そろそろ終わりに近付いて参りました!
ほんのりシュウマサになったんじゃないでしょうか!
いやー、やっぱりこのままでは終われないので、ご褒美シーンは欲しいな……と。
そういう回です。どうぞよしなに。
ほんのりシュウマサになったんじゃないでしょうか!
いやー、やっぱりこのままでは終われないので、ご褒美シーンは欲しいな……と。
そういう回です。どうぞよしなに。
<衰弱の魔装機神操者>
気付けば静けさを取り戻している我が家。恐らく、後始末を終えたのだ。気配が消えているテリウスとモニカは、ガディフォールの稼働音をも魔法で処理して立ち去ったのか。マサキのことを彼らに告げていないシュウとしては、それが自分への気遣いであると理解出来るからこそ、有難くも、また鬱陶しくも感じられた。
「凄いですねえ……」
「どこから声を出してるんだニャ……」
「こんニャ凄い歌声、初めて聞いたのね……」
リビングでは一羽と二匹の使い魔がテレビに釘付けになっている。何か面白い番組でもあったのだろうか――と、様子を窺うついでにテレビの画面を見てみれば、のど自慢大会の真っ最中であるようだ。腕の立つ楽団が奏でる高品質な音楽と、参加者の迫力に満ちた歌声。それは草原を吹き抜ける風のような世界の広がりを、シュウにまでも感じさせるものだった。
そう云えば――と、キッチンに入ったシュウは氷嚢を作りながら考えた。口の良く回る使い魔たるチカは、いよいよ喋ることがなくなった時や、機嫌がいい時など、テレビやラジオで覚えた流行歌を声高らかに謳ってみせたものだが、マサキの二匹の使い魔はそういったある種の娯楽を楽しむことはあるのだろうか? 或いは、主人であるマサキは?
ラングランでは成年を迎えていたとはいえ、地上においてはまだ未熟とされる思春期を戦うことに費やした少年が、歳の近い仲間たちと無邪気にじゃれあっている姿を見掛けたことは何度かあった。心砕けた笑顔。それは、日頃の彼が無理をして背伸びをしているのだとシュウに覚らせるのに充分な姿だった。
あの笑顔と比べると、シュウが知るマサキの表情は、どれも取り澄ましたものばかりだった。精一杯背伸びをして、与えられた役割に見合う自分を作ろうとしている。それがシュウには、どうしようもなく滑稽な姿に思えてならなかった時期があった。
ヴォルクルスの支配を受けていた頃だ。
分不相応な役などさっさと降りて、等身大の自分に見合った生き方をすればいいものを。そうやって、シュウはマサキを見下すことで、自らの優位性を確保していた。胸に渦巻く爆発寸前の感情を慰撫するように。
それだけ、いつまでも自分を追うことを諦めないマサキが、シュウには目障りに感じられるようになっていたのだ。
今思えば、あれは一種の予感であったのだろう。シュウはいつかマサキが、絶対的な力で以て自分を追い落す日が来ることを予想していた――否、それはシュウの希望で、そして願いであった。世界に対して取り返しのつかないことをしでかしてしまう前に、自分を終わらせたい。ヴォルクルスに命を握られていたシュウは、他人の手にかからなければ終われない自分という生き物を、確実に仕留めてくれる存在を欲していた。
百万回の失敗を繰り返そうとも、百万一回目に成功すれば、それまでの失敗は努力に昇華される。マサキ=アンドーという少年は、恵まれた才能があるが故に、努力を放棄するような人間であったけれども、多くの人間には難しい『諦めない』という誠実さを持ち続けることが出来る人間であった。
だからシュウはマサキを生かした。百一万回目の奇跡を信じて、その瞬間の訪れを目にする為に。
――遥か天上を目指して、駆け抜ける白刃の光……
美しい歌声を背に、シュウは寝室に入った。ドアの隙間から、暗がりに向かって細く長く伸びる廊下の明かり。その頼りない光を頼りに、氷嚢を変える。ついでに熱のほどを確認すべく、ぐうぐうと喉を鳴らして眠っているマサキの頬へと手を滑らせた。
熱くはあるが、ここに連れてきた道中と比べれば、大分体温が下がってきたように感じられる。
マサキの年相応な表情を間近にしたことのないシュウは、弱った姿であっても、彼が素のままの自分を晒していることに満足感を覚えてしまう奇特な人間だ。それだけ、シュウと対面している時のマサキは、肩肘張っている様子に感じられた。勿論、今が特殊な条件下であることは理解している。それでも、シュウは一種の到達感が陶酔となって湧き上がってくるのを止められなかった。
愛おしさを指に乗せて幾度かその頬を撫でる。
いつかあの無邪気な少年らしさに辿り着けるだろうか。シュウはマサキから手を離した。鼾が弱まっている。
意識が覚醒に近付いているのだ。気配を殺して立ち上がったシュウは、残った雑事を片付けるべく寝室を後にした。
※ ※ ※
外に出た家の周囲の片付き具合を検めたシュウは、書斎にあるエーテル通信機でテリウスに食材の買い出しを頼み、リビングで少しばかり使い魔たちの相手をした後に寝室へと戻ってきた。
※ ※ ※
外に出た家の周囲の片付き具合を検めたシュウは、書斎にあるエーテル通信機でテリウスに食材の買い出しを頼み、リビングで少しばかり使い魔たちの相手をした後に寝室へと戻ってきた。
夜はとうに更けきってしまっている。
滅多に着ることのない夜着に着替え、広々としたベッドの端に身体を滑り込ませる。そうしてサイドチェストの上に置いてあるスタンドライトに明かりを灯したシュウは、チェストの引き出しから読みかけの本を取り出した。
