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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

春|幽《かそ》けき日にありったけのお返しを(13)
次回で今回の話は終わりになります。

四月編のイベントを何にするか決まっていませんが、話の筋だけは決まっていますので、早ければ年内。遅くても来年初頭には続きを書けると思います。
この話、10年くらいかけて完結させると明言した作品ですので、スローペースで進んでいるように見えますが、実際計画通りだったりするんですよね。私の読みは正しい!笑

拍手有難うございます。励みとしております!
では本文へどうぞ!
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<春|幽《かそ》けき日にありったけのお返しを>

「腹が減った」
「考えてみれば昼食もまだでしたしね。彼らと合流したら情報交換のついでに食事を取りませんか」
 そろそろ夕食時だからか。人影もまばらとなった大通り。待ち合わせの場所である娯楽施設の入場門に向かうべく、マサキはシュウを背後に従えて大通りを南下していた。
 ぽつりぽつりと行き交う人々は格好からして観光客であるようだ。きっと娯楽施設を後にしてきたところであるのだろう。吸い込まれるように大通りに並ぶ飲食店に入っていく彼らを後に、そうだな。マサキはシュウの言葉に頷いて、道の先に姿を現した入場門に目を遣った。
 ファングとザッシュは既に着いているようだ。
 いかにも戦士といったいでたち。遠目にもそれとわかる二人組に、軽く手を挙げてマサキは合図を送った。
 思えば朝も早くから情報局に呼び立てられて、そのままザルダバの街に向かうこととなったマサキは、ここまで食事らしい食事を取っていない。
 腹に入れたものは飲み物だけ。立て続けに音を鳴らすようになってきた腹に、意識も散漫になりがちだ。心なしか身体に上手く力が入ってこなくなった気がする。後少しだ。マサキは徐々に近付いて来るファングとザッシュの姿を支えとしながら、気力を振り絞って足を前に進めた。
「いい加減、背と腹がくっつきそうだ」
「朝食は?」
「朝一でセニアに呼び出されてるんだよ。ようやく飯だと思ったら立て籠もりにあっちまって……」
「ついてない」
 よもやそこまでとは思っていなかったのだろう。苦笑を浮かべたシュウが、夕食ぐらいは奢りますよ。と言葉を続けた。奢るならあいつらにも奢れよ。マサキは即座に言葉を返す。
 無骨な武人たるファングだけならまだしも、マサキ相手だと軽佻浮薄になるザッシュがいるのだ。シュウに食事を奢ってもらうなどと彼が聞き付けようもなら、またデートだ何だと煩く云われることだろう。それだけならまだいい。リューネにあらぬことを吹き込まれようもなら、またも彼女の暴力的な愛情の餌食になりかねない。
 折角収まった話をまた蒸し返されるのは、マサキとしてはご免被りたいところである。
 いっそ、彼女らに指輪を受け取ることになった経緯について話をしてみるべきだろうか……マサキは後ろをついて歩いているシュウの端正な顔を肩越しに盗み見しながら、シュウを徹底して恋敵《ライバル》視するリューネとウエンディをどうあしらうかについて考えを巡らせた。
 そもそも、マサキが|約束の指輪《プロミスリング》を嵌める決心を付けたのは、シュウがそれを望んでいる様子であったのは勿論のこと、そうすることで彼との約束を忘れないようにする為でもある。
 前者はさておき、後者であれば、もしかしたら彼女らも理解をしてくれるかも知れない。サーヴァ=ヴォルクルスとの契約の記憶を持つ男は、強靭な精神でその支配を跳ね除け続けてはいるものの、いつまたその支配下に入って操られないとも限らない。それがどれだけの脅威たり得るのか、如何に彼女らであろうとも理解はしている筈だ。
「遅かったな。何かあったのかと心配していたぞ」
 けれども結局結論は出せぬまま。入場門前に辿り着いたマサキを、ファングが笑顔で迎え入れる。
「悪いな。特に手間取ったりした訳じゃなかったんだが……」
 魔装機操者たちに揉まれたことで、大分肩の力を抜いて活動するようになりはしたものの、本来のファングは頑固なぐらいに頭の固い男だ。彼にとってルールやモラルは遵守する為にあるといっても過言ではない。それが遅刻を笑って済ませるぐらいであるのだ。恐らくはかなりの成果が得られる調査であったのだろう。
「成果はあった、って顔をしてやがる」
「その話をするついでに食事でも取らないか。考えてみれば昼もまだだ。しかもザッシュに話を聞けば、お前たちは朝食も取らずにここまで来たそうだな」
