<イミテーション・ゴールド>
(1)
「男性用香水のイメージキャラクター?」
「絶対《ぜってえ》に嫌だ!」
(1)
「男性用香水のイメージキャラクター?」
情報局の執務室を訪れるなり、セニアに肩を掴まれるようにして席に就かされたマサキは、彼女が口にした「驚くべきビッグニュース」の内容を、鸚鵡返しに反復した。
「そうよ。この国で一番顔が売れている男って誰かって聞かれれば、確かにあなただものね。知名度も高ければ好感度も高い。上手い所に目を付けたものだわって、あたしは思ったんだけど」
「巫山戯んなよ。俺が香水ってガラじゃねえのは、お前が一番わかってるだろ」
「そうは云われてもねえ。契約書はもう交わしちゃった後だし」
そう云って、セニアが何枚もの綴りになっている紙束を目の前で振ってみせるものだから、マサキとしては反射的にその紙束を奪い取って破り去るしかなく。しかしそこは流石の女傑。当然のように|執務机《デスク》の引き出しから、恐らくは同じ内容であるのだろう。再び紙束を取り出してくる。
「コピーに決まってるでしょ。原本は金庫に仕舞ってあるわよ。あなたに渡したら、大事な書類がどうされるかぐらい、あたしがわからないとでも思ったの?」
「つうか何でお前が勝手に決めてるんだよ! 俺の問題だろ、俺の!」
「魔装機の監督権を持っているのは誰?」
「職権乱用つうんだよ、それは……」
はあ、と溜息を洩らしながら、マサキはセニアから受け取った契約書のコピーに目を落とした。専門用語も多いその書類を、学の足りないマサキが読み切るのにはそれなりに時間がかかったが、要は「香水のイメージキャラクターを務めるにあたっては、魔装機神の操者であることが優先される」ということのようだ。
当たり前だ。マサキは吐き捨てた。差し迫った目の前の危機より香水のキャンペーンなどという事態になったら、他の魔装機の操者たち――わけても女性陣は、腹を抱えて笑いかねない。
「イメージキャラクターってことは、キャンペーンとかあるんだろ。大丈夫かね。ラ・ギアス世界は俺がそんなのに出てる余裕があるような状態じゃねえ気がするけどな」
「大丈夫よ、大丈夫。キャンペーンとかは他のタレントにやらせるから。あっちの会社としては、話題性が欲しいのよ。ラングランの英雄、風の魔装機神の操者をイメージキャラクターに起用したっていうね。だからマサキ、ポスターとCMの撮影ぐらいはきちんとこなし」
「馬鹿だろお前! ポスター? CM? 俺にそんな役目がこなせると思ってるのか!」
セニアに詰め寄った弾みで、派手な音を立てて椅子が後ろに倒れる。まあ、聞きなさい。彼女のこうした口ぶりは、流石は従兄妹だけあって実に良くシュウに似ている。凛と響く声も相俟って、その雰囲気に呑まれてしまったマサキは、仕方なしに椅子を直し、彼女と再び向き合った。
「いい、マサキ。これはあたしたちにとっても益のある話なのよ。わかってるでしょう。魔装機に対していいイメージを抱いていない民衆が、少なからずいること」
「そりゃあ、まあな……」
「彼らの好感度を上げるには、イメージ戦略も必要なのよ。出来ればもっと庶民的な商品が良かったけど、これをきっかけにそうした話もあるかも知れないわ。あなたたちの露出をニュース以外に増やすことで、あなたたちの存在を身近に感じてもらうのよ。それがひいては魔装機の存続にも繋がるわ」
ホントかよ。マサキは盛大に眉を顰めた。口の回る女傑にいいように言い包められている気がしなくもない。疑わし気にセニアを見詰めれば、彼女は更に言葉を続けた。
「反魔装機派とまではいかなくとも、リベラルやノンポリへの訴求効果は期待出来るわ。今回のギャラは全部あなたにあげるわよ。あたしは魔装機と操者のイメージアップが目的だしね。どう、やる気になった?」
やる気も何も、既に契約書は交わされてしまっているのである。ここでマサキが幾らごねた所で、その契約書が無効になる筈もなし。わかったよ――。マサキは半ば捨て鉢になりながら答えた。やりゃあいいんだろ。
(2)
(2)
「絶対《ぜってえ》に嫌だ!」
男性用の香水のイメージキャラクターにマサキが選ばれたと耳にした仲間たちは、当然のことながら抱腹絶倒。女性陣は化粧品で馴染み深いメーカーだったらしく、笑いはしたものの、メーカーの知名度と人気の高さに、むしろマサキで大丈夫なのかと心配をしていたものだったが、ことヤンロンに至っては、日頃の厳めしい顔付きや難物を思わせる堅苦しい物言いはどこへやら。酸欠で倒れかねない勢いで笑い倒してくれたものだ。
――お前が……っ、香水の、イメージキャラクター……っ……
逆の立場ならば、マサキとて同じように反応したことだろう。実はヤンロンは案外笑い上戸なのかも知れないなどと思いつつも、そこまで笑われればマサキも意地になる。絶対に成功させてやる。マサキは内心でそう誓った。
