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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

ダイエット / 夜の闖入者
WPの方に置くのには、ちょっと毛色が違うなあ。と思ったので。



<ダイエット>

「ダイエットだ」
 腹の上で馬乗りになっているマサキが、シュウを見下ろして吐き捨てた。
「誰がです」
「この話の流れで何で他人が出てくるんだ。俺に決まってるだろ」
 まるで格下の敵機に攻撃を食らった時のような表情。不機嫌が服を着て歩いていると云っても過言ではない。曲がった口に尻上がりの眉。そう、マサキ=アンドーは間違いなく気を悪くしていた。それもシュウの不用意なひとことが原因で。
「だからお前も付き合え」
「私は必要以上の脂肪を蓄えているつもりはないのですが」
「タンパク質摂取メニューはお前の方が詳しいだろ。脂肪を筋肉に変える。プロテインと筋トレだ。明日から始めるぞ」
 シュウの言葉を聞く気はなさそうだ。それだけ自分の体重の増加が気にかかったのだろう。そう口にしたマサキが、先程までの甘えた態度はどこにやら。さっさとシュウの腹から降りてゆく。
 シュウはソファの上で身体を起こした。
 構って欲しかったらしい。読書に耽っていたシュウにあれこれと声をかけてきたマサキが、生返事に業を煮やして押し倒しにかかってきたのがつい五分前のこと。なあ、シュウ。甘えた口調で名を呼んできながら、シュウの額やら頬やらに口付けを落としてくるマサキに、それでもシュウは手にした書から目を離せずにいた。
 丁度、書を構成する論拠の山場に差し掛かっていたのだ。
 ここを越えないことには読書を終われない――シュウは文字を目を走らせながら、マサキをいなすようにその頭を撫でた。少しでも落ち着いてくれればいい。そう思っての行動だったが、それは逆効果であったようだ。
 ――本じゃなく、俺を見ろよ。
 シュウの態度が癇に障ったのだろう。そう云って書を取り上げようとしてきたマサキに、シュウはほんの数ページも待てないのかと苛立ちを覚えてしまった。そして、ついこう口にしてしまったのだ。少し重くなったのではありませんか。
 直後、表情をなくしたマサキにシュウはしまったと思ったが、口にしてしまった言葉は取り消せないのだ。
 その結果のダイエット宣言である。
 嫌味か皮肉か。それとも本気の決意であるのか。一見、落ち着いているように映るマサキの様子からは、その本心は読み取れそうになかった。けれども彼がダイエットにシュウを付き合わせる気でいるのは間違いないようだ。
「何をしているのです」
 シュウはマサキに尋ねた。恐らくはプロテインを探してのことだ。そう思いながらも、冷蔵庫を覗き込んでいるマサキに不安が過ぎる。
「中身を確認してるに決まってるだろ。タンパク質って云ったら鶏肉だしな。あとは卵か……てか、プロテインパウダーの残りが少ないじゃねえかよ。買いに行くぞ」
「戸棚の中に買い置きのプロテインバーもありますよ」
「ホント、不健康な食生活だな」冷蔵庫の扉を閉じたマサキが呆れた表情で振り返る。「栄養補助食品に頼りきりな生活は改めろってあれほど」
「筋肉量を増やすダイエットをすると宣言したばかりの人間の台詞とは思えませんね」
「うるせえよ。お前が俺を重いって云ったんだろうが」
 シュウの発言を相当根に持っているようだ。視線を鋭くしたマサキに、仕方がないとシュウはソファから立ちあがった。
 なんだよ。身じろぐマサキに、戸棚を確認しないのですか。と、問いかける。
「どうせお前のことだ。山程蓄えてるんだろ」
 そう口にしながらも、見ないという選択肢はないようだ。シュウに背を向けたマサキが、キッチンカウンターの上の戸棚に手をかける。
 途端にマサキの口から洩れる溜息。それもその筈。そこにはシュウが箱買いした十箱ほどのプロテインバーが、キッチン用品を押し退けるようにして並んでいる。
「お前さあ。本当にさあ」
 シュウは嫌気を滲ませながら振り返ったマサキの腰に手を回した。細く硬い腰は、彼が日頃のトレーニングを疎かにしていない証拠でもある。筋肉がしっかりと付いた代謝のいい身体。腕に力を込めて、マサキの身体を抱き上げたシュウは、呆気に取られた表情でいるマサキに笑いかけた。
「私が抱き上げられるのですから、まだまだですよ」
「抱き上げられなくなったら痩せろってか」
「あなたのお好きにどうぞ」
 シュウはマサキの身体を下ろした。と、即座にシュウに向き直ったマサキが腕を伸ばしてくる。
「甘えるぞ。いいのか」
「構いませんよ」
 背中に回されたマサキの手が、力強く、シュウのシャツを掴んでいる。今日の読書はもう終わりにしよう。マサキの身体をしっかと抱き締めたシュウは、その髪に顔を埋めながら、彼と過ごすこれからの時間に想いを馳せた。




