マサキは頬杖を付いて指先で抓んだポテトを弄んだ。よくよく考えてみれば、人付き合いの幅が広い割には趣味らしい趣味のない男。剣聖という栄誉に与っている剣術にしても、努力を他人に見せることをしない性格だからか。好きなのは確かだろうが、どこまで本気で取り組んでいるのかマサキにはわからない。
「なあ、おっさん」マサキは一向に決まらないゼオルートへのプレゼントに、ヒントを求めて口を開いた。「俺の買い物もそうだけどさ、おっさんは何か欲しいものとかないのかよ。久しぶりの街だろ」
「欲しいもの、ですか?」マサキに向けられた瞳が瞬く。
「俺の用事にばかり付き合わせちゃ悪いって思ってさ」
「そうですね……」宙に視線を彷徨わせたゼオルートが、ややあってマサキに視線を戻す。「そろそろ写真立てが古くなってきているので、いい物があったら欲しいとは思っていますが」
 マサキは合点がいった。リビングのサイドボードの上に置かれている写真立ては、長年、陽の当たるその場所に飾られ続けているからだろう。そろそろ縁が欠けそうになっていた。そこに収められているプレシアの母親――即ちゼオルートの妻の写真を不憫に感じていたのは、マサキだけではなかったようだ。
 高級酒と写真立て。
 悪くない。マサキは口の中で呟いた。


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