そろそろ終わりも近付いてきたので云いますと、プレシアに頼まれてゼオルートを街に連れ出したマサキが、帰る時間を引き延ばす為に甘える話になる筈だったんです。いやもう甘えはどこ行ったって話になってますけど……
流石に残りの日数的にもう一話やるのは無理があるので、またいつかにはなりますが、ゼオルートとマサキは書きたく思います。親子なふたりを書くの楽しいなと思ったので……
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流石に残りの日数的にもう一話やるのは無理があるので、またいつかにはなりますが、ゼオルートとマサキは書きたく思います。親子なふたりを書くの楽しいなと思ったので……
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<家族の肖像>
大通りにある洋品店でシャツと下着を買ったマサキは、次はオーダーメイドの靴屋だと張り切るゼオルートの隙を突いて、通りがかったばかりの小洒落た雑貨店に足を踏み入れた。
自身の欠点である方向音痴もこういう時には役に立つ。ゼオルートはきっとマサキを探し回るだろうが、迷ったと云い張れば目的が悟られることはないだろう。いらっしゃいませ。細々とした雑貨が所狭しと並べられた店内を、荷物をぶつけないようにしながらマサキは静かに見て回った。
木製に真鍮製。そして銅製。ややあって見付けた目的の品。陳列棚の一角に並ぶ三種類の写真立てを眺めて、暫く悩む。
どことなくアンティークな雰囲気を漂わせてはいるが、特に凝った意匠が施されている訳でもない。ありきたりな写真立て。果たしてどれを選ぶのがベストな選択なのか。迷いに迷ったマサキは、自分ひとりで決めるのは限界だと、奥で店番をしている若い女性を呼んだ。
「何かお目当ての商品がおありですか」
彼女に目的を明かし、他に写真立てはないかを尋ねる。
「そういうことでしたら、これは如何でしょう」
彼女が持ち出してきたのは、細やかなアラベスク模様が美しいニッケル製の写真立てだった。
これならゼオルートやプレシアにとって大事な写真を飾るのに相応しい。照明の光を受けて眩く輝く銀色の写真立ては、雑貨というより良く出来た調度品のようだ。マサキは直ぐに購入を決めた。プレゼント用にラッピングしてもらった包みを、自分の荷物の中に紛れ込ませて店を出る。
そして酒屋に向かった。
重度の方向音痴ではあるものの、百メートルほどの大通り。人波に沿って歩いて行くと、程なくして酒屋の看板が目に入った。迷わず店に飛び込み、とにかく高い酒を――そう店主に頼んで、勧められるがまま30年物のワインを購入する。それを写真立て同様に自分の荷物に紛れ込ませたマサキは、思った以上にすんなりと目的を達せたことに満足しながら店を出た。
後は動かずに待っていればいいだけだ。マサキは大通りの中央で店を開いているキッチンカーに近付いた。周囲に休憩用のベンチがあるだけあって、かなりの賑わいをみせている。何を売っているのかと覗き込んでみれば、どうやらソフトクリームであるようだ。
丁度デザートが食べたいと思っていたところでもある。マサキはバニラをひとつカップで買い、空いたベンチに潜り込んだ。そのまま、デザート代わりのソフトクリームを食べながら、ゼオルートが自分を見付けてくれるのを待つ。
「どういうことです、マサキ……」
よもや呑気にソフトクリームを食べているとは思ってもいなかったようだ。十分ほど経った後、人波を掻き分けるようにして姿を現わしたゼオルートが、脱力しきった表情で隣に腰掛けてくる。
「ただ黙って待つのも寂しいから買ったんだよ。美味いぜ、ソフトクリーム」
「心配しましたよ。いきなり姿が見えなくなるのですから」
余程必死になって探し回ったようだ。微かに乱れている髪。悪かったよ。立ち上がったマサキは、謝罪の言葉を口にしながら空になったカップをゴミ箱に放り込んだ。
「でも、おっさんが云った通りちゃんと待ってただろ」
「そうですね。けれど、ここはもう何度も探した筈なのですが」
「見逃したんじゃないか?」本当のことを口に出来ないマサキは惚けるしかない。「人が入れ替わり立ち代わり座りに来てたしさ」