<夜の闖入者>

 夜も更けた。
 リビングでテレビを見ていたマサキはそろそろベッドへと移動しようと、リモコンに手を伸ばした。プレシアも寝どきだと感じていたのだろう。欠伸をしながらソファから立ち上がる。平和な一日だったね、おにいちゃん。兄妹で静かに過ごした一日の終わりに、彼女がほっとした様子でそう口にした瞬間だった。リンリンと玄関の呼び鈴が鳴った。
「誰だろ?」
「またあいつらじゃねえの」
 騒々しいマサキの仲間たちは、口実を設けては良くこの家を訪れた。
 晩御飯の支度をするのが面倒だから飯を食わせろ。話し相手が欲しいから付き合え。月が綺麗だから一杯やろう。孤独を好むマサキとしては、彼らの誘いは鬱陶しく感じられる面が強いものであったが、そこは押しの強さを誇る魔装機神操者たちである。断り切れずに押し切られては、朝まで付き合わされること星の数。
 きっと付き合いのいい人間だと思われているのだ。溜息を吐いて腰を浮かせたマサキに、しっかり者の義妹は不安を感じたようだ。いや、寝際に大騒ぎを繰り広げられては堪らないと感じたのかも知れない。
 いずれにせよ、プレシアは来客の対応に自信を持っているらしい。あたしが行く。と、マサキを制すると、単身玄関に向かっていった。
 ならば頼りない義兄であるところのマサキに出来ることは何もない。ただ、プレシアが押し切られたときのことを考えて、念の為にリビングに残る。
「おいらたち先に寝てもいいかニャ」
「皆が来ると長くニャるのね」
 テレビ近くのカーペットの上。眠たげに瞬きを繰り返している二匹の使い魔に、好きにしろ。マサキは云い放った。ニャら、寝るのニャ……そう口にしつつも、主人の傍を離れるつもりはないらしい。足元で丸くなった二匹に、マサキは顔を上げた。
 最早、興味の失せたテレビ。世界情勢を伝えるニュースの群れを右から左に聞き流しつつ、プレシアが夜更けの来客をあしらい終えるのを待つ。
「な、なな、何しに来たんですかっ!」
 直後、プレシアの狼狽えた声が聞こえてきた。
 ニャんだ? 顔を上げた使い魔たちに倣って、玄関に繋がっているリビングの入り口に目を遣る。ちょっと、待って! どうやら防衛ラインを突破したようだ。プレシアのものではないゆったりとした足音がこちらに迫ってくる。
「待ってよ! 勝手に上がらないで!」
「おい、どうした」マサキはソファから立ち上がろうとした。「誰が来たんだ」
 瞬間、入り口に姿を現すすらりと伸びた長躯。はあ? 好んでこの家に足を運ばない男の姿に、マサキは訳がわからず目を見開いた。
「夜分遅くに失礼しますよ、マサキ」
 ふわりと揺れる髪の下から鋭い眼差しが覗いている。いつも通りの端正な面差し。云うなりソファの隣に陣取ったシュウに、お、前……マサキは、途惑いつつも問いかけた。
「何しに来たんだよ」
 矢張り、プレシアに対する負い目があるのだろう。シュウがマサキの前に姿を現すのは、外でと相場が決まっていた。だからマサキは、足繁く彼の許に通うしかなくなった。ふたりきりのゆったりとした時間は、そうしなければ得られないものであるのだから仕方がない。
 実際、マサキにしても、この家にシュウを招くのは抵抗がある。
 蟠りを消化しきれない義妹。ゼオルートの死は、未だ彼女の胸に傷を残していた。
 だからこそ、プレシアを間に挟んだふたりの思惑は一致をみた。会うのは、この家以外の場所で。そう、それは暗黙の|了解《ルール》だった。彼女の気持ちを最大限尊重した付き合いを続けていこうと――……