魔装機操者たちの日常生活は慌ただしいリズムで過ぎてゆく。マサキとてそうは誓ったものの、騒々しい日常に追い立てられるように生活していれば、思い出すことも稀となる。それは他の魔装機の操者たちも同様だ。そういったマサキの滑稽な立場に対する彼らの興味も薄れ、マサキ自身も契約の事実をすっかり忘れてしまった頃、思い出したようにポスターとCMの撮影の日程が決まったと、セニアから連絡が入った。何でも商品の開発に思った以上に時間がかかり、それで撮影日がここまで遅れてしまったのだそうだ。
――それだけあなたがイメージキャラクターに決まったことが、彼らにとってはプレッシャーだったのよ。よかったわね、マサキ。そのぐらいには期待してもらえてて。
口の悪い女傑はそう云ってくれたものだったが、だからといってこんな扱いを受けるとは聞いていない。撮影日の当日になって、ポスターとCMのコンセプトとプランニングを聞かされたマサキは、迫り来るスタイリストたちから逃れるように控室の壁際に背中を付けて、彼らの説得に対して反抗を続けていた。
「諦めなさい、マサキ。あなたもうやるって決めたのでしょう。今更それをこの土壇場で翻すなんて、あなたらしくない」
「そーよ、そーよ。男に二言はないのよ、マサキ。ちゃっちゃとこの人たちに準備してもらって、ちゃっちゃと撮影を終えて楽になっちゃいなよ」
そう口々にマサキに云い聞かせるテュッティとミオの表情は、その内容に見合わないまでに愉しそうである。面白がっていやがる。魔装機神の女性陣ふたりのきらきらとした笑顔。ヤンロンに至っては床にうずくまって笑いを堪えている始末だ。
スタイリストたちが用意した衣装。
Vネックの黒いTシャツに、ストレートラインの黒いジーンズ。ここまではいい。問題はここにアクセサリーが加わることだ。シルバーのイヤーカフ。深紅のマグネットピアス。十字架《クロス》の付いたチョーカー……一体、何処を目指しているのか不明だが、シルエットのタイトな黒い皮手袋まで嵌めさせられるらしい。俺を何だと思ってやがるんだ。壁際でマサキが続けて叫べば、にひひと笑ったミオが、
「そりゃあ香水のイメージキャラクターの安藤正樹っしょ」
と、当たり前過ぎることを云う。そんなことはマサキとてわかっているのだ。そう、そこで床に転がっているヤンロンの反応が癪に触って、絶対に成功させてやると思ったことも思い出した。それでも嫌なものは嫌に決まっている。いや、マサキはまだ、自分に不釣り合いなそれらのアイテムを身に付けたファッションをすること自体には抵抗はないのだ。ただ、それに付随した問題がひとつだけあって――。
「ほらもう諦めなって、マサキ。馬子にも衣裳でしょ。化粧すればマサキだって見栄えが良くなるかも知れないよ」
「そうよ。そのままのあなたでアクセサリーを身に付けても笑い話にしかならないでしょうけど、化粧をすれば、万が一の奇跡が起きるかも知れないじゃないの」
「お前らのその言葉が大丈夫じゃねえって云ってるんだよ!」
ついに我慢が限界を迎えたらしく、その瞬間、ヤンロンが腹を抱えて笑い出した。いやあ、まあ、お気持ちはわかるんですがね。メーカーの代表として立ち会う予定らしい。営業部長を名乗った男は、ヤンロンを横目にしみじみとそう呟いて、しかしマサキさん――と、言葉を続けた。
「既にこのプランニングで議決と予算を取っていますので、今更他のプランに変えるとなると違約金が」
「セーニーアーッ!」
マサキは絶叫した。あの傍迷惑な女傑は今日の撮影の内容を事前に知っていて、その上でマサキに内緒で勝手にGOサインを出し、更にそれを知ったマサキが逃げ出すに違いないと見込んで、敢えて伝えないことを選んだに違いないのだ。
「はいはい。今日ここにいない人への恨みは後で直接本人にぶつけなよ。ここでうじうじ云ったって、マサキの置かれている立場は変わらないんだからね! いきさつはどうであれ、やるって決めたのはマサキでしょ! だったらきっちりやってみせなよ!」
「そういうことよ、マサキ。彼らは商売でやっているのよ。つまり、その道のプロ。そうである以上、おかしなプランを立てたりもしないでしょう。何と云っても男性用香水なのよ。イメージが大事な商品のイメージキャラクターにあなたを起用した以上、ちゃんとしたイメージキャラクターにあなたを仕上げてくれるでしょう」
流石にそろそろ笑ってばかりもいられないと思ったようだ。やけに真面目な表情のふたりに、真面目に諭されてしまったマサキは、う。と、言葉を詰まらせた。大勢の人間が動いているプロジェクト。今更、マサキがひとりで反旗を翻してもどうにもならない。時間を引き延ばした分、ただ悪戯に彼らスタッフに迷惑をかけるだけ――わかったよ。やるよ。自分を取り囲んでいる様々な立場の人間の顔を見渡したマサキは、彼らの自分に対する期待に満ちた視線の数々に、溜息とともにそう吐き出していた。
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