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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

イミテーション・ゴールド(後)
後編です。やりたいことが出来たので私はほどほど満足しております。
ただ白河のこの絵には返す返すも青い口紅を乗せたかった。笑


<イミテーション・ゴールド>

(3)

 出来上がったポスター用のスチル写真を見たマサキは、正直な所、明日世界が滅亡すればいいのにと思ったりもしたのだが、覆水盆に返らず。やってしまったものは仕方がない。ええいもう好きにしやがれと、その衣装のまま続くCMの撮影に臨み、あれこれディレクターの指示を受けながら恐ろしいことにラングランの城下を動き回ること数時間。終わると同時に速攻で化粧を落とし衣装を脱ぎ、メーカーの代表の営業部長から「いやあ、いい絵が撮れましたよ。有難うございます」などと労いの言葉をかけられつつも、そんなものは何の慰めにもならなかった。
 ただの化粧ではなかったのだ。ファンデやアイシャドーを塗り、紅い口紅を引き、チークをはたく。若者の間の一部で流行っているらしい。「最近は男性も化粧を必要とする人が増えたんですよ」とは件の営業部長の言葉だ。しかし、如何に流行のファッションとはいえ、出来上がった自分の顔を見たマサキは、その余りの性別不詳ぶりに口をぱくつかせずにはいられなく。男らしさとはと何かと自身の男性性について、撮影の間中、考えを巡らせ続けたものだ。
「広告展開を楽しみにしていてください。今回は社運を賭けて大々的に展開する予定ですので。CMもいつも以上に流しますし、街の一角をジャックしてキャンペーンを打つつもりでもいます。きっとマサキさんも頻繁にご自身の姿を目にする機会に恵まれると思いますよ」
「見たくねえ……」
 何を好き好んで化粧で大いに化けた男性性を失った自身の姿を見なければならないのか。これではむしろ、リベラルやノンポリの取り込みどころか、魔装機そのものへの印象を下げかねない。セニアには文句と説教だ。マサキは スタッフへの挨拶もそこそこに彼らと別れ、笑い過ぎて酸欠を起こしているヤンロンや、腹痛を起こしているミオ。そして「でも、案外似合ってたわよ」と云いながら含み笑いを洩らしているテュッティたちとも別れ、セニアにこのやるせなさと怒りをぶつけるべく、ひとり情報局へ向かった。とはいえ、情報局を掌握しきっている女傑のしたことである。既に諜報員よりマサキの撮影の様子は動画や映像として届けられていたようであり、マサキが執務室に到着した時にはそれらを眺めながら大爆笑の真っ最中。
「思ったよりは違和感なくて|吃驚《びっくり》よ。マサキ、この方面で売り出してもいけるんじゃないかしら」
「どの方面だよ。俺は二度と御免だぞ。厚い化粧をして撮影に臨むなんて、馬鹿げたこと……」
 ところがこの「馬鹿げたこと」がとてつもない評判を呼んでしまったのである。
 きっとマサキたちが思っていたより、マサキは化粧映えをする顔立ちをしていたのだ。風の魔装機神の操者にして伝説の剣聖ランドールの名を受け継いだラングランの英雄が生み出した新しい男性像は、流行に敏感な一部の若者は元より、一般の民衆にも広く訴求効果を及ぼした。どのくらいの訴求効果であったかというと、香水の発売日にはあちこちの取り扱い店で長蛇の列が出来たほどである。当然ながら初回生産分は即日完売。増産に次ぐ増産で、この業界では異例の大ヒット商品となった。
 ユニセックスな香り。香水のそのコンセプトも民衆に受け入れられたようだ。彼らはブームに乗って買って終わりにするようなことはなかった。マサキ=アンドーをイメージキャラクターに据え、意外性の高い広告コンセプトを打ち出した男性用香水は、街を往けばどこからでもその香りがしてくるといったまでに、民衆を虜にしてしまった。
 ゼオルートの館にはマスコミが詰めかけ、マサキのコメントを取れないかと必死な様子だった。皆、あなたが思ったより親しみ易そうなキャラクターに見えているのよ。セニアは館から出られずにいるマサキにホログラフ通信機でそう云ってくれたものだが、マサキとしてはやはりやるせなさが勝る。結局、情報局から派遣された局員がマスコミの対応をすることとなったのが、そういった対応に慣れている彼らであっても、全てのマスコミをゼオルートの館から撤退させるには二週間の時間を要した。
「あら、マサキちゃん。見たわよ、例のCM。男前だと思ってたけど、本当にいい男っぷりだったわ。うちの主人にも買わせたわよ、あの香水」
「旦那が気の毒過ぎるだろ……あんたの旦那、もう70近くなかったか」
「それが気に入ったみたいで毎日香水を付けて歩いてるわよ。また機会があったらああいうのやってちょうだい。あたしも娘も楽しみにしてるから」
「絶対にやらねえ!」
 ようやくひとりで身軽に外を出歩けるようになったマサキは、周囲の好機や憧れの視線に晒されながら、城下に生活に必要な雑貨や食料品の買い出しに出た。それが、これだ。馴染みの八百屋の女将でさえも、封印したい記憶を掘り返してくる。次は絶対に他の連中にやらせてやる。消費量が多い野菜や必要のないような野菜まで、あれもこれもとおまけを山ほど持たされたマサキは、街の片隅で抱えきれない量となった荷物に途方に暮れていた。