 なのに、何故――マサキは涼やかな表情で隣に座っているシュウの横顔を見詰めた。夜更けにわざわざ、そのルールを破ってまで足を運んできたくらいである。それなりの用件であるのは間違いない。マサキは有事であるかも知れないと覚悟を決めて、彼が口を開くのを待った。
「特には何も。ただあなた方の顔を見たくなったものですから」
 その瞬間、マサキの鼻腔に潜り込んできた強いアルコール臭。まさか。マサキは生白いシュウの頬に目をやった。微塵も酔った気配を感じさせない肌色だが、それで安心出来る筈もない。シュウ=シラカワは、酔えば酔っただけ顔色の悪くなる男なのだ。
「お前、酔ってるな」
「少しばかり」
 視界の端にモップを構えているプレシアの姿が映り込む。剣呑な義妹の様子に、お前は先に寝ろ。マサキはそう口にして、彼女を寝室に追いやろうとした。
「でも、おにいちゃん」
「大丈夫だ。こいつはただの酔っぱらいだ」
「もっと性質が悪いよ!」
 驚く義妹に畳みかける。
「そうだろ、性質が悪い酔っぱらいだ。お前じゃあしらいきれない。だから先に寝ろ。こいつの相手は俺がする」
 不服そうな表情でシュウを睨んでいるプレシアに、困った時の使い魔頼みとマサキは二匹の使い魔に目配せをした。流石は主人の無意識の産物だけはある。たったそれだけでマサキの考えを覚ったようだ。二匹の使い魔が、一緒に行くんだニャ。と、プレシアの足元に寄り添った。
「……本当に、大丈夫?」
「まあ、酔ってるからな。普段に比べりゃ無害だろ」
「……なら、寝るよ」
「ああ。その方がいい。酔っぱらいの相手は長くなるからな」
 不承不承ながらもモップを収めたプレシアが、二匹の使い魔とともに寝室に向かってゆく。それを見送ったマサキは、――で? と、依然澄ました表情でいるシュウに向き直った。
「凄えアルコール臭だぞ、お前。何かあったのか」
「何もありませんよ。しいて云えば、飲み過ぎたくらいで」
 鉄の肝臓を誇る男は、静かに、だが確実に杯を重ねてゆく。その酒量がどれほどか知っているマサキは、だからこそ羽目を外したとしか思えない強い臭いに、不安を覚えずにいられなかった。
「自棄酒かよ」
 時に過去を思い出しては、落ち着かなさを打ち消すように酒を煽る男。その都度、シュウを宥めてきたマサキは、彼の異様な酒気にその可能性を疑った。
 きっと、何か引き金となる出来事があったのだろう。
 けれどもシュウの表情は、酒に酔った人間とは思えぬほどに引き締まったまま。ただ言葉ばかりが気まずそうに宙を舞う。
「まさか。今年のワインが余りにも出来が良かったものですから、つい」
「自棄酒より性質が悪ぃ」
 マサキは顔を顰めた。
 ワインをこよなく愛する男は、自宅の貯蔵庫に年代物のボトルを幾つも所蔵していた。ただ、集めるばかりではなく、きちんと味わうつもりであるようだ。とっておきの日に飲むのだと云って憚らないだけあって、勝手な記念日を作り上げては、マサキを付き合わせてその芳醇な味わいに喉を鳴らしてきた。
「それで、何で俺の所に」
「酒が進むと、あなたが恋しくなるものですから」
 臆することなく言葉を紡いだシュウに、マサキの頬が紅潮する。よく、そういう言葉をしれっと……云いかけた矢先に伸びてくる腕。刹那、彼の腕に捉われたマサキは、どう反応するのが正解なのかわからずに。愛おし気に自分の名前を呼ぶシュウの声をひたすらに聴いた。






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