もうそろそろ皆様話の流れを忘れているんじゃないかと思うのですが、これでやっと地上に出る準備が整いました。ここからがまた長いのですが、ゆっくり書き進めてゆきますので、お付き合いいただけますと幸いです。
<wandering destiny>
一晩もあれば話も聞ける。
イブンの許を辞したシュウは、それならばと再度ミオの許に向かった。何せ今のシュウはラングランより公式に依頼を受けている身だ。元大公子を煙たく感じている議会に余計な口実を与えない為にも、事前の準備は怠れない。依頼を受けたからには、必ずやマサキを連れ戻さなければ。チカのとりとめのないお喋りに耳を傾けながら、シュウは来た道を戻った。
中天に座す太陽が茜色に空を染める頃。どうやら生活雑貨を買いに街に出ていたらしかった。その住まいの近くで紙袋を抱えたミオと鉢合わせする。
「あっれー、シュウ。もしかしてミオちゃんに用事があった?」
「ええ、あなたからしか聞けない話もあるのではないかと思っていたのですよ、ミオ=サスガ」
彼女としては冗談のつもりであったらしい。それが思いがけず的を射ていたことに驚いたようだ。微かにその目が開く。
「やっだあ。本気? シュウの聞きたい情報なんてあたし持ってないけど」
「マサキのことですよ」
「あー……うん……」
対外的には地底世界にいることになっているマサキ。状況分析能力に長ける彼女は、シュウがどこまでの情報を持っているのか量りかねたようだ。あからさまに言葉を濁す。
「大丈夫ですよ。今の私はラングランから公式に依頼を受けている身です。マサキの捜索を任せると」
「本当に? この国そんなに人材不足なの? 他にも適格者いると思うんだけど……」
そう云いながら疑わし気な眼差しを向けてきはするものの、本気でそうと思っているのではなさそうだ。玄関に立ったミオが扉を開くと、まあ入ってよ。と、シュウを招き入れる。
シュウはミオの後に続いて室内に足を踏み入れた。
雑多で騒々しい室内。何処から手に入れてきたのか不明なペナントが飾られた壁際に、蛙型の店頭人形が陣取っている。かと思えば、床には女性らしいファンシーなピンク色のラグマット。ラングランの国旗が天板にあしらわれたローテーブルの上に紙袋を置いたミオは、サテン生地のクッションをシュウに勧めてくると何か飲む? と、キッチンに立った。
「お茶系がいいんだよね」
「聞くべきことを聞いたらお暇しますので、どうぞお気になさらず」
「何よう。ちょっとぐらい世間話に付き合ってよう。謹慎生活のお陰で、人と話す機会がなくなっちゃって退屈してたの」
テュッティやヤンロンのように、暇を潰す趣味を持たないのか。目が痛くなるほどに統一感のないパンクな室内には、それらしきアイテムがひとつもなかった。
それは確かに退屈であろう。そう思うも、シュウに与えられた時間は限られている。「明日の早朝にはゲートが稼働するのですよ」クッションを避けてラグの上に腰を下ろしたシュウは、そう口にしながら、ミオから熱い茶の入った湯呑を受け取った。
「てか、マサキの話って何を聞きたいの?」
「彼が行方不明になるに至った心境の手がかりになりそうな話ですね」
「そうねえ……」
シュウの向かいに座ったミオが悩まし気な表情を浮かべる。
日頃はお調子者な面が目立つミオだが、云っていいことと悪いことの区別は付けているようだ。それもその筈。彼女の頭は相当に切れる。それを知能に優れるからこそ、シュウは早くから見抜いていた。
誰よりも鋭く状況を分析し、誰よりも深く事態を読み取る。経験不足故に、稀には情に流されることもあったが、その判断は常にクールで的確だ。だからこそシュウは、彼女であれば有益な情報を齎してくれるのではないかと期待していた。
「ヤンロンは浅草でマサキの姿を見たそうですよ」
「へえ。ヤンロン、日本にいたんだ」
よもや魔装機神操者四人の内、三人までもが日本で休暇を過ごしているとは思わなかったのだろう。意外そうに目を見開いたミオだが、直後にはヤンロンの故郷の政治情勢に思い当たったようだ。まあ、帰れないかあ。あっさりと口にすると、自分の分の茶を啜る。
「あなたも日本にいたのではありませんか?」
「って云っても、あたしはお墓参りをして、ちょっと羽目を外そうかなって、道頓堀に行ったぐらいだけど」
