帰って参りました!リクを頂きましたので書きました!
リクエスト「シュウの服いっぱい集めて埋もれて巣作りしてるマサキとそれ見つけるシュウ」になります。
久しぶりにこの世界観を書けて楽しかったです!色々乗り越えたシュウマサはいいですねえ。
では本文へどうぞ!
リクエスト「シュウの服いっぱい集めて埋もれて巣作りしてるマサキとそれ見つけるシュウ」になります。
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<あなたを待つ>
カタン。と、ダイニングテーブルから立ち上がったマサキが、無言でダイニングを出てゆく。
ダイニングテーブルの端でマサキと食事をともにしていたチカは、殆ど手付かずの昼食に目を落として盛大に溜息を吐いた。マサキの異変を鎮められるのはシュウだけだ。マサキとの間に産まれた子どもの将来を案じる彼は、定期的に|練金学士協会《アカデミー》に足を運び、ウエンディとともに、Ωやαといった第二の性の研究に余念がない。
今日もそうだ。朝食後に家を出て行ったシュウは、今頃、ウエンディと議論を戦わせいることだろう。
チカはリビングに向かった。温かなラ・ギアスの陽射しが差し込む窓際で、赤ん坊用の寝具に包まれて眠っている小さな命。マサキが産んだ男児を見守るシロとクロに、「例のが始まったようですよ」チカは声をかけた。
「またニャの?」
「ニャんか、先週もあったようニャ……」
呆れるのも仕方なし。
Ωとしての目覚めが遅かったマサキは、その所為か。短期間の間に発情期を繰り返す傾向があった。Ωを専門とする地上の医師でも手に余るらしい彼の症状。発情期が治まる妊娠期間中こそ何事もなく過ぎたが、それも束の間の平穏。出産後、発情期の再開とともにそれは再びマサキに牙を剥くようになった。
無論、抑制剤は服用している。
その甲斐あってか。マサキのフェロモンが垂れ流しになることはなくなった。それだけではなく、過剰なまでの性衝動を感じることもなくなったようだ。今のマサキは、のべつまくなし愛欲に耽るような真似はしない。ただ、発情期のひとつの定型行動である巣作り――これに対する欲求だけは抑えられないらしく、シュウの衣類を集めてはベッドに巣を作るようになっていた。
「ちょっと様子を見てきてくださいよう。事の次第によっちゃ、あたくしまた|練金学士協会《アカデミー》にご主人様を呼びに行かないといけないんですから」
「見ニャくてもわかる気がするけど」
「おいら、あの姿のマサキを見ると微妙な気にニャるんだニャ」
主人の一種な滑稽な姿に思うところがあるようだ。乗り気ではないシロとクロに、まあ、確かに――と思いつつも、かといって自分が動き回るのも筋が通らないと、口煩くせっつくこと二分ほど。ようやく腰を上げたシロとクロに、チカはほうっと安堵の息を洩らした。
形ばかりは立派なローシェンであるチカとしては、マサキの気持ちもわからなくない。
シュウの上着のポケットに突っ込まれることも多いチカは、自分の定位置を少しでも過ごし易くする為に、藁だの草だの小枝だのを良くその中に運び込んだ。衣類の管理がし難いからと、シュウには止めるように云われていたが、恐らくはローシェンとしての本能であるのだろう。理性では不合理だと感じているにも関わらず、何もないポケットの中にいると落ち着かなくなる。
きっとマサキもそういった気持ちであるのだ……。
理性と本能のせめぎ合い。何の意味がと訴えてくる理性に、けれども動かずにいられない本能。それは葛藤などという生易しいものではない。やらないことには終われないのだ。チカはマサキの胸中を思って、静かに長い吐息を吐き出した。
「やっぱり作ってたんだニャ」
「前回の二倍はあるのよ」
程なくしてリビングに戻ってきたシロとクロからマサキの状況を聞かされたチカは、前回の二倍はある巣とはどれほどのものなのかと思いながらも、それを確かめる勇気は持てずに。後は任せましたよ。とだけシロとクロに告げると、開かれた窓から|練金学士協会《アカデミー》を目指して羽ばたいた。