(4)

 そしてついに創業始まって以来の売り上げを記録したらしい香水に、販売会社はキャンペーンに関わったマサキ以下タレントたちの慰労を兼ねた謝恩パーティを開催することにしたそうだ。そうだ、というのは相変わらずマサキは蚊帳の外に置かれたままだったからだ。会社側はセニアを通した方が話がスムーズに進むと気付いているようで、パーティの話もマサキをではなく情報局に招待状とともに届けられたのだという。
 セニアから話を聞いたマサキは、当然ながらそんな堅苦しくて面倒な場に出ることは嫌だと駄々を捏ねたものだが、それで引くような女でないことは、これまでの経緯からしても明らかだった。
 マサキはとにかく押しに弱いのだ。頼み込まれたり、強く出られたりするのにも弱い。しかも女性が相手だと更に弱くなるときている。女性は守るもの。心の何処かでそう思ってしまっているからだろう。リューネや魔装機の面々といった守る必要のない女性たち相手であっても云うことを聞いてしまう。
 しかし、厄介事を押し付けられたり、貧乏くじを引かされたりすることに慣れているマサキであっても、それは日常生活の延長線上にあるもの。イメージキャラクターといった企業が絡む案件には馴染みがない。それを販促キャンペーンの類は別のタレントが担当するからという話だったからこそ受けたのだ。撮影の間だけ辛抱すればいい。堅苦しい世界が苦手なマサキとしては、企業との関係は最低限で済ませたかった。いくら押せ押せで迫られようとも、それなりの振る舞いを求められるパーティなどといった場は遠慮したいのが本音だ。
「大体、ヒット御礼パーティっつーなら、会社の内部の人間でやれよ。香水の売り上げに一番貢献したのは、現場で働いている会社の人間たちだろうよ」
「だからじゃないの。会社の人間も来るわよ。でも一番売り上げに貢献したのはあなたでしょ。あなたがイメージキャラクターを務めなかったら、ここまであの香水が売れたかどうか」
 だというのに、この返しである。嫌だと云えば、大丈夫よと云われる。何が大丈夫なのかと聞けば、あなたは口下手だって伝えてあるからと云われる。だから話さなくても大丈夫よ。美味しいものを沢山食べて来なさいな。気付けばそうセニアに押し切られてパーティに出席することになってしまっていたマサキは、「そんな場に出て笑いを堪えきれる自信がない」と、思い出し笑いを繰り返しながら断ってきたヤンロンを置いてけぼりにして、パーティの当日。テュッティとミオを供に、城下にあるパーティ会場である一流ホテルのホールに足を踏み入れた。
「本日は我が社の謝恩パーティにお集まりいただき……」
 立食形式のパーティらしい。足を棒にさせる長ったらしい挨拶を半分以上右から左と聞き流して、社長らしき人物の音頭に合わせて乾杯を済ませたマサキは、だったらたらふく食ってやるとテーブルを飾っている種類様々な料理を皿に盛り始めた。
 そして、あれが美味しいだのこれが美味しいだのと囁き合いながら、見た目ばかりはしとやかに。少しずつ料理を口に運んでいるテュッティとミオを尻目に、次から次へと料理を口に詰め込んだ。元は取ってやる。恥の代償としては些か少額にも思えるイメージキャラクター料を思い返しながら、テーブルの上の料理に手を伸ばしては口へ。繰り返していれば、例の営業部長がマサキの許へと近付いて来た。
「これはこれはマサキ様。本日はこのような場所にまで足をお運び頂き有難うございます」
「出来れば来たくはなかったけどな」
「まあまあ。口下手で人見知りが激しいと伺っておりますので、うちの者が失礼を働くようなことはございません。どうぞ最後までごゆっくりとお食事をお楽しみいただいて――と、既に随分お召し上がりになっているご様子」
「他に楽しみもねえしな。ひたすら食って帰ってやるさ」
