今日は短めです。
私、良く熱を出したマサキに「缶詰が食いてえ」と云わせている気がするんですが、今回もそうです。てか食べたくなりません?フルーツ缶詰。ひんやりとした甘さがいいんですよね。
そんな回です。
私、良く熱を出したマサキに「缶詰が食いてえ」と云わせている気がするんですが、今回もそうです。てか食べたくなりません?フルーツ缶詰。ひんやりとした甘さがいいんですよね。
そんな回です。
<衰弱の魔装機神操者>
「起きられないほどに消耗しているというのであれば、無茶をしたのはあなたの方。|気《プラーナ》を補給してでも起きさせますが」
瞬間、マサキがぱちりと目を開く。
流石にシュウから|気《プラーナ》の補給を受けるのには思うところがあるようだ。冗談じゃねえ。と、呻きながら、気だるげに身体を起こしたマサキに、シュウは笑みを零さずにいられなかった。
「それだけの元気があるのなら、大丈夫ですね」
格好付けしいな面のあるマサキは、時に驚くほど強情で意地っ張りな面を見せる。己が理想とするマサキ=アンドー像があるのだろう。それにそぐわない行動を彼は取りたがらない。シュウに素直に頼ろうとしないのも、その現れだ。
「大丈夫じゃねえから寝てるんだがな」
「大事にならなくて良かったという意味でですよ」
シュウはサイドテーブルから取り上げたトレーをマサキに渡した。
嵩増しするつもりでパンやチーズを加えたのではなかったが、幾分、豪華になったように映るスープ。それもあってか。昼に飲んだスープとは具材の量が違っていることに気付いたのだろう。何か増えてるな。スプーンでスープ皿の中を浚ったマサキが口にする。
「別にいいんだぜ。そんな気を遣わなくとも。俺が今食えるもんには限りがあるんだしな」
「喉の調子は如何です」
「今日の今日でそう簡単に良くはならねえだろ」
掠れた声は良くなる気配をみせてはいなかったが、マフィアの人間を相手に一方的な暴力を揮えるぐらいに元気ではあるのだ。ならば問題はあるまい。シュウはごほごほと咳込んだマサキに水差しの水を飲ませてやった。あー、本当に辛ぇ。咳が落ち着いた彼が、掬ったスープを口に運んでゆく。
「そういえば」シュウはベッドの端に腰掛けた。「食料を買い出す予定があるのですが、食べたいものの希望はありますか」
一瞬、マサキの手が止まる。
答えが聞けるかと思いきや、そういったつもりではないようだ。吸い込まれそうなぐらいに深いボトルグリーンの瞳が、まじまじとシュウを|凝視《みつ》めてくる。
「お前、何処かで頭でも打ったのか。本当に、気味が悪いぐらいに優しいじゃねえか」
「病人の看病ひとつまともに出来ない人間だとでも思ったと?」
「そういう意味じゃねえよ」
貌を合わせれば嫌味に皮肉。穏やかに会話が続くことなどそうそうない。そういったシュウとの関係に、彼自身慣れきってしまっていたようだ。シュウの言葉にはっと目を開いたマサキが、拙いことを云ったとばかりに頭を掻く。
そして、気まずさを取り繕うと思ったのか。何が食べたい、か。と、呟いて考え始める。
「桃缶」
「桃缶?」
ややあって彼が口にした希望の意外性。意表を突かれたシュウは、思わずその言葉を反芻していた。
「桃の缶詰ですか?」
国土の広さは生産物の豊かさと比例する。ラングランが列強一国と成り得たのも、潤沢な資源や生産物のお陰だ。
市場に溢れる大量の種類の食材。野菜に果物、肉に魚。流通ルートが確立しているこの国では、辺境の村であっても街に比類する種類の食材が当たり前のように売られている。それは、食料調達に困難する特別な事情がない限り、保存食に頼る必要性が殆どないことを意味していた。
「桃なら市場に山ほど売られていますが」