※ ※ ※
「トランス体の生殖機能を決定する遺伝子を探し出す。たったそれだけのことがどうして上手くいかないのかしら」
※ ※ ※
「トランス体の生殖機能を決定する遺伝子を探し出す。たったそれだけのことがどうして上手くいかないのかしら」
練金学士協会にある実験室のクリーンルームから出たシュウは、ウエンディの後に続きながら、彼女の研究室に足を踏み入れた。
雑然としたデスクの前に来客用の応接セットがある。ストライプ柄のアンティークなチェアー。背枠と脚は、緩やかな曲線が美しいロココ調だ。導かれるがままそこに腰を下ろしたシュウは、室内の片隅にあるティーサーバーの前に立って飲み物を用意するウエンディに目を遣った。
「これだけ実験を繰り返しても上手くいかないということは、トランス体の性染色体には生殖機能を決定する機能はないと見た方がいいのかも知れませんね」
「それはSry遺伝子の上位に更なる高次な決定因子が存在しているということ?」
「逆ですよ、逆」
差し出されたティーカップから仄かに薫る茶葉の香り。ティーサーバー製の紅茶の割には上品な匂いだ。カップを受け取ったシュウは先ずはひと口と紅茶を啜ると、正面に陣取ったウエンディに自らの発言の真意を明かした。
「生物を構成するシステムは、上位に上がっただけ単純化されてゆくものだということですよ。Y遺伝子が必ずしも性別を決定していないのは、アマミトゲネズミの例でも明らかでしょう」
「アマミトゲネズミのSox9遺伝子は常染色体が新たな性染色体に分化しつつあるだけの話ではないの? だからあなたはCisとトランス体の染色体を性別で分けてスクリーニングしたのでしょうに」
「その結果が芳しくない以上は、遺伝子に生殖機能がマッピングされているという考えを捨てなければならないでしょう」
「流石にそれは突飛すぎるわ。あなたの子どもの問題も絡んでいるとはいえ、研究を初めてまだ一年よ。もう少し長期的な視野を持つべきだわ。まだ遣り残していることもあるのだし」
「そうは云いますがね、ウエンディ」シュウは爪先で床を叩いた。「トランス体の研究をしているのは私たちだけではないのですよ」
手にしているカップの中に量を残している琥珀色の液体が波紋を描く。言葉なく柳眉を歪めてみせたウエンディに、シュウは肩を竦めた。反射的に出てしまった癖が、行儀の良くないものであることには自覚がある。
「これは失礼」
マサキであったら、堂々とシュウを非難していることだろう。お前の癖は性質が悪い――と。
ふたりで暮らすすようになってからシュウにいっそう遠慮をしなくなったマサキ。その忌憚ない意見の数々が、彼との距離感を表しているようで、シュウはいっそうマサキが愛おしく感じられて仕方がなかった。
今頃、彼は家でどう過ごしているだろうか。
シュウの衣服の袖を引きながら、大人しく待ってる。と、シュウが家を出る間際に口にしたマサキ。無理に笑顔を作っているようにも感じられた表情からして、彼は本当はシュウを引き留めたかったのではないだろうか……。
「確かに。当事者は地上人だものね。私たちが考えるようなことぐらい、彼らはとうに考えて実行に移しているわよね……」
溜息混じりのウエンディの言葉に意識を引き戻される。
わかっているのだ、シュウは。常に追い立てられているような焦りを自分が感じているのは、自身の研究がマサキと自身の愛息の為であるからだと。彼らを家に置いて|練金学士協会《アカデミー》に足繁く通っているのも、彼らに真の平穏を与えたいからだ。
わかっていても、ささくれ立つ心を鎮められない。
物分かりのいい子どもでいた王族時代。精神を支配されてのことだったとはいえ、その教えに従順だった教団時代。そして戦う道を選んだが故に、運命に従順にならざるを得なかった反逆者時代。シュウ=シラカワという人間は、自らの正義に背くということを知らない人間だからこそ、目の前に拓けている道を歩み続けることしか出来ずにいた。