慌ただしく過ぎた一日の終わりぐらい、落ち着いた時間を過ごしてもいいだろう。そう思いながら、本を開こうとした矢先、流石にこの距離とあっては、気配を殺していても気付かずにいられなかったようだ。ぱちりと目を開いたマサキがシュウに顔を向けてくる。
「お前、正気か? 俺は病人だぞ」
「リビングのソファはあなたの使い魔に占拠されてしまったのですよ」
テレビを見ている内に眠くなってしまったらしい。シュウが寝床を確保するより先に、二匹の使い魔は眠りに落ちてしまっていた。
起こして移動してもらうことも考えなくはなかったが、使い魔とはいえ猫の姿である。安らかなる寝顔を目にしていると、起こすのが忍びなく感じられてしまう。だからシュウは使い慣れたベッドを、今宵の寝床とすることにした。
上背に恵まれたシュウは、キングサイズのベッドでも窮屈さを感じることもあり、特注サイズのベッドを寝室に置いていた。その広さたるや、マサキと並んで寝ても余裕があるくらいだ。
せせこましいソファで夜を過ごすより、余程快適な環境。けれども病人たるマサキとしては、はいそうですかとは了承しかねるらしい。だからって。口籠るマサキに、スタンドライトの明かりを絞りながらシュウは云った。
「散々あなたの世話をしているのですよ。この程度のことで今更うつりもしないでしょう」
「てか、俺、寝相悪いぞ」
「その割には今日は大人しく寝ているようですが」
「それに汗臭い」
「熱を下げるのには必要ですね」シュウは本を開いた。
挟んだ栞を取り出し、スタンドライトの足元に置く。向かいで諦め悪く、マサキがぼそぼそと言葉を吐き続けているが、具合が悪いことも手伝ってか。いつもの調子とはいかない様子だ。
シュウはマサキに背を向けて、僅かな明かりを頼りに本を読み始めた。
寝慣れたベッドの感触が心地良い。
「何でしたら、子守歌代わりに読み聞かせて差し上げましょうか。直ぐに眠れると思いますよ」
ついでと揶揄い混じりに提案してみれば、シュウが梃子でも動かぬ気であるのを覚ったのだろう。何の本だよ。掠れた声が内容を尋ねてくる。
「多元宇宙における複数の同時性惑星で発生する共時性を有する事象の分岐が、それぞれの惑星の文化や生物にどういった影響を及ぼすかについてですね」
「お前の云ってることがことが微塵もわからねえ」
「わからない方が寝られるでしょう」
「逆に気になるだろ。てか、風呂に入りてぇ」
かなり自分の汗の臭いが気になっているようだ。病人とは思えぬ台詞を口にしたマサキに、けれどもシュウは寛容に言葉を継ぐ。
「少しでしたら」
「いいのか?」
「その代わり、身体を温める程度ですよ。本格的に入浴してしまうと、逆に湯冷めで具合を悪くしかねないですからね」
「なら、入る」のそりとマサキが身体を起こす。「お前がしゃんとしてるのに、俺が汗臭いのは耐えられねえ」
とはいえ、風邪の猛威に挫けてしまっただけはある。ブランケットを引き摺るようにしてベッドを降りたマサキに、大丈夫ですか。尋ねてみるも、取り敢えず入る。と、譲らない。
そこまで汗の臭いが気にかかっているのだろうか。シュウは剥がれたブランケットを手繰り寄せながら、マサキの為と新たな提案を口にした。
「身体を拭くだけにしておけば」
「髪の臭いが取れないだろ」
「頭を洗うのは流石に勧められませんよ、マサキ」
「なら、身体を拭いてくる」
それ以上は、妥協しないつもりであるらしい。云うなり、シュウに口を挟む隙を与えず寝室を出て行ったマサキに、シュウは仕方なしに自らもまたベッドを出た。
あの調子では、バスルームで転倒しかねない――ふらつくマサキの背中を目の当たりにしたからこその焦り。クローゼットの中から適当な着替えを見繕ったシュウは、急いでマサキを追った。向かいに脱衣所があるのはわかっているようだ。早速、服を脱いでいるマサキに、ひとりで大丈夫かと尋ねてみれば、「一緒に入る気かよ、お前」マサキが露骨に顔を顰める。
「ドアの外にいますよ。危ないと感じたら、声を出してください」
「優しい通り越して過保護じゃねえか」
「それだけあなたが弱っているように見えるのですよ」
それにマサキの返事はない。ただ呆れきった表情をしてみせると、タオルを引っ掴んで浴室に入ってゆく。
矢張り、足元が覚束ない。
転倒するようなことがなければいいのだが。その身を案じたシュウは、摺りガラス式のドアの外、湯が流れ出る音を聞きながらマサキの戻りを待った。一分……二分……三分……洗面台の鏡の隅で点灯しているデジタルクロックが、無情に時を刻む。シュウ自身は決してせっかちな性質ではなかったが、今のマサキの具合が具合である。何か大事が起こってしまっては――と、考えると気が気でない。
動転してるのだ。
しぶとさが取り柄な青年の、思いがけず弱った姿。見たいと願っていたものを目にしたシュウは、その頼りなさに我知らずショックを受けていたのだろう。確かに、私らしくない。シュウは口の端を吊り上げた。苦笑しているつもりだのに、親譲りの切れ長の眦は、残酷にもシュウの感情を裏切った。鏡に映っている己の冷淡に映る様相、これではマサキも訝しみもする。彼の態度に納得がいったシュウは、摺りガラス越しにマサキに声をかけると、大人しくベッドへと戻ることにした。
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