「馬鹿だな、お前。あのシロップ漬けの果肉がいいんだよ。風邪引いてると、味覚が馬鹿になるだろ。かといってスイーツみたいな甘さはちょっとな。舌がもたれるっていうか。でも缶詰はそうじゃねえだろ。自然に甘くて、柔らかい。冷えてりゃもうあれ以上の薬なんてないくらいに美味いじゃねえか」
疑問を呈したシュウに対して、どうしても桃の缶詰が食べたいようだ。喉の調子が悪いにも関わらず一気呵成に語ってみせたマサキが、あー、喉が辛え。云いながらまたもごほごほと咽た。
余程の執念である。
とはいえ、云いたいことは理解出来た。柔らかい果肉に、舌が蕩けるような甘さ。そしてフルーツの旨味が染み出したシロップ……風邪の病状が進みきってしまっているマサキにとって、その甘さは程良く感じられる具合であるのに違いない。
ましてや、風邪で関節が痛んでいる有様である。食事をするにも、噛む行為自体が苦痛であるのだ。
そういった意味でも缶詰のフルーツは食べ易く出来ている。マサキが何を於いても桃の缶詰と口にしたのも、自身の身体を最大限慮ったからだ――シュウの沈黙をどう受け止めたのか。安いのでいいんだ。と、マサキが再び言葉を発する。
「高いものを寄越されても、味の違いなんかわからねえからな」
「ああ、そういった意味で考えて込んでいたのはありませんよ。自然の甘味と云うのであれば、加工されていない桃の方が適しているとは思いますが、あなたの云いたいことは理解しました。とにかく桃缶が食べたいのですね」
「そういうこった」
おかゆやおじや、或いはうどんなどと口にするのではないかと目していたシュウとしては、盛大に当てが外れた形となったが、本人がそれでいいと云うのであれば反対する理由もない。何より、味気ない食事では、この育ち盛りの青年は飽きてしまうことだろう。
風邪を治すには、気持ちを弱らせないことも大事である。
シュウとて人間だ。時には病に臥すこともある。腹立たしさともどかしさを抱えながらベッドに篭る日々。その際に、溜まったストレスを解消してくれるのが、食べたいものを好きに食べる行動であったりする。しかも、案外、その自暴自棄な行動が回復を進めてくれたりもするのだから、侮れない。
シュウはスープをがっつくマサキを黙って見守った。柔らかくふやけたパンに、溶けたチーズ。味が多少濃くはなったが、それが味覚の弱った舌に効いているようだ。さっきのよりも美味い。などと口にしながら、あっという間に食べ進めてゆく。
「食べ終わったのでしたら、薬を飲んでください」
空となった皿に声を掛けて、薬の入った袋を渡す。そして入れ違いにマサキの腿の上からトレーを引き上げたシュウは、それをキッチンに戻して寝室に舞い戻った。
素直に薬を飲んだようだ。ブランケットに潜り込んでいるマサキが、その隙間から、シュウを見上げてだるそうに言葉を吐く。
「この風邪薬、効いてんのか? 良くなってる気がしねえ」
「風邪薬は症状を抑える為のものであって、風邪を治す為の薬ではありませんからね」
「治す為のものじゃない?」
「風邪を引き起こすウィルスの数は膨大ですからね。全てに効く風邪薬を開発するのは不可能なのですよ。それに人間の身体にとって、ウィルスは必要不可欠なもの。全滅させてしまうと、身体に悪影響を起こしてしまいます」
「……面倒臭えな」
ややこしいことを嫌うマサキにとっては、この程度の理屈でも厄介に感じられるようだ。心底面倒臭そうに吐き出すと、頭上の氷嚢に手をやって、「これ、換えておいてくれよ。ぬくくなって仕方がねえ」
「わかりました」シュウは頷いた。
続けて、寝る。と、マサキが目を伏せる。ごゆっくり。シュウはそう告げて、寝室の電気を消した。
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