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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

春|幽《かそ》けき日にありったけのお返しを(12)
6月ももう終わりが近付きましたね。

短かった閑散期ももう終わり。ここからお盆休みに向けて六連勤が続きます。
それに伴って更新が不規則になります。ご了承ください。

出来るだけ早い内に、LottaLoveともども終わらせられるよう頑張ります。
では、本文へどうぞ!
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<春|幽《かそ》けき日にありったけのお返しを>

「……野蛮な手段はご免だ」
「そんな無粋な真似を私がするとでも? ちゃんとあなたに自ら開かせてみせますよ」
 云うなり再び口唇を塞ぎにかかったシュウに、マサキは固く口を閉ざして抵抗した。
 啄んでは包み込むように。繰り返し口付けてくるシュウにマサキが首を振れば、嗜虐心をそそられたのだろう。強情な人だ。と、呟いたシュウが、口唇から頬、頬から耳元へと口唇を伝わせてくる。そして声を発しまいと堪えるマサキを追い詰めるように、耳の中へと舌を差し入れてくる。
「…………ッ!」びくん、とマサキの腰が跳ねた。「お、前……、何するつもりだよ。ホントに止めろって」
 息も荒く訴えるも、マサキを引き寄せるシュウの腕の力は緩まない。場違いにも限度がある愛撫。つい先程までは預言に纏わる情報を追っていた筈だったのに、何故。混乱するマサキの耳を再び舐りながら、シュウは突然の抱擁やそれに付随する行動の理由を口にした。
「今日はホワイトデイですよ。お返しはないの、マサキ」
 バレンタインに各所にお詫びとチョコレートを大盤振る舞いしてみせた男は、それを恩に着せるように云ってのけると、再びマサキの肌に口唇で触れてきた。
 耳に、頬に、こめかみに額。柔らかく吸い上げてくる口唇が心地いい。
「お返しって、お前。あれは別に俺だけに寄越したもんじゃないだろ」
「あなただけに贈って欲しかった?」
「そういうことを云ってるんじゃねえよ。何で俺だけにお返しを求めるんだよ」
「彼らの代表者が誰になるかと訊かれたら、あなた以外にはいないでしょう?」
 揶揄うように言葉を吐いては繰り返し。肌を伝うシュウの口唇に、ああもう。マサキは観念してシュウの背中に腕を回した。
 そして顔を上げる。
 同時に重なる口唇に、マサキはシュウの舌を招き入れるように口唇を開いた。懐かしい温もり。そうっと忍んできたシュウの舌がマサキの口腔内を探り始める。もっと。マサキはシュウの舌の動きに合わせるように緩く舌を動かした。もっと。マサキの身体を抱き寄せる腕に力が込められる。もっと。クリスマスからの三ヶ月分の不足を埋めるように、マサキはひたすらにシュウの口唇を貪った。もっと。
 満たされない想いを打ち消すように、何度も。飽くることなくシュウの口唇に口唇を重ねてゆくマサキに、シュウはその欲望の深さを感じ取ったようだった。そんなにしたかった? クックと低く嗤い声を上げながら尋ねてくる彼に、当たり前だ。マサキはそう思うも、素直にそれを口に出すことは出来ずに。ただ小さく頷くと、再びシュウの口唇に口唇を重ねにいった。
 すべきことを数多く抱えているマサキとシュウでは、顔を合わせる機会にはそう恵まれない。魔装機操者であるマサキは任務に忙しかったし、自身の柵からの解放を望んでいるシュウはその為の活動に忙しかった。だからこそ、時につれないまでにマサキから遠ざかってゆく男の数少ない気紛れの機会を、マサキは大事に胸に仕舞って次の機会を待ち侘びてきた。
 ひと月ぐらいの間が空くのは当たり前。三ヶ月の空白とて珍しいことではない。
 その都度、マサキはもしかすると――といった疑念に捉われたりもしたものだったが、そうしたマサキの不安を見透かすように、シュウは姿を現してみせては、気紛れにもその口唇に触れてくるのだ。
「ねえ、マサキ」