 でしたら、と営業部長は揉み手をしながら続けた。何でも今回の香水キャンペーンのイメージキャラクターにマサキを推薦したのは会社の筆頭株主なのだそうだ。経営には興味がないらしく、普段は全く会社のことに口を挟んでくることはないようだが、偶に発される助言の数々はどれも的を射ているものばかりで、会社の経営陣からは非常に頼りにされている存在だという。
 その筆頭株主がマサキに礼を伝えたいとホテルのラウンジに来ているのだという。非常に控えめな人物で、こういったパーティのような賑やかな場は苦手なのだそうだ。だからマサキに足を運んで欲しいと、そういう話であるらしい。
 そういった人物であればあれこれ詮索されたり、口喧しく今回の件について感想を述べられたりもしないだろう。そう考えたマサキはパーティの空気に飽きていたこともあって、株主と会うことを了承した。
 では、早速。営業部長に促されたマサキは、テュッティとミオを置いて会場を出て、エレベーターに乗り、最上階にあるラウンジへ向かった。薄暗い店内。窓にはスモークシートを張っているようだ。明るくも賑やかな筈の城下の景色が、シートの向こう側に薄闇のように映っている。
 そろそろ夕刻とはいえ、酒類を扱うラウンジが賑わうにはまだ早い頃合いだとみえて、客席は閑散としている。営業部長に続いてラウンジの奥にあるボックス席に向かう。仄かな明かりが灯っているだけのテーブル。そこに座っている株主の後姿を目にした瞬間に、マサキの口から悲鳴が衝いて出そうになった。
 見知った後姿。確実に。
 それでは私はここで。と、営業部長がどんな気を遣ってか、ラウンジから出てゆく。お、前――。マサキは言葉を失った。云いたいことは山ほどあれど、何からどう伝えればいいかわからない。後姿だけで誰かわかってしまった相手が、シートからゆっくりと立ち上がる。それをこれ以上となく絶望的な気持ちで、マサキは|凝視《みつ》めていた。
 ――ご無沙汰ですね、マサキ。
 そう、それは紛れもないシュウ=シラカワの声。何を思ってのことだったのかは判然としないが、シュウは傍迷惑にも自らが筆頭株主を務める会社を使って、マサキに男性用香水のイメージキャラクターというとんでもない仕事を回してきたのだ。
「お前があの会社の筆頭株主だってことには今更突っ込まねえ。だけどな、シュウ。俺をイメージキャラクターに推薦したってのはどういうことだ。お陰でこっちは物凄い迷惑を被って」
 見たかったからですよ。シュウはさらりとそう云ってのけると、マサキにボックス席に座るように促した。あなたが若者の間で流行っているファッションアイコン的な格好をしたらどうなるのか。向かいのシートにマサキが腰を下ろすのを待っていたかのように自らもまたシートに身体を戻したシュウは、|微笑《わら》いながらそう言葉を紡いだ。
「見たかった? あんな姿を? それだけで会社をひとつ動かしたのかよ」
「あんな姿、とは心外ですね。実に良く似合っていたというのに。あなたのあの姿を記録に残しておけるのなら、あのぐらいは安い投資でしたよ、マサキ。あなたに直接頼んだところで、私の為にああいった格好はしてはくれないでしょうしね。お陰で会社の株価も上がりましたし、私にとってはいいこと尽くめです」
 ぐ、とマサキは言葉を詰まらせた。どうやらシュウはマサキのあの黒歴史としか呼びようのない姿を見たいが為に、マサキを男性用香水のイメージキャラクターに推薦したらしい。たったそれだけの欲の為に、ひとつの企業までもを動かしてみせるとは。これで二の句が続くほど、マサキの精神は|頑健《タフ》に出来てはいない。
 はあ、と深い溜息をひとつ洩らしたマサキに、何を飲みますか。云ってシュウがメニューを差し出してくる。謝る気もなければ悪びれもしないのが実にシュウらしい。本当にこいつは――。マサキは自分の欲を満たす為なら、金や手間のみならず、他人の時間をも費やしてみせる男のすました表情を目の前に、がっくりと|頭《こうべ》を垂れた。


<おまけ>

 
やりたかったダケでした!以上です!


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