「そうなんだよ。だから出来ればしっかり食事が出来る場所に行きたいんだが……」
 そこまでマサキが言葉を吐いた瞬間だった。誰か、治安部隊を! そう叫びながら、入場門の奥から人が飛び出して来た。どうした! マサキが彼に事情を聞こうと近付けば、続けて波となって人が押し寄せて来る。
「おい、どうした! 何があった!」
 口々に悲鳴を上げながら門を潜り抜ける彼らに押し流されそうになりながら、マサキが最初に飛び出して来た男の許に向かえば、彼は奇跡の双子が――と、そこまで口にして何かを思い出した様子で身体を震わせた。
「あ、おい! シュウ!」
 それで尋常ではない事態が起こったことを悟ったようだ。先にホールに向けて走り出したシュウに、そのままひとりで行かせる訳にも行かず。この場をファングとザッシュに任せる判断を下したマサキは二人に観客の保護と治安部隊への連絡を命じると、自身もまたホールに向かって走り出した。
「待て! ひとりで行くな!」
 夕暮れ時とはいえ太陽が動くことのないラ・ギアスだ。ザルダバの街に降り注ぐ日差しはまだ強い。全身から汗が噴き出してくるのを感じながら、マサキはシュウを追って、人影の少ないメインストリートを一気に駆け抜けた。
 ゼフォーラ姉妹に何かが起こったのは間違いない。
 尤も可能性が高い事態は、あの猛獣に関わるものだったが、両親も認める憑依術の使い手である。そんな単純なアクシデントが果たして起こり得るだろうか? マサキは距離を近くするシュウの背中を見詰めながら走り続けた。
 歩いても5分やそこらの距離とあっては、ホールが迫ってくるのもあっという間だ。入り口を目の前にして、先行していたシュウが足を止める。観客が雪崩打つように逃げ出した後のホールは、決して静まり返ってはいなかった。
 マサキもまたシュウに並ぶようにして足を止める。ホールを囲う白壁の向こう側からは、先刻聞いたばかりの獣の雄叫びが絶え間なく響いてきている。まさか。マサキは歩を進めると、ホールの入り口を塞いでいるスタッフたちに、自身が魔装機神の操者であることと、事態の収拾を図りにきたことを告げた。
「しかし、今この中は非常に危険な状態で」
「いいから通せ。後の責任は俺が取る!」
 快い顔をしないスタッフたちを強弁で押し切り、道を開けさせたマサキはシュウを引き連れてホールの内部へと足を踏み入れた。鼓膜を揺るがす雄叫び。マサキは客席に下りる出入り口に身を潜めると、腰に下げた剣に手をかけながらステージの様子を窺った。
 遠目にも凄惨な事件が起こったと知れる様相。壁に、客席に、血飛沫が散っている。
 果たして被害はどの程度であるのだろうか? 人気の絶えたホールを動き回るキメラ型の猛獣の血に塗れた姿を目の当たりにして、マサキは口唇を噛んだ。防げたかも知れない事態を防げなかった口惜しさが、言葉を発するのを憚らせる。
「今回も後手だったようだ」珍しくも口惜しさが滲み出る声でシュウが呟いた。
「……まさか今日の今日でこんなことになるとは思わねえ。考え方としては合ってたんだ。次を防げればいい」
 口惜しさは同様であるようだったが、安易に同調するのをマサキは避けた。この件により多く、そしてより深く関わっているのはシュウの方であるのだ。その憤懣やるかたない思いは、マサキの比ではないだろう。
「出てしまった被害は取り消せない」
「それはそうだが――」マサキの口唇にシュウが指を当ててくる。
 マサキたちの気配を感じ取ったのか、吠え猛る猛獣がこちらを気にする様子を見せている。行きましょう。懐から札を取り出して身構えたシュウに、マサキはゆっくりと剣を抜いた。
 詳しい状況は後程調べることとして、先ずはあの獣の始末が先だ。
 人間の味を覚えてしまった獣は、同じことを繰り返すようになる。あの獣にとって人間は、自らを抑圧する存在から食料へとランクアップしたのだ。どういった経緯で何が起こったのか、血塗れのステージは何も伝えてきてはくれなかったが、あの猛獣が人間の敵となったことだけは明らかだ。貴重な獣であるかも知れなかったが、人間社会を乱す存在となってしまった以上は仕方がない。同様の被害を出さない為にも、この場での処分は必須だった。
「バックアップは任せた」
「わかりました。気を付けて」
 シュウの言葉に頷いたマサキは、剣を強く握り締めた。そして身を潜めていた壁から飛び出すと、辺りを揺るがす猛獣の咆哮を一身に受けながら、一気にその血濡れの身体を目指して斬り込んでいった――……。


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