マサキの決意がなければ、シュウは今でもその無味乾燥な人生を生きていたに違いない。
だからこそシュウは、ようやく得た本当の家族を自分の力で守りきってみせると決めた。だのに肝心の研究は未だに目処が立つ気配すら見せない。これで平静を保ち続けろというのは無理だ。
流石は地上の叡智を結集しても解けぬ謎だはある……シュウは密やかに溜息を洩らした。そして、ウエンディの憂いを帯びた表情を前に、自らを鼓舞するように口を開いた。
「私たちがすべきなのは、彼らが辿った道を歩むことではなく、彼らがしない着眼点で研究を進めてゆくことです」
「それは納得がいったわ。でも、下位のシステムの研究って、どこに手を付ければ」
「それこそ脳――或いは心という唯識の問題では?」
その台詞を額面通りに受け止めたのだろう。神頼みとも聞こえるシュウの言葉に、ウエンディが再び眉を顰める。
「ねえシュウ。あなた、まさかトランス体の性決定は思い込みの産物なんて云い出したり――」
「はーいはいはい、ちょっと失礼しますよ!」
瞬間、青い影がシュウの視界を遮った。余程慌てていたのか。窓に衝突しそうになったところでくるりと向きを変えてテーブルの上に舞い降りてきたチカに、シュウは表情を険しくした。
どれだけ自由奔放な使い魔でも、|練金学士協会《アカデミー》が軽々しく足を踏み入れていい場所でないことぐらいは弁えている。ということは――シュウはチカに尋ねた。マサキに何があったのです。
「そりゃあ聞かずともわかるようなもんじゃないですか」
呆れたような、困ったような、弱り切ったような声。表情の判別が付かない丸い瞳がシュウを見上げている。
「マサキさんがまた巣作りを始めてしまったんですよ」
※ ※ ※
寝室のベッドの上、シュウの服を集められるだけ集めて作り上げた巣の中にマサキはいた。
※ ※ ※
寝室のベッドの上、シュウの服を集められるだけ集めて作り上げた巣の中にマサキはいた。
頭では理解している。この行為に意味はない。
巣作りと呼ばれる以上、そこで子育てをするのが道理でもあるだろうに、マサキは自らの愛息をそこに招き入れたいとは思わなかった。それでもやらずにいられない。それは、それがΩの本能的な習性のひとつであるからだった。
予兆はあった。今日もマサキと愛息の為の研究と|練金学士協会《アカデミー》に向かったシュウ。見送りに玄関に出たマサキは胸騒ぎを感じて仕方がなかった。離れ難い思い。一緒にいたい。そのひと言をマサキが云えなかったのは、シュウの目的が『家族の穏やかな暮らし』にあったからだ。
Ωとしての習性から、マサキを、そしてふたりの愛息を解放する。そのシュウの決意をどうして当事者であるマサキが止められただろう。
それはマサキ自身の願いでもあった。不規則な発情期に振り回されてばかりいる。抑制剤の効果は出ていたが、性欲の全てを抑えきってくれる訳でもない。多少の我慢が必要になるその時期を、マサキは鬱陶しく感じることもままあった。
――もっと自然に、気持ちのままにシュウと触れ合いたい。
マサキは黒々とした闇の中で、今頃研究に打ち込んでいるだろうシュウを想った。会いたい。あいたい。アイタイ。止め処なく溢れてくる恋しさ。日常に不満に思うことなど何もないのに。
なのに止まらぬ想い。アイタイ。
愛息が産まれたことで、マサキとシュウの仲はより深まった。順風満帆な生活。だのに発作のようにマサキを突き動かすこの衝動。永遠にこうしていたい。マサキはシュウのコートに包まって、彼の衣服で作り上げた巣の中に篭り続けていた。
――会いたい。
|性行為《セックス》は勿論のこと、|口付け《キス》も要らなかった。それどころか|抱擁《ハグ》すらも必要なかった。ただ顔を見て、寄り添うようにふたりで一緒にいられればそれだけでよかった。
――我儘を云えば良かっただろうか?