そう誤魔化しにかかるも、ゼオルートはマサキの言葉を鵜呑みにする気はないようだ。それだけの時間、彼とはぐれていたということでもあるのだろう。真剣な表情。ベンチに腰掛けたまま、顔を上げて|凝《じ》っとマサキの顔を見詰めてきたゼオルートは、「実はもっと遠くまで迷ってたりしませんか、マサキ? あなたのことです。大通りを外れて住宅街まで行ってしまっていたとしても私は驚きませんよ」
「そりゃ確かに、俺は街を出ても迷ってることに気付かないぐらいの方向音痴だけどな……」
丸眼鏡の奥の真摯な眼差しに、心の奥底まで見抜かれているような気分になる。いたたまれなくなったマサキはゼオルートから目を逸らした。それが増々ゼオルートの疑念を深めたようだ。
掴まれた手。マサキの両手を引いたゼオルートは、隠し事をしている幼子を目の前にしているような口調で言葉を継いだ。
「怒らないから云ってごらんなさい。どこまで行ったんです?」
「いや、ちょっとその辺を歩いたぐらい……」
「本当ですか? その割にはあなたの姿を全く見かけなかったのですが」
「偶々擦れ違っちまったんだろ」マサキは腕を引いた。「それより、早く靴を買いに行こうぜ。俺、その後にやりたいことがあってさ……」
マサキに促されて立ち上がったゼオルートは、やりたいこと? 怪訝そうな表情で尋ねてくる。
そうだよ。マサキはゼオルートに笑いかけた。この街に来て出来た目的のひとつは、買い物よりもマサキの胸を弾ませてくれるものだ。早速とその袖を引いて歩き始めたマサキは、少し歩いたところで、マサキの目的の予想が付かずにいるらしい。何事か考え込んでいるゼオルートを振り返った。
「射的がやりたいんだ。プレシアに土産にぬいぐるみでも取って帰ろうかと思ってさ。おっさんもやろうぜ」
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そういうことなら。家に置いてきた愛娘のことが気掛かりでもあったのだろう。安堵した様子で頷いたゼオルートに、ひとりで留守番させてるしな。マサキが続ければ、「本当にプレシアには頭が下がりませんよ」
今日は西、明日は東。方々へと気軽に足を運んでゆくゼオルートは、まだ幼い愛娘をひとりにしてしまうことが多い環境を気にしているようだ。ぽつりとそう言葉を洩らす。
「ところで、オーダーメイドの靴はどうですか、マサキ」
とはいえ、それも少しのこと。まだマサキに靴を作らせることを諦めていなかったらしい。早速とばかりに口を開いてしきりとオーダーメイドを勧めてくるゼオルートに、マサキはこの際それでもいいかと覚悟を決めた。
今日は西、明日は東。方々へと気軽に足を運んでゆくゼオルートは、まだ幼い愛娘をひとりにしてしまうことが多い環境を気にしているようだ。ぽつりとそう言葉を洩らす。
「ところで、オーダーメイドの靴はどうですか、マサキ」
とはいえ、それも少しのこと。まだマサキに靴を作らせることを諦めていなかったらしい。早速とばかりに口を開いてしきりとオーダーメイドを勧めてくるゼオルートに、マサキはこの際それでもいいかと覚悟を決めた。
サプライズパーティの準備をしているプレシアの為にも、なるべく長くゼオルートを街に足止めしなければならないのだ。既製品をさっと買って終わりにするよりも、採寸だ何だと時間をかけた方が目的に適っている。そう考え直したからだった。
「……ここに入るのかよ」
「大丈夫ですよ、マサキ。堂々としてなさい。冷やかしで入るのではないのですから」
風合いの異なるレンガが積み重なった壁に、黒光りする重厚な柱。通りに面して広く取られた窓が、曇りひとつないまでに綺麗に磨き上げられている。そこから店内の様子を窺えば、壁際にずらりと並ぶ皮のロールが目に付く……シックに整えられた店構えは、大通りの他の店とは一線を画す雰囲気に満ちていて、ちょっといい程度の靴を買うつもりだったマサキとしては大いに腰が引けそうになったものだが、普段と何ら変わりのない様子でいるゼオルートの存在が背中を押さした。
「おや、ゼオルートさん。お久しぶりです。今日は靴のメンテですか」
「靴を作りに来たのですよ。丈夫な靴が必要になったものですから」
店主とゼオルートは顔馴染みであるらしい。息子ですよ。そう紹介されることに気恥ずかしさを感じつつも、そのお陰ですんなりと場に馴染むことが出来た。昼食時にゼオルートが云っていた「靴は万事の元」という言葉は、店主からの受け売りであるらしい。