「大阪ですか」シュウは僅かに気落ちした。「それでは彼らとは顔を合わせることもありませんね」
「そうなの。っていうか、ヤンロンが東京にいたっていうのも、今知ったぐらいだし」
首を傾げているミオからは、嘘や誤魔化しの気配は感じられない。
やはり、彼らから情報を入手するのは無理なのか。
幾らシュウの知能が比類なきものであろうとも、手掛かりの全くない状態から、マサキを襲っただろう突発的な事態を予測するの不可能だ。しかも今回のシュウは神殿のゲートを利用せざるを得ない。見当を間違えれば、マサキに通じる手掛かりさえ掴めずに、地底世界に戻ってこなければならなくなるだろう。
情報収集能力に長ける仲間を連れていけない以上、地上でシュウに取れる手段には限りがある。その少ない手持ちのカードをどう使ってマサキを探すか。悩ましさにシュウが思案していると、でも――と不意にミオの声が耳に潜り込んできた。
「でも?」
「あ、ホントにつまらないことなのよ」
「何でも結構ですよ。そのつまらないことが役に立つかも知れない」
困惑した表情。それを口にしていいものか迷っているような。
察しの良い彼女は、人より見えてしまうものが多い分、胸に秘めているものも多いのだ。それをミオの態度で察したシュウは、彼女から証言を引き出すべく言葉を重ねた。
「マサキと歳の近いあなただからこそ、わかることもあるでしょう。安心してください。聞いたことは私の胸ひとつに収めておきますよ」
「いや、そんな大したことじゃないのよ。繋がってるかもわからない話だし……」
「けれどもあなたは関係があると思っている」
「まあ、マサキならワンチャンあるんじゃないかって」
けれどもそれ以上は口に出来ないようだ。顔を伏せたミオがそれきり口を閉ざす。何があったのです。続く沈黙。その長さに耐え兼ねたシュウは、出来る限り冷静に聞こえるようにミオに尋ねた。
そうでもしなければ、この警戒心の強い女性は、何事もなかった風に話を逸らしてしまうだろう。
「マサキに何事もなければ、聞かなかったことにします。ですから、どうかそれを聞かせてくれませんか、ミオ」
シュウは決して自分がミオを含む魔装機神操者たちから信頼を寄せられているとは思っていない。だから信用してくれなどとは口しなかった。そもそも、その強大な力を利用してきたシュウには、自分の都合の良いように彼らを振り回してきた自覚があった。それでも、聞き出さないことには始まらない。マサキに囚われているシュウは、彼を自らの手で連れ戻したいと望んだからこそ、自らの危うい立場を顧みずにラングランからの依頼を受けたのだ。
「同時多発テロがあったのよ」
その、シュウの気持ちが通じたのだろうか。湯呑に視線を落としたまま、声の調子をがらりと変えたミオが口にする。
「日本は標的にならなかったんだけど、結構なニュースになっててね。折角の休暇なのに、やだなあって……そしたら、マサキが戻って来なかったでしょ。もしかしたらって、それだけなんだけど」
「魔装機もなしに、ですか」
シュウは眉を顰めた。
確かにマサキは肉弾戦もこなせる戦士だ。剣聖の称号に与るほどの身体能力は、これまでも彼に魔装機に頼らぬ活躍の場を与えてきた。とはいえ、同時多発テロを仕掛けられるほどの巨大な組織を、ひとりで――しかもサイバスターなしに相手に出来るとは、その絶大なる力を知っているシュウとて思えない。
そのくらいのこと、如何にマサキが向こう見ずな性格であっても自覚している筈である。
それだけの経験を彼は重ねてきた。その中で、自分に必要なものが何であるかを十二分に学んでもいる。風を読む力、待つべき時に待てるだけの忍耐力、そして背後を任せられる仲間……シュウは自らが間近に目にしてきたマサキの成長を振り返った。召喚された直後のような無鉄砲さは、今の彼にはもうない。そう信ずるに足るだけの成長を彼は遂げたのだ。
だがミオは、シュウとは異なる意見を持っているようだ。顔を上げると、真っ直ぐにシュウの瞳を見詰めてきながら言葉を継ぐ。、
「だってマサキ、テロで両親を亡くしてるでしょ。頭に血が上っちゃったってこともあり得るんじゃないかな、って」
瞬間、シュウの全身に雷に打たれたような衝撃が走った。
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