マサキはだぼつく袖の匂いを嗅いだ。嗅ぎ慣れた洗剤の香り。そこにひっそりと漂う彼の匂いが心地いい。
――アイタイ。
息を吸い込む度に鼻を満たすシュウの香り。寝しなに感じる匂いと一緒だ。マサキは目を細めた。
ふたりで枕を並べて眠る生活にも大分慣れた。
産まれて数ヶ月の幼い赤ん坊の世話もあって、それ以上の行為に及ぶことはなかったけれども、抑制剤の効果で発情期の起こりが抑えられているからだろう。マサキはそれだけでも充分に満足だった。
何より目を開ければ、手が届く位置に彼がいる。これ以上の幸福がどこにあるだろう。
――こんな残り香ではなく、本物の匂いが嗅ぎたい。
恋しさばかりがいや募る。会いたい。あいたい。アイタイ。マサキはシュウの上着の中に閉じ篭った。
きっと今頃二匹の使い魔は、赤ん坊の世話にてんてこ舞いしていることだろう。使い魔のいる生活に慣れた様子の赤ん坊は、あれでマサキに似て癇癪持ちだ。何もないのに突然火が点いたように泣き出す彼の相手をするのは、産んだマサキですら手を焼く。
それでも今は出ていけないのだ。
この匂い、この香り。マサキは鼻を鳴らした。シュウの匂いが満ちる空間からしか得られない安息がある。それはささやかながらも限りない幸福でもある。今のマサキは、シュウがいない現実が不安に感じられてどうしようもなかったからこそ、彼の匂いに包まれることで精神の安寧を得ているのだ。
何がそこまで自分を心細くさせているのか、マサキにもさっぱりわからない。順風満帆な生活には微かな濁りさえもなかったし、こうした仲になるまでは当たり前だった喧嘩もなくなった。自他ともに認める仲睦まじさ。それはさしものマサキにも、シュウとの仲が安定しきったことを自覚させた。
だのに、恋しい。会いたくて会いたくて会いたくて堪らない。
きっとシュウがこの場に居たら、だからこそそれはΩの本能なのだとしたり顔で云うことだろう。けれども――と、マサキは思う。本当にこれは本能による習性なだけであるのだろうか?
マサキと、シュウの呼び声がする。
キィ。と、寝室の扉が開く。
不意に溢れ出した涙は、恋しさの表れだ。それでもマサキは外に出られなかった。ただ巣の中に篭ったまま、シュウがどういった行動に出るのかを待つ。たった数時間会えなかっただけで、恋しさに心を狂わせてしまった自分。止まらない涙が、マサキの羞恥心を煽った。
「顔を見せて、マサキ」
シュウの言葉に身構える。気配から察するに、彼はマサキが作った衣服のバリケードを除けているようだ。
「やだ」
「そう云わず」
だからマサキはバリケードを掴んだ。掴んで、それ以上、シュウが衣服を除けられないようにした。だが、彼は随分と衣服を剥いでしまったようだ。明るくなった視界。次の瞬間、薄くなったバリケードの隙間からシュウの匂いが流れ込んでくる。
「顔を見せて、マサキ」
酷い顔をしているというのに、シュウはそんなマサキを可愛いと云い出す。それが恥ずかしく感じられて仕方がないからこそ、ついつい巣の中に篭ってしまうというのに。
だのにそのマサキの気持ちに気付いているのかいないのか。ほら――と、シュウがバリケードごと身体を抱き締めてくる。
眩暈がした。
歓喜の雄叫びを上げる胸。会いたかったあいたかったアイタカッタ……胸いっぱいに膨れ上がる愛しさに押し潰されそうになりながら、マサキは衣服の隙間から腕を突き出した。そしてシュウの身体に思いっきり抱き着いた。
巣作りはΩの本能である。それは間違いない。
ならばこの感情は何だ。マサキはシュウの服を掴んで彼の身体を引き寄せた。これだって愛だ。揺るぎないシュウへの愛情。巣作りの度に自らの想いを再確認しているマサキはそう思った。
「寂しかったの」
そうっとマサキの顔にかかる衣服を除けたシュウが、涙に濡れたマサキの頬に口唇を寄せてくる。それにこくりとマサキは頷いた。そして、会いたかった――と、呟きながら、続くシュウからの口付けに身を任せていった。
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