「足を支える靴が確かなものでないと、身体に不調が出るのですよ――と、云う話を先程しようと思っていたのですが、あなたに遮られてしまいましたからね、マサキ」
「だっておっさん、ついでに剣術の話をする気満々だったじゃねえかよ。久しぶりの街で堅苦しい話を聞かされるのもな。帰ったら修行だ稽古だって考えながら街にいても落ち着かないだろ」
マサキが履いている革のブーツをチェックした店主曰く、マサキの足は「きちんと大地を掴んでいるいい足ですね」という評価であるらしい。靴が良くなればより動き易くなりますよ。片眼鏡の落ち着いた物腰の紳士然とした店主は、そう云って穏やかに微笑んだ。
皮の種類と靴のタイプを選び、採寸。初めての経験は少しばかりマサキを緊張させたが、終わってみれば少しばかり成長できたような気分になれたのだから不思議なものだ。二足のブーツを|注文《オーダー》したマサキは、受け取り日を愉しみにしながら、受け取った引き換え票を財布に仕舞った。
「では、出来上がりましたらご連絡します」
ついでと靴を一足オーダーしたゼオルートのお陰で、大分時間が稼げたようだ。ティータイムの終わりを告げる柱時計に満足しながら店を出たマサキは、店主に見送られながら大通りの雑踏の中へと再び足を踏み入れた。
「では、出来上がりましたらご連絡します」
ついでと靴を一足オーダーしたゼオルートのお陰で、大分時間が稼げたようだ。ティータイムの終わりを告げる柱時計に満足しながら店を出たマサキは、店主に見送られながら大通りの雑踏の中へと再び足を踏み入れた。
「少し人が減ってきたな」
「夕食の買い物に丁度いい時間ですからね。街の人たちは市場に向かったのでしょう」
「市場かあ。今日の夕飯は何だろうな」
「あなたの好きな肉料理だといいですね」
会話のついでと探りを入れてみれば、ゼオルートはまだ自身の誕生日に気付いていない様子だ。なら、大丈夫だろ。マサキは大通りに並ぶ店に目をやった。
気付けばそろそろティータイムも終わる時刻だ。夕暮れ間近となって大分薄くなった人波に悠々と道を往きながら、マサキはゼオルートともに少し離れた場所にある射的場へと向かった。軒下で店を覗き込む子どもたちの群れ。背後から店内の様子を窺えば、人の入りはそこそこであるようだ。
「おっさん、あのぬいぐるみなんかどうだよ。プレシアが喜びそうじゃねえか」
「私は見ているだけでいいですよ、マサキ」
「いいから一緒にやろうぜ。どっちが先にあのぬいぐるみを撃ち落とすか競争だ」
銃は撃ち慣れないんですがねえ。と、零すゼオルートの袖を引いて射撃場に入ったマサキは、早速彼と肩を並べて射的台に陣取った。
「コルク栓で撃ち落とせる大きさではない気がしますよ」
「不可能を可能にするからこういうのは面白いんだって。ほら、行くぜ!」
最上段に置かれている50センチほどのクマのぬいぐるみ。標的を定めたマサキは店主から受け取った弾を次々にその頭めがけて撃ち込んで行った。一回で受け取れる弾の数は三発。当てどころによって振れ幅を変えるぬいぐるみに手古摺りながらも、ふたりで交互に弾を撃ち続ける。
脇目もふらずにぬいぐるみを狙い続けたこともあって、20発ほど。ついに景品が棚の後ろに落ちた。
最後の一発を当てたのはゼオルートだった。
地道に弾を当てて位置をずらし続けたマサキの努力をふいにするような奇跡の逆転劇。手柄を横取りする形になったゼオルートはかなり焦っていたが、マサキとしてはそれで良かったと思うばかりだった。
「私が貰っていいんですかねえ。当てた回数が多かったのは、あなたの方でしたよ」
「いいに決まってるだろ。そういうのも含めて射的なんだから。プレシアだって俺から貰うより、おっさんからの方が嬉しいだろ」
マサキは余った弾で下段の撃ち易い位置に並んでいる菓子類を取ることにした。思惑通りに取れた菓子に、これもプレシアにやるかな。そう呟きながら射的場を後にする。
「随分人が減ったな」
「もう夕暮れ時ですからね。観光地でもない街はこんなものですよ」
店仕舞いを始めている店がまばらにある中、マサキが空を見上げてみれば、中天に座す太陽は茜色へと色を変えつつあった。どこからか匂ってくる夕餉の香り。プレシアはどこまで準備を進めただろうか? 彼女が作る料理の数々を脳裏に思い浮かべながら、帰るか。マサキはゼオルートを振り返って笑ってみせた。
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