 ゆっくりと口唇を剥がしたシュウがマサキの額に額を乗せた。間近に寄せられた顔が凝《じ》っとマサキを見下ろしている。滑らかで節ばった手。マサキの髪を撫でたその手が、髪から頬、頬から腰へと下りてゆく。
「聞きたいことがあるのですけど」
「何だよ、急に改まって……」
 腰を抱えている手が、マサキのジーンズの後ろポケットから顔を覗かせているキーホルダーに触れた。嫌な予感にマサキは身構える。そこにはリューネとウエンディから貰った髑髏のペンダントトップがある。
 指輪の件もあって、いつにも増して暴力的だったリューネ。その感情を更に煽るような真似は流石のマサキも慎んだ。だからこそ付けっ放しにしていたペンダントトップ。あからさまにしていたつもりはなかったものの、何かの弾みに顔を覗かせてしまったのだろう。
 それにこの目聡い男がどうして気付かないものか。
 案の定、シュウはマサキのポケットからキーホルダーを抜き取ってみせると、マサキの目の前で、髑髏のペンダントトップを揺らしてみせた。
「あなたの趣味ではありませんね。誰からのプレゼントですか」
「……リューネとウエンディだよ。ごついアクセサリーが好きだって云ったら、何でかこういうことになっちまって……」
 そう。と、マサキの返事に微笑んでみせたシュウは、それきり口を閉ざしてみせる。
 口元は笑っているものの、目は笑ってない。手にしたキーホルダーに冷ややかな眼差しを注ぐシュウは、マサキの次の言葉を待っているのだろう。いたたまれない。気まずさに耐え兼ねたマサキは、何だよ。と、シュウの手からキーホルダーを奪い取った。
「いいだろ、このぐらい。大体お前、人の好意は信用しないくせに……」
 いつだったか好意を伝えようとして、けれども気恥ずかしさにたとえ話で済ませてしまったマサキに、シュウはこう言葉を返してきたものだった。
 ――明日は雪が降りますね。
 一年を通して、温暖な気候のラングランでは珍しい降雪を答えに持ち出してくるぐらいだ。シュウがマサキの好意を信じていないのは明らかだった。いや、そもそも好意のあるなしに興味があるのか……何せ自己中心的に物事を進めるのが常な男だ。もしかすると、ただ欲を発散するだけの相手とマサキのことを思っている可能性もある。
「……もう行くぞ。待ち合わせの時間も近い。あの姉妹の人命がかかってる以上、いつまでものんびりとはしてられないだろ」
 何とはなしに口惜しさを感じながら、シュウに背中を向けて表通りへと。マサキは歩き始めた。
 三ヶ月の空白を埋めるのに充分な時間。飽きるほど繰り返した口付けは、どうしてだろう。マサキに埋められない寂しさを感じさせてしまっている。それはいつまでもこの関係が続く筈がないと、マサキ自身が思ってしまっているからでもあるのだろう。
 気紛れな口付けの理由を、シュウは語らないからこそ。
 それとなく尋ねてみたこともあった。けれどもはぐらかされて終わる。そんな関係をもう何年も続けてしまっている。マサキは今更ながらに過ぎ去った歳月を振り返って、その長さに溜息を洩らした。そうして、シュウの温もりが残る口唇に意識を這わせた。柔らかくも甘い口付け。これを縁に次の機会まで耐えていかなければならないのだ。
「ほら、行くぞ。シュウ――」気の重さを悟られないように、強く言葉を吐く。
 マサキはシュウを振り返った。
 瞬間、マサキに向けて伸ばされる手。シュウがマサキの身体を抱き留める。
「云って、マサキ」
「何をだよ」
「好意があるのでしょう。それを言葉にして伝えてくださいと云っているのですよ」
「絶対に嫌だ」マサキはシュウの腕を振りほどいた。
 口にした結果が必ずしも予想通りになるとは限らない。決して短くない付き合いでマサキは悟ってしまっているのだ。シュウ=シラカワという男は、自身の優位性を保つ為なら、恋愛感情さえも利用してみせる人間でもある――と。
 残念。どこか愉し気に言葉を吐くシュウを背後に置く。本当に行くからな。今度のマサキは振り返らない。そのまま真っ直ぐ表通りへと、力強く足を踏み出していく。


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